第二十三話
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前大戦の敗北は領土の分割、政治体制・軍の解体をスメラギにもたらした。
権力の中枢にあった神将家、五閤家、七征家は、断絶こそ免れたが、当主の脇を固める縁者や側近集団の多くが、五カ国によって一方的に裁かれる形で処断され、各国統治下にあった領土も召し上げられる。
それでも、権威というモノは残り、市井に紛れて力を蓄えながら皇室とともに彼らは敗戦以来の屈辱の時を過ごしてきた。
そして、権勢を失うモノ、生命を失うモノあらば、権勢を得るモノも当然に存在する。
一方的な捕縛を受けた者達の中には、戦勝五カ国に対する密約を利用してのし上がってきた者もあり、戦後の50年は、旧勢力と新勢力の暗闘とも呼べる時代がスメラギ国内には存在していたのである。
その中で、そんな暗闘を影で操ろうとする勢力も生まれはじめる。スメラギも戦勝五カ国もない、他国籍組織としてのそれは、犯罪者や奴隷、戦災孤児、少年兵などを暗殺者へと育て上げ、スメラギの両陣営をはじめ、各国の要人に対しても牙を剥いていく。
これが、組織の前身である。
そして、暗殺による裏の支配だけでなく、実際の暴力による表の支配。それを成すために、新たに研究を進められた超兵器。
それが、“女神の檻”である。
元々、女神とは、ベラ・ルーシャ教国の信仰対象である女神からとられた呼称であり、かつての大陸の覇者、神聖パルティノン帝国を滅亡に導いた白き女神の力の再現を狙ったモノである。
そして、その研究は、他でもないスメラギの一貴族。五カ国が一つユーベルライヒ連邦帝国に組した一族の手によって進められて来たのである。
その貴族の名は、“ヤマシナ”。
皇太子妃襲撃事件を端緒にした大粛清によって、一族郎党を滅ぼされた新興貴族である。
「……ヤマシナ家が権勢を誇っていたことは知っていたが」
一連の説明を受け、ヒサヤ様が私を一瞥しながらゆっくりと口を開く。
そう。今となっては遠き過去となった私の前世の中で、ヤマシナ家は愛娘が皇太子や大貴族の子弟を相手に好き放題出来るだけの権勢を誇っていた。
ただ、小説の話とはまるで結びつかない世界であることはすでに自覚しているし、存在を知りもしない祖父たちに対して特別に思う所などは私にはない。
しかし、この身に流れる血。
私はツクシロ家の人間であると頭では分かっていても、心の奥底ではそれを後ろめたく思う気持ちは拭いようがない。
お母様の凶行だけでなく、一族を上げて、ヤマシナ家は国家に仇を為していたのだ。
それを知っていたからこそ、お母様は自身を責め続けていたのであろう。
「ミナギ、君は」
「殿下。……ミナギ、あまりいい話にはならなそうだし、席を外した方が良いんじゃない?」
「そうですね。正直なところ、ミナギさんにとっては厳しい話になるとは思います。後々に響くと困りますから、その辺りは自由にしてください」
ヒサヤ様とサキの視線を受けても私は表情を変えることはない。
巫女様のサキの気遣いには賛同してくれたようだが、こればかりは私が聞かねばならないことでもあると思う。
今更逃げを打ったところで、罪が消えるわけもないのだから。
「わたしは、大丈夫です。巫女様、ミュウ様、続きを」
「そう……耐えきれなくなったら、いつでも席を外して良いわ。カエデちゃん、続きを」
そして、皆の視線を受けた私は、巫女様とミュウ様から目を背けることなくそう告げると、ミュウ様はゆっくりと頷き、そしてどこか悲しげな表情を浮かべてから、巫女様に対し手続きを促した。
「そう、じゃあ、どうなっても私は責任をとらないわよ?」
それを受け、巫女様は私に対してそう前置きした上で、再び口を開く。
ヤマシナ家をはじめとする、新興貴族陣営とベラ・ルーシャ、ユーベルライヒなどの各国の裏勢力は、共同で研究を継続し、刻印や魔導鉱石などによる様々な実験が行われていく。
暗殺者たちの身体を蝕む毒はその副産物であるし、刻印を接種による身体能力の飛躍的な向上は、パルティノンの遺産であり、その他様々な新技術を投入したが、結論として、あと一歩のところで計画は頓挫し掛かっていた。
外部からの魔力注入では、理論上可能なはずの動力は生み出せず、破壊力も通常の法術とさして変わることはない。
そのため、莫大な予算と各国の技術投入がまったく無意味に終わりかねない状況となり、研究を主導したヤマシナ家は、その時点で粛清の直前にまで追い込まれることになる。
そして、当代の当主、ミナギにとっては曾祖父に当たる人物は、非常の決断を下すことになる。
「それは、生まれながらに優れた魔力を持っていた孫娘を、彼らの言葉で言う生体ユニット。ようは、魔力の供給源に用いたって事ね」
「え、孫娘って……!?」
「ミナギの曾祖父にとって、つまり……」
そこまでの話に対し、サキとヒサヤ様が再び私に視線を向けてくる。
お兄様やケーイチさんも、巫女様の次なる言葉を察しており、無言のまま唸るだけで言葉に出来ない様子だった。
「そ、実権体として、女神の檻の動力源に選ばれたのは、ミナギさんの母、ミオ。結果として、彼女を魔力の供給源にしたそれは、一応の形を見たわ」
「ま、まだ先があるって言うの?」
そんな四人の様子を無視し、巫女様はさらに話を続ける。
サキがもう嫌気がさしたようすで、巫女様を睨むも、そんなことを気にする素振りは見せない。
ミオを実権体として、一応の完成を見た女神の檻。
とはいえ、影響範囲は精々十数キロと言ったところであり、さらなる研究の必要性が求められた。
ヤマシナ家当主としては、孫娘への犠牲をそれ以上求めることは出来ず、一応の成果を得たことで粛清から逃れることに成功。
その後、ベラ・ルーシャやユーベルライヒ、聖アルビオンなどでは、魔力に優れた者たちを生贄とした実験が繰り返され、現在の女神の檻も島の防御装置として実用されていた。
しかし、いざ最高出力を用いてみても、動力源となった生贄達は想定通りの威力を産み出すことは出来ず、完成を目前に控えてもなお、結果は足踏みとなったまま平行線となり、それに苛立った各国はある結論に辿り着く。
それは、動力源の原型となった、ミオ・ヤマシナを再び供給体として用いると言うこと。
その結論には、さしもの非道で知られたヤマシナ家当主達も困惑し、何某かの時きっけんを繰り返すことで結論を先延ばしにしてきたのだが、完成を急ぐ各国は強硬手段に討って出る。
「それは、事前に潜入させていた暗殺者を用い、ミオとヤマシナ家を社会的に抹殺して、自らの手の元に置くと言うこと」
「ま、待てっ!! それは……」
「お察しの通り。ツクシロ閣下は、妃殿下への凶行によって学院を追われ、責任を追及されたヤマシナ家は取り潰し、彼女は表舞台から追われることになった」
そして、お母様は遊女に身を落とす傍ら、各国の追撃から逃れる日々を過ごしながら私を産み、老夫婦の協力の下、私を守ってきたのだという。
お母様が世間から忌避されていたのは、あえて安住の地を作らぬ事で追跡の目を逃れるため。
元々、ヤマシナ家をよく思っていなかったサゲツ・シイナをはじめとする高家の人間達にとって、お母様を苦しめることが結果として敵からの目を眩ませることになるのだから、その辺りに関しては安いモノだったのだろう。
しかし、お母様も高家の人々も、私にまで危害が向くという事態には耐えきれなかった。
そして、当時は事情を知らされておらず、ちょうど先代の死をもってツクシロ家当主となったお父様に白羽の矢が立つ。
本当に偶然ではあったが、お父様とお母様が互いに思い合っていたことも幸いし、私は安住の地へと逃れ、お母様もまた後腐れ無く追跡者と対峙できる立場となったのだった。
「ミナギが養女になったのは、そんな背景が……? じゃあ、あの女達がミナギやミオさんに対してしていたのは、高家の人達からの謀だったってわけっ!?」
そんな巫女様の話に、サキがヒサヤ様やケーイチさんを眼光鋭く睨み付け、声を荒げる。たしかに、サキやシロウの両親は、欺瞞情報によって体よく利用された形になったのだ。
「サ、サキ、落ち着いて」
「何でよっ!! 殿下もケーイチもっ、黙っていないでなんとか言ったらどうなのっ!?」
「…………俺には、謝ることしか出来ん」
「私も同様です……」
そんなサキを慌てて宥めるも、ヒサヤ様もケーイチさんも目を閉ざして俯くまま。
お兄様もまた、顔を顰めて二人を見ている。
サキもお兄様も、ヒサヤ様やケーイチさんに罪が無いことぐらいは分かっているのであろうが、真実に対する憤りのぶつけ先がないのだ。
「まだ、話は終わっていないんだけど? 続けて良い?」
「はい。お願いします……」
「ミナギっ!!」
「サキ、私は大丈夫です。……多分」
正直なところ、全身は冷たい汗によって冷えきるほど、わずかに眩暈も感じてはいるのだが、それでもまだ、私は知らなければならないことがいくつもあると本能的に感じ取っている。
いや、これぐらいの真実はまだまだ序の口のような。そんな気がしていたのだ。
「そ。じゃあ、続けるわ。……ミナギさんと離れたことによって、ミオは完全に闇に紛れてしまい、追跡はほぼ絶望的。そこで連中は、代わりとなる媒体の強化に乗り出した」
「元々、人体実験の過程で、通常よりも優れた魔力をもつこども達が産み出されていた。多くの障害を持ったままね。ただ、その子達を持ってしても、彼らを満足させることは出来なかった」
「そうこうしているうちに、数年が経過したんだけど、今度ばかりは時間が相手に味方をした」
「偶然と言えば偶然なんだろうけど、ベラ・ルーシャ統治下にて、一人の少女が力を覚醒させ、それと呼応するように、スメラギ領国でも一人の少女が力を覚醒させた」
巫女様の言をミュウ様が補助する形で口を開くが、最後にそう言ったミュウ様は、巫女様と私を交互に見つめた後、私に対して伏し目がちに頭を垂れる。
「……すべては私の不備なのよ。いくら謝っても、貴女にしてしまったことは取り返しがつかない」
「きょ、教官? どういう……」
「まだ、そう呼んでくれるのね……。でも、私が貴女の力を呼び覚ましてしまったことが、すべての原因なのよ」
「ミュウ。今はやめておいて。話を続けるわよ?」
そして、目尻に涙を浮かべながらそう口を開いたミュウ様に対し、困惑した私は呼び慣れた呼称で彼女に対して呼びかける。
彼女の言う、私の力を呼び覚ました。というのは、おそらく法術の指導の事であろう。
しかし、巫女様の覚醒に合わせてと言われても、正直なところ、実感はない。
「他の過程は省くとして、覚醒した標的の存在を感じ取った連中は、標的をミオからそちらへと移す」
「スメラギ側の意識は、ミオさんだけじゃなく、領地を奪回に向けた決起にも向いていたことが彼らにとっても行幸だったのよ」
「そう。そして、連中は式典を狙って事を起こすことを決定する。元々、敵対陣営の意向によってスメラギ皇室や高家が存続していることが気に入らなかった各国はそれを了承。ケゴンにて事を起こす」
そして、争乱の最中に再び意識を暴走させられた皇太子妃サヤによって、神皇アキトの皇、皇后ミナミの両名は崩御。
同時に多くの要人も死亡し、各国側には大きすぎる成果を得たのだが、同時に彼らもまた、目的のモノを確保することに成功していた。
スメラギの皇子も同時に手に入るというおまけまでついて。
そして、数回に渡る実践においては、ケゴン離宮を破壊するのみに留まった“女神の檻”は、手に入れた供給体の力によって、ケゴンの地そのものを破壊し尽くすことに成功した。
「あの、禍々しき光は、その産物だと言う事か? さらには、天津上を襲った……」
そこまで話を聞いていくと、巫女様やミュウ様がなんとか隠そうとしている事実も容易に察することが出来ていた。
今のお兄様の時の光景を思い返すかのような言も、空疎なままになっている私の胸を静かに通り過ぎていくだけ。
「そう。そして、彼らは保険として、一つの生命体を生みだした。元々、ミオの血と才を受け継いでいた存在として目を付けていた少女。そして、その同一個体を産み出す技術はすでに確立されていたからね……」
「…………では、私は――」
そんな巫女様の核心に迫る言に、私は何とか口を開くも、急速に蠢きはじめた視界に思わず倒れそうになり、それ以上言葉を紡ぐことは出来なかった。
“ミオの地と才を受け継いだ存在”とその存在との同一個体を産み出す技術。
あの日、シオンに撃たれ、飛竜から落下していくかのような感覚に襲われた記憶。
その直後から五年もの間途切れ続けた意識。
これらから連想される真実を察せぬほど、私は愚かな人間だとは思っていない。いや、今回の場合は察しが悪かった方が良いのかも知れなかった。
ケゴンにおいて、天津上において……、リヒト様をはじめとする多くの人々を傷付け、今もなおスメラギを滅亡の縁に発たせている“女神の檻”。
その動力源の中にあり、今もなお、それに力を与え続けている供給体の正体は、“ミナギ・ツクシロ”という一人の少女であるという事実を……。




