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第十四話

 夜の帳はすでに下りていたため、私たちはこの隠し船渠にて野営することになった。

 島に住む住民や暗殺者たちは、基本的には好き勝手に行動しているため、本拠地にいないことなど珍しくはない。


 とはいえ、幹部シリュウの“女”という位置づけの私とサキはさすがに朝までには戻っていないとまずいようだったが。



「それで、実際のところはどうなの?」



 出された食事に口をつけながら、リアネイギスがシロウやサキに対して口を開く。

 互いに蟠りを抱えている私らに気遣ったのか、サレムさんたち他の同志たちは私たちとは離れてくつろいでいる。

 そのため、彼女も遠慮なしに二人に聞けることは聞こうと言うのだろう。



「どうって?」


「成功する見込み」


「……何とも言えないな」



 そう言って、シロウは手にしていたパンを軽くかじる。肉体改造のせいか、食事はそれほど多くは必要としないのだという。

 たしかに、私も空腹を感じることがほとんどなくなっている。



「まず、巫女に会いに行く機会は限られる。任務の合間だけど、天津上に対する通告期日前に、何らかのものはあるはずだから、その時が勝負」


「お父様に続き、今一人要人を暗殺して、さらに天津上を追い込むわけですか」


「そ、だけど、任務によっては離脱すること自体が困難でもあるし、巫女が何か手がかりを知っているかまでは確証はないからね」


「綱渡り。というわけか」


「ああ。ただ、解毒剤に関してはサレム達が研究を進めている。最悪、脱出だけはどうにでもなるかも知れん」


「しかし、それでは天津上をはじめ、スメラギ各地は……」




 サキとシロウの言に私たちは短く答えているが、最後のケーイチさんの言に、皆が皆口を閉ざす。


 サキやシロウ、それに沈黙しているユイもそうであるが、何も自分たちだけが助かりたい、自由になりたくてこのようなことを計画したわけではない。


 かの閃光……。ケゴンに続き、セオリ湖にまで害をもたらしたかの光を見れば、なにがしかの手を打たぬまま静観することなどできなかったのだろう。



「成功、させるしかないでしょう……それより、ケーイチさん。崖から落ちましたけど、大丈夫でしたか?」



 沈黙がその場を包み込み、波の音だけが耳に届く。それだけ、私たちが背負ったのは重きことなのである。


 しかし、今悩んでいても仕方がないという思いも確かにあった。



「ん? ええ。あのぐらいの高さならば慣れたものですので」


「そ、そうよね? つか、胸を撃たれたのに何でそんなピンピンしてんのよ?」



 そして、沈黙を破るように問いかけた私の問いに、ケーイチさんは知れっとした様子で答え、一部始終を見ていたサキがあきれたような表情を向けている。



「いや、俺は撃たれていませんよ?」


「だって、胸から血が……」


「血糊を破っただけですよ。ツクシロさんが撃った弾は肩をかすめてそれていましたからね」


「死体も上がったと聞いていたが……」


「似たような体格の者をね。前準備をしていなければ、あのような真似はできません。ただ、ツクシロさん、それから、キハラさん。あの場にいた男のことなんですが」



 そんなサキに対し、特に表情を変えることもなく答えるケーイチさん。


 あの時、なんとなく視線で判断しの銃撃だったのだが、とりあえずは正解でよかったというのが本音だった。

 ただ、最後にケーイチさんが口にした“男”。それには、彼だけでなくリアネイギスとアドリエルも反応していた。



「あ、それは……」


「幹部のシリュウだけど、そ、それが?」


「んなことは分かっているわよ。なんで、あんた等が仲良くしているのかってこと」


「理由は何となくわかるがな」



 それに対し、私とサキはしどろもどろになりながら答えるも、リアネイギスのじと目とアドリエルのやれやれといった態度を見れば、ある程度の事情を察しているのであろう。 だが、はっきりと答えてよいものなのか。



「皇子のヒサヤ様」



 しかし、そんな私たちの思考を無に帰すような声が、傍らより聞こえてくる。

 その声の主は、私に寄り添うように座り、雪のような白い髪に丁寧に櫛をかけているが、皆の視線を一身に受けても特に表情を変える様子はない。



「ユ、ユイちゃん?」


「やはり……か。そうか、あの男が」



 慌てて彼女に対し声をかける私であったが、もはや時遅く、ケーイチさんは先程までの柔らかい表情から普段通りの強面の表情へと戻り、口を真一文字に結んでいる。

 リアネイギスもアドリエルも得心は言った様子だが、その心境は複雑なようだ。



「なに? カザミ閣下の仇だからって、殺しに行く? だったら、私が相手をするよ?」


「ユイ。な、何を言っているのよ?」


「私は神衛。だから、殿下を守るために手を汚してきた。サキ姉のように体で慰めることはできないけど、行動の際には常にそばで見守っていた。だから、殿下と敵対するならば、私はあなたたちの敵」



 だが、そんなケーイチさん達の様子に、ユイちゃんは相変わらずの抑揚に乏しい声でありつつも、はっきりと彼らに対してそう告げる。


 神衛。


 彼女は一般学生から最年少で神衛に抜擢された人材であるが、神衛としての教育を十分に受けることなくケゴンにおける厄災に巻き込まれた。

 その後の動向は知らないが、それでもこの五年間彼女は神衛としてヒサヤ様のそばにあったということであろう。


 私のように、消息を絶っていた人間とは覚悟が違うのかもしれない。



「ま、まあ、そう言う話もあると言う事で。ね? もちろん、簡単に許してもらえるとは思っていないけど、今だけは本当に、信用して欲しいのよ」


「ユイもだぞ。今は協力をしないと……」


「うん。でも、殿下には」


「落ち着いてくれ。閣下の死は、戦である以上、いつかは起こりうることではあった。それは俺も理解している。ただ、確認をしておきたかっただけだ」


「……なら、いいけど」




 和らげた空気は再び張り詰めつつあったが、無言で表情を引き締めたケーイチさんとユイの間をサキとシロウが何とか宥める。

 わだかまりを残す事は歓迎できないことではあるが、そればかりは本人の問題でもある。


 私自身、いまだに結論は出ていないのだ。



「それよりも……」


「中々、揉めているようだな」


「っ!?」



 そして、何とか場を和ませようと口を開き駆けた私達の耳に、凛とした女性の声が届く。

 まるで気配を感じなかった事もあり、皆が皆、得物を手に立ち上がるも、その場にいた全員が声の主の姿に安堵し、握りしめた得物を下ろす。



「お母様っ!? なぜ、ここに?」



 そして、ゆっくりと闇の中から姿を現したお母様に、私は思わず目をまるくし、声を上げたが、他の者達。特に、ともに潜入していた三人は落ち着いた様子である。



「ああ、ミナギには言っていなかったわね」


「ごめん。閣下も遅れて潜入していたの。あんたたちは……」


「私もすでに会っているわよ」



 目を丸くする私に対し、あっけらかんとした様子でそう答えるお母様とリアネイギス。サキもいつの間に顔を合わせていたのか、目が合うと、ごめんとでも言うかのように、小さく頭を下げている。



「うむ。シロウ君もユイちゃんも大きくなったわね」


「はは、まだ子ども扱いですか。でも、俺のことが分かるんですか?」


「私も……」


「二人は、私のことを気にせずにミナギに優しくしてくれた。当然、分からないわけ無いわ」


「で、ですが」


「良いのよ。終わったことは……。それより、貴方たちのお仲間に会わせてくれる?」


「は、はい」



 そして、感慨深げにシロウとユイに視線を向けたお母様。


 二人とサキにとってみれば、私達以上に後ろめたさを感じる相手である様子だったが、お母様は表情を柔らかくそれに応じると、シロウたちに対してそう促す。

 本来であれば、さらに気まずくなるであろう状況にあったのだが、それもたった一言で落ち着かせてしまう。


 これが積み重ねた経験が裏付ける風格というモノなのであろうか。



「ミナギ……、色々あったようだけど、貴女が無事で良かったわ」


「は、はい…………?」



 そんなことを考える私に対し、お母様が向けた表情。


 私がどんな目にあったのかは知っているようだったが、その表情は、それに対する申しわけのなさと言うより、どこかしらの寂しさを感じさせるような、そんな表情であった。



(お母様……??)


「ツクシロ、どうした?」


「あ、いえ、何も」




 しかし、どうしてそのような事を思ったのかは分からず、私はそのままお母様を見送るしかなかった。



◇◆◇◆◇



 呼び出しがあったのは、その日の早朝であった。



「仕事だ。沙門天のシリュウ、地獄天のスザク」


「はっ」


「お前達で行け。標的は、スメラギの巫女カエデ。我々にとっては裏切り者の粛清になる。精々派手に葬ってやれい」


「御意」



 謁見場に呼び出され、投げ渡された書類を手に取ると、標的の名に一瞬ではあるが、鼓動が高鳴る。



 スメラギの巫女。


 “血の式典”の際に凶弾に倒れたが、すぐに後継者となる少女が現れ、聖地カスガの地にて抵抗を続けているという。

 そのため、インミョウ地方における抵抗勢力の中心となってはいるが、天津上や他の地方との連携には消極的であり、いわば孤立状態にもあると聞いていた。



「ジェガ様、こいつは最近仕事が手ぬるい。前もカザミを仕留め損なった以上、今度は俺を」


「いや、相手は巫女様だ。俺が」


「貴様等とてフミナの暗殺に失敗しただろう。それに、相手は巫女だ。法術に優れる二人が適任だ」


「くっ……」


「相手を考えな。てめえ等が巫女に敵うわけがないだろ」


「何ぃっ!?」



 自分とスザクを指名したことにキラーとゲブンの両名が進み出るも、ジェガはとりつく島もなく、逆にロイアの暴言にて二人は苛立ちをさらに募らせている。



「やめいっ。出立は明日明朝、金が届き次第迎え。それと、天津上降伏期限にも間に合うように処理をしろ」



 だが、そんな三人を一喝すると、ジェガはさっさと奥へと引っ込んでいった。



「仮にも神聖なる巫女が相手だ。お前らでは品がなさ過ぎるんだよ」


「はん、言うじゃねえか。今度はしくじるなよ」



 それを見送り、なおも睨み付けている二人に対してそう告げると、二人は不満たらたらな様子でその場を後にする。

 そこまで殺しがしたいのかと嘆息するも、この地はそう言う人間達の集まりであるのだった。



「それで、お前らは何だ?」


「いや……。お手柔らかにな?」


「あ?」


「ふん」



 そして、相変わらずの不敵な笑みを浮かべたまま、スザクもまたその場を後にする。だが、その視線は、先ほどの二人のような単純な感情を向けてくるわけではない様子だった。



「まったく、ガキどもが。んで、シリュウ、あの娘の具合はどうだ?」



 その様子を見送ったロイアは、今日も変わらず香水の匂いを漂わせながらこちらへと近づき、静かにそう語りかけてくる。

 あれから十年以上の時を重ねているが、ミオ等と同様に年齢を感じさせないが意見は、なんとも言えない気味に悪さがある。



「ミナギか? キラーたちと揉めていたが、元気なモノだ」


「そうじゃない。……はん、まだ手を出してないのか」


「そっちのことか。さてな、貴様のような阿婆擦れとは違っていたが」


「ふうん……、やはり、初恋の相手には優しいか」


「は?」


「いや、こっちの話だ。ではな。今度はしくじるなよ?」




 そう言って、ロイアはジェガの去った方へと戻っていく。だが、最後の一言で、背に粟が湧いている事に気づいていた。



「…………時間は、あまりないな」



 そして、ロイアの言から類推される事実。

 それを考えれば、スザクの同行と“裏切り者の粛清”という任務に隠された主目的が容易に読み取れる。


 つまり、自分が記憶を取り戻したことに幹部達は気づいている。そして、巫女との戦いであれば、幹部の一人が戦死したところで何も不思議ではない。

 元々、仲間意識が希薄な集団である。スザクが自分を斬ったところで何も驚くことはないというのが実情であるのだ。



「…………俺一人で行くしかないな」



 一人そう呟くと、急ぎ足で部屋へと戻る。二人に話しておかねばならないことはいくらでもあるのだ。



「戻ったぞ……、ミナギ、サキはどうした?」


 足早に部屋に戻ると、待つように伝えて二人のうち、サキがこの場にいない。

 そして、一人残っていたミナギは、普段と変わらぬ態度ながら、自分に対して鋭い視線を向けてくる。



「二人で話をさせて欲しいと。殿下……」



 そう言うと、ミナギは一本の剣を眼前に差し出し、鯉口を抜くかのようにわずかに刀身を露わにする。



「…………俺を斬るつもりか? ミナギ」



 その動作に、静かに眼前の女に対して問い掛けるも、彼女はその動作のまま、沈黙するだけであった……。



◇◆◇



 動き始めた運命。だが、ヒサヤとミナギ。二人の間にある時間は、五年前の別離を境に停止し、カザミの死を持って完全に袂を分かち合っているのであった。



 そして、運命の日もまた、刻一刻と迫ってきているのであった。

中々進まずに申し訳ありません。物語の決着ももうすぐですので、今少しお付きあいください。出来れば、気合いの注入などをしていただけるとありがたかったりします(笑)

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