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第三十二話

 突き付けた射線の先にある一人の男。


 そして、血だまりにて膝をつく女性と、赤き光の中に囚われた少女。


 私にとっては、来るべき時が来てしまった。そう思うしかない状況下。これらはすべて、射線の先にあって、同様に砲筒を突き付けてくる男、シオンによって創り出された運命とも言えるのだ。



「数年越しでも、汚い手口というのは変わらないのですね。サヤ様やお父様の命を奪ってなお、貴方は何を求めるというのです?」


「ほう? 知っていたのか」


「サヤ様が……、私にすべてを教えてくれました」



 お母様と……もう一人の私を横目に、私はシオンを睨みながら口を開く。


 口元に不敵な笑みを浮かべていたシオンは、私の言に一瞬、表情を動かしたモノに、それでも余裕の笑みを崩そうとはしていない。


 たしかに、サヤ様から教えられたなどいうのは荒唐無稽であろう。


 おそらく、私が所謂“転生者”という存在であるからこそ、得る事の出来た事実であるのだ。



「ミナギ……?」



 サヤ様の名を口にした私に、お母様は驚きとともに視線を向けてくる。


 お母様からすれば当然の反応であろうだろ。お母様とシオンの関係を私が知るはずもないし、本来であれば私にとって、シオンはただの裏切り者でしかないはずなのだ。


 だが、サヤ様を皇室に送り込み、混乱を生み出そうと画策したこと。


 そのための鍵となるお母様は、組織やヤマシナ家によって“女神の檻”の実験体にさせられていたことなどを考えれば、すべての意図はこの男に帰すと考えるのが自然であった。



「ジェガやその男を見れば、ベラ・ルーシャと手を結んだと考えるのが自然でしょうが……、本命は異なりますね。おそらく」


「ふむ……。サヤがどうやってお前に伝えたのかまでは興味もないが、それでもそこまで考え得るとはな。さすがは」


「やめろっ!!」



 そんな私の言に、満足げに頷いたシオンの言を、お母様が声を荒げて遮る。


 その形相は、普段冷静で気位の高いお母様とは思えぬほどに動揺している。


 重傷負い、精神的に弱っているとも考えられるが、目を向けた様子はそれだけでは片付けられそうにもなかった。



「おいおい。事実を伝えなくてどうするのだ? この娘は」


「もう、やめてくれ……。ミナギ、この場は私が何とかする。殿下達を連れて脱出しなさい。毒に関しては、ミツルギ等に解毒方法を探らせてある」



 そんなお母様に嬲るような表情を浮かべながら言葉を続けるシオン。


 それに対し、お母様は妙に弱気な態度を続けている。毒に対する対処は必要だったが、それでも、眼前に転がる男達。


 聖堂騎士達が島に現れた以上、簡単に脱出することは難しいのだ。


 それに、お母様がここまで動揺するという事実を、私が聞かぬわけにはいかないような。そんな気がするのだ。



「…………話してみなさい」


「ほう?」


「ミナギっ!!」



 そして、私の言に、興味深げな表情を浮かべるシオンと顔を顰めるお母様。


 お母様にとってはつらい事実であるのかも知れなかったが、それでも、私にも知る権利はあると思う。


 お母様を苦しめることにはなるであろうが。



「はっはっはっは。この辺りは、さすがかも知れぬな。それでこそ……我が娘といえる」


「……なんですって?」


「おいおい、父に対してなんて言い草だ? それに、気になっていただろう? 実の父親が誰なのかを」



 そんな私の言に対し、満足げに笑いながら、シオンはそんな事を口にする。


 途端に、お母様は苦々しげな表情をシオンに向け、私に対しても沈痛な表情を向けてくる。



 “実の父親”



 お母様からすれば、当然、私に対して告げてはならない事実であったのだと思う。


 娼婦という過去を考えれば、いや、そのような地位に堕とされた以上、関係があったからこそ、私は今この場に居るのであろう。


 だからこそ、お母様にとっては屈辱でしかない事実であるのだった。



「ふっ、言葉もないか。当然であろうな。母を苦しめ、祖国に害を為し、主君や友人を傷付けた。そんな男の血を自身が引いているのだからなあ」



 沈黙する私に対し、シオンは勝ち誇るかのような笑みを浮かべて口を開く。


 たしかに、普段の私であれば、意気消沈するか、怒りにまかせて無謀な攻撃を仕掛けるだけ。


 そうなれば、シオンはいくらでも対処のしようがあるであろう。実力で勝っていても、冷静に対応してくる相手は始末が悪いのだ。


 しかし、今回ばかりはそのような挑発に乗ってやるつもりもないし、そう言った事実などは存在していないのだ。



「ふん……。何を言うかと思えば」


「ほう?」


「ミナギ?」



 今度ばかりは、私がシオンを嘲笑する番である。


 たしかに、お母様譲りの外見や才は、私とお母様の血の繋がりという事実を肯定している。だが、シオンのような薄汚い男の血も遺伝子すらも私の身には欠片も存在していないのだ。



「貴様のような男が父親? 何をふざけたことを言っている? お母様と関係があったのが事実であっても、それは貴様の醜悪さを肯定する事実でしか無く、私とは何の関係もない」



 お母様との関係に関しては、あの状況下ではどうにもならなかった以上、お母様を責めることでもないし、すべて箱の男が元凶であるのだ。


 シオンからすれば、私がお母様を恨むことすらも計算に入れていたのかも知れなかったが。



「はっはっは。そうであろうな。認めたくない事実を否定することは当然だ。しかしな……」


「黙れっ!! 私の父は、カザミ・ツクシロただ一人っ!! 貴様が、天津上にて、卑怯な暗殺を働いたスメラギの英雄……。これ以上、その薄汚い口を開くなっ!!」


「ミナギ……でも」


「お母様。たしかに、お母様はシオンの血を引く娘を宿したのかも知れません。ですが、その娘と私は何も関係が無いのですよ」


「え?」



 そして、シオンの度重なる挑発に対し、毅然として言い返す私に、お母様は弱々しく口を開きかける。


 この事実が、お母様にとっては幸せな事かどうかは分からない。ただ、事実として、私はお母様とお父様の娘であることに変わりはないのである。


 だからこそ、告げるべき事実であるとも思うのだ。私の……本当の過去を。



「……私は、転生者。異なる世界において、月城美緒と月城風実という夫婦の間に生まれた娘なのです」



 そう言って、私は、記憶の中にある事実をお母様に対して告げる。


 生まれながらに病弱であり、今と変わらぬ年の頃に病にて世を去ったこと。

 そんな私を支え続けてくれたのは、一冊の書物であり、その書物の主人公と恋敵がサヤ様とお母様の生い立ちと酷似していたこと。


 リヒト様やお父様もまた、その世界においては似たような関係にあったことなどを。


 荒唐無稽とも言える内容であったのだが、今の私とお母様にとっては必要な事だと確信している。


 私に、シオンと同じ血など流れていないし、お母様がシオンの子を宿したという事実も存在していない。


 気位の高いお母様にとって、この様な事実の方が必要だと思うのだ。



「…………ふ、っくっくっくっく。なるほど、そういうことであったか」


「小娘の戯れ言と笑うならば笑いなさい。ですが、貴様が私の父であるという事実などは存在していない。そして、そんな事実で私が貴様を見逃すとでも思ったか?」


「そうではない……。なるほど、異なる世界からなあ。伝承は事実であったと言う事かっ!!」


「え?」


「……なんと言うこと」




 そんな私の告白に対し、腹の底からこみ上げるような笑い声を上げたシオン。

 しかし、歓喜するような様子のシオンに対し、お母様までも気落ちするというのは正直なところ、選択を誤ってしまったのであろうか?



「だから、貴女にはここまでの力が……」


「お母様?」


「くくく……。そうか、それならば、俺の娘でなくとも当然だ。そして、我々が求めていた女が見つかるとはなっ!!」


「っ!?」



 そして、声を落とすお母様に対し、満足げな表情を浮かべたシオンは、笑みを浮かべたまま私に対して向けていた砲筒の引き金を引く。


 一瞬のことであったが、あからさまな狙いを読むことは用意であり、わずかに身を捩ってそれを躱した私は、一気にシオンとの距離を詰める。


 彼が不意を突いてくることなどは想定済みであり、単純な砲筒の技量に差はない。



 つまりは、今のように私が跳躍しながら引き絞った砲筒を持ってしても、彼を撃ち抜くことは不可能。



 となれば、接近戦に持ち込み、勝負を決める。


 そう考え、腰に下げた剣を抜いてシオンへと向かう。当然、応戦されて、腕力の差にて剣は虚しくも弾き返される。


 しかし、そのまま身体を捻って再び地を蹴り、飛び掛かるようにして高速で剣を振るう。


 重さでは勝てぬとも、正確さ、速度で劣るつもりはない。


 そのままに激しくぶつかりある得物。火花が飛び散り、金属どうしが激突する金切り音が室内に響き渡る中、私達は互いに相手を睨みながら得物を振るい合う。


 さすが、老父様の作りだした剣。


 力量で劣る私が、シオンに対して劣勢に立たないのは、自身の腕もそうだが、手にした剣のおかげでもある。


 生み出してから長い年月が経っているにもかかわらず、私の力量に見合った重さや握りが寸分の狂い無く生み出されているのだ。


 そんなことを考えつつ、重い一撃をシオンに見舞う。


 だが、ソレを受け止められ、そのままに後方へと押し切られると、そのまま身体を回転させつつ、足を払うように剣を振るう。


 当然、読まれていたモノの、シオンに跳び上がらせることことまでは計算のうちであった。


 地に足を付けていては自由に動き回れるも、跳躍して空中にある間は、足場がないためにどうしても動きが鈍る。


 身体の捻りなどを利用することも可能だったが、それでも地面にある時には劣る。


 そして、私としても、何の用意も無しにシオンの前に現れるような真似はしていなかった。



「むっ!?」



 そして、跳躍したシオンの背後にて、白き光が瞬くと、そこから複数の十字架が生み出されてくる。


 私が得意とする聖法術。やはりというべきか、もう一人の私の存在が、私の身に宿る法術の力を強めている。


 普段よりも輝きを増したそれらは、正確にシオンに向けてその刃を伸ばそうとしている。


 そして、再びの輝きとともに、シオンの周囲を囲んだそれが、一斉に彼に向かって牙を剥いたのだ。



「うおおおっ!!」



 咄嗟に、結界の類であろうか。両手を広げて黒き膜を自身の周囲に張るシオン。

 やはりというべきか、私も知り得ぬ防御法術であり、彼へと襲いかかる十字架達は、次々にそれに炸裂して白き光へと帰って行ってしまう。


 結果として、周到に用意した法術はシオンに通じず、私の身体には蓄積した疲労感が襲いかかってくる。



 しかし、それで十分であった。



「覚悟っ!!」



 すべての十字架が光へと帰ったその時、私は両手の自由を失ったシオンの眼前へと跳躍し、躊躇うことなく彼に対して剣を振り下ろす。



「えっ!?」



 決着はついた。


 ほんの僅かでも、そのように思ったことが、私の驕りであったのだろうか?


 確実にシオンの身体を両断するつもりであった私だったが、突如として視界が曇り、剣先が鈍ったことを察すると、次の瞬間には腹部に感じる激痛と、後頭部に届いた打撃。



「ミナギっ!?」


「ぐっ……、は、放しなさい」



 激しい痛みに、一瞬意識を手放した私は、気づいた時には首を締め上げられる形で、シオンの腕の中に囚われていたのだった。



「くっ……、仕込みか」


「ああ。万一に備えてな。それにしても、肝が冷えたぞ」


「貴様っ……」



 視界の端に写った小箱。


 シオンの手首に仕込まれたそれは、視界を眩ませる麻痺毒の類が仕込まれていたのであろう。それによって、一瞬動きを止めた私に対し、シオンは反撃に出ることが出来たのだ。


 単純な手ではあったが、戦いの場にあって、この様な仕掛けを見抜けなかった私の、単純なる力不足による敗北であった。



「まあ待て。…………おい、もったいぶっていないで、出てきたらどうだ? いるのだろう? そこに……」



 そして、なんとか腕から逃れようと身を捩る私を強引に抑えつけたシオンは、そのままに暗き闇に支配された入口へと視線を向ける。


 ほどなく、静かな足音が室内に響き渡ると、闇の中からゆっくりと、私と同世代の少年、少女が歩み寄ってきたのだった。




「殿下っ、サキもっ!?」


「ふっ……」



 そんな、二人の姿に、シオンは冷笑とともに片腕にもった砲筒を突き付ける。


 それに対し、サキも手にした弓を引き絞ってシオンに対してそれを向け、ヒサヤ様もまた、先ほど私が献上した剣を振るう。



「遅くなってすまなかったな。ミナギ……」



 そして、ゆっくりと口を開いたヒサヤ様は、鋭い視線でシオンを睨み付ける。


 赤き光が灯る中、最後の戦いが今始まろうとしているのだった。

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