31【冬の先触れ】
【冬の先触れ】
「エリコ! ワタシは、ハラキリは出来まセン! でも、ごめんなサイ!」
「優一……何これ?」
「いや、俺に言われても……」
ここがファミレスじゃなくて良かった。ここが俺の家で本当に良かった。
目の前で、土下座をするセリアを見て、心からそう思った。
香織と仲直りした次の日、セリアに俺と香織は謝った。持てる言葉の限りを、想いの限りを尽くして。
俺達の言葉と想いを聞いたセリアは、俺達のために泣いてくれた。ただ一言「良かったデス」と言って。
それで、俺は二ノ宮の事もセリアに説明した。そしたら、自分が二ノ宮に対して勘違いをし、酷い事を言ってしまった事を謝りたいと言った。
そうして、俺が二ノ宮とセリアを俺の家に呼んだら、セリアが突然土下座をして謝ったのだ。隣に居る香織も目を丸くして見ている。
「エリコは坂本龍馬ではなかったデス! エリコは永倉新八デス!」
「…………優一、解説よろしく」
「永倉新八は新選組の二番隊組長だ。新選組最強だって言われてる沖田総司よりも強いという話もあるほど、強いらしい。創作物では頭の良い策士みたいな描き方をされるから、今回の件で二ノ宮がやった事を重ねての永倉新八じゃないのか?」
若干面倒くさくなって多少説明を省いた。だが、ボケッと俺を見る二ノ宮の顔を見れば、詳しい説明をしても無駄だっただろう。
「エリコはユーイチとカオリの事を一番に考える、とても凄い友達だったデス! 盟友デス! そんなエリコにワタシはヒドい事をしてしまいまシタ!」
「二ノ宮が何か言わないと、どうにもならないだろう」
俺は床にあぐらをかき、香織は俺の隣で、女の子座りをして俺の腕を抱き締めている。俺と香織から机を挟んだ向かい側ではセリアが土下座をしていて、そのセリアの正面では二ノ宮がベッドに腰掛けてふんぞり返っている。……家主の俺より座が高い。
「セリア、別に私は怒ってないから気にしないの。まあ、そこでべたべたイチャついてる二人にはイライラするけど。何それ、私に見せつけてんの?」
「二ノ宮が来て早々に香織を脅かすからだろうがッ!」
二人を家に呼んで、香織の姿を二ノ宮が見付けた瞬間に「あら? 手も繋いでないし腕も組んでないけど、私が組んでいいの?」なんてふざけて言ったのだ。顔はからかう気満々の顔だったし、どこの誰がどう見たって冗談だった。ただ、まだ香織には少しアクの強すぎる冗談だったのだ。
そのせいで、香織は絶対に俺から握った手と絡めた腕を放そうとしない。
「許して、くれるデスカ?」
「許すも何も怒ってないって。それに、怒られるのは私の方よ。セリアを騙してたんだから。ごめん」
「ノー! 敵を欺くには先ず味方から。カオリとユーイチを仲直りさせるには必要だったデス! だから、エリコは悪くないデス!」
「じゃあ、今回の件はお互いが悪くないって事でチャラね」
二ノ宮がベッドの上から下りてセリアの手を取る。二人はガッチリ握手をしてニッコリ笑い合った。
二ノ宮についての悪い噂も、流行が過ぎた事や俺達の話した理由が広まってほぼ沈静化した。ただ、佐伯は相変わらず気の弱い振りをして生活しているらしい。
人の本質というものは、そう簡単に変わるものではない。だが、ああやって自分を偽り続けるのには限界があるはずだ。その限界が来た時に自分の過ちに気付き、その時に本当に大切な何かに気付くだろう。それまでは、もう少し時間が掛かりそうだ。
「そういえば、神崎が侑李に告って振られたって」
「は? 神崎って、あの神崎だよな?」
「そうそう、あの香織に徹底的に叩き潰された神崎」
まあ、二ノ宮の表現があながち間違いではないから否定出来ない。
「香織に振られて傷心してる所に、侑李が優しくしちゃってさ。私は止めとけって言ったのよ? でも、侑李は優しいからさー。そしたら、案の定、侑李に惚れて告白までしちゃったのよ。あいつ、結構思い込み激しいし、無駄に行動力と度胸あるし」
確かに、サッカーのプレイスタイルもそんな感じだった。リスクを恐れない、思い切りの良いパスやドリブル。それは神崎の良さで、その良さで何度も試合でチームのために活躍していた。しかし、その良さがそんな所で光るとは思わなかった。そして結果が残念なんだから、何とも言い難い。
「私は跡野くんの事が好きだからって振ったらしいわ。神崎の方はまたあいつか! って一年に愚痴ってたみたい。優一、近々神崎に刺されるんじゃないの?」
「怖い事言うなよ」
「まあ、冗談はさて置いて、ファンの多い副会長様は大変ね。ファンレターも増えてるって言うし。特に二年と一年から」
俺の腕を抱いている香織の腕に力が入る。香織の胸にギュッと二の腕が当たって落ち着かない。
「オウ? ユーイチはファンレターを貰ってるデスカ?」
「セリア、知らなかったの? あの文化祭のライブ後から、優一モテモテなのよ。しかも、喧嘩した彼女を体調が崩れるまで健気に待ち続けたって一途さも相まって、評価が急上昇してるの。全く困ったものよね。ライバルは一人でも少ない方が良いのに」
ニヤッと二ノ宮が笑うと、俺の視界が遮られた。
「ワオ!」
セリアが両手で顔を隠す。しかし指の隙間からこちらを見ている。
香織が俺にキスをしているのだ。
「優一さんは、私のです」
「分かってるわよ。香織に勝てる女は今の所居ないし。優一の香織の大好き加減には参ったわ」
俺を見て辟易とした視線を向ける二ノ宮に、俺は不満の目を向ける。何故俺が悪い風に言われなきゃならんのだ。
「それで、優一はどんなファンレターを貰ったんデスカ?」
セリアが興味津々とばかりに目を輝かせて俺を見てくる。手紙の内容を詳しく話すわけにもいかず、俺は言葉を選びながらセリアに話した。
「生徒会頑張って下さいとか、ライブ良かったですとか、そんなのだよ」
「えー、連絡先とか書いた子も居たって聞いたわよ?」
「まあ、書かれても連絡する事無いし」
「で? その手紙はどうしてんの? 記念に――」
「香織の目の前で処分した」
せっかく書いてくれた手紙で、処分するのはどうかとは思った。でも、俺が好きなのは香織だけだ。それに、明らかに自分への好意が書かれた手紙を、彼女が居るのに大事にとっているというのはおかしいと思った。だから、香織の目の前でシュレッダーに掛けた。
「いやー、優一も冷徹ねー」
「仕方ないだろう。俺は香織が好きだ。だから、応えられない好意は遮断するしか方法がない」
「まあ、彼女が居るって分かってるのに、ファンレターに見せ掛けたラブレター送る方も送る方よね。恋愛は自由だって言うけど、その自由を振りかざして相手を困らせたり迷惑を掛けたりするのは、勘違いも良い所だわ」
二ノ宮はベッドの上に戻ってフッと息を吐く。そしてボーッと布団を見詰め、ニヤッと笑う。うわあ、嫌な予感しかしない。
「そういえば、この前、どうだった? 初ラブホは」
「――ッ!?」
「ワオッ!」
香織は顔を真っ赤にして俯き、セリアは飛び上がって悲鳴を上げる。俺は、目を細めて二ノ宮に視線を返した。
「二ノ宮、話題を考えろ話題を」
「仕方ないじゃない。随分ご無沙汰してるから、女の私でも欲求不満なのよ。性欲の処理なんて相手が居なかったら一人でどうにかするしかないし、一人も限界あるし」
「オブラートに包め! 遠回しに言えねえのかよ! 生々しいわ! てか、そもそもそんな話題を男の俺に話すな! バカなのかお前は!」
「はあ? 元カノにバカは無いでしょ! それに私はちゃんとゴム付けるわよ」
「も、元カノ……ゴム……」
「香織、二ノ宮がふざけてるだけだからな! 気にするなよ! てか、それでオブラートとかけたつもりか! 全然包めてないわ! むしろもっと生々しいわ、アホ!」
隣で露骨に動揺する香織に、俺は背中を擦ってそう言い聞かせる。
「エリコ、ご無沙汰とは一人でとは? エリコはユーイチとは毎日会っていマスヨ?」
セリアは首を傾げて二ノ宮に尋ねる直接。
「ああ、確かイギリスだとワンクとかトスオフって言うんだけ?」
二ノ宮が何気なくそう言った言葉を聞いて、セリアが顔をボッと真っ赤にする。しかし、今度は俺が首を傾げる番だった。
「ワンク? トスオフ? なんだそれ」
「セリアに聞いてみたら?」
ニッコリ笑う。そして視線をセリアに向けると、少し俯いて、視線をチラリと向けたセリアは、消え入るような声で言う。
「ユーイチ……聞かないで、くだサイ……」
俺はその反応を見て理解した。
二ノ宮が持ち出した話題。それを理解出来ていなかったセリア。そのセリアを見た後での「イギリスだとワンクとかトスオフって言うんだけ?」という二ノ宮の言葉を考えると……。
「な、なんで二ノ宮がイギリスの俗語なんか知ってんだよ! しかもそんなピンポイントなやつを!」
「一般教養ってやつよ」
「やめろ、それを一般教養って言われたら、俺の中での一般教養の概念が崩れる……」
ハアっとため息を吐いて、二ノ宮に俺は心底呆れて疲れた視線を向ける。
「彼氏作れ彼氏。二ノ宮だったら選り取り見取りだろうが」
「嫌よ、優一以外と付き合うなんて。優一以外の男とヤルなんて吐き気がするわ」
うわー、顔は良いのに選ぶ言葉が最悪過ぎて全くときめかない。
「二ノ宮先輩! 優一さんは私の彼氏です! もう誰にも渡しません!」
「だーかーらー、分かってるって言ってるでしょ。でももし、香織は優一に好きな人が出来て振られても諦められるわけ?」
「優一さんに好きな人……振られる……」
「か、香織! 泣くな! 二ノ宮のは例え話だって!」
涙を流してこっちを見詰める香織を宥めると、香織は俺の目をジッと見詰める。
「諦められるわけない。優一さん以外の人なんて、絶対にあり得ない」
「でしょ? 前にも言ったけど、そう思ってるのが香織だけじゃないって事よ。だから、危機感を持ちなさい。私や侑李は香織の先輩で友達でもあるし、優一の友達でもある。だから、ちゃんと香織の気持ちも優一の気持ちも考える。でも、そうじゃない奴も居るのよ。ラブレターの件みたいに、自分の気持ちを抑えずにアピールする奴も居るの。だから、優一の事を大切にしなさいって言ったのよ」
「はい……」
「優一の方は逆に、香織にアタックして来るやつが多くて、その経験上、過剰に不安になってるのがダメね。まあ、言っても治らなし仕方のない事だけど」
二ノ宮は呆れた顔をして、バフっと布団に倒れ込み、急に慌てて起き上がる。二ノ宮には珍しく、真っ赤な顔をして足をキュッと閉じている。
「どうした?」
「布団から優一の匂いがした」
「……そりゃ、まあ、俺の布団だからな」
「ダメだわ、優一の布団はダメ」
ベッドから下りて手で自分を扇ぐ二ノ宮は、コップに注がれたお茶を飲む。
「香織なら分かるはずよ」
「えっ?」
香織は首を傾げて立ち上がると、ベッドの上に座る。そして、二ノ宮と同じようにバフっと布団に倒れ込む。二ノ宮よりも長く倒れ込んでいた香織は、ゆっくり起き上がって一度深く頷いた。
「優一さんの匂いに包まれてると、なんだか抱き締めてもらってるみたいで、凄く安心出来る」
「オウ? よく分からないデス」
「セリアも寝てみれば?」
「オーケー、百聞は一見にしかず、百見は一考にしかず、百考は一行にしかず、デス!」
サッと立ち上がり、二ノ宮や香織よりも思い切りよく、セリアは顔面から倒れ込む。しばらくうつ伏せに倒れ込んだセリアは、急に起き上がると、白い肌を真っ赤に染めて、ベッドの上で座りながらモゾモゾとする。
「これは、落ち着かないデス……」
よく状況が分からず首を傾げる。
「優一、私やセリア、それから香織のベッドに寝転んだ自分を想像してみなさい」
「ハア? 香織のベッドに寝転んだ自分? …………ああ、なるほど」
俺は真っ先に香織のベッドに寝た事を思い出す。甘い香織の香りに包まれたあの感覚は、落ち着かない。それに好きな人の香りをもっと嗅いでいたいという欲求も湧いてくる。そして、布団からは温もりを感じない。その物足りなさが、香織の温もりを感じたいという欲求を沸き立たせる。
それに彼女である香織のベッドではなくても、異性が寝ているベッドに寝転ぶという行動が、気まずいというか落ち着かないだろう事は簡単に想像出来る。
「いや、でもこれでちょっとは理性が繋がったかも」
喜んでいいのか悲しんでいいのか分からん話をスルーし、俺は話題を変えた。
「もうすぐ、選手権の県予選が始まるんじゃないのか?」
「そうね、来月の中旬から下旬にかけてね」
「全国行けそうか?」
「行くわよ」「行く!」
二ノ宮と香織が同時に答える。
「インターハイの時みたいに、神崎に頼るチームじゃないわ。確かに神崎は得点源だけど、うちはもうそれだけじゃない」
「そうか、また応援に行くよ」
「頼むわ。優一が来てくれたら、絶対に勝てる」
「俺はそんなご利益ないけどな」
二ノ宮は首を振ってグッと拳を握る。
「インターハイの決勝。あの決勝の佐原が蹴ったPK。あれ、佐原最初は普通に蹴ろうとしたらしいのよ。で、ゴール左隅を狙おうとしたんだって。でも、あんたと目があった時に、遊びであんたがやったシュートを思い出した。それで左足で右に蹴り込んだらしいの」
二ノ宮は握った拳を開いて、フッと息を吐く。
「あのキーバー、体重を左に傾けてた。多分、意表を突かずに普通に蹴ってたら、止められてたわ」
「でも、それでもサドンデスだろ。そこで決まったかもしれないだろ?」
「いや、結果は優一のお陰で試合を決められた。それに、あんたが佐原に発破をかけてくれたから、佐原は頑張れてた。ホント、なんでそんな奴が部活、辞めちゃうかな……」
「ちょっ……二ノ宮、泣くなよ」
「ごめん、泣くつもりはなかったんだけどさ……」
目を手の甲で拭う二ノ宮に、俺は困惑する。まさか二ノ宮が泣き出すとは思わなかった。
「ユーイチ、エリコが悲しんでいるデス! サッカー部に戻るデス! エリコが可哀想デス!」
「セリアさん、優一さんもちゃんと考えて決めたみたいなの。だから、あまり責ないであげて」
「ムウゥ……カオリにそう言われると……」
「みんなはどうか分かんないけど、私は気付いてたわよ。あんた、作業終わる度に、困ったような表情してたし。だから、ああ、違和感あるのかなって思った。でも十分過ぎるくらい作業は早くて正確だったし。それに私達は優一が居るだけで良かったのに……」
「でも――」
「でも、そう言うの、優一は堪えられないのよね。あんたって馬鹿みたいに責任感強いから」
「すまんな。でもちゃんと応援には行くから」
「来たら、仕事手伝わせてやる」
「はいはい、その時は邪魔にならないように手伝わせて頂きますよ」
「マジで!? 香織、明日先生に、優一が雑用やってくれる言うわよ」
「はい!」
「おい二人共、応援に行った時に邪魔にならない程度だからな。夏みたいな事はもうやらん」
「「えー……」」
「えー、じゃない!」
露骨に不服そうな声を出す二人に注意すると、セリアがクスクスと笑みを浮かべる。
「良かったデス。みんな元通りデス」
そのセリアの声を聞いて、俺達は和やかに笑みをこぼした。
「あっ! そうだ!」
「ん?」
二ノ宮がスマートフォンを取り出して、何やらニコニコと笑って画面を見せる。
「えっ!」「オオ!」「なっ!」
驚愕する香織、感嘆するセリア、そして困惑する俺の声が同時に響く。原因は、二ノ宮がスマートフォンに表示させた画像だった。
二ノ宮と付き合っている振りをしていた時に、半ば強引に連れて行かれたデート中、メガネ屋で撮られた画像だった。
「ユーイチ、メガネ似合うデス!」
「でしょでしょー、掛けさせたらめっちゃ似合ってさー。思い出に撮っちゃった」
セリアが画面を覗き込んで言う。正直、自分がメガネを掛けているというのは違和感しかない。
「二ノ宮先輩、その画像、私にも下さい」
「えー、嫌よ」
「なっ、なんでですか!」
「香織は持ってないでしょ?」
「はい……」
「彼女の香織も持ってない優一の画像なんてレアじゃない」
そんな所にレアさを感じる意味が分からないが、香織は物欲しそうな顔をしている。その香織を見て二ノ宮はニコッと笑う。
「香織も、優一を連れて行って撮りなさい。そうやって彼氏を振り回せるのも、彼女の特権なんだから」
セリアと二ノ宮が帰って、二人で部屋に居ると、スマホが震えて何気なくを取る。
「もしもし」
『あっ、お兄ちゃん?』
「聖雪か、今友達と遊びに行ってるんじゃないのか?」
『そうなんだけど、別の友達とバッタリ会って、今からカラオケに行こうって事になったの。お母さんには電話しといたから大丈夫。お兄ちゃんにも電話掛けとかないと、遅いって心配するから』
「分かった。だけどあんまり遅くなるなよ?」
『分かってる分かってる。んじゃねー』
電話を切ってスマホを置くと、隣に座る香織が首を傾げる。
「聖雪ちゃん、遅くなるの?」
「ああ、そうみたいだ。今日は母さんも父さんも遅いし……」
俺はそう言いながら、香織を抱き寄せる。
「……うん」
香織が頷いたのを確認して、唇を重ねる。もうずっとヤバかった。
最近は、例の一件以来、香織が露骨に体を密着させてくる。そんな事をされて我慢出来るはずがない。
「最近、香織が密着してくる事が多いから堪らなかった」
「だって、掴んでないとまた取られちゃうから」
そう口を尖らせて言う香織を抱き抱え、ドスっとベッドに下ろす。上から覆い被さるようにベッドに乗る。
「香織以外にはこんな事しない」
「ホントかなー?」
香織がいたずらっぽく笑う。その香織の頬に触れ、上から唇を塞ぐ。
「――ンンッ」
唇を重ねながら、香織の胸に手を重ねる。柔らかい香織の体。唇から漏れる香織の甘い声。
「優一さん、私からしてない」
「うおっ――ッ!」
首に手を回されて、香織にグッと引き寄せられる。そうして三度重ねられた唇の隙間から、互いを求めるように舌を絡める。
耳に舌が触れ合う音が聞こえ、頭の中が震えてボウっと熱くなり、背筋をゾクゾクと刺激が駆ける。
シャツの裾から手を入れようとした時、香織は急に俺の手を掴み、真っ青な顔をする。
「シャ、シャワー、浴びてない」
俺はその手を払い除け、手首を掴んでベッドに押さえ付ける。
「ここまで来て、お預けなんて酷すぎる」
「キャッ、優一さん、ダメっ……んんっ」
首筋にキスをして、一瞬舌を這わせると、香織の体がビクンッと跳ね上がる。
「ゆ、優一さんがイタズラする時の顔してる……」
真っ赤な顔をして、香織が俺の顔を不安そうに見詰める。何なんだ、この可愛い生き物は。
「お預けさせようとした罰だ!」
「キャッ! 優一さん、やめてー」
脇を擽る俺を、香織が笑いながら拒もうとする。そして俺は手を香織の下半身に伸ばしていく。
そこからは、もう本能だった。
ただ香織とそうしたい、そうなりたい。一番近くに居たい、居てほしい。そんな単純な、香織に対する本能に突き動かされて香織を愛した。
「優一さん、寒い……」
布団の中で、香織がそう言うとギュッと俺を抱き締めて来た。
「優一さん……」
「ん?」
「使い切っちゃったね」
香織がからの紙箱をニコニコしながら俺に見せてくる。
あの日、香織と仲直り出来た日以来、俺達は少しの時間でもあれば、愛し合うようになっていた。あの、相手に触れられなかった長い期間が、間違いなく俺達をそうさせているのは分かる。
もう二度と、あんな、寂しい辛い経験なんてしたくない。相手の温もりを感じられない日を過ごすなんて嫌だ。
もうそんな事が起きないように、強く熱く激しく、相手を感じていたい。
そんな、お互いの気持ちがピッタリ重なったんだと思う。男と女ではそう言う気持ちにギャップがあるのは分かっている。だから、香織は俺に合わせてくれているのかもしれない。
「明日買いに行こう」
「えっ? 明日?」
「だって、明日チャンスがあっても、コレなかったダメだから。そんなのイヤ」
ギュッと抱き締める香織。もしかしたら、香織も俺と同じなのかもしれない。そうだったら嬉しい。
俺は香織を抱き返して、香織の温かさを全身で感じた。
最近、急に肌寒くなった気がする。でも、香織とこうしていたら、体も心もポカポカと暖かい。
冬の先触れを感じながら、俺はもう一度香織にキスをする。
温かい香織の熱を、もっともっと感じるために。




