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第九話

 ミナギの動向は、今のところは安心できそうであった。


 ただ、組織内部に入りこみ内偵する目的が敵に発覚し、肉体改造と服従を強制されてしまったのは痛恨であった。


 とはいえ、対抗策が無いわけではない。


 すでに協力を取り付けている二人が側におり、悪いようにはしないはず。

 少なくとも、あの二人と一緒にいれば単独で行動するよりはマシな結果になる。となれば、あとは自分達が為すべき事を為すだけであった。



「閣下。ミナギ殿のことは、まことに」


「気にするな。元々、私が立てた任務。少なくとも、現状あの子が危険に晒されることはない」


「信用できるのですか?」



 本拠地内部から岬の方へと向かった三人の姿を、周囲の森の中より窺ったミオに対し、ミツルギとケーイチが口を開く。

 ヒサヤとの会見を終えたミオは、その足で島内各所に散っていた彼らと合流し、情報収拾の傍ら、ミナギの動向を見守っていたのだ。


 万一の事があれば、すべてを擲っても救い出すつもりであったが、今のところ、ヒサヤもサキも互いの約束を貫いていると見える。



「それは問題ない。それより、二人は無事なのか?」


「今のところは連絡がつきませぬ。ですが、尚武の一族と森の守護者の姫君。大地が彼女達を守護することでしょう」


「ふむ……。そうだったな」



 ミナギ達から視線を外したミオは、この場に居ない二人の皇女。


 リアネイギスとアドリエルのことをミツルギに問い掛けるが、二人とも島の大部分に広がる密林の中に溶けこんでしまい、こちらから探し出すことは困難な状態であった。


 だからこそ、二人のみの安全は保障されているとも言えたが。



「しかし、閣下。今のところは、件の超兵器は」


「私の方も駄目だ。やはり、あの者達に期待するしかないか……」


「本当にこの島にあるのでしょうか?」


「ある。ミナギの言だけではない。私が……」



 ケーイチの問いに、ミオはそう言うといったん言葉を切り、目を閉ざす。


 この場に居る者達の中で、事実として知り得ているのはミツルギだけであったが、彼女にとって、件の超兵器は、己が命に変えても破壊せねばならぬ代物であった。



 件の超兵器。それは、ミオの父親がユーベルライヒとの密約の中で研究を重ね、この島に設置した物なのである。


 人の生命力と法術のための魔力を媒介とし、それを最大限にまで増幅させて大地を焼き払う。


 実現すれば恐るべき脅威となる兵器であり、当時ベラ・ルーシャとは冷戦状態にあったユーベルライヒにとっては、戦局を覆すだけの戦力になり得る。


 だが、ユーベルライヒも決して一枚岩ではない。中には、ベラ・ルーシャと懇意にしている勢力も存在し、一部のリークも行われた。



 そして、その開発を叩きつぶすために送り込まれてきたのが、サヤをはじめとした少年兵達なのである。



 この事実をミオが知ったのは、件の凶行から地下へと堕とされた後のことであるのだが、彼女は、それ以前に、件の超兵器の実験体として取り込まれたことがある。

 その記憶は巧みに消し去られていたようだが、なぜか先日の砲撃の際に、奥底にしまわれていた記憶が甦ってきたのである。


 スメラギの危機局であるが故か、はたまた娘ミナギと自身の記憶が同調した為なのかは分からない。


 だが、これが父親達の残した負の遺産であることには変わりはないのだ。



「閣下。話したくないことならば聞きませんよ。私も神将家の一員。国家の中枢にある人間が、墓場まで持っていかねばならぬ秘密を抱えていることぐらいは心得ているつもりです」


「そう……ですか、ありがとうございますね。シイナさん」


「いえ。ミナギさんのことは、私が責任を持って護衛致します故、お二人はお二人の為すべき事を」


「ふむ。閣下、彼の武勇は、私が保障します。ここは言葉に甘えるべきでは?」


「……そうね。では一つだけ、あの方……ミナギとともにある男の命だけは、遵守するように致しなさい。あとは、あなたの判断で動いてかまわないわ」


「承知致しました。ご武運を」



 そう言うと、ケーイチは二人に対して背を向け、静かに森の中へと姿を消す。


 ここよりもミナギの動向を監視しやすい場に移動したのであろう。堅苦しく、不器用な面がある青年と思っていたが、カザミが見出しただけのことはあり、聞くべき事聞かぬべき事の区別は出来ている。

 件の男、シリュウと名乗るヒサヤ様に対しては、恩師の仇という立ち位置でもあるのだが、そのことは別にして事に当たろうとしてくれている。

 そして、自立して考えながら行動も出来る様子であった。



「中々の子ね」


「そうですね。しかし、殿下のことを告げずとも良かったのですか?」


「いいのよ。あの手の性格では、余計なことを知れば実力を発揮できなくなる。誠実さは美徳であるけどね」


「……たしかに、そうかも知れませんね」


「それで、何か掴んでいるのか?」


「警備が厳重なのは、ジェガ等のこもる本拠以外に二つ。船着き場と」


「巨大動力施設か」



 ケーイチを見送ると、ミオはミツルギに対し、報告を促す。


 他の四人には告げていなかったが、島に潜入した時点で、超兵器の所在に対する見当はつけている。

 だからこそ、別行動を取ったのであり、年若い者達を巻き込むわけにも行かなかったのだ。



「行ってみるしかなかろう。侵入口は?」


「こちらに」



 そして、ミツルギが広げた絵図は、昨夜のうちに本拠地内部に潜入して得てきた図面である。


 見ると、施設全体は地下の水路にて繋がっており、それらは島全体に伸びているようである。



「ここの空洞は何だ?」


「そこまでは……。しかし、動力施設と近いことから、何某かのモノがあるのではございませんか?」


「ふむ……、ミツルギ。行けるか?」


「御意」


「だが、そなたには、殿下とミナギの守護も託したい。脱出が困難であると判断した場合は、放棄をしてかまわん」


「分かりました」


「よし、では行くとしようか」



 互いに状況を確認し、頷きあったミオとミツルギ。


 一瞬、先ほどまで動向を見守っていた人物たちに視線を向けたのは、二人なりの保護欲の類であろうか?


 しかし、今は為すべき事を為すべき。


 視線の先にある者達もまた、同様に事を為してくれるはずと二人は信じているのだった。



 そして、音もなく二人の姿は森の中へと消えてゆき、やがてその存在すらも無かったかのような静寂がその場を支配していた。



◇◆◇◆◇



 サキとの再会は、私個人で見れば喜ばしいことでしかなかったと思う。


 ただ、事情は理解できていても、彼女が暗殺者としてスメラギにもたらしたことには、許されざることが余りに多すぎる。

 お父様の死に関しては、彼女は無関係とも言えるし、その前の戦闘でも兵達の命を奪わぬように戦っていたといえど、暗殺者としての事実が消えるわけではない。


 そのためか、サキと前方を走るシリュウは、先ほどから一言も言葉を交わすことなく眼前を歩いている。

 私自身、二人に声をかけることも出来ず、それ以前の親しみをもって私に接してきていたサキの変化は悲しくもあるが、原因は私にあるのだから何も出来ない。


 先ほどから雨も降り始め、それが私達の心境を端的に表しているようなそんな気分にもさせられる。


 しかし、黙っていたところでは何も始まらない。暗殺者サキに対する罪は、いずれ神皇リヒトの皇の名の下に裁かれる。

 だが、私の傍らにいるのは、友人であるサキ・キハラなのである。



「これほどの要塞をどのようにして手に入れたのですか?」


「さてな。俺達もその辺りは聞かされていない」


「ある程度の予想はつくけどね」



 そして、シリュウとサキが目指す場所に向かい、歩みを進める中で私は島全体の様子を見まわしながら口を開く。


 周囲の海域はひどい天候であるが、島自体は年中風雨に晒されているわけではない。


 むしろ、周辺の天候が最高の隠れ蓑となり、隠し施設とは最適の地といえる。おそらくではあるが、スメラギ攻略を狙うベラ・ルーシャ、聖アルビオン、ユーベルライヒのいずれかの隠し施設と言ったところであろう。

 毒の覚醒を抑える特殊ガスが噴き出すように、研究材料は事欠かないであろうし、長年皇総督であったアークドルフ――ジェガがシオンと結託して、この島の存在を突き止めたと言うところであろうか?


 刻印の技術は太古から存在しているし、それと毒を組み合わせた研究などは、その道の研究者たちからしてみればもってこいの地とも言える。




「他の者達は、どのようにして集められたのですか?」


「出身は様々だ。俺とサキは、スメラギ……、他の連中は、大半が犯罪者上がり。奴隷商人に売られてきたヤツや身内から売り飛ばされたヤツもいる」


「残虐な殺人で処断を待つだけだった人間を、自由を奪う代わりに、殺しの大義名分を与えて使っているわけ。どのみち処断されるんだから、ボロ雑巾みたいに使い潰されてもかまうことはないとね」


「それが、各国の言い分なわけですね」



 ここまですれ違ったり、広場にてナイフ投げや武器の手入れをしている人間達は、粗暴な面も見えるが、どちらかと言えば狂気めいた所のある人間が多い。

 猟奇的な殺人や快楽殺人に走りそうな、そんな印象が残っていたのだ。その中で、数少ない大人しい者や空ろな目をしている者などは、奴隷出身者や家族などに売られてきた人間なのであろう事も予想はつく。



「そう言うこと。残念なのは、スメラギも一枚噛んでいたと言う事よ」


「やはり、そうなのですね」



 そして、私の言に応じたサキの言が、私が思い描いた一つの事実を肯定している。


 あのケゴンにおける悲劇。


 あの時、ケゴンに攻め寄せてきた民衆達は、何らかの形で洗脳されていた者が多かったように思える。

 ただ、黒装束の一団に限っては、特に、閤家や征家関係者へと襲いかかった者の中には、スメラギ人と思しき人間が多かったという報告は受けていた。


 お母様があらゆる方面から調べたことであったが、ヤマシナ家が取り潰しにあったのは、何もお母様の凶行だけが原因ではない。


 閤家や征家の一部に金が流れ、その資金源の一部に人身売買も含まれていたのである。そして、その際に売られた人間がスメラギに恨みを持ったとしても不思議ではない。

 おそらくではあるが、サキが先頃の暗殺部隊に加わったのは、兵士達を凶刃から救うだけではなく、自身をこの様な立場に貶めた人間に対する恨みも含まれていたのではないかと思う。


 そうでなければ、他者を平気で害するような行為を彼女が肯じえるはずはない。



「ここだな。やはり、雨は強くなってきたか……」



 そんなことを考えながら二人の後についていくと、森を隔てた先にあったのは、小さな岬。

 岩肌が剥き出しになり、植物もほとんど植生していない場所であったが、見たところ風が吹き込むわけでもなく、雨が降っていなければ海を眺めるには適しているように思えるこの場所。


 そこには、木を加工した無数の墓標か立っていた。



「ここは……」


「私達が来てから、今日まで戦いの中で死んでいった連中が眠っているところ。元々は、誰かさんが、想い人をスメラギが見える場所にと埋葬したのが最初みたいだけどね」


「では、ここには……」


「遺体はそいつの者だけだ。あとの連中は、まともな形で死ぬことすらも出来なかった。肉体が残っていたヤツ等は、残らず研究に使われているしな」


「そんなことが?」


「あるんだよ。この島では……、いや、この世界ではな」



 そう言うと、シリュウはゆっくりと墓地の中を歩み始める。


 その後を、私を促すようにしてサキとともに歩いて行くと、シリュウはゆっくりと一つの墓標の前に立つ。


 それは、一際丁寧に作られ、その場所だけが、花が咲き誇っている。そんな墓標であったのだ。




「誰が立てたのか。それは俺には分からない。いや、それ以前に何を理解すればいいのかも分からないと言うのが本音だ。だからこそ、お前に来てもらった」



 そう言って、シリュウは私に傍らに来るよう促す。


 いったい何がとも思ったが、傍らにて、「何も聞かないで」とでも言うかのようなサキの表情に、私は何か重大な事が眼前の墓標には隠されていることを察し、ゆっくりと歩みを進める。


 次第に近づいてくる墓標。雨に濡れ、刻まれた名ははっきりとは見えていなかったのだが、それでも側にいけば嫌でも目に映る。


 そして、目に映ったそれに、私の鼓動ははっきりと跳ね上がったのだった。



「えっ!? ちょ、ちょっと待ってください……。これは、どういう……?」




 墓標に前に立った私は、そこの刻まれた名をはっきりと目にし、思わず口を開くが、シリュウもサキも、顔を背けたままそれに答えてはくれなかった。


 ほどなく、身体の力が抜けていくかのような感覚にとらわれていく。

 

 頭がおかしくなってしまったのだろうかとも思うが、実際、目の前にあるそれを目にした今、何が何だか分からないと言うのが本音であるのだった。




 私の眼前に立つ墓標。

 その墓標刻まれた名。それは、『ミナギ・ツクシロ』という名であったのだ。

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