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第十一話

 なんど蹴倒し、殴り倒そうと立ち上がってくることはさすがだった。


 今もふるわれてくる得物を躱し、背後から掴み掛ってきた者を勢いそのままに投げ飛ばす。


 加減などほとんどしていなかったが、肉体の耐久性はさすがのもので、なぎ倒したものもほどなく立ち上がってくる。

 数人がかりで女一人を嬲り者にでもするつもりであったのだろうが、それでも一人が倒れるまでは他の者は手を出してこないあたり、最低限の礼節は心得ているといえるだろうか?


 とはいえ、さすがにこれだけの人数を相手取っていると、疲労が溜まってくる。



「はあはあ……」



 そろそろ息が切れ始めている。


 休むことなく戦い続けているのだから当然かもしれないが、相手のタフさにも辟易してくる。



「きゃっ!?」



 そんな時、背後から足を払われ、思い切り転倒する。疲れのせいか、背後からの悪意に気付けなかったのだが、それを見て取った者たちは、嬉々として手にして得物を私に対して振り下ろしてくる。



「ミナギっ!? ちょっと、どきなっ!!」



 サキの苛立つ声が耳に届くが、視線を向ける余裕はなく地を転がってそれをかわす。

 私の疲れを悟ったのか、今度は本気で命を取るつもりになっているようだ。



「貴様らっ!!」


「ぐおっ!?」



 そうと分かれば、こちらとて手加減をする余裕はない。


 袖に仕込んだ暗器を両の手に持つと、地を蹴って飛び上がりながら周囲の者達を切り裂く。


 鮮血が舞うが、やはり急所は外されている。


 そのままに、後方へと跳躍し、森を背にして暗殺者たちをにらみつける。

 ここでこの者達を討てば、私だけでなくシリュウ――ヒサヤ様やサキの立場も悪くなるが、それは致し方のないこと。

 今も彼らに混ざって、向かって来ようとしているキラーの狙いは、はじめからこんなところだったのではないだろうか?


 だが、はじめの私を嬲ることを楽しむようにしていた者達とは異なり、今となってははっきりとした殺気が表に出ていた。



「まずかったか……」



 じりじりと距離を詰めてくる暗殺者たちをにらみながら、そう口を開き、外套の中にある砲筒へと手を伸ばしかける。


 しかし、ここでは弾の補充は難しく、持ち合わせを使い切ったところでここにいる全員を倒せるだけの数は正直なところ、心もとない。

 これだけの組織であるから補充品もあるかもしれなかったが、信用とは無縁の私に武器庫のたぐいが教えられることはないだろう。


 そんなことを考えつつ、さらに詰まってくる距離。


 サキも数人の男に抑えつけられていて、助けを求めるのは難しい状況であり、こうなれば覚悟を決めるしかない。


 そう思いつつ、暗器を手に姿勢を低くし、私が攻撃に備えたその時。


 突然、背後に感じた闘気に、思わず背筋が凍りつく。だが、件の闘気の主は、森林内から跳躍すると、そのまま私の眼前に降り立つ。

 私の視界を覆ってしまうほどの巨体。私が接近に気付かなかったのは、その闘気が私に向けられたものではなかったからであろうか。



「ツクシロ殿。無事にございますかっ!?」


「ケーイチさんっ!?」


「大事ないようですね。閣下からは、見守るように言い渡されておりましたが、さすがにこの状況を放っておくわけにはいきませぬゆえ、助太刀しますよ」



 そう言って、槍を手に私の眼前に立ったのは、ともにこの島に潜入していたケーイチ・シイナ。


 先日の天津上における父、カザミの暗殺事件に際する護衛士官、唯一の生存者でもあった。



「なんだあ、ずいぶんとっぽいのが出てきたじゃねえか?」


「その外見に猫背……。フミナ様に軽くあしらわれたろくでなしか」


「っ、てめえ……」



 そんなケーイチさんに対し、キラーが眉を顰めながら口を開く。


 大人数で私を囲んでいたにもかかわらず、思いがけない援軍に邪魔をされたことに困惑した事もあるだろうが、先頃の天津上での敗北を指摘され、あっさりとキラーは表情を歪めている。

 天津上でフミナ様に襲い掛かってきた敵のことは聞いていたが、それがキラーであったことまで知らなかった。



「なんとか、無事なようですね」


「ええ……、申し訳ありません」


「どうします? 殺されぬようにすることは可能ですが、長時間になりますと」


「やるしかないです」


「そうですね……行きますっ!!」



 そういうと、ケーイチさんは一息置いて地を蹴り、暗殺者たちの輪の中に飛び込む。


 私にとっても予想外のことで、虚を突かれる形になったのはその場にいた全員であろう。そのためか、次の瞬間には数人が地から跳ね上げられ、次々に地面に叩きつけられていく。



「あの時は不覚をとったが、二度目の屈辱は受けんっ!!」



 そう言いつつ、縦横に槍をふるい、暗殺者たちを叩き伏せていくケーイチさん。


 天津上にてお父様の護衛に失敗し、任官したばかりの青年士官だと聞いていたため、実力自体には期待していなかったのだが、現在、私の前で披露されている武勇は、その強面の外見に遅れることなく、剛胆なる物であると同時に、流麗で洗練された面も見せている。

 とはいえ、暗殺者たちも打撃を受けることはあるが、槍自体で討ち取られることはほとんどなく、一対多数の激戦がその後も続いていく。



「ミナギっ、大丈夫?」



 そんな時、私の元に駆けてくるサキ。


 暗殺者たちがケーイチさんの武勇に度肝も抜かれているうちに、抜け出してきたのであろう。

 ただ、そんな彼女も見ず知らずの男の武勇に度肝を抜かれている様子だが。



「あいつ、天津上で倒されていたヤツだよね? あんなに強かったの?」


「それが、私にもわからないんです」



 私達は一歩引いて戦況を見つめているが、今のところケーイチさんが1人で暗殺者たちを圧倒している。


 私との“お遊び”の影響もないとは言えないだろうが、精鋭たる暗殺者たちが翻弄されたままであるというのは驚きでしかない。

 とはいえ、数が数であり、暗殺者たちもそこいらの兵隊に比べれば体力や耐久力は段違いのものがある。


 数人は倒されて地に伏せったままだが、多くが立ち上がってケーイチさんを囲い込んでいく。


 このままではさすがにまずいと思った私は、サキに視線を送ると、砲筒を手に取り、上空へ向けて数発発砲する。



「いい加減にしなって言ってんだろ。一人相手に何遅れをとってんだっ!!」



 乾いた音が周囲に木霊し、暗殺者たちが動きを止めると、サキが弓を構えながら声を荒げる。


 その矢はケーイチさんの額に向けられており、一瞬のして状況は変わってしまったことになる。


 とはいえ、サキには彼を射るつもりなど、微塵もなかったが。




「貴様等、何をしているっ!!」



 そして、私の発砲を境に停止していた状況は、再びの乱入者によって打ち破られる。



「ちっ、シリュウか……」


「サキ、ミナギ、何があった?」



 もう一人の幹部の登場に、キラーや他の暗殺者たちの舌打ちが耳に届いてくる。


 幹部の権力がどの程度かは分からないが、キラーは他の暗殺者たちに対して強権を振るっているわけでもなく、単に戦闘力の高さで序列があるというのが正しいのかも知れない。

 だからこそ、シリュウ――ヒサヤ様の登場で、空気が一変したとも言えるのだが。



「……キラー、貴様、人の女に随分なことをしてくれたようだな?」


「はっ、なーにが“俺の女”だよ? こいつを見ろ。その女の危機に颯爽と現れやがったんだぞ? 放っておけばどうなるか分かったもんじゃねえ」



 そして、サキから事情を聞いたヒサヤ様が、露わになっている眼光鋭くキラーに詰め寄るも、キラーや他の暗殺者たちは、面白く無さそうに私とケーイチさんを交互に視線を向けてくる。

 たしかに、現状、私は裏切り者。と言うのが組織の側から見るものであろう。


 実際、服従するつもりなど微塵もないし、ヒサヤ様との関係がどうなるかも、考えたくもないというのが本音であるのだ。



「……貴様はたしか」


「あの時以来だな。ツクシロ閣下の仇……、果たさせてもらおうか」


「悪いが、簡単に殺されてやるわけにはいかん。せっかく手に入れた女を取り替えされるのもしゃくだ」



 そう言うと、私の思いも知らずにケーイチさんとヒサヤ様は互いに得物を構え、眼光鋭く睨みあう。



「ま、まずい……っ!?」



 状況は一触即発であったが、視線を向けた私に対し、一瞬、ケーイチさんと目があった際に、目が何かを伝えようと知ることに気づく。

 しかし、一瞬であったため、何を伝えようとしていたのかまでは分からなかった。



「だ、そうだが? シリュウ、お前じゃなくてその女にやらせろ」


「なに?」


「女なんだろう? お前の。だったら、元仲間のこと何でどうでも良いだろう? おい、どうなんだ?」


「話しかけないでください」


「ちっ。シリュウ、どうする? 返答によっちゃあ、こいつだけじゃなくてこの女、ついでにサキも殺すぞ。おいっ」




 そんな私達の様子を察したのか否か、キラーは二人間に割って入り、そう言ってヒサヤ様を睨み付け、さらには他の者をけしかけて私達を取り囲んでくる。



「えっ!? ちょ、ちょっと、私まで??」


「……っ、どきなさいっ!!」



 そして、サキに対して手を伸ばした暗殺者を柄頭で殴り倒した私は、周囲の者達が見つめる中でケーイチさんに対し、砲筒を構える。


 一瞬、目を見開いたケーイチさん。だが、この場にあっては致し方ない。と思うしかなかった。

 そして、乾いた音とともに、呆然とするケーイチさんの胸は赤く染め上げられる。



「ぐっ……、つ、ツクシロ……殿? ぐ、うわああああああああっっっっ!?!?」


「……ごめんなさい」



 ヒサヤ様とサキが驚愕する中、ケーイチさんもまた、信じられないとでもいうかのように胸元を押さえ、私を見つめてくる。


 しかし、足元はおぼつかず、崖の縁に立っていたその巨体は、次の瞬間には崖下へと転落して行き、遠退いていく断末魔だけが私達の耳に届いている。そして、それも間もなく聞こえなくなっていった。



「よし、遺体の確認に行けっ!! はっ、神衛が聞いて呆れるな……行くぞ」



 その様子に、満足げな表情を浮かべたキラーは、泳ぎが得意なのであろうか、指定した暗殺者たちを海へと向かわせ、自分は他の者達を引き連れて本拠地の方へと戻っていく。

 降りしきる雨の中、その場には私達三人だけが再び残されることになった。



「ミナギ……、お前っ」



 そして、キラーたちの姿が見えなくなると、問い詰めるかのように声をかけてきたヒサヤ様。

 しかし、私もまた彼に対して砲筒を向け、視線鋭く睨み返す。



「……あなた様も、私にとっては仇であることをお忘れなく? 目的を果たすため、私は死ぬわけには行かぬのです」


「だが、お前ならば斬り抜けられたであろう?」


「あれはヤツ等が遊んでいたからです。本気で来られたら」


「しかし」


「殿下はご自分の力量でものを見がちです。私には、あの程度で抗うことが限界なのです」


「…………サキ、湯治場にでも案内してやってくれ。今日は疲れただろうしな」


「え、ええ……分かったわ」



 そして、砲筒を突き付けたまま、感情乏しくそう告げると、最終的にはヒサヤ様は力無く首を振り、サキに対してそう告げると、再びこの場を後にする。



 その背中は、どこか寂しそうな風に感じられたが、今の私にできる事はこのくらいであった。


 方々から感じる監視の目。その目を逃れるのに、この場は本拠地から近すぎた。




◇◆◇◆◇




 水の様子がはっきりと変わっていた。


 元は火山帯であったらしく、硫黄や亜硫酸ガスを含む水もあったが、地下水路を流れる水は基本的には澄んだ美しい水である。


 だが、そろそろ海の気配が近づきはじめた頃になると、支流となっている水路から流れ込む水は、ほんの僅かであるが魔力を感じられるのである。



「この辺りか」



 ミオは、そう呟くと水路の中を覗きこむ。


 広さは十分であり、通り抜けることは可能であるようだが、下手に入りこんで敵と遭遇した場合は始末である。


 何しろ、魔力を含んだ水であり、周囲には魔導粒子と呼ばれる魔力や刻印の欠片も含まれている。

 小さな刺激で、大爆発を起こしかねない危険物質が含まれている考えた方が良いのだ。



「とはいえ、ここから行くしか無かろう」



 だが、周囲を見まわしても侵入口はない。


 動力施設である以上、魔導粒子が周囲に漏れることは危険極まりないのだから当然と言えば当然であったが。



 幸いなことに、敵との接触はなく、施設への潜入はなった。



 水路も途中から縦に伸びている箇所があり、水の流れも緩やかであることが幸いしてくれたといえる。


 ミオは壁越しに人の気配を探りながら内部を移動し、やがて気配が断たれたところで躊躇うことなく水路から出て、施設内各所に視線を向ける。


 やがて、人目につかぬ機材の影に身を潜めると、再び周囲の気配を探る。


 どこか、浮世離れした印象のモノが多く、やはり研究なのに執心しているため気配などを探ることには無縁であろう。


 案の定、ぶつぶつと何かを呟きながら歩み寄ってきた研究者の女。手入れをされていない黒髪に眼鏡をかけ、いかにも根暗な印象であったが、こういう無防備な女は対処しやすい。


 そう思ったミオは、音もなく背後に回ると、口を塞いで女を物陰へと引きずり込む。



 それからほどなく、物陰から姿を現した女は、それまでの女とは異なり、鋭い眼光を放つ凛とした姿へと変えた女は、堂々とした足取りで研究施設内部へと歩みを進めていった。

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