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第九話

 関わらないと言う選択肢は私の中にはなかったと思う。


 念願だった健康な身体。そして、その身体での学校生活。

 友達と一緒に野を駆け回って、一緒に遊んで、一緒に勉強や運動を頑張り、そして、……できれば素敵な異性と出会って……、小説の中でのあの子たちのように。


 そんなことを考えてもいたと思う。


 思えば、小説の中での悪役。今は私のお母様である、ミオ・ヤマシナの娘として生まれたこと。皇太子リヒトの尊の親友にして側近だった父カザミ・ツクシロの養女となり、遊女の娘から名家の子女になったこと。

 これらは、決して私の力で得たモノとは言い難い。だからこそ、慣れない勉強をこなし、白桜の門を叩いたのだ。

 もちろん、お母様の言葉や父やお兄様達に恥をかかせるわけにはいかないと言う思い。そして、皇太子ご夫妻への恩返し。

 それらの要素があっての、今回の志願。もちろん、白の会に加わる上では、父の、いえ、お父様の力があったことを否定するつもりはない。上司と部下である前に、父と娘なのだ。


 これらのことを考えれば、今回の事はある意味では必然。お母様と妃殿下との間にある因縁が招いたことなのかも知れない。


 入学式を終えたあの日。白の会の場にて、神皇陛下をはじめとする皇室の方々より下されたある意味での勅命。

 それは、“初学年月組に属する皇孫子の発見と立太子の儀までの守護”と言うモノであった。

 

◇◆◇

 

 授業開始からすでに数日が経過していた。


 はじめは顔見知りの少なかったクラスメイトたちも徐々に打ち解け合い、授業の合間を縫っておしゃべりなどに勤しんでいる。


 ミナギはそんなクラスメイトたちの輪には加わらず、休み時間は一人しずかに読書をしたり、校庭を始めとする施設群に目を向けながら過ごしていた。

 周囲もそんなミナギに対しては、遠巻きに視線を向けてくるだけで声をかけてくることはなく、ミナギ自身、どうすればいいのかが分からないまま日数だけが経過しているのである。



(白百合の会合に出席したからかな……? そりゃ、使命があるから多少の緊張感は漂わせなきゃだろうけど)



 周囲の様子に本に目を落としながらそんなことを考えるミナギ。


 元々、入院生活が長かったミナギであるが、小学生の頃は自然と友達ができ、普通の学校生活を送ってきたのである。とはいえ、今となってはどうやって話しかけたらいいのかという思いが先に立ち、行動に移すことも出来ないでいる。

 もちろん、ハヤトに告げられたように、母親という後ろめたさがあるために積極的になれないことも関係している。

 だが、そんなミナギの心配をよそに、本当に一部の生徒以外は、ミナギの出自を知るよしもなく、ミオが成した罪を知る者はほとんどいないと言うが実情であった。


 では、遠巻きに視線を向けてくる理由は何か。


 一番の理由は、ミナギの外見にある。


 シロウやサキのような庶民育ちのこども達は、特段ミナギの外見を気にすることはなかったが、白桜に集まるのはそこそこの上流階級に属するこども達が大半で、一般及び貧困家庭に属する者はほんの一部である。

 それ故に、ヤマシナ家という権勢を誇った一族の血を受け継ぐミナギには、母親譲りの独特のオーラがあり、クラスメイトたちは敏感にそれを感じ取っているのである。


 そして、彼女自身はそれを否定するつもりもなく、今となっては嬉しく思うことであるのだが、ミナギの外見は、母ミオ譲りの美貌である。

 それも、女帝と形容されたモノを受け継ぐ鋭さを持ったモノ。

 そんな外見とオーラを放つ少女が、無言でクラスメイトに対して、彼女達からすれば鋭い眼光を放ってくるのである。


 そんな外見であるが故、授業料等が格安で済むことから白桜を目指した一般、貧困層に属する児童達からも敬遠されているようにミナギは思っていた。

 貧困からの脱出を目的する彼らは、面倒ごとに首を突っこむことを嫌い、上流層が距離を置き、鋭さを持った外見をしているミナギに絡んでくることはない。

 ミナギ自身も、シロウたちと遊んでいた時のような自然体でいればよかったのであろうが。

 ともかく、事情を知る者、知らぬ者を問わず、ミナギは少女達にとっては近づきがたい存在であったのだ。



(まあ、予想はしていたことだけど……。だけど、これが贖罪ならばそれでいいわ。今は……)



 ミナギ自身、外見やオーラまでを気にする余裕は無い。


 ツクシロ家の令嬢という立場であるとはいえ、今の彼女には学業とともに一つの使命が課せられているのである。

 そんなことを考えつつ、フッと一息つきながら読んでいた本を閉ざし、肩の力を抜きながら周囲のクラスメイトたちに視線を向ける。

 一瞬、女子児童達が怯えたような気がしたが、今のミナギの視線のは女子児童ではなく、男子児童へと向けられる。

 女子児童と違い、まだまだ幼い男子児童達はそこまでミナギの様子に敏感ではない。

 ミナギの視線を感じても、“白牙”に属する児童以外は、特に気にする様子は無いのである。



(いったい、どの子なんだろう? 早いところ目星をつけておかないと……)



 “白牙”である児童とは一瞬目が合い、互いに頷きあうものの、ミナギの関心は彼から別の児童へと移る。

 おしゃべりする児童もいれば、次の授業の用意をしている児童もいるし、仲のよい者同士でじゃれあっている者もいる。

 “白牙”の数人もそれに上手く溶けこんでいる様子だったが、彼らとミナギの間に共通する“目標”自体は達成できていないのだった。



 皇国の皇子に関しては、容姿などの情報はもたらされていない。



 ただ、クラスメイトの男児であると言う事だけがミナギ達に与えられた情報だった。

 神衛の特性上、味方陣営に入りこんだ間者を見抜く洞察力はどうしても求められる。そして、対象者の情報が十分にもたらされることなど当然のように少ない。

 そして、皇子である以上本職の神衛達が影から護衛についているのである。彼らに関しては訓練の一環であるとも言えた。


 とはいえ、今のところ、ミナギ達は目星をつけられないでいた。



 同じクラスのうち、男児は二十名。うち、三人が神衛である。だが、皇子の身分を明かすことが出来ない以上、本人に確認をすると言うのは言語道断であり、一定の帰還を待って上層部から皇子の身分を明かされることになっている。

 それ故に、その期限までに特定し、出来る限りの警護に当たっていなければならないのだった。



「失敗したところで、問題があるわけではない。ただ、評価は著しく下がるだろうな」



 兄ハヤトがそう言うように、大きな問題があるわけではない。評価は下がったとしても、放逐されるわけではない。


 元々、皇子の入学というのはイレギュラの一種であるのだ。


 とはいえ、成功すれば評価は上がる。自分の生い立ちを他の同窓達が快く思っていない事は事実。

 ミナギからすれば、評価に繋がる事は出来うる限り成功させたいというのも本心だった。



「おい」


「……何?」



 そんなことをしているうちに一日が過ぎ、ミナギは帰宅する児童の列からしずかに外れて“白の会”の応接室へと向かっている。


 そんな時、同じ白の会のメンバーである児童から声をかけられた。



「目星はついたか?」


「いいえ。まだなにも」


「そうか」


「ヨシツネ君は?」


「私も駄目だ」



 声をかけてきた児童、ヨシツネ・クロウは、ミナギの言に首を振りながら答える。


 クラスではミナギと絡むことはないが、初日以来夕方の会ではそこそこ話をしている。

 ミナギは、彼の名前から線の細い美少年を想起したのだが、実態は色黒で小太りの少年だった。

 とはいえ、クロウ家は皇室の流れを組む名門の一族であり、彼もまた体型の割に動作に下品な点は見られない。



「お父様とかから話は聞いていないの?」


「親を頼るわけにはいかんよ」


「まあ、それもですよね



 そう言って、二人とも肩を落としながら応接室の扉をくぐる。


 同学年の者達がすでに来ており、こちらに対して首尾を探るような視線を向けては来るが、ゆっくりと首を振ると、失望の色をたたえた表情で目線を逸らす。


 そんな様子に一瞬腹が立ったミナギだったが、彼らと口論になったところで意味は無い。元々、自分が評価を得るには結果を出すしかないと言う事は分かっているのだ。


 そして、後からやって来たクラスメイトたちの返事も同じであった。



「すでに数日が経過すというのに、何をやっているのだ? 殿下が我々と同窓である以上、殿下の盾となるのが我々の最初の責務だ。貴様らが殿下を特定せぬ事には何もはじまらんのだぞっ!!」



 クラスメイトたちからの一様の報告を受けたミナギ達が、成果の無さに揃って頭と垂れていると、別のクラスの児童が声を荒げる。



「事を荒立てるわけには行かぬ以上、拙速に進めるわけにはいかんだろ」


「何より、殿下の御心を騒がすのはちょっとね」


「それを考慮しても、数日というはかかりすぎだ。それでも、神衛となる者か?」


「カミヨ殿。自分がやりもしないことを批判するのはやめてもらいたい」


「貴様らの無能が原因であろう。……これ以上、時を掛けるならば、上層部からも何らかの動きがあるともうがな」



 声を荒げたのはトモヤ・カミヨ。


 皇国の権門たる五閤家の一つ、カミヨ家の子弟で、ミナギやヨシツネよりも家格は高い。今もまた、実家の権力を持って学内に介入しようと言う事を示唆していた。


 名目上、白の会内部では、家の家格は無視され、同格の候補生と言った形で対応されるが、普段の学校生活にあってはやはり家格の差は現れやすい。

 現にトモヤの周囲には、クラスの異なる者達も集まっている。家格の差を持って、影響力を示していると言うが実情であろう。

 神衛となる身であっても、皇室に対する忠誠が絶対と言うだけで、閤家間の権力争いという者は水面下で黙認されているのだ。これも一種の派閥作りというものであろう。


 実際、ミオもそれをやっていたように小説では描写されていた。


 教師たちもその道の専門家ではあるが、出自その者は児童立ちの大半よりも低いというのが実情であるため、閤家などの出身者は優遇される傾向がある。


 現当主たちはそのような子弟の優遇を嫌っているとも聞くが、実際に学校での生活が当主の耳に入るほど当主たちは暇ではない。

 そのような実情を、白の会に属する児童達は嫌なほど聞かされているため、今もミヒロの言にそれまで反論していたクラスメイトたちも押し黙ってしまった。



「親頼みと言う事ね」


「なんだと?」



 しかし、ミナギはそのような態度に腹が立ち、鋭くトモヤを睨み付けると、軽蔑しながらそう口を開く。

 声を落としたつもりであったが、やはり目の前にいる相手に耳には届いたようである。



「貴様はたしか」

「ミナギ。ミナギ・ツクシロです。同窓の名ぐらい覚えるのが礼儀だと思いますけどね」


「ほう? では、そなたが? ふうん、礼儀とはねえ。まさか、貴様の口からそのような言葉が聞けるとは思わなかったな」


「そうですか? これでも、礼儀は尽くしているつもりですけど?」



 最初はムッとした様子でミナギを見つめてきたトモヤであったが、ミナギの名と姓を聞くと、納得したように頷き、口元に笑みを浮かべる。

 そんな子どもじみた態度に、実際子どもであるが、ふつふつと沸いていた怒りも徐々に冷めてしまい、屋やあきれ気味にミナギはその言に答える。

 だが、ミナギの出自を知っているであろうトモヤは、自分に刃向かった相手への懲罰をやめる気は無い様子だった。



「ふっ……。娼婦の真似事をしながら覚えた礼儀か?」


「娼婦ではなく、遊女ですね。それも、大夫という地位にあるようですわ」


「はっはっは。誇るように言う事か? 大逆者に相応しい地位であることは変わりないがな」



 娼婦。と言ったトモヤの言に、彼の取り巻きをはじめ、クラスメイトたちも苦々しい表情を浮かべはじめる。


 皆、ミナギ個人に対しては今のところ、思うところは無かった様子だが、やはり彼女の母、ミオのことは不快に思っている様子。もちろん、それを誇るように口にしたことに対する嫌悪が勝っている様子だったが。



「そうですか。それで、トモヤ様。ヒサミ様はお元気ですか?」



 そして、愉快そうに笑っているトモヤに対し、ミナギは脳裏にある一人の女性の名を口にする。


 途端に、トモヤの顔色が変わっていく。



「な、なんだと?」


「別になんでもないわ。それより、先ほどからシオン様たちが一連の言を耳にしているんだけど、それはいいの?」


「なに?」



 そして、顔を青ざめるトモヤに対し、先ほどから気配を消して様子を窺っている指導官たちの存在を告げる。



「ふむ、見つかってしまったか。君達、もう少し、子どもらしい話をしてくれると我々はありがたいのだがね」



 そうして、気配を表した教官を代表して、シオンと呼ばれた青年士官が口を開く。表情には出さないが、子どもらしからぬやり取りに、苛立ちは大きく残っている様子だった。



「まあいい。元気が有り余っているようだし、少々厳しく行くから覚悟しておきなさい」


「は、はい」



 そして、そんな言に対して児童達は頷くしかない。


 元々、応接室をはじめとする専用施設を宛がわれているのは、将来の為の修練を積むためであるのだ。


 この辺りは、応接室にて取り巻きを侍らせて、だらけていた小説の描写とは大木異なっている印象がミナギにはあった。

 そして、肩を落としながら、修練場へと向かうトモヤを背後から見据えるミナギは、特段表情に出すことなく、一瞬だけ口もとに笑みを浮かべる。



 相手に対し、最も大きな弱みを突くというはある意味では常道。



 そうでなくとも、カミヨ家のトモヤ少年は素行に問題があると、神衛や閤家の間でも話に上がっていたようであり、カザミやハヤトからその種の情報をミナギは受けていたのである。


 もっとも、ミナギがハヤトから聞かされたのは、その辺りまでで、カザミ自身は他家の子息のことをどうこうするつもりはなかっのである。

 しかし、自分の立場が原因で、閤家をはじめとする権門の子息に目の仇にされることを望まなかったミオたっての願いでミナギにこれらの情報を告げたのだという。


 はじめに釘を刺しておけば、ある程度は節度を持ってくれるだろうという意図であり、白の会、ひいては神衛に属することになる児童達は、同世代よりも成熟しているという背景があってのことでもあった。



「ツクシロ」


「……なんですか?」



 そんなミナギに対し、ヨシツネが小声で話しかけてくる。



「たしかに、カミヨの言い分はひどかったけど、ああいうやり方はよくないぞ?」


「……そうですね。もうやらないようにします」


「その方が良い。それと、母上のことはあまり気にするなよ?」


「分かっていますよ」



 そんなヨシツネの諫言に、ミナギは素直に頷く。


 軽蔑してくる者もいれば、不快に思いながらもこうして注意してくれる者もいるのである。それを無碍にする必要はない。



「はあ……。だが、いい加減私達もなんとかしないとな……」


「そうですね」



 そして、ミナギの素直な態度に安心したのか、ヨシツネは別のことに思いを巡らせ、肩を落とす。


 それはミナギも同様であった。



 トモヤ達に咎められた責務。

 クラスメイトの中にいる一人の重要人物。その御方を当人の知らぬところで特定し、無事に守り通すこと。

 それが、ミナギ等に命ぜられた最初の任務であり、トモヤ等別のクラスの者達にとっても、その成否に関わってくる重要な情報なのである。



「ほんと、誰が皇子様なんだろう……」


 とはいえ、今のところは目の前にある難題に先が見えず、ミナギはそう呟くしか無かった。

今日は20時にも投稿予定です。

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