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第四話

 島内に角笛の音が響き渡っていた。


 私達が埠頭を後にしたことで船員たちが異変に気づいたのか、はたまた気配に敏感な暗殺者たちが得物の気配を察したのかは分からないが、厳つく血に飢えた表情の男達や目に狂気を宿した女たちが得物を手に四方に散っていく様子が見て取れる。



「さて、この後は当初の予定通りに……。ツクシロ、決して無茶はするな?」


「分かっております。皆様も気をつけて」



 森に潜みつつ、島内の様子に目を光らせた私達は、当初の予定通り、二人と三人に別れ、島内の諜報に当たる。


 ベラ・ルーシャ側からの通告にあった期限は一週間。あれから三日が経っているため、残された時間は四日間。

 かの禍々しき光を放つ超兵器の破壊を考えれば、事は早い方が良い。



「荒天のままだが、年中降雨があるわけではない。この天候は、島から噴き出すガスが原因か?」



 そして、私はアドリエルとともに森に潜みつつ、島内の様子を巡る。


 ミツルギさん達三名に対し、武勇という点では大きく劣る私達だったが、法術や支援の類は一歩勝る。

 通常であれば、私達は別れるべきかも知れなかったが、相手は暗殺を主体とする人間達である、正面からぶつかる戦力を充実させ、小技が聞く私達は出来うる限りの交戦を避けるように計らったのである。



「食糧などは十分に有りますね……。やはり、各国のモノが多数有ります」


「生産性には乏しいであろうからな。肉や野菜などの管理も行き届いている」


「見たところ、専門職の人間もいる様子ですね」


「うむ。……組織性は相当強固だな」



 島内を巡り、隠れ場などに見当をつけると、今度は食料庫と思われる私設から音もなく内部へと侵入し、様子を探っていく。


 内部では、不揃いの格好で怠惰に周囲を警戒する者もいれば、統一された装いで周囲を警戒する兵士然とした者。


 周囲の視線に怯えたような様子で食材の管理や物資の運搬を行う者。


 白衣に身を包み、やや狂気を帯びた眼光灯しながら歩く研究者然とした者。


 派手な化粧を施し、煙草を吸いながら気だるげに通路に立つ女。


 など、様々な人間が所狭しと行き交い、一つの町を形成しているかのようであった。

 そんな中でも、主体となっているのは自身の欲望に忠実な、怠惰な様子の者達であり、その他の者達はその機嫌を損ねぬよう怯えながら暮らしている様子は見て取れる。


 しかし、それは力による支配が隅々にまで行き届いている証であり、歪みと歪みが重なり合うことで逆に均整を保っているという奇妙な組織体と成している。

 こう言ったモノを崩すには、小さな衝撃の相当なる積み重ねか、圧倒的に巨大な衝撃による一撃粉砕以外にはない。




「これらも、自然のモノを上手く加工していますね。技術力も高い」




 そんな本拠地内部の様子に目を向けながら、私達は方々に走る管の中を這うように移動していく。


 本拠地は、岩山ををくり抜いた形になっていて、方々にはむき出しの土の壁がいくつも見られるが、湿気や空気の淀みに対応するための通気口などはしっかりと作られ、風導管なども方々に走っている。


 体重の軽い私達が通るには持ってこいであった。



「自然を用いた作りで助かったな。私やリアの特性が生かせる」



 小声で頷きながらそう言ったアドリエル。


 ニュン族とティグ族は、森に生き、自然の中での暮らしている。そのため、土や木々などと気配を同化させることは容易。


 そして、その恩恵はともに行動している私にももたらされている。


 神衛でも自然との気配の同化は学んだが、本家本元の技が合わされば、それはさらに強固になる。


 また、法術に優れるアドリエルにとっては、自身の弓術と合わせれば、そこいらの木々や土などは、様々な属性を持った矢と同じなのである。

 近距離戦闘でもまるでばらまくように彼女が矢を放って回っているのは、自然の中から矢をいくらでも調達できるからなのであった。



「ふう……。それでも、外の空気の方がいくらかマシですね」


「淀んではいるが、埃臭さなどはないからな……。それでも、私は息苦しいが」


「そうですね……。とりあえず、時が来るまで休むといたしましょう」



 外に出ると、埃に塗れた全身と淀んだ空気がさらに不快な気分を増していく。死に到るほどの毒性があるわけではないだろうが、それでも人の身体を蝕むだけの何かがこの島の空気には含まれているように思える。



「それでも、水はきれいなのだな」



 島を探索しつつ、発見した小川と泉。この様な状況でも汚れた身体を少しでも清めたいと思うのは、女であるが故なのか、そんなことを考えつつも、後退で身体を清めた私達は、周囲に簡易結界を張ることでようやく一息つけた。

 これは、希少法具によって発生させることが出来るモノで、周囲の風景を擬態し、内部を見えなくすると言うモノ。


 もちろん、結界の内部へと入りこめば姿を見ることは出来るし、外に漏れる気配までは消すことは出来ない。


 用途としては、夜半にかけての要人護衛や火を灯す際に使用することが大半である。




「ツクシロ、シイナ殿の言……どうに思う?」



 休息の用意を終え、泉にて軽く汚れを落とした上着を火の側で干していた私に、木に身を預けたアドリエルがゆっくりと口を開く。


 シイナ殿……ケーイチさんの言とは、お父様の暗殺に関わる状況の話。


 お父様は、私に銃撃された長身の男ではなく、皇居を破壊し、横に開けた脱出口から進入してきた男によって銃撃され、致命傷を負ったのだという。

 ケーイチさんもその際に撃たれており、肩口と足には痛々しい傷跡が今も残っている。

 たった数日で普段と変わらぬほどに動けているのは、驚くべき事であったが、砲筒自体、急所に当たらなければ致命傷になる事は少ない。

 むしろ、失血死を警戒するのが主である。



 ただ、今回ばかりは相手がそれを使用したと言う事。

 そして、彼の身体に穿たれた銃弾の口径は、私が持つ砲筒のそれを同型のモノであるのだ。



「仮任官を前に、私には二つの砲筒が預けられていました。主に使用する白塗りのこれと、予備として身に着けていた赤塗りのそれ……」


「つまりは……」



 砲筒を手に取り、視線を向けた私に対し、アドリエルは身を起こす。


 やはり、今回の任務に対して思うところがあったのだろう。超兵器の破壊はスメラギにとって重要なことであったが。



「ですが、ケゴンの地にあっては、サヤ様、そして巫女様も、砲筒によって非業の死を遂げられている。その時には、私はまだ二つの砲筒を持っておりました」


「下手人は同じ人間と言う事か」


「さて、どうなのでしょうか?」



 過去の記憶。


 砲筒によって奪われた三人の死は、考えようによっては一つの線に繋がるのかも知れない。


 だが、砲筒使用の歴史はすでに一〇〇年以上の時を越えている。


 刻印の力を用い、使用者が限られることから大量聖戦は不可能に近く、身体能力に優れる人間であれば、近距離からの射撃でも躱すことは可能であり、数発ぐらいでは致命傷にもなりがたい。

 それ故に、暗殺など、狙撃が可能な状況での使用が増え、法術などと同様に貴重な使用者を最大限に生かす方法がとられている。



 だからこそ、簡単には判断できない。




「はぐらかすな。そなたにとっての仇が……っ」


「もう、休みましょう。休める時がどれだけ貴重になるかは分かりませんよ?」




 もっとも、私にとっては一連の手管が誰の手によるものか、確信めいた者はたしかに存在している。

 だがそれは、アドリエルの言の通り、私にとっての仇でしかなく、スメラギの未来を見据えた任務を超越するものではない。


 そして、私が幾度となく垣間見た夢。そこに映っていた男達の存在がたしかな以上、この状況を生み出した人間は一人しかいない。




 シオン・カミジョウ。



 スメラギにとって、私達家族にとって、この男の暗躍によってもたらされた厄災はあまりに巨大であり、決して許すことの出来ぬ存在。

 だが、それだけに、今回の任務においてヤツの介入を招くことは避けたいのである。


 冷静なアドリエルがはじめて見せた激発に近い反応であったが、私としてもこのことだけは譲れないのである。


 そして、私が答えないことにあきらめが付いたのか、アドリエルもまた、火を消し、上着に身を包みながら先ほどと同様に木に身を預けた。



 私もまた、目を閉ざすと、ゆっくりと意識は微睡みの中へと落ちていく。



 思えばこの数日、まともに休めたことがなかったのだった。



◇◆◇◆◇



 それは夜の帳が完全に落ちきった頃。


 疲れからか、早々と眠りの中に落ちた女たちが、深い眠りの中に落ち始めた頃、月無き夜に鈍色の光が幾重も灯りはじめる。

 そして、それが一瞬煌めいたかと思うと、横たわる女たちの肉体に無数の刃が突き立っていく。



 断末魔も悲鳴も無く終わる暗殺劇。



 それを為しえた男は、闇の中から結界の中へと降り立つと、無数のナイフを突き立てた二人の元へと笑みを浮かべながら近づく。



「ふん、他愛もない……っ!?」



 しかし、蹴倒した女の身体から帰ってきた感触は、硬い石のような感触。


 苛立ちながらそれを引き寄せると、外套に包まれていたのは、二人の身長と変わらぬほどの丸太棒であった。



「ふう……、手荒い歓迎ですね」


「っ!?」



 その男、キラーの耳に届いた殺気に溢れる場には、あまりに場違いな上品な女の声。


 苛立ちとともにナイフを放った先では、弓矢の矛先を向けてくるニュン族の女とナイフをなんなく受け止めた、育ちの良さそうな女。


 二人の姿に、キラーの苛立ちは一気に跳ね上がる。



「ちっ、小娘風情が……何をしに来やがった?」


「何をしに? 私から父親を奪っておいて、その目的すらも分からぬと言うのですか?」


「なにぃ………っ!?」


「仇討ち。といえば分かりやすいかな? その足りない脳みそでも理解できよう」




 苛立ちともに二人を睨み付けるキラーに対し、育ちの良さそうな女、ミナギが怨嗟のこもった声を、ニュン族の女、アドリエルが侮蔑めいた言を向ける。


 両名ともに、この襲撃は予想できており、囮に掛かってくれたことで十分な休養をとれている。



「きれいごとを……。んなわけのわからねえこと言ってねえで、組織の金が目当てだと言ったらどうだ?」


「金?」



 苛立ちの声を上げるキラーに対し、ミナギとアドリエルは一斉に眉を細める。もちろん、彼らの資金源などには興味があったが、別にそれを目的にこの様な苦労をする理由はない。


 だが、キラーにとっては、親の仇討ちだの国家の未来のため言った大義などには何ら興味もなく、報酬として与えられる金がすべて。


 だからこそ、両者の言が噛み合うはずもない。




「どうやら、話は通じぬようだな」


「ええ。これ以上の長居は無用でしょう」



 顔を見合わせ、そう呟き合うミナギとアドリエル。


 周囲に近づきつつある殺気に、この場で眼前のキラーを問い詰める意味は無いと二人は判断し、ミナギは衣服に忍ばせた刻印球を手に取る。



「ツクシロ、死ぬなよ?」


「ええ、貴女も……。宴は、これからですよっ!!」




 背中を合わせ、そう呟き合う二人。


 その刹那、二人に対して周囲を囲んでいた黒装束の者達が一斉に飛び掛かってくる。しかし、それを事前の予想していた二人は、同時に目を閉ざすと、ミナギが地に叩きつけた刻印球が激しい光を発してその力を解放する。



 激しい爆炎が巻き起こる中、不意を打たれて目を眩ませた彼らの視力が回復したその時、ミナギとアドリエルは姿を消しており、その場には数人の黒装束の者の死体だけが残されていた。



◇◆◇◆◇



 追っ手の気配は遙か後方へと移っていた。


 包囲を完成された時はさすがに死を覚悟したが、相手の力量がこちらに勝っていたことが逆に功を奏したように思える。



「ふう……」



 一息ついた場所は、先ほどの小川と泉を水源の一部とする川。


 そこから先には大きな滝があり、滝壺では透き通った水から発せられる水滴が、周囲の淀んだ空気を取り払ってくれている。


 雨が降っていないことも、その場の空気には大きく影響しているようだ。



「っ!?」



 水で喉を潤し、一息ついていた私だったが、背後から届いた木の枝を踏み割る音に思わず顔を向ける。



 視線の先に立っていたのは、見覚えのある長身の男。


 向けられてくる目の光に、私はつい先日の光景が脳裏に蘇ってくる。


 床に倒れ伏すお父様。そして、血に塗れた剣を握り、それを見下ろす長身な男の虚ろな目の光。


 忘れもしないその姿に、私は腰に下げた砲筒と剣に手をかける。


 腰に差した剣は二本。うち一本は、私が使用するには少々長すぎる物であったが、老父様から託された、ヒサヤ様のための剣である。再会の時まで、肌身から離すわけにはいかなかった。



「貴方は……」



 言いかけて、いったん口を閉ざす。


 ケーイチさんの言葉が真実であれ、この男がお父様を討つべく行動していたことは事実。だからこそ、こうして対峙することになった以上、容赦をするつもりはない。



 だが、おかしな事もある。



「なぜ、剣を構えぬ?」



 眼前に立ち、こちらへと視線を向けてくる男は、私とは異なり、一向に剣を構えようとはしないのである。

 実力差があるが故か、こちらの出方を窺っているのかは分からないが、それでも隙だけはどこにもなかった。



 そして、男は私の言に答えるように、なぜか腰から下げた剣を捨てる。



「な、何を?」


「女を貫くのに、武器はいらん」


「っ!? …………たしかに、貴方と私では技量に差がある。ですが、それは驕りというのではありませんかっ!?」



 そして、私の問いにそう言い放った男に対し、一瞬の苛立ちを覚えた私は、気持ちを落ち着けつつ、砲筒と構えると躊躇うことなく引き金を引く。

 乾いた音が周囲に轟く中、男はそれまで立っていたところから瞬時に姿を消すと、同時に私も地を蹴る。



 技量の差は明白。



 だが、それは私の目的を果たすことにも十分に繋がる。だからこそ、この場においては死ぬような真似だけは避けねばならなかった。

 そして、目的はあれど、お父様の仇であることの男を討つことに、躊躇いを持つ理由もなかったのだ。



◇◆◇



 闇夜の中で始まった一つの戦い。

 互いに思いを抱えた男女が、その正体を知らぬままに始まった戦いのその場を、雲間より差し込みはじめた月の光が照らしはじめる。


 本来であれば、運命に翻弄された男女の再会を祝福するはずであったその光。



 だが、一度狂ってしまった歯車は、月の祝福を持ってしても簡単な修正を許してはくれなかったのだ。




 そして、その場に流れるのが赤き血か、祝福の涙か、はたまた慟哭の涙か……。

 出会ったしまった男女は、その先に待ち受ける結末を知るよしもなかったのである。

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