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第十話

遅くなってしまって申しわけありません。

 目の前にあるのが何なのか、分かってはいても分からなかった。


 ただあるのは、一つの疑問のみ。



「なぜ……、私の名が?」



 それだけであった。


 この墓標が、いや墓標に刻まれた名が、墓標の下に眠る人物が、“ミナギ・ツクシロ”であるとすれば、私はいったい誰だのだ?

 そんな疑問が頭をよぎる。同姓同名であるという可能性もミリ単位では存在するであろうが、そのミナギという女性に、サキという友人が存在する可能性は無きに等しいだろう。

 何より、ツクシロ姓を名乗る事がどれだけ重いことかはスメラギの人間であれば嫌でも理解するであろうし、他国にそのような姓はない。



「…………あの日、シオンはお前から砲筒を奪い、お前を撃った」


「っ!? な、なにを……?」



 混乱していた私に対し、先ほどまで目を背けていたシリュウが、表情を引き締め、そして、顔の半分を覆っている包帯を外していく。



「倒れたお前を、俺は抱きかかえてシオンを睨んだが、すぐに意識を奪われた。それで、目を覚ました時にはすでに何も覚えていない。そんな状態の中、すぐ横に倒れていたのは、同世代の少女。だが、彼女の身体は冷たくなり、すでに息も引き取っていた」


「何を言っているのかと聞いているんですっ!!」


「そして、俺の名はシリュウ、少女の名はミナギ・ツクシロだと、そうシオンから告げられ、俺はお前を埋葬した。それから、俺は何度もここに足を運んでいた。それが誰なのかも分からないまま、ただ、なんとなく来なければならないという気分にさせられてな。そして、それをサキやシロウが見かけ、そこからこいつ等は俺につきまとうようになった」


「…………まさかっ!? そ、そんなっ」



 口調を荒げる私を無視し、包帯を解きながら、言葉を紡ぎ続けるシリュウ。


 話の内容もそうであったが、包帯越しに現れた顔立ち。記憶にあるそれからは、当然のように年齢を重ね、年相応の精悍さを伴ってはいるが、ある人物の面影ははっきりと残されている。



「久しぶりだな。と言うのが正しいのかな?」



 現れた顔。暗殺に手を染め、血反吐を吐いて生き抜いてきた人間が持つ薄暗い何かを背負ってはいるが、生まれ持った人を惹きつけるオーラと言うべきか、そう言った類のモノが消えてはいない。


 だからこそ、私が見間違えるはずもないのである。



「……な、なぜなのです? 私が……私が」



 途端に身体が震え、視界が激しく揺れはじめる。


 お父様の死に関わり、多くの青年士官達の命を奪った男が、本来であれば私が守護し、兵や民の希望となって戦う運命にあった人物であると言うのであろうか?



 そして、私の失態が無ければ彼はそのような運命を歩むことはなかったのではないのか?


 そんな思いが、脳裏を巡り続ける。


 あの声が、この島にヒサヤ様の存在を可能性として告げた吐いたのだが、こんな形での再会は余りにひどすぎる。

 そして、それを生んだのは、あくまでも自分の失態が原因であるのだった。



「その動揺……、それに」



 震える私に対し、シリュウ、いやスメラギ皇国、現皇太子ヒサヤの尊様は、ゆっくりと私に近づくと、首にかけられた首飾りを手に取る。


 私とヒサヤ様、そしてハルカが、誘拐事件の後に、別離を経験したとしても必ず再会できることを祈念してわけあったモノ。

 そしてそれは、私のそれを見つめるヒサヤ様の首にもかけられ、わずかに差し込みはじめた陽の光を浴びて鮮やかに輝いている。

 私のそれはすでに輝きを失っているが、ヒサヤ様のかけるそれはいまだに輝く。


 つまりは、記憶を奪われ、洗脳状態にあったとしても、それは大切にしてくれていたと言う事なのだ。



「……私が、殿下をお守りしていれば……、お父様や兵達は」


「それは分からない。カザミは、いつ戦場に果ててもおかしくない地位にはあった。俺が言えることではないがな。ただ、お前が自分を責める必要はない」



 そう言うと、シリュウ……ヒサヤ様は、私の傍らに立って墓標へと視線を向ける。


 簡単に割り切れる話ではないが、彼の正体を知った以上、私が彼を討つことなど出来るはずもない。


 ミナギという女個人であれば、決して許せることではないのかも知れなかったが、私はあくまでも神衛であり、その総帥たるカザミ・ツクシロとミオ・ツクシロの娘。

 主である皇子を討つことなどあり得ないし、彼を憎むことも、死に臨んだお父様が願ったように、許されてはいないのだ。



「すまないな。記憶が戻った以上、ヤツ等に手を貸すことは当然出来ない。だから、君に正体を明かすしかなかった。それが、どれだけ君を苦しめるのかは分かっていたつもりだが」



 傍らにて、ヒサヤ様はそう口を開く。


 だが、私はそれに答えることはできなかった。本来であれば、気遣いを申し訳なく思うところなのだが、どうしても『虫の良いことを言うな』という思いが頭を掠める。



「それで、君は本当にミナギなんだな?」


「…………だとすれば、この墓標はいったい何なのですか?」


「俺は、たしかに君をここに葬った。シオンは至近距離から君を撃ったのだ。俺もすぐに意識を奪われたから正確ではないかも知れんが」


「私は飛竜から転落したはずですが?」


「…………何?」


「お話ししましょう。私のこれまで事を……」



 そして、沈黙した私に対し、ヒサヤ様はゆっくりと私に対してそう問い掛けてくる。


 だが、その話しぶりから、お互いの認識に齟齬が出てもいるようだった。


 ヒサヤ様の言を信じるのならば、私はシオンに撃たれた後も飛竜の背に倒れたまま、この島に連れてこられ、ヒサヤ様が気を失っている間に死んだことになる。

 しかし、私は眼前から飛竜が遠ざかっていくことも、全身に感じた浮遊感もはっきりと覚えているし、水の中を浮遊していた感覚も覚えている。

 それに、サヤ様との邂逅の時を考えれば、私がこの島にいたとは考えにくいのだ。



「母さんが君に……。そうか、やはり事実であったのだな」



 そして、一通り話を終えた私に対し、ヒサヤ様はゆっくりと私に背を向けると、口元を普段通りに布で隠しながら口を開く。



「俺が皇子であれなんであれ、君の仇であることには変わりない。俺を討つと決めたら、いつでも殺しに来い。簡単に殺されてやるわけにはいかないが、すべてが終わった後、必ず償いをする。だが、今だけは、出来うるのならば、力を貸して欲しい」


「……勅命とあらば」


「命は下さない。君の意思で決めて欲しいんだ……。サキ、後のことは任せるよ」


「ええ」



 そこまで言うと、ヒサヤ様は、皇子ではなく暗殺者シリュウの顔となってその場を後にする。


 協力するか否かをわたしの意志で決める。


 そう告げていたが、私の心などはじめから決まっている。だが、忠誠を尽くしべきヒサヤ様とお父様の仇であるシリュウは同じ男なのである。



「…………死んでしまった私かも知れない誰かさん。貴女は、幸せだったのかも知れませんね」


「っ!?」



 墓標に視線を向け、思わずそう呟いた私に対し、サキが何かを言いかけて口を閉ざしていたが、今は私もそれに答えることはできなかった。



◇◆◇◆◇



 風が来訪者の到来を告げていた。



「ほう? まだ意識はあったか」



 特段の感情無くそう告げた男に対し、顔を上げて鋭く睨み付ける。


 意識があるのかという問いかけは滑稽であった。自分がまともに死ぬことの出来ぬ身体になった原因はこの男にある。



「そう睨むことは無かろう。今日は貴様に一つ、朗報を持ってきてやったのだ」



 自身の眼光に、冷笑を向けてくる男は、そう言うと、手にした水晶球を自分に対して近づけてくる。

 そこに映っているのは、どうやら年頃の少女のようであるが……。



「っ!? き、貴様っ!!」



 そして、そこに映っていたのが誰なのか、最後に見た時よりも歳月を重ねて美しく成長していたが、自分が件の少女を見間違えるはずもない。



「ははははっ、いいぞその表情。一国の皇子が、一人の女に対して怒りに震える。真に滑稽であるな」


「なんとでも言えっ!! 貴様等、この子に何をしたのだっ!?」


「知れたこと。我々の駒となってもらったのだよ。まあ、物好きな男が、自分の手駒として、いろいろと動いているようだが……無駄なことだな」



 そう言うと、水晶球に映る少女の姿は消え、男の冷笑だけがその場には残る。



「ふふふ、しかし、お前がこの少女を捜して乗り込んできた時は驚いたぞ? 貴様の暴走のおかげで、こちらはフィランシイルを無条件で抑えられるのだ。本当に、我々にとっての果報者であるよ。貴殿はな」


「ぐっ……」


「さて、感動の再会も出来たことだし、今しばらく大人しくしていてもらうとしよう」



 そう言うと、男は元来た扉へと歩み寄る。しかし、何かを思いついたかのように振り返ると、相変わらずこちらの苛立ちを誘発する冷笑を向けてくる。



「そうそう。君にとっては、初めての母なる女。彼女もこの島にやってきている。久々に、親子水入らずも楽しめそうだぞ? ではな。はっはっはっは」



 そう告げた男は、今度こそ振り返ることなく姿を消し、その場は再びわずかな光のみが差し込む暗がりへと戻っていく。

 それに合わせ、ゆっくりと目を閉ざすと、両の腕に力をこめ、正確に時を数える。その後、今度は足を壁に掛けて再び時を刻む。


 ただひたすらに、この行動を続けてからすでに3年。


 彼の少女の消息を探った結果、辿り着いたのがこの島であったが、結果としては自らの無力さを徹底的に味あわされる事になっていた。

 あげくの果てに、自身の失態が、同胞たちの命運を決しかねない自体まで生んでしまっている。



「っっ!!」



 そうして、無言のままに腕に力をこめると、闇の中で静かに手枷の一部がぐらつきはじめる。


 この様な身体になって事で、力が衰えることはまず無い。たとえ、あの頃のように彼女等と再会する事は不可能であったとしても、それを救う事ぐらいは出来るつもりであった。


 そして、自身の身に流れる亡国の血。その証である漆黒の翼が羽ばたく時は、もう少しである。





「すまない、ミナギ。すまない、母上。私はもう……。だが、あなた達だけはなんと救ってみせるぞ」


 ゆっくりと差し込んでくる光。


 それが照らし出したのは、漆黒の翼を纏いし白銀の毛並みを持つ獣の姿であった。



◇◆◇◆◇



 雨は降り続けていた。



「ミナギ……、殿下もああ言っているし、今はもどろ? ね?」


「そう、ですね……」



 しばらくして、降りしきる雨に打たれつつ、墓標に視線を向け続けていた私に、サキは力無くそう声をかけてくる。


 互いに、全身は雨に濡れそぼっている。


 ただ、私は神衛の制服を身に着けているため、身体自体が冷えることはほとんどない。だが、好意で私を見守っていてくれたサキは、冷えからかすでに震え始めている。


 また、私の不注意で友人をつらい目に合わせてしまった。



「サキ。ヒサヤ様とのことは……」


「少なくとも、私はミナギの味方をするわよ?」


「ありがとうございます。ですが……、好きなのではないのですか?」


「…………何を言っているの?」



 サキの返事は、私にとっては素直に嬉しいことでもあった。


 しかし、同時に悲しくもある。正直なところ、自分はその手の感情には疎いと思っているのだが、サキがヒサヤ様に抱く感情の類を察せぬほど鈍っているつもりはない。

 ある程度、他者の感情を理解できねば、戦場においては遅れをとってしまうのだ。


 それに、二人の間には、“関係”もあることも分かる。




「戯れ言です。少しは成長したでしょう?」


「え? あ、ああ、そう言うことね。はは、ミナギのそういう所ははじめて見たよ」


「上手くいきましたか? ふふ、サキもようやく、真から笑ってくれましたね」


「あ、ばれてた?」


「ええ……。立場からすれば、許せないことではありますが、あなた達にはどうすることも出来なかったというのは分かります。ただ、償いだけは忘れないでください」


「うん……分かってる」



 ただ、これ以上そのことを問い詰めたところで意味は無い。


 なぜか、そのことを考えるとひどく胸が締め付けられるような、そんな気持ちにさせられるのだ。

 だから、この場にあっては悪ふざけのように取り繕うしかなかった。ヒサヤ様の事で悩むのは自分だけで良い。



「それで、ヒサヤ様の……っ!!」



 そんな時、口を開きかけた私は、背中に殺気を感じると飛来したナイフを掴み取る。

 斬れはしなかったが、挟み込んだ指がなんとなく痺れるような感触に襲われる。どうやら、毒が仕込まれているらしい。



「…………不意打ちですか。所詮、暗殺者風情が考えることですね」



 すぐに仕込んでいた毒消しを塗り、下手人に対して冷たい声でそう告げる。

 すると、周囲の森から一人、また一人と私服姿の暗殺者たちがゆっくりと姿を現す。皆が皆、殺気を纏ってはいるが、ここではそれが日常であり、戦いの場におけるそれとはまた匂いが異なる。



「へへ、顔色一つ変えずに、受け止めるか。ジェガの野郎が気に入るだけのことはある」



 そう言いながら、集団の中から出てくる銀髪の男。


 名をキラーと聞いていたが、顔立ちは整っている割に、猫のように曲がった背中と立ち振る舞いに品はなく、せっかくの外見も台無しであった。



「それで?」


「ほらよ」



 相変わらず目には狂気の光が灯っている。


 しかし、今回投げ渡してきた大型のナイフに毒は仕込んでおらず、笑みを浮かべたままキラーは構えを取っている。



「相手をしろと言うこと?」


「ふふふ、天下に名高き、皇国神衛様だ、その手管、是非ともご教授いただきたい」


「断れば?」


「好きにすればいい。だが、それは、お前が…………死ぬだけだっ!!」


「サキ、下がって」


「ミナギっ!?」




 ナイフを握った私は、サキを軽く押し、離れるように促す。そうしている間に、キラーはすでに駆け出していた。



「ふっ!!」


 そして、私も同時に地を蹴って飛び掛かるように駆けてくるキラーへと向かっていく。



「っ!!?」



 ぶつかり合うナイフ。


 火花が散ると同時に、激しく掛かってくる重み。さすがに、他の暗殺者たちのようには行かないようだった。



「ぐっぅぅ……」


「んっんん……」



 激しく鍔ぜりあう私達。だが、状況はすぐに変化する。


 ナイフを逆手に鍔ぜりあうキラーの視線に、私は違和感を感じたのだ。

 そして、それに気づいた時には眼前に白刃が迫っていた。何事かとも思ったが、柄頭から仕込みの刃が伸びてきたのである。


 身を捩って躱したものの、頬を軽く斬られた。




「くっ……!!」


「へへ、きれいな顔が台無しになっちまったな。それじゃあ、もらい手もねえだろ? シリュウの女なんかやめて、俺がもらってやろうか?」


「ちょっとあんた達っ!! いい加減にしなよっ!!」



 距離を取ると、傷を負った私に対して、野卑た笑みを浮かべてくるキラーや暗殺者たち。サキが声を荒げて弓を構えるも、幾人かは彼女に対して弓や弩を向けている。


 このままでは、彼女にまで危害が及んでしまう。そう思った私は、ゆっくりと手を上げる。




「サキ、大丈夫ですよ」


「ミナギ?」


「悪いけど、今日は少し機嫌が悪いんです……。それに、御母様からいただいた大切な身体……。貴方のような、下品な男に傷をつけられたことは、正直屈辱ですっ」


「へっ、さすがお嬢様。おっしゃり方にも、がっ!?」



 苛立ちを抑えることなく、そう口を開いた私は、小馬鹿にするようにそう言って笑うキラーに対して地を蹴ると、その腹部に容赦無く拳を叩き込む。


 さすがの実力者であり、不意を討たれただけで絶息するほどではないが、さすがに後方の暗殺者たちの元に吹き飛ばされるだけの衝撃は防げなかったようだ。




「ほう? 身体能力はここまで上がっておりますか。では、皆様……お望み通り、皇国神衛の武勇、たっぷりをお見せ致しましょう」




 そして、唖然としていた暗殺者たちに対し、私はそう告げると躊躇うことなく地を蹴ったのであった。

嫌なことが続いたら、ストレス解消も必要だと思います。



あと、種明かしはあっさりとしすぎてしまいましたが、どうでしょうか?

出来れば、ブクマで答えるのではなく声をお聞かせ願えるとありがたいのですが……。

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