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第二十四話

web拍手にてコメントを戴き、本当にありがとうございました。

「ちょっと、いい加減なことをっ……ミナギ?」



 巫女様から一連の話を聞き終えた私達は、皆が一応に沈黙していた。


 その中、いち早くサキが苛立ちを隠すことなく口を開きながら立ち上がりかけるも、傍らに座していた私は無言で彼女を制す。


 客観的に見れば、巫女様とミュウ様の言は荒唐無稽なことでしかない。


 私自身、自分が所謂クローン人間だという実感があるはずもないし、サキやヒサヤ様からしてみれば、久方ぶりに再会した幼馴染みがそんな存在だったと言われて、簡単に納得できるはずもない。


 とはいえ、私自身にも思い当たる節はあるのだ。


 唐突な頭痛に襲われ、昏睡した際に見る薄紫色の光景と同年代の女性の声。


 なんとなく聞き覚えのある声だと思っていたが、別の自分。正確に言えば、本来の私の声であったのだから聞き覚えがあるに決まっているのだ。

 そして、私は愚かにもそのような事に気づくことなく、今日まで過ごしていたのだ。

 ケゴンを焼き払い、セオリ湖と天津上に害を為し、そして今もなお、スメラギに対して巨大な脅威となっていながら……。



『私を殺してください』



 そんな実情を思い返すと、あの時に私に声が告げた言葉が思い返される。


 恐らく。ではあるが、スメラギを襲う脅威を取り除くには、文字通り、女神の檻の中にある、“ミナギ・ツクシロ”という存在を殺す以外に手はないのであろう。


 自分で言うのもなんだが、“殺せ”と言うことは、私が死んだところで彼女が死ぬ。等という都合のいいモノでもないと思う。

 “私”であるのならば、自身の愚行を止めるためならば、“死ね”と言うに決まっている。いや、それだけの覚悟はあるつもりである。

 ようやく再会できたお母様やヒサヤ様、サキ達。そして、永遠の別れとなってしまったお父様達のことを考えれば、私の命などは鴻毛が如く軽いものだった。


 サヤ様がおっしゃったように、自身の幸せを求めることを私は選ぶことは出来ないのだ。



「巫女様。その“ミナギ・ツクシロ”なるものは、組織本拠地にいるのですね?」


「ええ。動力源に繋がれて、身動き一つ出来ない状態のはずよ」


「ミナギちゃん……。もう一人のあの子もね? 間違っても本人の意志で、これまでの破壊を行ったわけじゃないのよ? ミオさんと同様、周りの罪を押しつけられているだけなの。それだけは」



 そんなことを思いつつ、巫女様達に対してそう問い掛けた私に周りの皆さんは、少々たじろいだようにも思える。


 実際、声は抑揚なく冷淡なものであったと思う。そのため、表情を顔に出さない巫女様でも少々表情が動いたほどである。

 それほどまで、私はひどい顔をしていたのであろう。とはいえ、ミュウ様の言もまたよく分かる。


 一度はお母様を信じられなかったのだ。二度目は私にはないし、私自身にも後ろめたきことは何一つ無い。




「分かっております。なれば」


「おい。どこへ行くつもりだ?」




 そして、二人の言に対してゆっくりと頷き返した私は、躊躇うことなく立ち上がり、外へと足を向ける。

 それに対して、ヒサヤ様は静かな怒りをたたえたかのような声を私にかけてくる。



「知れたこと。本拠地に戻り、件の愚か者を殺すまでです。彼の者からは、深層意識を通じて願われていたこと。巫女様、ミュウ様。殿下とサキの解毒だけは何卒、宜しくお願いいたします」


「勝手なことを言うな。馬鹿者」


「殿下。如何に殿下であろうと、これだけは譲れませぬ。スメラギに害を為す愚か者は、私めが、必ずや討伐してご覧に入れましょう」


「そんな様で本拠地に突っこんでどうなる。お前に罪なんか無いんだから、いったん落ちつけ」


「分かっております。ですが、責は果たさねばなりません」


「責を果たすだと? ぼろぼろ涙を流しながら、そんなことが果たせると思っているのか?」


「え?」




 私の態度に苛立ちを覚えたのであろう、それまでと変わらぬ静かな怒りをたたえてそう声をかけてくるヒサヤ様に対し、私は強がっていたのであろうか?


 実際、自身の手で討ち果たすしかないという思いは強く、気持ちが昂ぶっているという自覚はあった。


 しかし今、頬を撫でた際に手に伝わるなにか暖かな感触に、それまでの昂ぶりは、責務に対する高揚感などではなかったのであろうか?



「殿下も落ち着いて。ミナギ、誰もあんたを責めはしないし、私達の目的だって一緒だよ。だからさ、自分一人で背負おうとしないで?」


「サキ殿の言うとおりですよ。ミナギさんやツクシロ閣下を責めることよりも、組織や各国に対する怒りの方が強い」




 そして、相対する私達を宥めるサキとケーイチさんの声に、今になって聞こえはじめた激しい鼓動が、ようやく静まりはじめる。


 しかし、冷静になってくると、自身の身に降りかかったあまりに理不尽な事実が、ひどい重荷になってのし掛かってくるのだ。



「う……」


「お、おいっ!!」


「っ!? …………っっっ!!」



 そして、途端に全身が鉛の如く重くなったことを自覚し、全身から力が抜けていく。そして、慌てて私を抱きかかえたヒサヤ様の胸に顔を埋めると、途端に止めどなく流れはじめた涙を抑える術を、私は知らなかったのだ。




「ミナギ……」


「今ばかりは泣かせてあげて。……ミナギ、貸しよ? これは」



 そんな状況に困惑したのであろう。


 それまでの苛立ち混じりの声から、困惑混じりの声へを変わったヒサヤ様に対し、サキが優しく声をかけると、少し悪戯っぽいような声を私に向けて来たのであった。



◇◆◇◆◇



 船渠内では血みどろの交戦が続いていた。


 どちらも精鋭と呼べる暗殺者どうし、正面戦闘に優れると同時に、耐久力も常人を凌駕している。


 そして、さらに双方に共通するのは、継戦意欲の凄まじさ。


 互いに全身を斬り裂かれ、激しく出血しながらも戦闘をやめない者達。死したる仲間の死に動揺するのではなく。復讐に燃えて敵に対して挑み掛かる者達。


 古今、激戦と呼ばれる戦いの下地として存在したのは、精兵と精兵。名将と名将の激突であり、双方ともに優れた力と力がぶつかり合うからこそ、大きな被害が出るものであるのだ。



 そんな激戦の輪の中にて、縦横無尽に暴れ回るのは、五体の影。


 組織幹部であるキラー、ゲブン、ロイアの三名とこちら側に属するシロウ。そして、尚武の一族ティグ族の皇女リアネイギスである。


 いかな精鋭同士と言えどやはり力の傑出した存在は、はたかれ見れば抜きんでており、一進一退の死闘の中で、彼らの周囲だけは常に空白が存在しているのだ。



 とはいえ、向こうが三人に対してこちらは二人。どうしても一人分の差が生まれてしまう。




「……く、私が参戦できれば」



 死闘の輪より外れ、すでに停泊している船の甲板から、援護に徹しているアドリエルは、一人そう呟く。


 両陣営にを縛る要素として、島のガスを必要とする毒。そして、術者の意図によって苦痛を与えることが可能な呪印。

 それを使役されれば、こちら側は圧倒的不利な状況下に置かれることになる。そして、それを防ぐには、それ相応の法術の心得が求められ、膨大な魔力も必要になってくる。


 この混戦の様相では、精鋭と呼べる魔導師でも使役に集中できず、法術には不向きな近接戦闘を強いられる者達が多い。

 幸いにして、アドリエルは弓を得物としており、彼女の腕前であれば接近を許す前に仕留めることは十分に可能であるが故、その防呪の役割は彼女が一手に引き受けている状態である。


 だが、彼女が参戦できないために、敵幹部が一人自由になる時が必ず生まれてしまう。リアネイギスとシロウが相当無理をして二人を同時に相手取る時を作るが、相手も素直にそれを受け入れるはずがないのだ。


 そして、もう一つ。アドリエルにとってはもどかしい状況が、すぐ側にて起こりつつあった。




「……………っ」


「どうした? その程度か?」




 アドリエルが防呪に努める傍ら、甲板にて交戦するのは、組織の首領帝釈天のジェガと白髪の少女ユイ。


 年齢差も体格差もそのまま大人と子どものそれである両者であったが、互いに傷を負い、相手を睨みながらの対峙が続いている。

 ジェガの剣伎は、リアネイギスのそれにも匹敵する技量に対し、ユイもまた卓越した法術を駆使してそれを防ぎ、時には近距離法術を駆使してジェガに傷を負わせ続けている。

 ともすれば、一瞬で勝負がつきそうな状況にありながらも、ユイの奮戦によってこちら側は巨大な戦力差を緩和できているのだった。


 しかし、両者の間には、男女差、年齢差以上に、体力面で大きな差が存在

する。


 今も、法術の使役で疲労の色を見せ始めたユイが、ジェガによって手痛い一撃を浴び、距離を取って彼を睨み付けている状況だった。



「ユイっ!!」



 そんな状況に、アドリエルはジェガの足元を狙って複数の矢を放ち、ジェガが飛び退いたところをそれをも上回る早技を持って彼に矢を見舞う。


 しかし、光にも匹敵する弓術を持ってしても、その巨体を身軽に動かしながら迫り来るジェガには通じず、懐に入りこまれたアドリエルは、飛び退きながらも襲いかかってくる剣伎を躱していく。

 弓術が主と言えど、彼女もまたニュンの皇女としての意地があると当時に、戦闘能力に関しては常人を遙かに凌駕している。


 今も、ジェガの剣伎を身軽に躱し、足を払うと同時に至近距離にて矢を放つ。


 それはかわされたが、攻撃一辺倒であったジェガに対して反撃し、互いに主導権を奪い合うところにまでもつれ込む。



「どいてっ!!」


「ぬっ!?」




 そんな状況を作り出したアドリエルに対し、ユイが短くそう言い放つと、鮮やかな光を放つ火球がジェガの身体を包み込むと、ほぼ同時にそれが激しく燃え盛り、ジェガの身体を包み込む。


 すべてを焼き尽くすかのような業火。


 それをジェガの身体周りのみを狙って使役するだけの精密さをももつユイの法術。


 本来であれば、ここですべての決着はつき、その場には焼け焦げたジェガの巨体が転がるだけのはず。


 しかし、今回ばかりは通常の戦闘とは異なっている。



「ふっ!!」



 燃え盛る炎の中で、両の腕を大きく振るったジェガ。すると、彼の周囲を焼き尽くしていた炎は、まるで何も無かったかのように四散し、金属張りの甲板を焦がすのみで、そのまま消えていく。



「中々やるな。だが、俺に法術は通じぬ」


「……そんなことはない。傷は負っている。だから、何度でも食らわせてやるだけ」


「法術を完全に防ぎきることは不可能。一度回避しても、防術が確立されるまでの時間は与えん」



 方々に火傷を負い、表情を曇らせながらも不敵に微笑むジェガ。法術に対する耐性は非常に大きいようだが、それでも確実に傷を負っていることは端から見てもたしかであった。



 しかし、運命という名の歯車は、確実なる状況を許してはくれなかった。


「っ!? なんだ?」


「…………動いている?」



 その刹那、互いに対峙を続けていたアドリエル、ユイとジェガは、自分達の立つ甲板が大きく揺れ動いたことに、思わず体勢を崩しかける。


 周囲に視線を向けると、ゆっくりと船渠が動き始めている。つまりは、船自体が進み始めていると言う事であろう。




「どういう……?」


「行って」


「なに?」


「艦橋に。サレムに何かあったのかも」


「しかし、そなたは」


「一人でもやれる。だから、先輩は仲間たちを」



 困惑するアドリエルに対し、ユイは短くそう告げてくる。その表情は変わらず、鋭い視線でジェガを睨み付けているだけ。

 相応の覚悟を持って戦っている。だから自分は大丈夫。ユイの横顔は、そんなことを言外に語っていた。



「……よかろう。すぐに戻る」



 そんなユイの覚悟に、アドリエルは頷くとすぐさまその場から艦橋へと向かって駆ける。どのみち、同志達を乗せずに出航するわけにはいかないのだ。


 だが、艦橋に辿り着いたアドリエルが見たのは、余りに予想外の光景であった。




「…………やはり、あの男っ!!」




 苛立ちとともに壁を殴りつけ、その場を後にしたアドリエル。


 艦橋彼女が辿り着いたその時、そこは血の海になっており、その場に詰めていた者達は一人を除いて全員が惨殺され、操縦桿や停止装置も破壊されていたのだ。


 つまり、この船は留まることなく島の外へと飛び出していくだけ。船内に逃げ込んでいる、民間人たちを乗せたまま……。


 そして、“女神の檻”の破壊はいまだになっていない状況であり、そのままでは攻撃対象として葬られる未来以外にはない。



 いったい誰が?



 そのような問いの答えは、その場にいない唯一の生存者。サレムという男だけが知っているはずであるのだった。




「シロウ、リアっ!! 皆も乗り込めっ!! 船が動くぞっ」



 そして、そんな状況下でアドリエルが下した判断は、狭い甲板という戦場を選択することで、数の不利を補うという選択。


 一歩間違えれば、海の藻屑となりかねない状況でもあったが、いかに彼女と言えど、船内にて時を待つしかない民間人を見捨てるという選択肢を選ぶことは出来なかったのだ。




「くっ……、あとは、……貴女次第ですぞ。閣下っ……」



 そして、アドリエルの言に、慌てて船へと飛び乗ってくるリアネイギスやシロウ。当然、キラーやロイアと言った幹部達もそれに続き、戦いは第二段階へと移っていく。


 そんな光景に歯ぎしりしつつも、アドリエルは本拠地内部へと向かった一人の女性に対して、そう呟くしか無かったのだ。



◇◆◇◆◇



 深紫と漆黒の入り混じった禍々しき光は、再びその力を増しはじめていた。



「ようやく登場か……。似合わぬ格好をしたものだ。ゲスが」



 その光景に目を向けながら、ミオは背後に立つ人物に対し、怨嗟の念を隠さずにそう口を開く。



「ふ……、待っていたのさ。こうして、“家族”仲良く一緒になれる時をな」




 ミオの言に対し、背後に立つ男はそう口を開くとまとめていた髪を解き、顔に貼り付けていた変装具を取り外す。




「家族、だとっ? 貴様にそのような言葉を口にする権利があると思っているのか? シオンっ!!」



 そう言って、シオンと呼ばれた男に対して怨嗟の念を向けるミオ。


 サレムと名乗り、脱出為の策を講じてきた男は、今になってその正体を現し、自身が“家族”と呼んだ二人の母娘と対峙する。



 脱出船に乗り組んだ者達。そして、“女神の檻”の脅威に晒されるスメラギの運命を背負った一人の女性は、今、自身の運命に対して最後の戦いを挑もうとしているのであった。







 そして、その女性からすべてを受け継ぎ、過酷な運命に翻弄される少女もまた、最後の戦いの地へと赴こうとしていた。

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