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第二十九話

長らくお待たせしていまい、申し訳ありませんでした。

 船上は再びの乱戦の様相を呈しはじめていた。


 スザクやキラーと激しく剣を交わしあうヒサヤ様とリアネイギス。


 ゲブンの銃撃を交わしつつ、風のような動作で彼を翻弄し、矢を射掛けているアドリエル。


 同志達を鼓舞しつつ、次々に敵の暗殺者達を射抜いていくサキ。


 乱戦の中で、傷ついた同志達を庇いつつ、縦横に戦場を駆けるシロウとお兄様。



 それぞれが相対する者達との激戦を繰りひろげている中、私もまた、かつての因縁に決着をつける機会を得ていた。



「不思議なモノですね。私はこうして年齢を重ねているのに、貴女は何一つ変わりない」


「はん、お前もそうなるのさ。刻印によって、身が食い尽くされるまで、そのいけ好かない小娘の姿に終わりはないのさ」



 私と相対しつつ剣を揺らしながら、こちらを睨み付けてくる女、ロイア。


 教団の幹部の一人であり、暗殺者達の身体に埋め込まれた刻印によって、彼らを支配する力を得ている女。

 アドリエルの法術によってその脅威は拭われているが、依然としてこの女が危険であることに変わりはない。


 加えて、私と彼女にはちょっとした因縁があった。



「あの時……、彼の商人の手に落ちていれば、行きつく先はこの島だったのですか?」


「察しが良いじゃないか。皮肉なモノだな。お前も皇子も結局この島にやって来て、私達の駒に成り下がりかけた。だが……、こんな結果を生むんだったら、あの時さっさと殺してやるんだった」


「お兄様に感謝するしかありませんね」



 そう問い掛ける私に対し、ロイアは表情を歪ませてそれに応える。


 彼女にとっては、すでに隠しだてする必要もないことなのだろう。実際、私達はこの島に縛られる結果になったが、二度に渡ってロイア等の企みは妨害された。


 あの時、彼女等の凶行を防いだのは、隠していた出自を晒してまで駆けつけてくれたお兄様や神衛の方々。だが、すでに多くの人達は失われてしまっていた。



「それじゃあ、あの世で兄妹仲良く詫びあうんだねえっ!!」



 そんな私の言に対し、鋭くそう言い放った刹那。

 私の眼前に、吹き込んできた風とともに輝く刃が振り下ろされる。


 ロイアの姿が消えると同時に剣を構えいたため、一刀の元に斬り伏せられることは防げたが、やはり一筋縄ではいかない相手。


 だが、もう十年も前になる誘拐事件の際、ただ無力に打ち震えるしかなかった私はもういないのだ。




「ふっ!!」



 そう思うや否や、受け止めていた剣を弾くと同時に今度は私がロイアの胸元に飛び込むように剣を突き立て、それをいなされると後方へと飛び退く。


 鋭い光の刃が眼前を横切るのをギリギリのところで躱し、再び剣を振るう。

 その後は互いに鋭く振るった剣と剣がぶつかり合い、火花が艶やかに舞い上がりはじめる。



 剣の腕は互角……とまでは行かずに、ロイアの方がわずかに上。


 剣を主力としているわけでない以上、健闘は出来た。おそらく、剣に集中していれば互角に渡り合えたかも知れない。


 それだけに、先頃行われた肉体強化には感謝するしかないだろう。この後、どのような副作用に襲われるかは分かったものではないが。



「っ!!」



 そうしているうちに、お互いに振り絞った一撃をぶつけ合うと、今度は意識をした飛び退きではなく、威力によって互いに後方へと吹き飛ばされる。

 後背にて戦っていた暗殺者達は同志達を薙ぎ倒しつつ、互いに睨み会う私達。


 だが、ロイアの隙を作れたことは、私にとっては十分な戦果であった。



「小娘……っ」



 巻き込まれた暗殺者に背を押されながら立ち上がったロイア。


 私もそうであったが、わずかな数十秒の立合であるにも関わらず互いに息を荒げている。それだけギリギリの攻防であったのだ。



「ちったあ、成長したって事か。……相変わらず、その幸せそうな顔がいけ好かないがっ」


「…………ええ、私は幸せ者ですよ。それが何か?」


「っ!! 小娘がっ」



 そんな調子で私を睨むロイアに対し、私はなんとも憐れみめいた感情を隠すことなく口に出す。


 たしかに、私は元々は名家の血を引き、今では名門とも言えるツクシロ家の息女。

 幼い頃に多少の迫害を受けたものの、人並みの幸せというものの中で育ってきた。

 前世においても、病気という不幸はあったが、それでも今の自分と同じぐらいにまで生きることが出来たのは、ただただ家族や周囲に感謝するしかない。



 そんな自身の境遇を、他者を不幸にする事で生きるしかない女に羨まれることはある意味で当然であるのかもしれない。

 だが、私を羨む権利があるのは、シロウやサキのように自身の意志を不当に害された者だけである。


 先頃、肉体改造をされた私に対し、法術を駆使して、散々に苦痛を与え、喜々としてそのような行為に及んでいた女に、そんな権利を認めたくはなかった。



「他者を羨むのは、もうやめるべきですよ」


「なに?」


「っ!!」




 そして、そう言い放った私は、一瞬困惑したロイアに応えることなく目を閉ざすと、一気に精神を集中させる。



 今は法術のキレも良い。


 戦いの最中であっても、法術を仕掛ける用意をするだけの余裕があったのだ。それも、味方である同志達を巻き込まず、私達を害そうとする暗殺者達のみを狙うことができるほどに。



「しまっ!?」



 その刹那。


 闇夜に白き光が瞬いたかと思うと、そこから産み出されたのは、上空を埋め尽くさんかという無数の白き十字架。


 突然の状況に皆が困惑する最中、まるで流れ星のように緩やかに……見えるそれらは、躊躇うことなく交戦中の暗殺者達へと降り注いでいく。

 虚を突かれ、頭部を穿たれた者は当然即死。なんとか躱した者も、どこかしらにそれを受けて傷を負い、倒れ伏したところに同志達が襲いかかる。


 ロイアやキラーなどはさすがにすべてを躱しきったようだが、それでも確実に隙は産まれる。



 ただ、キラーに関しては対峙していたヒサヤ様も虚を突かれる形になってしまっていたため、残念ながら討ち果たすことは出来なかった。



 しかし、ロイアと対峙する私は、当然この機会を狙っていた。



 飛び退く先を予測し、そちらへと向かって床を蹴った私。振り上げた剣の軌跡の先には、防御姿勢をとれていないロイアの姿がある。


 後はこれを振り下ろすのみ。


 十年越しの因縁はそれで決着がつくはずだった。



 しかし……。



「うっ!?」



 その刹那、突如として襲いかかってきた頭痛。



「がああっ!?」



 それによってわずかに剣の軌道がずれ、ロイアの頭部ではなく、肩口に剣が食い込み、そのままに彼女の腕を弾き飛ばす。


 だが、即座に身を捩って飛び退いたロイアは飛ばされた腕を残った腕で掴むと、生き残った暗殺者達を盾にするように空いている場に下り、治療を開始する。


 即座に追い、止めを刺すべき場面であったのだが、頭部を襲う激痛は、私の身体から動くための気力を一瞬にして奪ってしまっていたのだ。



「ぐっ……、ぎ、あっ……」



 押さえ込んでも治まることのない激痛。


 剣を取り落とし、膝をついた私の身体に、にじみ出るように汗が浮かび上がり、視界が揺れはじめる。



「ミナギっ!!」



 そんな私を、生き残りの暗殺者達が見逃すはずもない。


 ただでさえ、広範囲法術で派手に攻撃を加えてきた相手。恨みは人一倍であろうことは、想像に難くなく、私へと襲いかかってくる暗殺者達。

 しかし、近場にて交戦中であったシロウが、私を守るように立つと、飛び掛かってきた暗殺者達を、一人、また一人と討ち倒していく。



「お、おいっ!! 大丈夫かっ!?」


「ぐっ……うっ、シロウ君……」


「ま、まて、無理をするなって。うおっと!?」



 飛び掛かってきた暗殺者達を一掃したシロウは、私の傍らに膝をつき声をかけてくる。

 おかげで助かったのだが、この時の私は、彼への感謝とともに、重大な一つの事実を察していた。


 だからこそ、全身に広がる倦怠感を頭部の激痛に鞭打ちながらも立ち上がろうとする。


 しかし、足元はおぼつかなく、すぐにシロウの胸元へともたれかかってしまう。


 当然、再びの攻撃。


 シロウは私を、俗言うお姫様抱っこの形で抱き上げてそれを躱すと、身体を回転させてそのままに暗殺者達を蹴倒す。

 倒れ込んだ暗殺者達は、同志達が止めを刺していったため、シロウはそのまま離脱することを選んだようだ。



「大丈夫か?」


「ツクシロっ!?」


「ミナギ、大丈夫っ!?」



 私を抱いたまま、艦橋へと飛び退いたシロウの元に、近場で交戦していたアドリエルとサキが駆け寄ってくる。


 サキはともかく、アドリエルはゲブンと対峙していたはずであったが、わずかに視界の端に写ったのは、漆黒の翼をはためかせてゲブンを翻弄するお兄様の姿。


 どうやら、彼女も得意の支援に集中出来たようだった。



「うっ……、皆を……、船から」


「なに?」


「攻撃が……、うう」




 それを見た私は、頭部の痛みによって途切れ途切れになっている意識を叱咤しつつ、口を開く。


 思えば、なぜあそこまで法術を正確かつ高威力で使役できたのか。単に、調子の良さだけで片付けていた自分が今となっては忌々しくも思える。



 だが、私は先ほどの一瞬に、薄紫色の空間に立つシオンとその背後で膝をついているお母様の姿を垣間見たのだ。


 そして、二人のその姿は、次に起こりうる事態を想像するには十分なモノでもあるのだった。




「っ!? サキ。これは」


「分かってる。シロウ、ミナギをお願いっ!!」



 そんな私の言に、アドリエルとサキは何事かを察したのであろう。即座に、その場から駆け出していく。



「まさか……。ミナギ、しっかりしろっ」



 残されたシロウは、私の言と二人の行動に、驚きつつも再び私を抱き上げる。


 アドリエルは、法術や刻印学に精通しており、女神の檻に関する情報もある程度は得ている。それ故に、サキに一言確認をするだけで行動に移れたのだ。

 そして、細かい事情を知らぬとも、二人の行動によって何事かをシロウが察するには十分なこと。



 だが、時は、私達に時間を与えてはくれなかった。



「っ!? な、やはりかっ!?」


「うぅっ、こんなことが…………っ」


「くそっ!! ミナギ、逃げるぞっ!! ぐっ!?」



 私を抱きかかえたまま、艦橋から外へ出たシロウ。


 その刹那、船を包み込む紫と黒の光。それが、何を意味するのか? この場に居る者達で分からぬ者はいないであろう。


 だからこそ、皆が皆、自身の生命を守るべく行動に移るか、それとも僅かな時間を自身の満足のために費やすかの二択を選ぶ。


 私達の場合は、当然前者を選ぶ。


 自由を得るための行動でもあり、そこには当然生命の保持を優先するのだ。



 だが、島に縛られ続けた者達。いや、正確には島に、殺しに依存する者達にとっては、自由の身になる事こそが恐怖であり、暗殺に身を染め続けたのは、いつか来るであろう自身の死を希求し続けたからこそのこと。


 そして、そのある意味では身勝手な希求は、生きようと必死になる者達の道筋を、当然の如く阻んでいく。


 シロウの声とともに、私は甲板に投げ出され、激痛の続く頭とそれに伴う倦怠感に支配されながらも、何とか身を起こす。

 投げ出される直前、シロウが上げたのは悲鳴とも苦痛とも言える声であったのだ。



「シロウ君っ!?」


「だ、大丈夫だっ……」



 そして、私が思わず声を上げたその視線の先にあったのは、苦痛に顔を歪めながら脇腹を赤く染めたシロウとすでに血の気を失いつつも、怒りに満ちた表情を浮かべるロイアの姿。


 そして、ロイアの残された片腕に握られていたのは、やや長めの刀身を持ったナイフ。

 それは、組織の暗殺者達が、確実に相手を葬るために使用する遅効性の毒が仕込まれたそれであったのだ。



「に、逃がす……モノか」


「…………っ」


 

 この時、私ははじめて、人を殺めることに躊躇いを持たなかったかも知れない。

 

 気がついた時には、狂気の光を目に宿したロイアの首を躊躇うことなく弾き飛ばし、その苦渋に満ちた人生に終止符を打っていた。


 だが、今更そんなことを感慨を向ける事など出来なかったのだ。



 さらに光を増し続ける周囲を尻目に、私の目にはシロウの身に突き立ったそれ……。


 それを中心にして、徐々に広がりを見せる赤き斑点をただ呆然と見つめるしかなかったのだ……。

更新が滞ってしまって本当に申し訳ありません。なんとか、仕事や体調と折り合いをつけつつ時間を確保してはいるんですが……。


完結まで今少しですので、出来れば最後までお付きあいいただけると本当にありがたいです。

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