21【前途遼遠】
【前途遼遠】
「「「ありがとうございました!」」」
練習終わり、整列した選手とマネージャー達の前に立たされたと思ったら、いきなり全員で俺に頭を下げた。
「なんか、改めてお礼を言われると恥ずかしいな」
今日は夏休み最終日。そして八月最後の日。俺は、先生から言い渡されていたサッカー部雑用係の任期を終える。
「どうだ、跡野。続けないか?」
「いえ、遠慮しておきます」
「まったく、頑固な奴だ」
隣に居る顧問の先生が残念そうな顔を俺に向ける。
夏休み前に、俺はトラブルを起こした。そのトラブルの罰として八月末までサッカー部の雑用係をする事になった。
でも、その罰というのも口実でしかなく、実際はマネージャーの人手が足りなかったからだった。
結局、新しいマネージャーは入らなかったが、一年のマネージャーは十分育ったはずだ。まだ、手放しに独り立ちしたとは言えないが、やっぱり経験を積んだ事でマネージャーとして自発的に動けるようになった。
だから、俺はもう必要ない。
なんだか大仰に見送られはしたが、今日までは雑用係なのは変わりない。いつも通り後片付けをしていると、二ノ宮が俺の隣に立って、俺の洗い物を手伝ってくれる。
「辞めるの?」
「辞めるぞ」
「辞めんなよ」
「辞めるって」
「辞めないでよ」
「八月末までの約束だ」
二ノ宮はムスッとした表情で俺が洗ったコップの水気を拭き取る。
「なんかさ、一年の時に戻ったみたいで楽しかったわ。跡野に怒られて助けられて。あんたは楽しくなかったわけ?」
「俺が一年の時よりも楽しかったな。懐かしくもあったけど」
「じゃあ、先生も続けないかって言ってたし、マネージャーも選手も跡野には残ってほしいって思ってる人は沢山――」
「俺はサッカー部に迷惑が掛かるかもしれなかったトラブルを起こしてる。だから俺はサッカー部に居るべきじゃない」
「あれは神崎が原因じゃない! 跡野はそれに巻き込まれただけでしょ!」
「こらこら、後輩の前で怒鳴るな。また怯えられるぞ」
日頃は物分りが良くて大人な感じなのに、今日はやけにわがままで子供っぽい。
「この薄情者!」
「なんで俺が、罵られなきゃいけないんだよ」
二ノ宮に罵られて困っていると、後ろから肩を叩かれる。
「跡野、今日時間ある?」
「どうした加藤。何かトラブルでもあったのか?」
二ノ宮や音瀬と同学年の三年マネージャーである加藤春。真面目な性格の加藤が深刻そうな表情で話し掛けてくると、なんだか身構えてしまう。
「この後、跡野の送別会やる事になったから」
「送別会? またそんな大袈裟な事を」
「みんな寂しいのよ。跡野が部活辞めるの」
「いや、まあそもそも俺、部員じゃないしな」
「そんなの口実よ。マネージャーの食事会、最近やってなかったし」
「マネージャーの食事会? そんなのがあったのか?」
「やっぱり、マネージャーって少人数の集まりだから、コミュニケーションって大事じゃない? だから、定期的にやるようにしてたんだけど、ここ最近は色々忙しかったから」
「なるほどな」
ネット問題の影響も大きかっただろうが、一番は人手不足でそんな余裕がなかったのだろう。でも、一年のマネージャー人が仕事を覚え始めてから余裕が出来た。それで、俺が今日で雑用係を終了するというタイミングも相まって、食事会を開こうという事になったのだろう。
「加藤、聞きたいことがあるんだが」
「何?」
「その食事会って男子は?」
「居るわけないじゃない。マネージャーの食事会なんだし」
「いや、俺、男子……」
「跡野の送別会も兼ねてるんだし、跡野は居ないと意味がないでしょ?」
加藤の言っている事は間違いではない。マネージャーの食事会なのだからマネージャー以外が居るわけないし、俺の送別会をしてくれるというのだから、俺が招待されるのも分かる。分かるが、という事はマネージャー陣の食事会に男一人放り込まれるという事だ。
「跡野、覚悟しときなさいよ」
隣で二ノ宮がそう呟く。非常に怖い。
後片付けも終わって、帰り支度を済ませると、香織が歩いてくるのが見えた。
「優一さん、お疲れ様」
「香織、お疲れ」
「今日、聞いてる?」
「ああ、マネージャーの食事会に巻き込まれるって話か?」
「違うよ、優一さんの送別会」
クスリと笑う香織が俺の隣にしゃがみ込む。そして、俺の顔を覗き込んでジーッと見詰める。
「ちょっと早いけど……」
「ちょっ、かお――」
触れる唇。柔らかい感触と吸い付くように潤ったその香織の唇が、俺の唇を塞ぐ。
「はい、優一さんからも」
唇を離した香織はニッコリ笑って、唇を突き出す。しかし、俺は頭を掻いて、香織の後ろと目が合う。
「香織……後ろ……」
「えっ?」
勢い良く振り返った香織が見ている先には、二年の三代と吉田がニヤニヤと笑って立っていた。
「えっ? もしかして、見てた? ウソッ!!」
両手で顔を覆ってそう叫ぶ香織の耳は、薄暗いこの場所でもはっきりと分かるくらい真っ赤に染まっていた。
「はい、優一さんからも! ムチュー!」
「三代、その辺で勘弁してやってくれ」
帰り道、盛大にからかわれている香織は俺の隣で小さくなっている。
「それにしても、香織があんなに大胆だとは思わなかった」
「吉田、これ以上、香織に追い打ちをかけるな」
香織の不注意で招いた出来事だが、彼氏としては香織の味方をしたい。
「二人とも写真くらい撮っときなさいよ。香織のキス顔とかレア過ぎるわ。香織ファンなら飛び付いて買うわよ」
「こら二ノ宮。俺の彼女で商売するな」
「まあ、売るのは冗談だけど、からかいのネタとしては欲しかったわね」
「そっちも冗談にしろよ……」
仲間内で、信頼している仲だからか、度が過ぎたからかいにはなっていない。まあ、からかわれている香織は堪ったものでは無いだろうが。
「跡野もキスしてあげれば良かったのに。彼女にだけ恥ずかしい思いさせちゃダメでしょ」
「そんな事言われたってな。それより香織、いつまで凹んでるんだよ」
「だって……」
香織は相変わらず俯いて、顔を真っ赤にしたままだ。
「まあ、とりあえず入るわよー」
二ノ宮が先頭でファミレスに入り、一番奥のテーブル席に行く。
「とりあえず、跡野は一番奥ね」
「いや、俺は手前で――」
「あんた手前にしたら飲み物とか注ぎに行っちゃうでしょうが。一応あんたの送別会なんだから、たまにはジッとしてなさいよ」
「いや、奥は落ち着かな――」
「何か文句あるの?」
「いえ、奥に座らせていただきます」
ソファの一番奥に腰掛けると、三代に背中を押された香織が俺の隣に座る。そしてそれぞれ席に着いた瞬間に、二ノ宮がドリンクバーを人数分注文する。しかし、食事会という割にはみんな何も注文しない。
「あれ? 何も食べないのか?」
「跡野、女子には色々気にする事があるのよ」
そう言う二ノ宮から周囲に視線を向けると、みんな作り笑いを浮かべる。なるほど、これから帰って晩飯を食べるのにその前に何かを食べるのは、体型を気にして避けるという事らしい。何とも女子らしい考え方だ。
「じゃあ、俺は大盛りポテトフライを頼もう」
「「「えっ?」」」
「なんだよ、えっ? って」
全員が俺に視線を集中させる。
「大盛りでもこの人数で摘めば、一人が食べる量はそこまで多くないだろ? せっかくリラックスして話せる場なのに、摘める物がないとか有り得ないだろ」
「まあ、確かに一人分はそこまで多くはならないかもしれないわね」
「という事で、大盛りポテトフライを頼むからな」
一、二年が飲み物を取りに行っている間、二ノ宮がテーブルに肘をついて俺を睨み付ける。
「残ってくれると思ってた」
「まだ言うのかよ」
「私も跡野は残ると思ってたわ」
「加藤まで……」
「侑李は?」
「えっ?」
二ノ宮に尋ねられた音瀬は、俺に視線を向けて笑顔を作る。
「私は、跡野くんは残らないと思ったかな。跡野くん、結構頑固だし」
音瀬はあの日の事をまだ引き摺っているのだろう。
佐原から、音瀬に振られたと聞いた日。音瀬は俺の家を訪ねて来た。そして、音瀬が見てきた、俺が見ることが出来なかった十ヶ月の事を話してくれた。
その日、音瀬は自分をズタズタに傷付けた後に、俺へ告白した。でも、俺はその告白を断った。
あの時にはもう、音瀬への気持ちは無くなっていた。とは、言えない。まだ多分音瀬の事は好きだった。
だけど、結局、俺は音瀬の気持ちに応えなかった。
あの日の話の事を気にしている。負い目に感じているのかもしれない。それはもう気にしなくていい。そう俺が言っても、きっと無駄だ。だから、音瀬自身が整理出来るのを待つしかない。
「はい、優一さん」
「ありがとう、香織」
飲み物を取りに行ってくれていた一、二年が戻ってきた。香織が俺の前にアイスコーヒーが入ったコップを置いてくれて、静かに隣に座る。
「あれ? 跡野ってアイスコーヒーにガムシロ入れてなかったっけ?」
「あ、優一さんは基本的にガムシロップを入れるんですけど、食べ物を食べる時はブラックなんです」
「へー、流石、学校でキスするくらいラブラブなだけはあるわね」
「に、二ノ宮先輩、からかわないで下さい!」
「ごめんごめん。んじゃ、不本意だけど跡野お疲れ」
「「「お疲れ様」」」
「どーも、ありがとう」
大した事ではないが乾杯をして、みんなが一斉にポテトフライを摘み出す。さっきまで我慢すると言っていたのは何だったのか……。
「そういえば、聞いたわよ跡野。案外、あんたもロマンチストだったのねー」
俺は開口一番そう言った二ノ宮から、隣の香織に視線を向ける。俺と目が合った香織は、少し申し訳なさそうに俯いて呟いた。
「だって、嬉しかったから……」
「香織、ホント嬉しそうだったんですよ。スマホで撮ったイルミネーションの写真見せて、子供みたいにキラキラさせて」
「杏璃まで……だって、嬉しかったから、つい……」
「まあ、確かに香織の気持ちも分かるわよ。サマーイルミネーションは卑怯よね。しかもサプライズで連れて行かれたら、絶対にときめいちゃうし」
三代がニッコリ笑ってそう言うと、二ノ宮が周囲を見渡してマネージャー陣を見る。
「で? 他の彼氏持ち達はどっか行ったの?」
「私は雄大も部活あるし、特別どこかに行ったっていうのは、花火大会くらいね」
「私も花火大会くらいですね」
「私は、花火大会と映画に」
加藤、吉田、宮村がそれぞれ答える。
「加藤はテニス部の同じ三年だろ? 吉田は同じサッカー部二年の小渕。……宮村も彼氏居たのか」
「は、はい。夏休み前に二年の橋場英治さんと」
「橋場!? 橋場ってあの橋場か!?」
見た目は真面目で硬派という印象だが、女子マネと話すのも緊張するという恥ずかしがり屋。その橋場に彼女が出来るとは驚いた。
「橋場が告ったんだって。私も最初に聞いた時はびっくりしたわ」
「まあ、でも橋場は良い奴だから良かったな」
「でも、案外手は早かったみたいよ。ねえ?」
ニッコリ笑みを浮かべる二ノ宮が向ける視線の先には、顔を真っ赤にしている宮村が居る。
「ABCでどこまで行ったんだけ?」
「宮村、無理に答えなくて良いからな。二ノ宮、ほどほどにしとけ」
一年の宮村を容赦なくからかう二ノ宮を制すると、二ノ宮はケロッとした態度で加藤と吉田に視線を向ける。
「会えば毎回Cね」
「私も、会った時はほとんど毎回Cです。時々は我慢してもらいますけど」
最初に加藤が何気なく答えたせいで、吉田も答えざるを得ない状況になってしまった。そして、その吉田も答えてしまったから、雰囲気的に宮村も答えなくてはいけない雰囲気になってしまった。
「えっと……C……未遂まで、です」
火が出るのではないかと思うくらい真っ赤な宮村が絞り出した答えに、二ノ宮が両腕を組んで頷く。
「やっぱり男は単純ね。あの橋場でさえそんな感じなんだから、ラブラブなあんた達はどうなんでしょうねー」
この流れはマズイ。先輩も答え、同級生も答え、そして下級生まで答えた状況で、回避するのは至難の業だ。それを、香織が出来るとは思えない。
「二ノ宮、男の俺も居るんだからその辺で止めとこうな。セクハラで訴えるぞ」
「何言ってんのよ、サービスよサービス。で? 香織はどうなのよ」
香織の顔が見る見るうちに赤くなる。
「二ノ――」
「一ヶ月前です」
絞り出た香織の声を聞いて、俺は頭を右手で抑える。女子トーク、恐ろし過ぎる。
「「「はあ?」」」
「ん?」
しかし、香織の言葉を聞いたみんなは香織をからかうどころか、若干怒りのこもった疑問の声を出し、一斉に俺を睨む。
「跡野……」
「跡野さん……」
「跡野の根性無し」
加藤、吉田、そして二ノ宮が俺にそう言う。いや、何で俺がそんな責められるような視線を向けられなきゃならないんだ。
「跡野、一ヶ月前ってどういう事よ」
「どういう事も、一ヶ月前は一ヶ月前だ」
「あんたさ、彼女が居るのに一ヶ月もエッチしないって、男として大丈夫?」
「心配してくれてるのに全く嬉しくないな!」
普通、家に常に家族が居るのだからそんなに頻繁に機会があるわけじゃない。それに、それで俺が責められる意味が分からん。
「私だったら、二股かけてるのかって疑うわね」
「私は、女として自信無くしちゃうかも」
「私は……他に好きな人が出来ちゃったのかなって、不安になるかも、です」
加藤、吉田、宮村の意見を聞いてウンウンと頷いていた二ノ宮が、俺の顔を見た途端にハァーっとため息を吐く。
「でも、跡野の場合はイルミネーションがあるからねー。それ無かったら本当に心配になるけど」
「なんだよ、褒められてるはずなのに全く嬉しくないんだけど!」
「安心しなさい。褒めてないから」
俺の送別会、のはずなのに、何故か矢面に立たされている。まあ、しかし、みんなが楽しそうだし仕方がない。
その後は、俺のよく分からんファッションの話になり、完全な女子トークになった。そんな中、俺は端っこでちびちびとアイスコーヒーを飲みながら、みんなの話しだけ聞いていた。
「よし、そろそろお開きね。あんまり遅くなるといけないし」
年長者らしく、二ノ宮が話に区切りを付ける。そして会計を済ませて外に出た時、二ノ宮が突然立ち止まった。
「ああ!」
立ち止まってそう声を上げた二ノ宮は俺に視線を向ける。
「跡野にポテトフライ、奢らせちゃったわ」
「「「あっ……」」」
「俺が勝手に頼んだやつだからいいよ別に」
「でも、みんなで分けて食べましたし……」
「いいっていいって、もう会計済ませた後だし、この人数で割り勘とか計算がめんどくさい」
「ったく、これだから跡野は……。ご馳走さま」
「「「ご馳走さまです」」」
「どういたしまして」
みんなと分かれて香織と手を繋いで歩く。隣に居る香織は、手を握ったまま俯いている。
「今日で最後かー」
「なんだよ、別に俺は何処にも行ったりしないぞ」
「でも、二人で部活終わりに帰るのは最後だし……」
「別に部活が一緒だからって変わらないだろ。そんなに一緒に帰りたかったら、部活終わりに迎えに行こうか?」
「本当!? ……やっぱりいい。優一さんに迷惑掛けちゃうし」
「彼女迎えに行く事を、迷惑だって思う彼氏が居るわけ無いだろ」
「本当に? じゃあ、迎えに来てほしいな」
「分かった。じゃあ毎日迎えに行く」
「ありがと」
街灯に照らされる道を歩き、少し先に街灯と街灯の間、たった一箇所の暗闇が見える。その暗闇に入り、電柱の側で立ち止まった瞬間、俺は香織の唇を激しく塞いだ。
唇から感じる香織だけでは足りなくて、左手の親指で香織の鎖骨をなぞり、右手は制服のスカートから伸びる太ももに添える。
あんな話を聞いて、悶々としない男なんて居ない。最後が一ヶ月前で平気な彼女持ちの男なんて居ない。俺だって、出来るならそうしたい。
「優一さん……我慢させちゃってた?」
「我慢はしてたな。でも、仕方ないだろ」
「うん、家に二人きりなんてなかなか無いしね」
息遣いまで聞こえる距離に居る香織に、もっと深く触れたい衝動が起こる。でも、俺はすんでの所でその衝動を押し殺した。
「優一さん」
「どうした?」
「今度の金曜日の夜、お父さんもお母さんも居ないの」
「えっ?」
俯いて表情の見えない香織が、そう呟く。そして俺を見上げてニッコリと笑う。
「部活終わり、遊びに来ない?」
「行く……」
俺は目の前で可愛く微笑む香織に、そう答える余裕しかなかった。
九月の初め。夏休みが終わりまた学校が始まった今日。俺達のクラスは沈黙に陥っていた。
「ユーイチ、どうしまショウ?」
「まあ、こうなるのは予想出来てたからな……」
始業式も終わり、俺達はとある議題についての話し合いをしていた。それは、生徒会役員執行部選抜選挙への立候補者選定について、だ。
急な話だが、明日、生徒会役員執行部を決める選挙があるらしい。まあ本来は登校日に決めとくはずが、先生が忘れていたらしい。全く、迷惑な話だ。
その生徒会役員執行部選抜選挙には、一、二年の各クラスから最低一人の立候補者を出さなくてはいけない。そして、その立候補者を募ってみたのだが、誰一人として手を挙げようとはしない。
まあ、生徒会に積極的に成りたいと思う人は稀で、よっぽどの奉仕精神がある人くらいだ。
生徒会は生徒の代表として様々な生徒活動の中心に立つ存在。簡単に言うと、生徒代表の雑用だ。
生徒会は生徒活動に関する雑多な事をやらなくてはいけない。それはかなり大変だし、場合によっては人前に立つことも多くなる。生徒会は、あまり人が積極的に成ろうとはしない組織だ。
「もういい、跡野が出ろ」
「…………はぁー、分かりました」
本来なら積極的に否定したいところだが、ようは落ちれば問題ないのだ。
本気で生徒会を目指している人には失礼な話だが、そもそも受かる確率なんてそんなに高くはない。無難な演説をすればいいのだ。
ありきたりの事を言ってそれらしく見せていれば、演説の体裁はとれる。
仕方なく、俺は明日生徒会選挙に出ることになった。
選挙終了後、教室でグタっとしていると、俺は生徒指導部の先生に呼び出された、そして、生徒指導部には俺以外に男子一人と女子二人が居た。
「あっ! 跡野先輩!」
「野田さん?」
バレー部一年の野田さんが居て、俺を見て驚いた表情をする。その隣には同じ一年なのか、実に真面目そうな眼鏡男子が立っている。そしてその奥に居る、同じ二年の女子が俺を見てキッと睨み付けて指差した。
「先生! 何故あんな適当な演説をしたこの人が、私より得票数が多いんですか!」
「近藤、得票数と言っても少しの差だぞ」
「それでも、こんな人が私より支持されたなんて納得出来ません」
大体予想がついてきた。どうやら、ここに居る四人は生徒会執行部に選ばれた四人らしい。それで、いかにも真面目そうなこの二年が、適当な演説をしていた俺に得票数で負けた事に、納得がいかないらしい。
「口を挟んでしまいますが、おそらく、跡野先輩の得票は跡野先輩がサッカー部員であった事と、応援演説者のセリア・カノーヴィル先輩の影響が強いのではないでしょうか? いわゆる、組織票と人気票というものですね。だから、票が固まるのは必然だと思います」
眼鏡男子が、眼鏡を片手でクイッと持ち上げながらそう言う。
まあ、サッカー部の奴らなら面白がって入れたかもしれない。それにセリアが壇上に立つだけでインパクトはあった。だから俺自身ではなく、セリアが応援している俺に投じられた票は少なくなかっただろう。サッカー部に釘を刺さなかった俺と、他の奴に演説をさせなかった俺が憎い。
「あの、なんかものすごく嫌われてるみたいなんで、俺辞退しますよ」
「跡野先輩ダメですよ!」
「野田さん、そうは言ってもこの人なんか怒ってるし」
なんだか怖い二年女子に目を向けると、またキッと睨み返してきた。
「とにかく、今期の生徒会執行部はこの四人でいく。役職は、一年二人が書記会計のどちらか。二年の二人は会長副会長だな。通年通りなら得票が多い奴が会長に――」
「私に会長をやらせてください!」
二年女子が食い気味にそう言う。生徒指導部の先生の視線がこっちに向く。
「いいんじゃないですか? こういうのはやる気のある人にやってもらった方がいいと思います」
「そうだな、じゃあ会長は近藤。副会長は跡野。二人はどうする?」
「では、僕は会計を希望していいでしょうか?」
「じゃあ、私は書記でいいです」
「一年の方は眞島が会計で、野田が書記で決まりだな。今日から早速、放課後、生徒会室に集まって活動を始めろ。活動内容は近藤か跡野に俺から伝える」
「分かりました」
とりあえず解散になり、げんなりしながら教室に戻ろうとしていると、目の前に近藤さんが立ちはだかる。
「跡野さん、年上だからって容赦はしません。ちゃんと働いてもらいますから!」
そう言ってプイッと顔を背けた近藤さんは歩き去っていく。
これからの生徒会が不安過ぎる。
教室に戻ると、先生が俺の顔を見た途端に、腹を抱えて笑いだし「良かったな。頑張れよ」と言って去っていった。おそらく、サッカー部が結託して俺に投票するというのを知っていたのかもしれない。とりあえず、二ノ宮に会ったら文句を言ってやろう。十中八九あいつが元凶のはずだ。
「ユーイチ、おめでとーデス!」
「俺は当選したくはなかったんだけどな」
元気の良いセリアの祝福に苦笑いを返すと、香織が側に来て尋ねる。
「優一さんは、役職は何になったの?」
「副会長になった。なんか同じ二年で選ばれた女子がやる気のある人で、会長をやりたいみたいだったから」
「フクカイチョー、とはなんデスカ?」
セリアは首を傾げる。
「副会長ってのは、会長の補佐役。会長の仕事を手伝う役職だ」
「ウーン、引き寄せられた新選組に例えると誰デスカ?」
「新選組? そうだな、副長って所かな?」
「オーウ! 土方歳三デスネッ! ユーイチにピッタリデース!」
新選組に例えると、なんだか凄い組織だと勘違いされそうだ。まあ確かに会長の苗字が近藤ではあるけど、実際は生徒代表雑用係だ。
「優一さん、生徒会って遅くまで仕事あるよね?」
「やった事無いから分からんけど、多分普通の部活と同じくらいまでやるんじゃないか?」
「やった! じゃあ、これからも一緒に帰れるね!」
俺の返答を聞いて喜ぶ香織を見て、まあ生徒会には選ばれたけど、香織と一緒に帰れるならそれも良いかもしれないと思えた。
放課後、生徒会室を訪れた俺は、絶句した。
「……なんだ、この惨劇は」
空き巣にでも入られたのか、それとも台風が通り過ぎたのか。そんな表現をしたくなるほど、室内は散らかっていた。
引き継ぎに合わせて一応片付けはしたのだろう。中央に置かれている白い丸テーブルの上だけは何も無く綺麗だ。ただ、部屋の奥に置かれている事務机の上には書類や、冊子が自由奔放に配置され、ファイルを整理するための棚からは、乱雑に挟まれた書類が何枚も飛び出している。
どうやってこの状態で活動をしてきたのかは分からないが、とりあえず片付けるしかない。
「おいおい、なんで議事録が裸のまま挟まってんだよ。うわ、しかも順番バラバラ……」
これは俺一人でやるのは途方もなく時間が掛かってしまう。とりあえず、みんなで協力してやるとして、今から少しずつ始めるしかない。
「お疲れ様で――。……うわっ! これ、凄い状況ですね」
「ああ、お疲れ野田さん。俺が来た時にはこんな状態だったよ」
野田さんが室内に入った瞬間、驚いて声を上げる。まあ、当然というか当たり前の反応だ。
「お疲れ様で――。……なんなんですか、この状況は」
次に眞島が来て、野田さんとほぼ同じような反応をする。やっぱりこれが正常な反応だ。
「おはようございます、今日の活動内容ですが――」
「おいおい、待て待て」
そして最後に、会長の近藤さんが室内に入ってきて、惨劇の現場を縦断し、一番奥の事務机の向こう側に腰掛ける。これは異常な反応だ。
「どうして普通に入って、普通に座ってるんだよ。ていうか、どうやって座る場所一瞬で判断したんだよ、この状況で」
「どこって、椅子があれば座るのは普通だと思いますが?」
「普通って、今、椅子の上に積んであるファイルを退かして座っただろうが。そもそも机の奥に椅子があるなんて分よくかったな」
「は? いえ、昨日まで普通に使っていたので」
「…………」
近藤さんの言葉をイマイチ理解出来ずに固まっていると、隣に立っていた野田さんが俺の方に顔を向ける。
「跡野先輩。近藤先輩は前期の生徒会書記だったそうですよ」
「なるほど、前期の役員ならあの奥に椅子があるって知っててもおかしくはないな。ただ、この状況で平然としてるのはおかしいと思うが」
入り口付近で立ち止まる俺達三人を近藤さんは見て、若干不機嫌そうな顔になる。
「三人とも、早く会議を始めましょう」
「いや、まずは片付けをするに決まってるだろうが!」
香織と一緒に帰れるなら、生徒会になったのも良かったかもしれないと思っていた。でも、この惨劇と、その惨劇の中心で平然としている会長を見ていると、どうやらそんな甘い話ではなさそうだ。




