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第十七話

遅くなってしまって申し訳ありません。



また、web拍手にてコメントをくださった方、ありがとうございます。事情はあったにせよ、嫌われるにはたる設定でしたね。コメントありがとうございました。

 お兄様との思わぬ形での再会を果たすことが出来たが、結局、ヒサヤ様の紹介は有耶無耶なまま。とはいえ、同志達からすれば組織幹部の一人が寝返ってきたことになり、素直に歓迎していた。

 元々、“シリュウ”自体が他の幹部に比べ、掴み所無い人物という点を除けば反感を買っていなかったことも大きいだろう。



 そんなヒサヤ様が自室に戻ると、私達もまた宛がわれた部屋へと戻る。

 お兄様とも話の一つもしたかったのだが、変わり果てたその姿のせいか、お兄様はミツルギさん達とともに準備へと向かってしまい、話す機会を持つことは出来なかった。


 そのため、私は旧交を温めることを選んだ。


 私達が部屋へと戻ると、シロウやユイも必要最低限の準備を終えサキと私の部屋へとやって来てくれた。

 残ったことはミツルギさんをはじめとするお母様の手の者達が取りかかることになっているらしく、行動の開始時刻である私達の出立までは自由な時間となったようだ。



「いよいよ、明日……ね」


「ああ。そして、あれからもう五年か……」


 ひとしきり、他愛の無い会話を交わした後、ベッドに身を預けながら、サキがそう呟く。

 その言に、窓辺に腰を下ろしたシロウも感慨深げに応じている。


 “血の式典”を皮切りに、スメラギ全土を襲った厄災。私がシオンに撃たれ、意識を失っている間、数多の悲劇が各地で生み出され、その都度血と涙が大地を染め上げ続けた。


 その悲劇の渦に、三人も当然のように飲みこまれていたのだろう。



「他の子達は……」



 聞くべき事ではないと思う。

 しかし、この三人以外にも、孤立しつつあった私を受け入れ、ともに過ごしてくれた友人は大勢いた。彼らの動向も、私にとっては聞かずにはいられないことであるのだ。

 だが、やはりというべきか、三人の反応は予想できたものであった。



「ほとんどが死んじまったさ。ベラ・ルーシャの攻撃で、組織の肉体改造で、暗殺任務で……。町が攻められたまま行方不明にヤツもいるしな」


「そう……ですか」



 力無くそう答えるシロウの言に、私も声を落とすしかない。


 実際、シロウ達もまた苦渋に満ちた五年間を過ごしてきたのだ。意識を失ったまま、時間だけが過ぎた私が、どれだけ恵まれているのか分からないほどに。



「三人とも……、なぜこの島に?」



 その問い掛けに、サキは寂びそうな笑みを浮かべ、シロウは口惜しそうに顔を背け、ユイは相変わらずの無表情に、わずかな怒りをたたえる。

 これもまた、聞くべき事ではなかったのかも知れない。しかし、三人の苦しみを背負えるのは、ある意味では無関係に時間を過ごしてきた私が背負うべきモノなのではないかと思う。



「俺は……、ヤツ等に売られたのさ。親父もお袋も、ベラ・ルーシャに媚びを売るために、兄弟の中で一番生意気で、一番頑丈だった俺をな」


「おじ様たちが?」


「ああ、うちは兄妹が多かったからな。それに、占領下にあっちゃ、どれだけ支配者に媚びを売るかで生活は決まる。親父達に選択肢は無かったんだろうよ。ま、全員、ソウホクを連れて行かれちまったから、今となっては生きているかも分からないがな……」



 私の問い掛けに、そう答えると、シロウは力無く笑う。


 所謂、ガキ大将として、こども達のリーダー的な存在だった彼は、その分正義感も強く、私に対する大人たちの振る舞いに一際反発したりもしてくれた。

 力も強く、家の仕事なども率先して行うなど、たしかに生意気な点が大人にとっては煙たかったのかも知れない。しかし、彼をそんな形で犠牲しなければならなかったほど、状況が切迫していたことも事実であろう。


 だが、それを語るシロウに、かつての快活な少年の姿は見受けられなかった。



「私は、ベラ・ルーシャとの戦いでお父さんが殺されちゃってね。ばあちゃんと、あの女に連れられて転々としていたのさ」



 そんなシロウに対し、物悲しげな視線を向けたサキは、改めて私に顔を向けそう口を開く。


 あの女。とは、母親のことであろう。正直なところ、私に対して最もきつく当たってきた人であり、私自身、良い印象はない。

 事が事である以上、仕方がないことでもあるのだろうが。



「サキ、お母様に対してそのような……」


「分かっているわよ。でもね、いくら身内だって絶対に許せないことだってあるわ」


「…………嫌なら言わなくても良いですよ?」


「何言ってんだか。一度でも聞こうとした以上、責任は持ってもらうわよ?」



 私の言に、少し苛立ったような反応を見せるサキ。たしかに、少々軽率であったかも知れない。



「あの女は、ベラ・ルーシャ高官に取り入るために、私を差し出したのさ。結局、私がその高官を殺しちゃったから……、おばあちゃんには悪い事をしちゃったけどね。それからは、流れに流れて、気がついたらこの島にいたのさ。シロウやユイ、それに、ヒサヤ様と再会したって言うのは偶然にもほどがあるけど」


「まあな。ここは、行き場を無くした人間の拠り所でもあったわけだ」


「それで……、サキはヒサヤ様に」


「…………まあね。あの人は、記憶を失っているようだったし、ちょっとおかしいところもあったから、情報収拾の意味合いもあるけど。それでも、どうやって記憶を取り戻すか、洗脳を解くかまでは考えつかなかったけど」


「…………ミナギ。サキを責めないでやってくれ。俺だって、止める気になれば止められた。だけど」



 そして、力無く話を続けたサキを庇うように口を開くシロウ。


 おそらくは、サキとヒサヤ様の関係のことで私に気遣ったのかも知れないが、それでもシロウに止められなかった理由もなんとなくではあるが分かる。


 サキは知らず知らずのうちにヒサヤ様に惹かれていったのであろう。そして、傷つき続けていた彼女は、誰かに身を預けなければ、心が耐えきれなかったのであろう。

 それが、シロウほど近い存在ではなくて、かつ人となりを知る人物であったと言う事だ。


 シロウに比べ、サキは強きな面はあったが、それは心の弱さを隠すための仮面であり、無理をして強い自分を演じていることは子どもながらに見て取れたのだ。


 もちろん、今の彼女の気持ちにそのような面は無く、純粋にヒサヤ様と思っていることは感じ取れたが。



「ユイちゃんは?」



 そんな二人の様子に、私はなんとなく感じるものがあったため、一人沈黙したまま私達の話に耳を傾けるユイに対して問い掛ける。


 なんとなくだが、それ以上サキとヒサヤ様の事は考えたくなかった。


 ユイは神衛として私達とともにケゴンに同行しており、事の顛末は二人とは当然異なるであろう。

 普段、厚い化粧で表情を隠していることにも関係があるのかも知れない。



「ケゴンからは脱出できたけど、結局ベラ・ルーシャ兵に囲まれて捕まった。その後のことは、話したくない。でも、なんだかんだあってアークドルフ――ジェガのところに連れて行かれて、その後はこの調子」



 私の問い掛けに、ユイは淀みなくそう答え、再び黙り込む。


 端的ではあったが、ある意味では彼女の表情がそのすべてを語っているように思える。

 彼女が持ち得る才覚。それは、ベラ・ルーシャとしてもこの組織としても逃すわけには行かないモノでもあったはずだ。



「でも一つだけ。あの男――ジェガだけは私が必ず殺す……。だから、それだけは安心して」


「ユイちゃん……」


「同情はやめて。私が自分で考えて決めたこと……それじゃ」



 そうして、私に対して語ることはすべて語ったというつもりか、ユイは立ち上がるとそのまま部屋から出て行く。

 彼女とジェガとの間に何があったのか。ソレを聞くことは出来ないし、彼女自身口にもしたくなかったのであろう。


 だからこそ、彼女を救いたいという気持ちもより強くなるのだが。



「ミナギ。ユイの言うとおり、同情する必要は無いぜ? アドリエル達の言うように、俺達は自分の身かわいさに殺しに手を染めた。だからこそ、今回の戦いに命を賭けるのはその償いでもある」


「過去から目を背けても、何にもならないからね……。だからこそ、自分の中で決着はつけたい。さ、そろそろ寝よう? 明日は絶対に失敗できないから」




 そして、ユイを見送った二人もまた、たしかな決意を口にする。


 シロウもサキも、自分の中で為すべき事と、その先にある未来を見据えているのだろう。“償い”とシロウが口にしたのは、生きてそれを晴らすだけの覚悟があるから。


 私もそれだけ強くなれたら……。そんな三人の強さを目の当たりにした私は、なぜかここにはいないとある人物を思い浮かべながらそんなことを考えていた。



◇◆◇◆◇



 ミナギ達が身を休めた頃には、島は暗がりに支配されるとともに澄んだ空気に包まれていた。



「やはり、“女神の檻”の影響でしょうか?」



 窓辺に立ち、闇に包まれる海とその中に灯る柔らかな灯火……スメラギ本土に視線を向けながら黄昏れていたヒサヤに対し、静かに語りかけるミナギ。

 ヒサヤは彼女はすでに休んでいたと思っていたため、思いがけぬ訪問に驚きもしたが、特に問い正すこともなく彼女を迎え入れる。


 未明には出立予定であり、本来であれば休まねばならぬ時間になっている。だが、彼らの身体に植えつけられた刻印は、宿主の身体を癒し続ける。


 無縁というわけではなかったが、今となっては常人を遙かに超えた体力や耐久力を身に着けている両名。

 しかし、このことが果たして幸せかどうかと言われれば、答えはまだ分からなかった。



「恐らくな。しかし、こんな澄んだ風も、この島にあっては淀み、清浄なる者達を生きられなくする……。アドリエル達はともかく、この島の人間は等しく薄汚れているしな」


「もう……。サキやシロウに対して失礼ですよ?」


「悪かった。で、どうした?」


「いえ。サキが先に寝てしまったので…………」



 そう言うと、ミナギはゆっくりとヒサヤの傍らに立つ。


 五年前はほとんど変わらなかった身長も、今ではヒサヤの方が頭一つ分以上高くなっている。


 お互いに十八を迎えようとしており、五年という歳月の速さを感じさせる。


 ただ、ヒサヤが見る限り、今のミナギはどことなく色気があるようにも思えるのだが……。

 元々、母親であるミオによく似ており、凛とした刃の如き美貌であるため、人目を引くが近づきがたさを持っている。

 ただ、本人の性格は母親ほど苛烈ではなく、むしろ温厚な部類に入るため、親しい人間達には良く囲まれてもいるが。



「洒落か? まあ、お前のことだから違うだろうが、それで俺と話をしにか?」


「ええ。昨日は、感情が上手く整理できておりませんでしたので」


「そうか。しかしな、ミナギ。こんな時間に女が男の部屋を訪れるなど、間違いが起こっても文句は言えんぞ?」



 そんな色気を感じるためか、どこかで悪戯心が芽生えてきたヒサヤは、宵の風を全身に浴びて黄昏れていた雰囲気から、なんとも戯けた道化のような笑みを浮かべて彼女に対してそう告げる。

 ヒサヤからすれば顔を真っ赤にして、怒り出すミナギを想像していたのだが、どうやら今回ばかりは相手が悪すぎたようだ。



「…………ほう? 私を相手にしてもそのような事を口に出来るか?」


「へっ?」



 ふっと、眼を細めてヒサヤに視線を向け、そう口を開いたミナギは、ゆっくりとした動作で後ろでまとめていた髪留めを外す。

 すると、長く伸びた黒髪はやや波立つと同時に、やや年長の妖艶な女性へと姿を変える。



「はっ!? え、あの、ミオさん??」


「ええ。ご無礼を致しましたね殿下」


「ど、どういう事だ?? そんなことで??」



 先ほどまでミナギかと思っていた女性は、彼女の母親であるミオ。


 しかし、一瞬にして外見を変えるなど、法術の類を持ってしても不可能であると思うし、そのような事をヒサヤは学んだことも無い。



「なに、浮かんだ皺を伸ばす術はあるし、化粧や宵の照明を利用すれば、若く見せることも可能なのですよ。それよりも殿下? もし今、私が殿下を受け入れておれば、殿下は私をミナギとして抱いたのですか?」


「は? え、いやその……」


「殿下。これは、スメラギ皇子、ヒサヤの尊に対してではなく、リヒトとサヤの息子、ヒサヤに対して聞いております。出来れば、本心を言って欲しいです」



 そして、不敵な身を浮かべて作法の内容を語っていたミオであったが、途中から表情を引き締めて、そうヒサヤに対して問い掛ける。

 突然のことであり、困惑気味であったヒサヤは、更なる追い打ちに混乱の度合いを強める。


 正直なところ、久方ぶりに再会した友人? とも呼べる少女の母親からそのような事を聞かれるとまでは思いもしなかったのだ。




「んなことを言われても……。正直分かりませんよ」



 とはいえ、いきなりそんなことを聞かれても答えようがない。と言うのがヒサヤの本心である。

 記憶を奪われている時に、サキに対してしてしまったことは、取り返しがつかない事である。


 となれば、責任を取ることが男としてのけじめ。


 ただ、その時になって浮かんで来るのはミナギの事でもある。もっとも、正直なところ、愛しいだとか好いているだとかそう言う類の感情ではない。

 かつて、白桜時代からわがまま放題であった自分に付き従い、守ってきてくれた少女。そんな彼女の偽りとは言え、“死”に直面し、抱いた後悔と慚愧の念は今もなお胸の奥底に燻り続けている。


 自分がこの五年間に犯した罪は、彼女のみならずスメラギ全土に及ぶというのに、その中でも彼女に対する後ろめたさの方がはるかに大きく思えるのだ。



「そうですか……。なれば、それでよいでしょう」



 そんな調子で、まともな返答が出来なかったヒサヤに対し、ミオはゆっくりと頷くと、踵を返す。

 しかし、こんなところで帰られても困るのはヒサヤの方でもあった。大事な戦いを前に、もやもやして眠れなくなりそうだったのだ。



「ま、待ってくれ。どういうつもりなんだ?」


「いえ。単純に、殿下が娘のことを思っていてくださるのならば、それは喜ばしいことです。だからこそ、戦いを前に聞いておきたかった」


「それだけなのか?」


「と、おっしゃいますと?」


「子ども扱いしないでもらおう。ミオ、お前がこの島に来たのは、娘のためでも、祖国のためでもないだろう? 何が目的だ?」



 そして、ヒサヤは先ほどから、どこか悲愴めいた様子を見せ始めたミオの変化に、この島にてはじめて顔を合わせた際に感じた思いを問い詰める。



 神衛総帥の妻であり、彼女が陣頭指揮を取ってスメラギへと襲いかかる危機を消し去ること、同時に危険な任務に挑む娘の身を案じる母親としての行動。


 公私の両面から見ても、特に理由に不足することはない。


 だが、ヒサヤから見た彼女の振る舞いには、それらをも超越し何かが隠されているように思えてならなかったのだ。


 これも、曲がりなりにも教団の幹部にまで上り詰めた5年間で得た勘の一つでもある。



「ふ……、さすがは、サヤの息子。ですね……」


「ごまかしは許さんぞ。ミオ、答えてくれ」



 そして、そんなヒサヤの問いに、ミオはすでに天へと旅だった親友の姿を思い返しながら、その忘れ形見を頼もしく思いつつ、その鋭さに肩をすくめる。


 しかし、ヒサヤとしてもそのような仕草にごまかされるわけにはいかなかった。



「その前に、一つだけ約束していただけますか?」


「なんだ?」


「このことは、決して他言せぬこと。まあ、私の意図は腹心たちには伝えてありますが……、やはりヒサヤ様にも告げておきたかったのですよ」


「…………ミナギに対してもか?」


「あの子にこそ。です……よろしいですか?」




 そして、ミオは、ヒサヤに対して強く念を押すようにそう告げる。


 ミナギに対して告げてはならぬ事。その事実だけで、ヒサヤもまた身が引き締まるような気がしていた。



 そして、いったん瞑目したミオは、やがて静かに口を開く。




「私は、過去に決着をつけに来たのですよ」



 普段の皇女めいた口調は影を潜め、やんごとなき身分の人間に接するような口調で話し続けていたミオ。

 今もまた、ヒサヤに対しては同じような口調であったのだが、それを聞いていたヒサヤは、穏やかなる声色の影にある、熱く燃え滾る憎悪の存在に思わず身を振るわせるしかなかった。



◇◆◇◆◇



 それぞれの思いを胸に、夜は更けていく。



 その思いがどのような結末を迎えるのか、今の彼らには知るよしもない。そして……、運命の時は留まることなく、彼らの元に訪れようとしていた。

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