第二十二話
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島を包み込んだ闇は晴れることなく夜を迎え、島民たちは困惑とともに眠りにつこうとしていた。
そんな時、轟音とともに島全体が、いや、組織本拠地が揺れたかと思うと、続けざまに施設内各所で爆発が起こり、紅蓮の炎が本拠地内部にあった者達を次々に飲みこんでいく。
スメラギをはじめとする敵対国家群はおろか、時には雇用主でもある新興各国の要人等にまで暗殺の魔手を伸ばしていた暗殺組織。
その精鋭たる暗殺者達も宵の闇を這うように襲いかかってくる炎と爆発によって産み出された瓦礫、岩石の雨から逃れる術はなかったのだ。
元々、本拠地は島の中心部にある岩山をそのまま改築して作られており、内部は通風口のように炎の逃げ場無き通路が多い。
そのため、炎は人や物に延焼しながらも勢いを止めることはなく、炎から逃れた区画も爆発によって破壊された建物や岩盤が崩れ落ちることで逃げ惑う者達を飲みこんでいったのだ。
精鋭たる暗殺者たちがそれならば、当然、研究者者や施設街で暮らす人間達はどうなるか……、考えるまでもないことであろう。
「どういうことだこれは……?」
「陽動と聞いていたけど、この船渠にまで影響が来ているわね? 自決用?」
船渠へと繋がる通路もまた、通り道となって踊り狂った炎が流れ込み、脱出の最後尾にあった島民たちを飲みこんでいた。
アドリエルとユイが炎を押さえ込み、リアネイギスとシロウが通路を崩してそれ以上の炎の侵入を防いだものの、予想外の事態は協力者という立場のリアネイギスとアドリエルに不信感を抱かせるには十分であった。
島の人間が死のうが死ぬまいが二人にとっては正直どうでもよいこと。だが、殺しを悔い、その償いを果たすと言った者達が、自分達の自由のために島民たちを虐殺するという結果まで受け入れる筋合いはなかったのだ。
「そ、そんなはずは……」
「私が失敗すると思うの? たしかに、エル先輩の協力は仰がなかった。でも、渡した施した仕掛けは漏れなく作動している。これは、他のヤツの責任」
二人にそう睨まれ、言葉を濁すシロウに対し、ユイは表情を動かすことなくそう答える。
たしかに、本拠地各所への工作は彼女を中心に行われた。手解きは、ミオの手の者達による爆破工作であり、刻印と法術の応用によって行われるモノであるから、法術の実力者による協力は不可欠になる。
そして、ユイ達の工作はあくまでも陽動であり、主船渠をはじめとする船着き場や飛竜などが羽を休める場、武器庫などを中心に行われていた。
相手の戦力を出来うる限り割く事が主であり、暗殺者たちや研究区画、施設街には何もしていない。
「だってよ?」
「……ふむ。たしかに、爆発は二度に渡っている。時はほぼ同時だが、二度目の方が規模が大きいな」
「そういうこと。つまり、私達以外にも本拠地を破壊したがっている人間がいたって事でしょ」
そんなユイの言に、アドリエルは方々へと放っていた式神達を呼び寄せる。
多くが炎や爆発に怯えてしまい、四散してしまっていたが、戻って来たいくつかは、爆発が複数に及んでいたことと、ユイのそれとは異なる法術の動きを察していたのだ。
「……悟られていたか」
「そのようだ。諸君、作戦は変更だ」
そして、ユイたちの言に唇を嚼んだシロウが口惜しそうにそう呟くと、その場に集まって顔を見合わせていた同志達が、まるで引き波の如く二つに分かれて道を作り、その場をミツルギ等を従えたミオが四人の元へと歩み寄ってくる。
ごく自然のうちに、アドリエルとリアネイギスはシロウとユイの同格。ミオはリーダーであるサレム以上の地位にあると皆が皆認識しているのであろう。
ミオは正式なる地位はなく、神衛総帥たるカザミの妻であり、端から見ればその副官とも言える立場。ただ、キツノ離宮においては事実上の指導者であり、今この場にあっても皆が皆最上者として彼女を見ている。
成り上がりとは言え、国内有力貴族の家に生まれつつも、自身の凶行によって死にも勝る屈辱をその身に刻み、罪を一身に背負って生きてきたミオ。
そんな彼女の人生は、振り返ってみれば指導者としての立場が常について回っているのだった。
「この状況下では、下手に動くことは出来ぬ。動作を停止した“女神の檻”も、完全に沈黙したかは分からぬ。最悪、脱出に成功しても、解毒に失敗した際に島へと戻る手段が無くなる」
「ジェガ達の制御下にあったあれも、人の制御が無く場、無差別にすべてを破壊する魔の兵器でしかない。つまり、あれを放って置くわけにはいかないんだ」
そんなミオの言を補足するように、彼女等の後についてきたサレムが口を開く。
皆、この場にあってミオの上位を認めてはいても、やはり慣れ親しんだサレムの言に納得もする。
しかし、今や本拠地全体は炎に包まれ、内部への侵入は困難であろう。
幸いなことに、爆発に伴って再び風雨が吹き荒れはじめたため、鎮火は時間の問題であろうが、そこまでの時間がこちらにあるのかと言われれば疑問でもある。
二度目の爆発。
ユイが口にし、アドリエルが感じ取ったそれが何を意味するのか。聡い者であれば容易に察しはつく。
「“女神の檻”の破壊は私達が受け持つ。そして、今より六刻が経過したら、躊躇うことなく脱出を決行する」
「それまでに破壊できなかったら?」
「その時は覚悟をしてくれ。私とて全力は尽くすが、約束は出来ぬ。このような事態になった以上、六刻という時間すらも惜しいのだ」
そんなミオの言に、同志の一人が問い掛けるが、ミオからの返事は彼女にしては余りにあいまいな形であった。
つまりは、彼女でも状況は読み切れておらず、賭に出る以外にはない。その返答は、言外にその事実を皆に突き付けているのだった。
「とにかく、今は私を信じ……」
「閣下っ!!」
そして、ミオが皆に対して自分を信じるように繰り返し告げようとしたその時、闇の中より眩い光とともに飛来したそれ。
おそらく、彼女以外の人間にはそれを防ぐ事は出来なかったであろう。
しかし、この場においては最強の戦闘力を誇る少女、リアネイギス。
尚武の一族、ティグ族の皇女たる彼女だからこそ、ミオの一瞬の隙を狙って飛来した複数のナイフを叩き落とすことが出来たのだった。
「ぐああっっ!?」
「あうっ!?」
だが、彼女が守ることが出来たのは、眼前にあったミオのみ。彼女に視線を向けていた数人の同志達は、額にナイフを突き立てられた者、首筋を斬り裂かれた鮮血を舞い上げる者それぞれに悲鳴を上げて、その場に倒れ伏した。
「ちっ、来やがったかっ!!」
そして、その状況に、予想された自体がやって来たことを察したシロウが、得物を手にそれらを睨み付ける。
すると、船渠の天上部分に浮かんだ闇。
その中から浮き出るように、黒装束に身を包んだ人間達が次々に船渠内へと降り立ってくる。
皆が皆、血に飢えた様子で狂気を含んだ笑みを浮かべ、ミオ等を中心とした同志達を見つめている。
そして、彼らの前に降り立った四つの影。
殺気に満ちあふれた彼らの中でも、一際大きく際立つそれらは、狂気に満ちた暗殺者たちを従えて不敵な笑みを浮かべている。
「ふん。中々、手の込んだことをしてくれたな。だが、生かしては帰さんぞっ!!」
そして、その先頭に立つ巨漢の男。
組織の首領であり、帝釈天と渾名される男ジェガは、不敵な笑みの中に大いなる怒りをたたえながら同志達を睨み付ける。
「ジェガっ……。やはり来やがったか」
「わざわざ、本拠地を爆破してまでの殴り込み。とうとう、いかれたんじゃない?」
そんなジェガ等に対し、シロウとユイが表情を歪めながらそう言い放ち、同志達がそれぞれに武器を構える。
予測された襲撃。避けられぬ戦い。誰しもが覚悟をしていたそれは、眼前にまで迫っている。
「先に聞いておく。ともに脱出した者はいないのか? せっかく拾った命なのだぞっ!! いきたいヤツは我々につけっ!!」
すでに状況は一触即発。
互いに闘気が昂ぶる中で、一歩前へと進み出たサレムが、暗殺者たちに対してそう口を開く。
しかし、帰ってきたのは、狂気の笑みの中に混じった冷笑だけであった。
「ふふふ、いないようだぞ?」
「今更、殺しをやめられるかよ。なあ?」
そして、手にした刃を舐めながらそう答えるキラーと下卑た笑みを浮かべながら他の暗殺者たちに対してそう問い掛けるゲブン。
もはや、両者にとっては若いなどと言う言葉は存在していなかった。
「止むをえんな……」
「サレムさん、あんたは下がってな。ヤツ等は俺達が」
そんな返答に嘆息しつつ、懐から二丁の砲筒を取り出すサレム。得物を構えて彼の前に出るシロウ。無言で水晶球を手にジェガを睨むユイ。
同志達の腹はすでに決まっていた。
「閣下も、自身のお役目を」
「すまぬな」
アドリエルもまた、愛用の弓に矢を番えてミオの前に進み出ると、ジェガ等による呪印の使役に備えて式神達を解き放つ。
それを見て、ミオはミツルギ等を伴って後方へと下がっていく。彼女等には彼女等で為すべき事がある。
ジェガやロイアがこの場に出張ってきた以上、これ以上の機会は存在していないのだ。
「それじゃあ、やるかい。…………本気を出してやる」
そんな状況の中、いつものように快活に口を開いたリアネイギスは、封印されたように彼女の腰に下げられるに任せられていた双剣を手に取ると、その場にいたすべての者と凍りつかせるような、腹の底から震え上がらせるような闘気とともにそう口を開く。
刹那。
暗殺者たちの集団が一瞬にして、断ち割られ、弾き飛ばされた暗殺者たちが激しく地に叩きつけられると同時に、いくつかの首が虚空へと舞い上がる。
それを合図に、互いに黒装束に身を包んだ暗殺者達は、一斉に地を蹴ったのであった。
◇◆◇◆◇
血で血を洗う抗争を尻目に、ミオは音もなく船渠を脱出し、いまだに激しく燃え上がる本拠地内部へと向かっていた。
ミツルギ等、彼女の手の者達は方々に散り、来るべき脱出の手筈を整える。
結果、その場へと向かうのは彼女ただ一人となっていた。
「…………私は弱いな」
そう呟きながらも、時をかけずに本拠地内部を突き進んだミオは、あっさりと目的の場へと繋がる扉の前へと立つ。
この先に何があるのか。すでに予想はついているし、覚悟も出来ている。それを為せば、すべては終わる。
彼女の因縁も、非常なる一つの運命もまた。
そう思いつつ、ミオは手にかけた扉を開き、薄紫色の光りに包まれた室内へと足を踏み入れる。
女神に檻が灯す禍々しき閃光。
その深紫の部分は、この場の光をそのままに投影しているのであろう。そして、深紫に纏わり付くように灯る漆黒の光は、この場にあるその力の根源体が産み出す憎悪と悲しみ。
まさにそれを証明するかのように、そこにいる“彼女”は、どす黒く変色した血涙と光を失った眼光をミオに対して静かに向けているのであった。
「…………遅くなってしまってごめんなさい。あの子は、貴女がこのために産みだしたのね」
その姿を目にしたミオは、それまで一度たりとも人に見せたことのない悲しみに満ちた表情を“彼女”へと向けていた。
「あなたのその涙……。それは、あの子を目にして安心しきっていた私への怒りなのかも知れないわね。もちろん、あの子も大切な娘であることには変わりない。でも……」
ゆっくりと、“彼女”の浮かぶ水晶球の前へと歩みを進めるミオは、いったん足を止めて言葉を切り、再び向けられた眼光に対し、わずかに光る両の目を向ける。
「結局、私が貴女を苦しめ続けていたのね……。貴女は私に対して、“助けて”と呼びかけ続けていたというのに」
そう言ったミオの脳裏に、先日の一つの声が響き渡る。
『助けてくださいっ!! お母様っ』
そして、今もなお、血涙を流し、光の失った視線を向ける“彼女”。ミナギ・ツクシロの表情は、変わることなくミオに対してそう訴え続けているのであった……。




