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第三十三話

web拍手にてコメントをくださった方。本当にありがとうございます。

 振るわれた剣が空気を斬り裂くと、沈黙に包まれた室内に乾いた音が響き渡る。



「……その姿。まるであの時と変わりはないのだな」


「ああ。覚えていてくれたのか?」


「忘れたくても、忘れられん」



 そんな剣の音を奏でたヒサヤは、眼前にてミナギを捕らえるシオンを睨みつつ、ゆっくりと口を開くと、手にした剣をシオンに向ける。


 そうしていると、かつての記憶が彼の脳裏に蘇っていく。


 あの日……。ケゴンの地から脱出したヒサヤとミナギを連れたシオン。だが、ミツルギ等の姿が遠ざかったのを見計らい、シオンはミナギから砲筒を奪って彼女を銃撃すると、動揺するヒサヤの意識を奪い取る。


 しかし、当時すでに神衛の修練に加わっていたヒサヤは、ギリギリのところで意識を保ち、その後のシオンの行動を垣間見ていた。


 ケゴンの地を焼き尽くし、父帝リヒトをはじめとする多くの人間を害した光……。


 眼前にある“女神の檻”と同等のそれは、領内に侵入していたベラ・ルーシャ軍本陣にあった実験機に寄るモノであり、銃撃されたことで意識を断たれたミナギは、その動力源にされていたのである。


 ヒサヤの記憶にあった眠りについたミナギの姿。それは、本拠地の一室ではなく、件の“女神の檻”動力源に取り込まれたミナギの姿だったのである。


 そして、それを見届けたヒサヤは、ほどなく意識を失い、記憶を改鋳されて先日にまで至っている。


 焼かれたと思っていた顔の傷は、改鋳された記憶を押しとどめるための法具であり、ミナギから至近銃撃を受けた際に、それが破壊された。


 完全に偶然の産物と言えるが、ミナギが目覚めてから数日後の出来事であるのだ。偶然ではなく、運命と見るのが正しいと言えるかも知れなかった。



「結果として、ミナギの目覚めがすべての目覚めになった。だが……」


「察しているか。そうさ、俺の引いた線の終着点。それは、こいつを手に入れることだ」


「うぐっ!?」


「っ!? やめろっ!!」




 自身の記憶を辿り、今この時に行きつく過程を思い描いたヒサヤ。


 すべては、自身がこの世に生まれ落ちる前から引かれていた線であったと言う事であろうか。


 そして、今となっては、シオンが求めるのは、ヒサやらのあずかり知らぬ所にて、自身の滅びに向かっているミナギではなく、絶望を糧に彼女が産みだしたもう一人の自分。


 つまりは、今、シオンの腕の中に囚われているもう一人のミナギを手に入れる事であったのだ。


 女神の檻は、島とともに消滅し、事実を知る人間達は失われる。そして、取引対象の手の移った後は、膨大な報酬を得る事が出来る。


 数年をかけた謀略とも言えるのだが、シオンにとって、そのような時間は僅かなモノであるのだろう。


 彼にとっての報酬とは、金銀の類ではなく、人の不幸ではないのか?


 さらにミナギを締め上げつつも、笑みを浮かべるシオンの姿に、他の三人がそう考えたのは何ら不思議なことではなかった。



「殿下……、この男だけはっ」


「ほう? 良いのか?」


「っ!? サキっ、私にかまわずこの男をっ!!」



 そして、そんなシオンの言に、サキがさらに弓を引き絞りながらヒサヤに対して、攻撃の許可を求める。


 だが、そんなサキやヒサヤを嘲笑うかのように、シオンは手にしていた砲筒をミナギの頭部に突き付ける。


 即座に、ミナギは二人に攻撃を促すも、シオンからの締め付けは強くなる一方であり、ミナギは額に冷や汗を浮かべながら、顔を顰めていた。



「武器を捨てろ」


「っ!?」


「どうした? 最愛の女と親友が死ぬぞ? ――捨てるんだっ!!」




 そして、冷然とそう言い放ったシオンの言に、ヒサヤ様とサキは気押されるように目を見開く。そして、なおも武器を手にしたままの二人に対し、シオンはそれまでの冷然とした態度から、一瞬にして鋭い殺気を浮かべつつ、二人に対して声を荒げる。


 そんなシオンの態度と、砲筒を突き付けられたミナギの姿に、二人は唇を噛みしめながら、自身の得物を地の放る。



 残念ながら、二人にとっては他の選択の余地はない。



 ユイやシロウ、同志達や同調した民間人を犠牲にしてきた二人に、これ以上大事な人間を失うような選択は出来なかったのだ。



「貴方たち……っ」


「くっくっく……っ」



 そんなヒサヤとサキの行動に、ミナギが咎め立てるような声を上げると、シオンは再び口元に冷然とした笑みを浮かべ、躊躇うことなく砲筒の引き金を引き絞った。



「うっ!?」


「サキっ!! ちぃっっ!!」



 そして、肩口を撃ち抜かれて、呻き声を上げるサキに、さらに砲筒を向けるシオン。


 次弾が発射される前に、サキを抱き寄せたヒサヤは、傍らにて膝をついていたミオともども、転がり込むように物陰へと飛び込む。


 地を転がりながら二人を連れたヒサヤ。その背後を、正確に砲筒が着弾していく。



「殿下っ!!」


「黙れっ」


「うっ!?」




 そんなヒサヤ達に対し、声を上げるミナギ。


 だが、そんな彼女に対して、冷然とした笑みを浮かべたまま、シオンは彼女を殴打してその意識を断つと、ゆっくりと彼女を開かれた扉へと引きずって行く。




「ミナギっ!! うおっ!?」



 その姿を目にしていたヒサヤは、彼女を救うべく身を起こすも、眼前に着弾した銃弾に思わず身を縮める。


 そして、次の瞬間には、シオンとミナギの姿は、暗き壁の奥へと消えてしまっていた。



「くそっ!! どこへ行くつもりだっ」



 すぐに物陰から飛び出し、壁に取り付いてそれをこじ開けるも、その先にあるのは暗き空洞のみ。


 転移法陣でも張られていたのか、一瞬にして二人の姿は消えてしまっていたのだ。



「……おそらく、女神の檻の試作機を持っていくはず」


「ミオっ!?」


「ミオさんっ」



 壁を殴りつけながら悔しがるヒサヤに対し、ゆっくりと立ち上がろうとしたミオが、激痛に表情を顰める。


 慌てて彼女を支えるサキと側に駆け寄るヒサヤであったが、出血が止まる様子は無く、もはや虫の息と呼んでも差し支えがないほどに、ミオの身体はボロボロであった。


 だが、その血の気を失った表情には、いまだに覇気が灯り続けている。子を思う母親の力がどれほどのモノなのか、ヒサヤとサキは、思い知らされたような気がしていた。



「ぐうっ……、まだ、時間はあるはず。行かねば」


「そんな傷でどうなる。サキ、ミオを頼む。ミナギは俺が」


「ええ……。私も、油断しなければ」


「殿下、サキさん。ミナギを、こんな目にあわせたのは、私の責なのです。だから……」


「だからなんだ? むしろ、彼女の側にいてやらなきゃならないんじゃないのか?」




 そして、なおもミナギを救うべく歩みを進めようとするミオを押しとどめたヒサヤは、自身の傍らにて、赤き眼をした“彼女”に視線を向け、ミオに対してそう告げる。



 “彼女”。女神の檻の動力源に取り込まれ、臨まぬ殺戮の道具とされた少女。そんな彼女にとって、ミオという存在がどれほど重要なのか。


 母との永遠の別れを経験しているヒサヤにもサキにもよく分かっていた。



「それに、あいつが帰ってくる場所を作ってやらなくてどうする? ……最後ぐらい、看取らせてやれ」


「…………殿下、あの娘を、どうか」




 そんなヒサヤの言に、ミオは一時瞑目すると、二人の足元に転がる砲筒と剣。


 ミナギが愛用する白塗りのそれを手に取り、ヒサヤへと差し出す。


 ミナギ本人はここにはいないが、彼女が手にし、ともに戦っていたものがヒサヤの手にあれば、彼女は彼の元に必ず戻ってくる。


 そんな思いもあっての事であろう。



「引き受けた。サキ、頼んだぞ」


「はい」



 それを受け取ったヒサヤは、自身がミナギより託された青塗りの剣とともにミナギのそれを腰に差し、託された砲筒を手にその場を後にする。


 シオンはミナギを連れて島からの脱出を謀る。となれば、残された時間はそれほど多くはなかった。



◇◆◇◆◇



 聖堂騎士達との交戦は、すでに泥沼と化していた。


 力量で上回るこちら側に対し、相手は次々に転移方陣にて送り込まれてくる。そして、騎士である以上相応の実力を持ち、加えて自身の命を顧みない。


 これほどにやっかいな敵というのも珍しいと言うのが、この場に居る全員の認識であった。



「ええい、きりがない……っ!? な、なんだ?」



 激しい交戦の中、新たな返り血によって衣服を赤く染めていくリアネイギスが、そう毒づいた時、交戦中にもかかわらずに気を取られるほどの震動。


 命を顧みぬはずである聖堂騎士達すらも驚愕させるほどの震動が島全体を震え上がらせていた。



「むっ!? あれは……?」



 そして、震動が治まると同時に、かつての本拠地跡地から、空へと向かって浮かび上がる黒き影。


 よくよく見ると船体と思われる部分の上部には、巨大な気嚢のようなものが取り付けられ、それと艦尾に灯る光。艦艇と同じく、刻印の力によって浮遊していることが分かり、船にそのまま空を飛ばせたような形をとっている。


 だが、誰もがそのようなものを目にしたことはない。


 突然現れたそれに、皆が皆目を丸くする中、その答えは思いがけぬ所からもたらされることになった。



「飛空艇……、シオン殿。まさか、我々を??」



 目を見開きながら、兜を開いて声を上げるやや年嵩の男。


 聖堂騎士達の中でも指揮官級の人間であり、少数ながら技量で圧倒しているリアネイギス達との交戦でも生き残っている。


 だが、彼にとっても、飛空艇と呼ばれるそれの出現は予想外であったようだ。



「コルデー卿は如何なされたのだ? 女神の檻ともども、転移させるはずではなかったのか?」



 そして、なおも喚くように周囲の聖堂騎士達に対してそう声を荒げる指揮官の様子に、リアネイギスは傍らにいたアドリエルと顔を見合わせる。


 “シオン”という名もそうであったが、コルデーと呼んだ男もまた、彼らにとっては要人である様子。


 だが、シオンが思いがけぬ行動に出たと言う事は、先ほどミナギの救出に向かったヒサヤとサキは一定の成果を上げたのであろう。



「とはいえ、追うしかないわね」


「そうね。首魁が逃げたんじゃ、女神の檻を止める手段はない」




 そんなことを考えつつ口を開いた両名であったが、彼女等の視界の端にて、本拠地へと向かっていく聖堂騎士達の一部の姿が目に映る。


 どうやら、シオンの行動に、女神の檻の調査へと向かった様子だったが、戦力が減ってくれるのは正直ありがたい。


 だが、その視線の先にて、彼女等にとっても思いがけぬ事態が巻き起こる。


 続々と本拠地へと向かっていた聖堂騎士達が、真っ赤な閃光とともに弾き飛ばされると、ほぼ全員が瞬時に身体を両断され、地を周囲にまき散らしながら倒れ込んだのである。


 そして、一陣の風が彼女等の周囲に吹き込んだかと思うと、視線の先には、見覚えのある、いや、つい先頃から良く目にするようになった男の背中があった。



「殿下?」


「ど、どうしたんですか?」



 突然のヒサヤの出現と、圧倒的な武勇に思わず目を丸くする二人。


 アドリエルはともかく、リアネイギスは元々の武勇においてはヒサヤを上回っているという自負があったのだが、今眼前にいるヒサヤの姿には、彼女を持ってしても身震いするほどの覇気に満ちているように思えたのだ。



「殿下……」


「ハヤト。手を貸してくれ」


「と、言いますと?」



 そんなヒサヤの元に、交戦中であったミツルギやハヤトも駆けつけてくる。



「ミナギがあそこにいる。シオンも逃がすわけにはいかない」


「……っ!? 人質と言うことですかっ」


「それだけじゃない……。ヤツ等、ミナギを再びっ」


「っ!? 承知いたしました。私の背に」



 神衛達も含め、ただ事ではない状況というのはすでに察しているのであろう。加えて、ハヤトはヒサヤ等とともに、巫女からミナギの運命を聞き知っている。


 多くを説明せずとも、それだけでハヤトには十分に合点がいくのだった。



「頼む。ミツルギ、貴公等は脱出の用意を。アドリエルとリアネイギスは、女神の檻の元へ行ってやってくれ。サキがついているが、ミオさんが重体だ。二人の力が必要だ」


「御意っ。貴様等は、お二人の守護を、手筈は私が整える」


「っ!? わ、わかりました」


「もうちょっと、早く言ってくれた方が良かったけど……、まあ、連中も動揺しているみたいだしね。引き受けたわ」


「よし。ハヤト、頼む」


「はっ!!」



 そして、ミツルギ等に一通りの指示を与えたヒサヤは、ハヤトの腕を掴むと、全身を包み込む浮遊感とともに虚空へと身を預ける。


 それまで、指揮等々とはそれほど縁がなく、記憶を取り戻してからは、どことなく甘さを感じさせる彼であったのだが、今のヒサヤにはそのような要素はほとんど感じられず、リアネイギスがわずかに軽口を叩いたことを除いて、他の者達は皆粛々とその命に従っていたのだ。


 至尊の地位に就くべき人物を、ただ一人の護衛を持って敵本拠地に突撃させることなど、本来であれば彼らには許されざる事であったのだが、反論を許さないだけの風格を、このわずかな時間でヒサヤは身に纏っていたのだ。



「…………惚れた女のためってヤツかな? 殿下らしいと言えば殿下らしいわね」


「リア……っ」


「冗談よ。ま、頼もしくなってくれたわ……行くよっ!!」



 そして、ヒサヤとハヤト見送ったリアネイギスは、そんなヒサヤの姿に苦笑したのをアドリエルに窘められると、肩をすくめて本拠地へと向かっている聖堂騎士等の後を追って地を蹴る。


 集団の中頃に飛び込んで、騎士達を薙ぎ倒すと、再び彼女は混戦の中に身を投じていく。どことなく、全身が高揚感に包まれているのは、本来の盟友たる位置にあったスメラギ皇族に、頼もしき存在が現れたことにあったのだろうか?



 いずれにしろ、スメラギ皇族がその身に流れる血に相応しい風格を見出した以上、尚武の一族たるティグ族の皇女もまた、その本領を発揮する時が来ていた。



「さて……。父祖の仇だ。全員、派手にあの世に送ってやるとしよう」



 そう言って笑みを浮かべるリアネイギス。


 命を顧みぬことを誇りとし、信仰に身を捧げた狂信騎士達であったが、この時ばかりは、眼前にてその眼を金色に輝かせる美しき白虎の姫君の姿に、その身を震わせるしかなかった……。

 


◇◆◇◆◇



 飛空艇内部に用意された操縦室。


 操縦桿や動力装置以外には、“女神の檻”に関連する研究資料が満載され、後方の機関部を挟んだ最後部には、ジェガとともにそれまで貯め込んだ報酬。大量の金銀が積み込まれていた。


 シオンにとって、それこそが自身の目的であり、そのためには他者を害する事などは当然のことと言える。


 女神の檻によってどれだけの犠牲者が出るのかなども簡単に想像はつくのだが、そんな事は彼にとっては何ら関係のないことであったのだ。


 なぜ、そこまで彼が残酷になれるのか?


 彼以外の人間がそれを知るよしはなく、彼を知る人間に限っては、大半が彼に抱く増悪に支配され、その人間性までを知ろうとはしない。


 ただ一つ、明確に分かっていること。先の大戦以降、スメラギをはじめとする世界各地にして、彼の姿を目にした人物が共通に抱く事実。


 それは、ほんの僅かにも、身体に年を刻んでいないという事実であった。



「……ふん、手間をかけさせる」



 舵を手にしつつ、床に倒れ込んだ少女、ミナギ・ツクシロへと視線を向けたシオン。


 血を別けた娘という事実が存在しているはずであったが、それは彼女の口からはっきりと否定された。


 それは、荒唐無稽と切り捨てるにたる事実であったのだが、その事実は、逆にシオンを歓喜させるだけの事実でもある。



「だが、これで……っ!?」



 そんなミナギを見つめつつ、一人そう口を開き賭けたシオンは、直後に全身に走った悪寒に思わず目を見開くと、慌てて舵を切る。


 その刹那、先ほどまでの進行先において、赤き閃光が空に走り、飛空艇が激しく揺すられたのであった。


 そんな状況に、舵を定めて、外を睨んだシオンの目に映ったのは、虚空を疾走してくる黒き影。そして……。



「ヒサヤ……っ!!」





 苛立ちの籠もったシオンの言向けられたその先。ともに、虚空を駆るその場にあって、こちらを睨んでいる一人の少年の姿がそこにはあったのだった。

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