第十三話
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泥濘の中は、人の入った形跡を巧みに消していることが読み取れ、同時に人の気配。
特に、暗殺者たちが自然に発するどす黒い殺気の類は消えている。
途中、サレムさんから口元を覆うよう、布を渡されていたが、その辺りにも理由はあるのだろう。
そして、先頭を歩くシロウが森の中でも一際大きな大木の根元にかがみ込むと、ついてこいと手招きをし、その後に続いていく。
「もう取って大丈夫だ。この洞窟は、島の南端に繋がっている」
「南端……。本拠地から見ると、裏手に……っ!?」
サレムさんの言に、一瞬背筋が凍るような殺気を感じる。前を歩くアドリエルも同様に動きを止めているが、ほどなく緊張したサレムさんの声が耳に届く。
「…………動くな」
静かにそう告げると、次の瞬間には空気を斬り裂く乾いた音と洞窟内に響き渡る獣の叫び声。
ゆっくりと頭上を見上げると、禍々しい模様をした大蜘蛛が、身体を丸めながら落下してくる。
「っと、なるほど。この様な魔物の」
「ああ。ほとんど退治したのだが、この手の者は際限なく湧いてくる」
「にしても、随分気づくのが早いじゃん。砲筒じゃなきゃ、倒せないほどの距離よ?」
「慣れというのが正しいか」
「見ての通り、何度も何度も襲われたからな。とはいえ、おかげで他の連中が近づくことはない」
私達の間を別つように落ちた蜘蛛に対し、サレムさんはやれやれといった様子で砲筒を懐にしまう。
それに対し、リアネイギスが軽々と掴んでどかす傍ら、何やら試すような口調で問い掛けるも、サレムさんもシロウ君も気にすることなくそう答える。
今、松明で焼き尽くしたように、蜘蛛の巣はいたるところに張られており、退治しきる事は難しいのであろう。
とはいえ、リアネイギスの言に、アドリエルも視線だけで肯定している旨を私に告げている。
二人は、まだまだ信用するつもりはない様子であった。
「それで、この先に何があるのだ?」
「見れば分かる。そろそろだ」
そう言うと、再び歩き出すシロウ君。
互いに顔を見合わせる私とアドリエルだったが、リアネイギスもケーイチさんも何も言わない以上、ここはついていくしかない。
危機に対する感の類は二人の方が私達より優れているし、今は他に選択肢も無い。
そして、洞窟内を進むと、差し込んでくる明かりとともに、空気の澄んだ巨大な空間へと辿り着く。
潮の匂いも濃いことから、海水が流れ込んでいるその空間。そして、その水面に浮かぶもの。
「これは……、中々巨大な」
そこにあったのは、スメラギ水軍が使用する艦艇とも遜色ないほどの大型の戦闘艦。ただし、武装の類はなく、方々でも整備に取りかかっている様子が見て取れる。
「各国が手を引いて生みだした組織というのは、ミナギには伝えていたわね。ただ、その前身はスメラギの秘密研究機関でもあり、私達が射たれた毒や放し飼いになっている魔物たちはその産物とも言えるわね」
「そして、この艦艇もまた、この船渠に眠っていたモノ。砲撃戦には向かず、すでに時代遅れであるし、調査をした者達からも忘れ去られていたのだろう」
「ふむ……、手を貸せと言う事は、これを用いて?」
「ああ。少なくとも、脱出となれば武器や食糧などの物資だけでなく、万一に備えた島のガスや研究用の毒。加えて、島で暮らす民間人たちも連れて行かなきゃならない」
「だからこそ、こいつが見つかった時は、みんな揃って驚喜したもんさ」
サキにサレムさん、シロウ君が次々に口を開く。
たしかに、整備中ではあってもそれは最終的なモノであり、見た目は新品と変わらないところまで整えられている。
武装を考えていない以上、内部にある程度の物資や人員を収容することは可能であろう。
「それで、私達には何を求める?」
「スメラギの巫女、カエデの協力取り付け」
「加えて、島の防御装置でもある“女神の檻”の破壊」
アドリエルの言に、サキとシロウが端的に答える。
私達にとって、巫女様の事は聞き慣れたことでもあるが、防御装置に関する話は初耳であった。
「話が見えんな。巫女の協力はともかく、防御装置の破壊に何の意味がある?」
その後、船渠内に仮設された休憩所に案内され、一息ついた私達。
協力者の側も、三人の他に作業をしていた者達が何人か同席している。
しかし、分からない事はまだまだ多い。第一、私達の協力がいるという二項目に関しては、情報がまるでないとしか言いようがない。
実際、島の防御装置とやらを破壊したところで、彼らの脱出には何の益があるというのか?
精々、陽動ぐらいにしか鳴らないであろうし、それならば方法はいくらでもある。
「君達も見ただろう? 先頃、天津上を襲った閃光」
「…………ええ」
「そいつを食い止めることが、私らの第一目的だしね」
アドリエルの問いに、サレムさん私達に対して逆に問い掛けてくる。
私達にとってみれば忘れられるわけもないことであり、濡れた毛を丁寧に拭っているリアネイギスの言の通り、私達の主要任務でもある。
「ならば話は早い。あの超兵器は、元々島の防御装置して産み出されたものだ」
「つまり、この海域は?」
「察しが良いな。その防御装置と連動する形で産み出された魔の海域と言うことになる。加えて、艦船の行方不明の理由」
「……嵐に巻き込まれただけではなく、あの閃光によって撃沈されたと?」
「ああ。あそこまで強力なモノではなかったが、この艦ぐらいならば一瞬で浄化させてしまうだけの威力は常に産み出されていた」
「それも、元はスメラギの?」
「おそらくな。大戦に勝利した後、ユーベルライヒやベラ・ルーシャなどの一勢力がこれに気づき、世界中を闇から操るべく、ここに組織を生みだした。そして、組織への侵入を防ぐべく、研究中であったあれを完成させたというわけだ」
「ジェガ……、アークドルフはそれに目を付け、さらに改良を重ねてあれほどまでの兵器を?」
「ああ。今はまだ安定しないようだが、完全に制御可能になれば、この島にあって、世界牛耳ることすらも可能になるだろう」
「怖い話だな」
一連の説明に、思わずそう口を開いたケーイチさんと同様、私達もまた考えられぬ自体を想像して顔を見合わせるしかない。
魔の海域自体は、海流や気流の通り道であるが故に太古より存在していたが、ここまで激しい低気圧の巣になったのは、人為的作用に拠るという事実。
そして、その気になれば世界をも制する可能性を持った超兵器の存在。
それだけ、この島に隠された存在は巨大なモノでもあったのだ。
「だが、それが仇でもあるわけよ」
「と言うと?」
「大いなる力は勢力の均衡を生むと同時に、人の欲望をも刺激する。ジェガのような野心溢れる男を野放しにするわけにもいかない一勢力達は、外部からそれに操作を可能にした」
「結果として、私達は島から勝手に出ることは不可能になったし、ジェガをはじめとした幹部達も自由を奪われたのよ。スザクなんかはいまだにベラ・ルーシャ軍で好き勝手使われているしね」
「だからこそ、外部からの攻撃に強く、内部からの脱出も不可能にする手段が産み出されたのだ」
「故に、女神の檻と呼ばれているわけか」
「俺達は、牢に繋がれた獣ってところさ」
サキとサレムさんの言に、アドリエルが応じると、シロウが目を閉ざして力無くそう答える。
たしかに、毒によって島に閉じ込められ、必要に応じて殺しを強要される。
囚われの獣というのは言い得て妙かも知れない。
「それで、なぜ巫女様の協力が?」
防御装置“女神の檻”の破壊に関しては納得がいく。私達としても、それは願ったりの事でもあるのだ。
しかし、なぜここで巫女様の名が出てくるのかは疑問でしかない。
「一時的に遠隔操作が不可能になった期間が存在する。その事情は省くが、その際に、ヤツ等が目につけたのは、…………巫女だ」
「巫女様がっ!?」
「おい、貴様。つまらぬ戯れ言は許さぬぞ?」
「最後まで聞いてくれ。巫女と言っても、当代の巫女が、巫女となる前の話だ」
先ほど巫女様の事を口にした時から何事かと思っていたが、この様なことに巫女様が関与していると聞いては私達も黙っているわけには行かない。
「三人とも落ち着きなよ。ろくに仕事もしていない巫女なんだし、後ろ暗い事があっても私は驚かないよ? それで、巫女さんは何をやっていたわけ?」
そんな色めきたつ私達を、リアネイギスが冷めた口調で宥め、サレムさんに対して先を促す。
たしかに、彼女は以前から巫女様に対して良い感情を抱いていなかったようにも思える。
ティグ族は、亡きパルティノンの中枢にあった種族であり、同国滅亡の遠因になった“巫女”なる存在が気に入らないのかも知れない。
「当代のスメラギの巫女、カエデ。彼女はホクリョウ地方出身で、アルム人の血を引く。その出自に際し、ベラ・ルーシャによって一族は虐殺されたが、彼女は次代の巫女となるべき命運を生まれながらに背負っていた。そして、それをジェガ、当時のスメラギ総督、アークドルに目を付けられた」
そう言うと、サレムさんは一口、用意された紅茶を口含むと、再び口を開く。
「幼き頃より、極めて高い法術適性を有していた彼女は、ベラ・ルーシャ軍に捕らえられ、その後は彼らへの協力を強要されていた。折しも、ケゴンにおける事件の際に、混乱に乗して逃れ、今の地位にある」
「つまり、巫女様ならばその“女神の檻”に関する情報を知っていると?」
「ああ。それに、解毒に関することは、私達では限界がある。巫女が貯えた膨大なる知識の中に、鍵となる情報が含まれているかも知れないのさ」
「ただ、私達じゃあ巫女様も信じてくれない」
「だからこそ、神衛や種族の姫君である君達の協力が必要になってくる」
「一時的に島から脱出し、巫女様の協力を取り付けろと言うことですね?」
「ああ。協力してくれるかね?」
巫女様の意外な過去。そして、私達の命運を握る知識。そして、私達にしか出来ぬ巫女様の信用。
たしかに利に適っている話でもある。だが、私達からすれば疑問に残ることがないわけでもない。
「一つだけ、聞かせてもらえるか?」
そして、顔を見合わせた私達は、互いに頷き会うと、開口一番ケーイチさんが口を開く。
「なぜ、今になって脱出を? 機会がなかったのは分かるが、それでもな」
たしかに、機会という点では私達の潜入が契機になったのは間違いがない。加えて、スメラギは今混乱状態にあり、戦力と鳴る人材は喉から手が出るほどに欲しい状況でもある。
しかし、これほどまで大がかりな準備をしていたというのは、正直都合が良すぎるようにも思える。
「……貴方たちも見たと思うが、この島の住民は、殺しを楽しむモノ、享楽に老けるモノ、おのが臨むがままに研究に打ち込むモノと様々だ。しかし、それは所詮檻の中でのこと。加えて、私達は臨んでこの島にやってきたわけではない」
「好きこのんで、人を殺してきたわけじゃない……」
「でも、死にたくなんか無いし。生きるためにはやるしかなかったんだっ!!」
「今まで死んでいった連中も、同じ思いさ。殺しもこの島も、もうウンザリだとな。だが、ジェガをはじめとする五聖天に敵うはずもなかった」
そして、ケーイチさんの問いに、口々に真情を吐露していくサキやシロウに他のメンバーたち。
だが、話を聞いていた私達、とりわけ、アドリエルとリアネイギスの言は辛辣でもあった。
「ようは、自力で檻から抜け出すことは出来ず、餌をもらうために人を殺め続けて来たというわけか」
「ちょっと、都合が良すぎるんじゃないの?」
「二人とも、そこまで言わなくても……」
二人とも、一族の宿命を背負いながらも、盟友かつ祖国であるスメラギのために生きてきたという自負があり、元々自分に厳しい。
そのため、殺しを言い訳にしている彼らに腹が立ったのだろう。だが、今は揉めていても仕方がないのだ。
「分かってはいる……。だが、我々は、貴女方のように強くはないのだ」
「……断れば?」
「これで終いよ。口封じをしようにも、あんたら全員を殺せるわけもないしね」
「だからこそ、頼んでいる。君達にとっても悪い取引じゃないはずだ」
二人の言に、力無く項垂れるサレムさん。
それを見て取った私の問いに答えたサキとシロウもまた、自身の後ろめたさは自覚している様子であった。
「だがな、貴様等は……」
「ケーイチさん」
そして、鋭く問い詰めかけたケーイチさんを私は静かに宥める。
彼が言いたいことは分かる。
シロウやサキも、お父様は青年士官達の死に関して決して無実ではない。そのような罪を抱えているにも関わらず、自分達の生きるための言い訳に使われれば良い気分になるわけもない。
「リアさんもエルさんも、やめておきましょうよ。今、もっとも必要なことは何か……。あの超兵器を破壊する事です。なれば、大義のための手を結ぶべきではありませんか?」
「ツクシロ……、貴様はそれでよいのか?」
「サキもシロウも友達さ。でも、やったことを無条件許す理由にはならないよ?」
そんな私の言に、二人はまだ納得していない様子でもあったが、リアネイギスの“友達”と言った言を聞けば、正直なところ安心もする。
そのような気持ちがあれば、和解の可能性だってあるのだ。とはいえ、私とて、胸のつかえが完全に取れているわけではない。
「それでもです。むしろ、私達に対する後ろめたさがある以上、決して裏切りませんね?」
そして、二人を宥めた後、私はサキ達に対し、鋭い視線を向けて、再度そう問い掛けたのであった。
◇◆◇◆◇
暗がりに差し込む明かりは、徐々に弱くなり始めている。
再び幾度目かという夜がやってきたようであった。
「…………っ!? よし、あと少しだ」
そして、自分にとって、夜の訪れは解放への道に光が灯る。手枷、足枷の緩みはすでに限界に来ており、あと一歩のところで自由の身になる。
幸いなことに、今の自分は時折獄の前を通過する監視があるのみで、食事などの際にも監視が近づいてくることはない。
最下部の獄に繋がれているのだ。まともに生きているとも思っていないのであろう。
「っ!?」
だが、今感じた気配はそれまでのモノとは異なる。いや、むしろ、慣れ親しんだ気配が次々に消えていることに、先ほどからなんとなくではあるが気づいていた。
そして、ゆっくりと開かれる扉……。
「………………何者だ?」
「っ!? 生存者がいたのか」
それに合わせ、声を上げると、侵入者は闇の中でわずかに身じろぎした後、口を開いてくる。
「何者だと聞いている。害意は無いようだが」
「名乗るわけにはいかん。だが、一つ聞かせてくれ……。君のその身体は」
次第に視界がはっきりとしてくる。自身の肉体が、またその傾向へと変化したのであろう。だからこそ、夜目が利くようになってくるのだ。
「私の身に流れる、ティグとフィアの血が色濃く出はじめている……。だが、それは見た目に過ぎず、中身は刻印に支配された肉体でしかない」
「ティグとフィア? フィランシイル帝室の方でございますか??」
そして、そんな自分の言に、侵入者は驚いたように声を上げ、片膝をついてくる。この言動だけでそこまで察すると言う事は、ある程度の立場の人間であるようだ。
「察しが良いな。私は……、フェシェル・ツェム・フィランシア……、またの名を、ハヤト・ツクシロという」
「っ!? ハヤト……っ、生きていたのかっ!?」
「……なに? 貴公は?」
「私だ、ミツルギだ。タケル・ミツルギ……」
そして、侵入者もまた、自分の名に驚きつつ、名を名乗ってくる。
折しも、夜目が完全に利き始め、月明かりも相まって顔が完全に見えるようになっていく。
「貴様も、生きていたか」
はっきりと見え始めた侵入者の顔。それは、紛れもなく白桜学院における同期生の成長した姿であった。




