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第八話

シリュウに連れられて部屋の中に入ると、すでに幹部と思われる人間達は勢揃いしている様子だった。


 段上に置かれた玉座には、アークドルフ――今はジェガと名乗っている男が腰掛け。そこから、段になっている場所に、幹部内での紅一点であるロイアと漁村襲撃の際に対峙した男、スザク。

 その二人に対座するように、狂気に満ちた視線を向けてくる銀髪の男となめるような視線を向けてくる肥満した男の二人。


 そして、ベラ・ルーシャの軍服を赤ではなく青紫に染めた軍服に身を包んだ者達が数名、壁を背にこちらに目を向けていた。



「連れてきました」


「うむ……、毒や刻印には耐えきったようだな」




 シリュウの言に頷いたジェガ、その巨体を揺らしながら立ち上がる。


 すでにベラ・ルーシャの総督ではないとはいえ、やはりその象徴たる赤にはこだわりがあるのか、相変わらず深紅の外套に身を包んでいる。



「ふん、我が僕となった感想はどうだ?」


「…………」


「黙りか。ロイア、やれい」


「は……」




 ジェガの問いに対し、口を閉ざしたまま睨み付けていた私であったが、その態度にジェガは口元に笑みを浮かべると、傍らに立つロイアに頷きかける。

 そして、彼女が目を閉ざし何かを口ずさむと、私は身体の奥底から不快な何かがこみ上げてくる感覚に襲われる。



「な、なに? うっ、ぐ……!?」



 途端に呼吸がつまり、全身から力が抜けていき、私は震える身体を叱咤しつつも、抗いきらずに片膝をつく。



「肉体に埋め込まれた刻印は、お前の能力を極限にまで高めてくれる。だが、同時に肉体に流し込まれた毒は、埋め込まれた刻印と反応し私達の意志によって自由にお前を制することが出来る。同時に、その毒はこの島から噴き出すガスを吸っていれば覚醒することはない」


「そういう……ことか」


「ほう? 耐えるか。やはり、見込んだとおりであったな。しかし……」


「ほら、もっと這いつくばりな。この毒は、ガスに含まれる特殊物質が抑えてくれる。でも、こうやって外から法術を使えば、意味は無い」


「うううっっ!!」



 片膝をつき、息を荒げる私に対し、種明かしを行うジェガ達。


 斬り裂かれた傷はすでに消え去り、たしかに治癒能力は上がっている。だが、その後に身体に打ち込まれた毒によって私は半日以上昏睡していた。

 そして、今もなおロイアの手によって覚醒させられた、いや埋め込まれた刻印が毒の覚醒を促しているのであろう。


 彼女の言により、身体の気怠さや首を締め付けられるような感覚は強くなっているのである。



「見る余裕があるかどうかは分からぬが、その肉体に刻み込まれた刻印は、毒の流れにも反応する。火や水、それぞれの力を示す光も、毒が回るによってどす黒く染まってゆき、やがては肉体を内部から破壊する」


「島の外で行動する際には、毒の覚醒を抑える薬品を投与し、ガスを染みこまさせた布で口元を覆う。薬の効果は約一日。仮に脱走を企てることも不可能であるし、大量のガスや薬品を盗んだところで、それが尽きた時は島に戻ってこなければならない。だからこそ、お前はもはや島から出ることは出来ないし、ジェガ様に忠誠を誓わなければ、薬品を得る事もない。……もう良いでしょう?」



 ジェガに続き、シリュウがゆっくりと歩み寄ってきながら説明を続ける。そして、ひとしきり説明すると私の傍らに膝をつき、ジェガとロイアへと鋭い視線を向けた。



「お? なんだよシリュウ。随分優しいじゃねえか」


「お前のような気狂いと違って、俺は女には優しいんだ。……ジェガ様」


「ふん、褒美に望んだだけのことはあるか? ロイア、もう良い」


「ちっ……、分かりましたよ」




 肥満した男の言にシリュウはやや苛立ちを抑えるように答え、再びジェガとロイアを睨む。


 それに対し、ジェガもロイアも、一瞬、眼光を鋭くするが、すぐに私の身体から痛みや窒息感は消えていく。

 ロイアはまだまだ私を痛めつけるつもりであったようだが、ジェガの命には素直に従うらしい。誘拐の折、ヴェナブレスに対して暴言を吐き続けていた様子とは異なる様だった。




「かはっ、はぁはぁはぁ……」


「大丈夫か?」


「っ!! 大丈夫ですから、触らないでください……」




 息を荒げる私に対し、手を伸ばしてきたシリュウに対して、そう告げるといまだに軽い眩暈に襲われつつも、私は毅然と立ち上がりジェガ等を睨み付ける。

 服従を強制されても、本心から屈服したつもりはない。そもそも、この者たちは私が暗器を持っていることには気づいておらず、その気になれば刺し違えることも出来るのだ。



「ふむ。耐性は相当なものか……、おい、返してやれ」



 そんな私に対し、ジェガは相変わらず口元だけに笑みを浮かべてそう言うと、兵士達に向き直る。

 そして、私に歩み寄ってきた兵士が持っているのは、白塗りの砲筒、老父様とお母様から送られた剣と小刀。そして、ヒサヤ様の為に老父様が完成させた長剣だった。


 そのすべてを受け取った私は、片手に剣を持ち、ゆっくりと砲筒をジェガに対して突き付ける。




「何のつもりですか?」


「撃ってみろ」


「なに?」



 睨み付けた私に対し、返った来たのは予想外の返答。


 他の幹部達も私を止めるつもりもなく、むしろ撃ちやすいようにジェガの傍らから下がっていく。


 しかし、兵士達も含め、シリュウを除いてその表情には笑みが浮かんでいる。

 私とジェガの実力差を侮っていると言う事であろうか?

 たしかに、それは事実であったが、実力差がそのまま勝負の結果になるとは限らない。



「いいでしょう……。あの時と同じように」



 そう言うと、私は砲筒を下ろし、フッと息を吐き出す。


 私の実力を試すと言うよりは、力の差を見せつけ抵抗の意志を奪うのが目的だと思われる。

 現に棒立ちのまま、ジェガは私を睥睨するように見下ろしてくるだけ。それだけの余裕が、ジェガにはあると言う事だろう。


 顔を上げ、ジェガを睨む私。


 一瞬、鼓動が跳ね上がると同時に、砲筒を構え、躊躇うことなく引き金を引く。

 空気を斬り裂く乾いた音が、静寂に包まれた室内に鳴り響く。

 羽を音を響かせながらジェガへと向かっていく銃弾。あのケゴンの地で、まだアークドルフと名乗っていた頃に、私はこの男の額を撃ち抜いた。


 しかし、今回は真正面からの対峙。少なくとも、相手の力量を読み切れないような愚か者であるつもりはない。


 だからこそ、次の一手までを読んで行動に移る。敵の先手を読む。力量が上の相手との戦いでは、このぐらいのことが前提になっているのだ。




「っ!!」



 そして、案の定空中へと逃れていたジェガに対し、私は袖から取り出した複数の小刀を投じると、手にした剣を抜き放ち、それを追うように跳躍する。



 身体が軽い。



 そう思った矢先、ジェガは手にした得物――手甲と一体になっている剣で、刀身は余り長くないが、厚みがあり威力もありそうなもので、小刀を薙ぎ払うと、そのまま私の剣を受け止める。

 スザクと対峙した時はあっさりと折られてしまったが、今の剣はその時のモノとは異なる。


 ジェガの重剣を受け止めても、剣自体はびくともしていない。



「ぐぅっ」



 火花を散らす剣身を挟み睨みあう私達であったが、この状況ではやはり膂力がものを言う。

 私が耐えきれなくなったことを察したのか、ジェガは口元だけでなく顔全体に狂気めいた笑みを浮かべると、さらに剣を押す力を強めてくる。



「くっ!!」



 押し切られる。そう思った私は、抵抗することをあきらめて力を抜くと、ジェガの膂力によって後方へと押され、そのまま振り下ろされたジェガの重剣を躱すと、後方へと宙返りしながら、地に降り立つ。


 しかし、顔を上げた時にはすでにジェガは眼前へと迫ってきており、振り下ろした剣もまた弾かれると、そのまま床に押し倒される。

 首筋に突き付けられた剣と抑えつけられた腕。戦場であったならば、私の首はすでに剣によって飛ばされていたことであろう。



「分かったか。私に逆らっても無駄だと言うことをな」


「それは、どうでしょうか?」


「ぬう?」



 勝ち誇った笑みを浮かべ、私に対してそう告げてきたジェガ。


 しかし、私自身、正面からの武勇で及ばないことなどは理解している。そして、この場にあっては、死を厭わない私と自身の死を受け入れられないジェガはあくまでも同格であるのだった。



「ほう? やるではないか」


「お陰様で。身体能力の向上は、法術の適性も増してくれたようなのですよ」



 周囲に浮かぶのは、白き光球。


 それらは、私の合図で無数の十字架となって辺り一帯へと降り注ぎ、私とジェガの身体を貫くであろう。

 如何に強大な力を持つモノと言えど、これだけの十字架、いや光の刃に貫かれれば、致命傷は避けられない。



「ふふふ……よかろう」



 そう言うと、ジェガは私の首筋から剣を離し、スッと立ち上がると外套を翻しながら玉座の後方へと歩みを向ける。

 私の力がある程度計れたことで、完全なる服従は不要と言う事なのであろう。


 実際、相討ち狙いとなったが、そうなんども使えることではないし、タイミングを誤れば私の首が飛ばされているだけだ。



「シリュウ。その女は貴様への褒美。せいぜい、寝首を掻かれぬようにな」


「はっ」


「それと、島を案内してやれ」



 他の幹部達を引き連れながら、シリュウに対してそう言ったジェガは、もう私達のことを見ていなかった。

 

 

◇◆◇



 謁見が終わると、シリュウは女性を伴って私を本拠地の外へと伴う。



「案内と聞きましたが、どこへ行くのです?」


「ん? 一応な。はっきりさせておきたいことがある」



 そう言って、シリュウは悠然と外の通路を歩いて行く。石畳が敷かれた通路。本拠地自体は、島の中央部にある岩山をくり抜いて作られており、高台になっているこの通路から見ると方々に穴が空き、硝子がはめ込まれていたり、鉄格子が張られているのが見て取れる。



「それにしても、随分、手ひどい目に合わされていたみたいね」


「……外まで聞こえましたか?」


「ああ。あの性悪女だろ? 私達も散々やられたよ」



 通路から長く続く階段を下りはじめると、女性が私を労るような視線を向けてくる。

 ロイアによって刻印を操られ、毒が全身をいたぶったのだが、声を抑えきれなかったのは正直恥ずかしくもある。


 羞恥と言うよりは自身の未熟さの証でもあるのだ。


 しかし、私達も。と言うのならば、やはり全員が同じ目に合わされているのだろう。



「ジェガに対しては、健闘した方だがな」


「負けたつもりはありません」


「相討ちは勝利でもないがな」



 顔を向けることなくそう言ったシリュウは、途中で喜々とした目を向けてきた男達を睨み付け、顔を背けさせる。


 まだ若く、私達と同年代のように見えるが、年長の、見た目からして荒れくれ者と言った様子の男達を怯ませるだけの眼光は、幹部という立場を見ても十分なようだ。



「それで、貴方はなぜ私を?」


「褒美にくれると言ったからもらっただけさ」


「それでしたら、なぜなにもしなかったのです?」


「俺の美学に反するからさ」


「そうですか……」



 そして、先ほどから、いや目覚めた時、そしてその前後からも感じていた疑問。


 天津上にて対峙した時には、空ろな目をしていたシリュウの眼には、どことなく光が灯っているように見えたのである。

 それも、殺しに手を染めてきた意志無き人形のようなそれではなく、何かを背負っているかのようなそんな光が。


 いったい何かは分からない。


 どちらにせよ、私にとってはお父様の仇の一人でしかない。だが、毒に犯されていた時は許せない気持ちが強かったが、それではお父様との約束を果たせていない。

 お父様は、私に対し、憎しみに囚われて生きて欲しくないと。そう告げられて……。




「黙り込んでどうした?」


「何でもありません」


「つれないな。まあ、素直について来てくれるだけでもマシか」


「……先に言っておきますよ」



 そんな私に対し、足を止めて振り返るシリュウと女性。


 私の表情が、お父様の死を思い返したことで強ばっていることに気づいたのであろう。だが、そんなことを気遣ってもらう筋合いはない。

 しかし、シリュウは、天津上にあって、思うところ無く青年士官達の命を奪い、お父様を傷付けた。にもかかわらず、私に対しては妙に気を使ってくるのである。


 なぜかは分からないが、お父様の遺言があったとしても、不快な気分になることに変わりはない。


 それ故に、私は告げておくべき事は告げねばならなかった。



「お父様に……、父、カザミ・ツクシロの介錯をしたのは私。貴方は単に父と交戦した敵対者でしかありません。故に、仇として怒りを向けた事は取り消しましょう。ですので、必要以上に私に媚びるのはやめてください」


「っ!? どういう……」



 静かに、シリュウを睨みながらそう告げた私に対し、シリュウは目を見開いて問い返してくる。


 怒りも憎しみも抑えたつもりであったが、私は今ひどい顔をしているのだとも思う。

 だからこそ、理由を問い掛けてきたシリュウの、動揺する目元にひどく苛立ちを覚える。



「話す義理はありません。どうしても言うのならば、ジェガやロイアの首をとってきたら考えましょう」


「分かった。サキ、行くぞ」


「ちょ、ちょっと待ってくださいよっ!!」



 そんな私の言に対し、シリュウはしっかりと頷くと、傍らの女性、名をサキという……。今、この男はなんと言ったのであろうか?



「サキ…………? あなた、今なんと?」


「あ」



 なぜか、暴走しそうになっているシリュウを宥める女性。


 彼からそう呼ばれた彼女に対し、私は肩を掴んで正面に立つ。


 気の強そうな切れ長の目元、派手な化粧を施しているが、それを必要としないであろうほどの凛とした線の整った顔立ち。



 そして、後ろで一つのまとめた黒髪……。



 正面から見ると、5年前。ケゴンにおける式典に際して、白桜にて再会を約束した友人、サキ・キハラの姿と重なる点が、彼女には多く存在していた。



「サキ、なのですか?」


「そ、そうだけど、ど、どうかしたの??」


「……な、なぜ、貴女がこの様なところに?」


「いや、そりゃあね、色々あってね?」


「……白桜で、貴女と同室であった二人の女性は?」


「白桜なんて縁がないって。私は、馬鹿な親父達に売られてその…………、分かったわよ。話すから泣くのは止めて。ミナギ……」




 そして、目頭が熱くなりながらも、静かに問い掛ける私に対し、彼女は力無く首を振るう。


 それは、私の問いかけに対する肯定の意であり、同時に、彼女が、消息知れずであった親友であることの証でもあった。



「生きて、生きていてくれたのですね……。ですが、こんな、こんなことって」



 そして、流れ落ちる涙は、親友との再会に対する喜びと結果として父や仲間たちを奪った敵対者となって事への悲しみか。


 無言で抱き合った私達の間にあったのは、そんな複雑な心境でもあったのだ。









「やはり……、ミナギなのか」


 そして、静かにそう呟いたシリュウ――ヒサヤの言は、無言で抱き合う二人に耳にとは届いていなかった。

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