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第六話

 突き付けられた砲筒が、照明を受けて鮮やかに輝いていた。


 その持ち主は、私を嘲笑うかのような視線向け、口角を持ち上げ、その男、アークドルフに追従するかのように、他の四人の男女も見下すように私を見つめている。

 

 その中でただ一人、顔半分を包帯で覆っている男。先頃まで、私と対峙していたその男だけが、嘲笑の列には加わわっていなかった。



「さて、一度は私を殺しかけた砲筒……。それで殺されるという気分はどうだ?」


「ならばさっさとやればいいでしょう。この様な扱いをして……、私を辱める気か?」


「そうさな……。たしかに、殺すには惜しい身体ではある」


「っ!? さ、触るな獣がっ!!」



 頭部に突き付けられたまま、私の肌に触れてくるアークドルフ。


 触れられた瞬間、全身に悪寒が走り、思わず私は拘束された手足が軋むのもかまわずに身体を捩った。

 本能的に相手を忌避しているのが分かるが、下卑た笑みを浮かべているわけでもなく、どこか材料を吟味しているかのような、値踏みをするかのような視線がなおも私の不快感を煽る。



「ふん、中々強情だな……。意図的に捕らえられ、組織内への潜入を図った。違うか?」


「何?」


「愛国心故に、己の命をも擲つ。猿どもにしては、見上げた根性。だが、残念だったな。お前は我が僕となり、祖国の滅亡に手を貸すことになるのだ」


「馬鹿な。私が貴様の……、貴様らの言うとおりになるとでも思っているのか?」



 砲筒を持ち上げ、睨み付けた私に対してそう告げたアークドルフ。


 しかし、私がこの男の僕となることあり得ない。何より、スメラギの滅亡に手を貸すことなど。

 だが、私の言に、アークドルフは更なる嘲笑を浮かべるだけであった。



「貴様の意志は関係無い」


「ジェガ様、こんな小娘、わざわざ手駒にしなくとも、部下どもの慰み物にでもすればいいじゃないですが」


「そうですぜ? なんなら、俺が最初に」


「黙れぃっ、この女の力は中々の者だ。それに、シリュウへの褒美がまだだったのでな」



 そんなアークドルフと“ジェガ様”と呼んだ銀髪猫背の男と肥満した下品な男の言を一刀のもとに切り捨てたアークドルフは、最後に視線を壁にもたれている男へと向ける。



 “シリュウ”



 それが、あの男の名。しかし、私が僕となる事とシリュウに対する褒美というのが何の関係があるのか。



「用意を」


「はっ」



 そんなことを考えつつ、シリュウに対して視線を向けた私であったが、シリュウは一瞬眼を細めた後、私から顔を背ける。

 何か言ってやりたい心境であったが、アークドルフ――ジェガの言に頷いた研究者たちは、それぞれがメスをはじめとした小道具を手に取り、私の傍らにはあらゆる種の刻印球が並べられてくる。



「な、何をするつもりだ?」


「今に分かる。まあ、凌辱される方がはるかに楽であったと、生き残れれば思うであろうよ」


「っ!? どういう?」


「ふん、…………やれいっ!!」



 そんな私の問い掛けに、ジェガは嘲笑を持って答えると、その号令に頷いた研究者たちは、一斉に私に近づくと、躊躇うことなく身体のあちこちをメスで切り裂き始める。



「っっっ!?」



 一瞬、何が起こったのか、理解できなかった私であったが、すんでの所で叫び声を何とか押さえる。


 痛みに耐える修練は幾度となく積み重ねている。とはいえ、先ほどのような尋常ではない頭痛に耐えきる事の出来なかった身。

 そんな屈辱を、私の身体を嘗めるように見つめてくる者達の前で繰り返すことは出来なかった。




「ほおぉ? 中々に強情だな。これならば、耐えきる事が出来るかな?」


「ジェガ様、本番はこれからよ? こんな小娘が耐えられるわけ無いと思いますがねえ」


「それならばそれでいい」



 痛みに耐える私の傍らにて、ジェガに対してこれまた小馬鹿にするような視線を向けてくる女、よくよく見れば、年齢を重ねているとはいえ、見覚えのある女であった。



「貴様……、ロイアっ!?」


「あん? 私を知ってんのか? 小娘」


「自分の、無い脳みそを、探ってみたらどうですっ!!」


「っ!! 口の減らねえ、小娘だねっ……。ジェガ様、シリュウなんかにやる前に、私に貸してくださいよ」



 だが、ロイアは私のことなど覚えていないらしい。


 もっとも、誘拐の時の一瞬の邂逅であったのだから覚えているといった方が稀であろうか? この女にとっては、私など数多くの誘拐被害者の一人でしかない。


 それにしても、沸点の低さは相変わらずのようだが。



「黙っていろ……ふむ、やはり適合が早いな」



 ロイアをそう言って制したジェガ。


 その言に視線を向けるも、なぜか身体から痛みが消え始めていることに気づく。

 無理矢理に視線を向けると、先ほど斬り裂かれた箇所には強引に刻印が植えつけられ、傷口からそれぞれの属性が持つ光が溢れ出している。

 そして、光が溢れる過程で、傷はゆっくりと回復しているのだった。



「身体に埋め込まれた刻印は、貴様の身体能力を驚くほどに強化する。それこそ、神衛の能力を持ってしても圧倒できるほどのな」


「ばかな……」


「しかし、そんな能力をただで与えてやるほど、私もお人好しではない。やれ」



 そう言ったジェガの言に、私は信じられぬといった表情で答える。


 たしかに、信じられぬ速度で再生していく過程を見せられ、拘束されている箇所を力任せに動かそうすると、器具が揺れ動く感触を覚える。

 身体の再生、そして筋力は、この一瞬にして大きく向上されているのかも知れない。



「くっ、今度は何をっ!!」



 なんとか拘束から逃れようと身を捩る私。


 拘束器具が激しく揺れ、今にもそれが弾け飛びそうになったその様を、ジェガやロイアは愚か、他の四人や研究者たちも驚きの表情で見つめてくる。

 それに驚きもしたが、今は好き勝手されていることに苛立ちが募ってくる。だが、それ以上の行動は私には許されなかった。



「うっ!?」



 強引に身じろぎをしていた私の腕に、何かが突き刺さる感触と同時に全身を包み込む悪寒や熱感、それと同時に息苦しさや眩暈が一斉に襲いかかってくる。



「か、かはぁっっ…………」



 だが、それ以上のことを私は考えることが出来なかった。息苦しさが限界を超え、全身から力が抜けていくことを感じると同時に、私の意識はプツリと途絶えたのだった。



◇◆◇



 眼前に横たえられた女が意識を断ち、だらりと全身から力が抜けていく。



「はっ、あんだけ強がっていたくせに、あっさりといっちまいやがった」


「ふむ。あとは、こやつ次第か」



 ジェガとロイアが、その女を見つめつつ嘲笑している。


 先ほど女が見せた刻印への適合。それに目を剥いていたという事実は彼方に消え、目の前で女が無様な姿を晒していることのみに囚われているのだろう。

 つい先日までは、自分もこの様な者達と同類であったことを考えると、当時に自分に腹が立ってくる。



「はっ、死んだら死んだで、好きに出来るがなあ」



 そんな女に対し、肥満した下品な男、ゲブンが歩み寄り、女性の身体に手を伸ばす。


 力が抜けている今、一糸まとわぬ姿の女性の身体はたしかに男を惹きつけるほどに美しいと言える。

 鍛え抜かれてもいるが、女特有の柔らかさも失ってはいないのだ。


 だが、そんな女の身体をこんな男に触れされることに、言いようのない苛立ちを感じたことも事実だった。



「っ!? シリュウ……、何の真似だてめえ?」


「これは、俺が下賜された女だ。汚ねえ手で触るんじゃねえ」


「はっ、ケツの青いガキが言うじゃねえか。随分、偉くなったなあ?」



 そして、気づいた時には地を蹴り、女の身体に触れかかっていたゲブンの腕を取って女から引きはがしていた。

 突然のことに、ゲブンは脂肪に覆われた顔に苛立ちの色をたたえて睨んでくる。だが、その表情が普段以上にこちらを不快にさせる。



「知るか。ジェガ様、約束通り、こいつは俺がいただいていきますよ? ゲブンなんかに楽しませてやるか」



 ゲブンを押し退け、拘束器具を外すと、裸のままの女に上着を掛け、無造作に抱きかかえる。


 女にしては身長が高い方だったが、驚くほどに軽い。




「……ふん、好きにしろ。だが、今度は確実に仕留めてもらうぞ?」


「はっ」




 そんな様子に、相変わらず底の見えぬ視線を向けて来たジェガに対し、目を背けるようにして頷くと、女を抱きかかえたまま部屋を後にする。


 途中、ロイアの小馬鹿にした表情やゲブンの苛立ち、銀髪猫背の男、キラーの狂気のこもった視線、長身長髪の男、スザクの面白がっているかのような視線に苛立ちを覚えるが、ここで事を起こしたところで意味は無い。

 本気で相手をすれば、ジェガとスザク以外の三人は殺せると思うが、それは女の身を犠牲にする必要があり、結果としては敗北しか残らないのだ。




「あ、戻ったのね。って、何か着せなさいよっ」



 私室へと戻ると、長い黒髪を後ろで一本にまとめている女が手にしていた書物から顔を上げ、声をかけてくる。


 あの時以降、自分を好き勝手に操ってきた連中によって宛がわれた女だったが、まさか顔見知りであったとは思いもよらなかった。

 大人しく従ったのは、自分の正体に気づいたからだと言っていたが、それでも今と変わらぬ態度を貫いてくれているのは、正直、ありがたい。


 自分が、スメラギの皇子であった時代など、もはや忘却の彼方なのだ。



「何も無いんだから仕方ないだろう。神衛の制服の着せ方なんて忘れてしまったしな」


「まったく……、私が取ってきてあげるから、今は寝かせてやんなよ」


「悪いな」



 そんな女、サキ・キハラは、呆れた様子でそう告げると、部屋から出て行く。


 女が上着を掛けられているだけということもあるだろうが、なんとなくだが、二人だけにしてくれようとしているようにも思え、その気遣いには素直に感謝するしかなかった。



「やれやれ……、まさか、こんなことになるとはなあ」



 表情を強ばらせながら、ベッドに横たわる女に対し、傍らに腰掛けると思わずそう嘆息する。


 自分の記憶が正しいならば、この眼前の美しい女は……。



「しかし、いったいどういう事なんだろうな? あいつは、五年前に」



 そう口を開きながら、小雨の降り始めた外の景色に視線を向ける。その先には、遙かスメラギの大地が一望できる丘があり、そこは死んでいった者達の墓標がいくつも置かれている。


 その中の一つ、サキ達の言によれば、自分はそれを頑として譲らなかったそうだが、もっともスメラギの大地がよく見える場におかれた墓標。



 それに刻まれた名は、“ミナギ・ツクシロ”。



 自分の記憶が正しいならば、今、目の前にて身体に植えつけられた毒と必死に戦い続ける少女と同じ外見をした少女が眠っているはずなのだった。




「夢なのか、幻なのかは分からん。だけど、お前はもう俺を許してはくれないだろうな……。いや、許してもらえると思う方が、間違っているか」


「その通りですよ。沙門天のシリュウ、いや、皇太子ヒサヤ殿下」


「っ!?」



 眼前に横たわる少女、ミナギ・ツクシロに対し、今となっては許されざる罪を思い返しながら声をかける。


 だが、それに応えたのは、自分の背に突き付けられた剣の冷たい感触と、それ以上に、周囲のもの全てを凍りつかせんとするほどに冷たき女性の声。




「…………お久しぶりですね。ミオさん」



 剣の冷たき感触を感じつつ、視線を向けた先には、すべてを睥睨するかのような鋭き視線と壮年期を迎えてもいまだに衰えぬ美貌。そして、周囲を圧倒してくるほどの覇気。


 それは、ミナギの生母して、かつては白桜の女帝とまで呼ばれた女傑ミオ・ツクシロの姿であった。

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