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第三話

 明かり取り用の窓から見えるのは、激しく打ちつける波間であった。



「荒れ始めましたね」



 島に物資を送り届ける補給船の中であったが、本格的に魔の海域と呼ばれる暴風雨の中へと入ったようである。

 もっとも、船内は安定しており、想定通り船酔いに苦しむこともなく潜入出来そうであった。



「上手くはいっているが、この様なものをどこで手に入れてきたのだ??」



 そう言うと、対面するように腰を下ろすアドリエルが、黒光りする球体を手に眉を顰める。

 今でこそ、黒く染まった球体であったが、先ほどまでは赤く血走った眼球の姿をしており、私達以外の船員を高度な催眠状態に貶めている。

 法術の中でも、精神に作用する黒や闇に属する法術だと言うが、リヒト様とお母様の用意した秘匿法具である。

 だが、博識なアドリエルでも、その所在を知らぬと言うのならば私達には知るよしもない。


 とはいえ、秘匿法具である以上、次はないことは明白。


 それだけのものを用いて私達を潜入させる以上、リヒト様もお母様も、今回の任務に帰するモノであるのであろう。

 そんな時、船室の扉がゆっくりと開けられ、船員が中に入ってきて、水瓶の水を口にする。その間、私達は口を閉ざして息を飲むも、私達に気を向けることなくその場を後にしていく。

 やはり、効果は持続しているようだ。



「今のところは、問題ないな。あとは、潜入後だが」


「ツクシロの言を信じるのならば、あの禍々しき光の正体とその発現体を発見し、破壊する」


「しかし、本当にこの先に、ヤツ等が?」



 出て行った船員を見送ると、ミツルギさんが肩をすくめながらそう口を開く。

 それがどれだけ困難であるのかは、想像に難くないのだが、今のケーイチさんの言の通り、確証できるだけの情報には乏しい。



「情報に関しては、ある程度は揃っている」



 だが、そんな私の考えを見透かしたかのように、ゆっくりと口を開いたミツルギさんに、全員の視線が集まる。



「先の大戦を始め、パルティノンの動乱に影にあった暗殺組織。そのすべてが、彼らと同じように黒装束に身を包み、神出鬼没な奇襲攻撃と一騎当千の武を有する集団であった。各国の諜報部隊もその動静を把握することは困難であり、時には国家を代表する武人すらもその手にかけてきたとされている」


「パルティノン滅亡の端緒になった、『シヴィラの乱』でしたっけ? 聞いたことはありますよ……私にとって、いや、我がティグ族にとっては、決して忘れられない因縁としてね」



 全員に目を向け、口を開いたミツルギさんの言に、リアネイギスが表情を曇らせつつ応じる。


 たしかに、神衛の講義やマヤさんから進められた書の中にも、歴史を影から動かしてきた暗殺組織の姿は様々なところで見え隠れしていた。




「うむ。パルティノンにあって、史上最強の女傑リアネイア。いまだ持って世界最大の版図の主、聖帝フェスティア。これ以外にも、先の大戦において、非業の死を遂げた英雄たちの最後に関わっていたとされる組織……。その本拠がどこにあるのかまでは分かっていないが、彼らの暗躍の影には、ベラ・ルーシャ、聖アルビオン、そして、ユーベルライヒの影がちらついている…………偶然とは思えないだろう?」


「地図にもない島、永遠に止むことのない風雨、迷い込んだ結果、帰ることのない艦船。そして、スメラギ皇都を射程に収めた超兵器……。各国の思惑が絡んでいると、見る事が出来なくはないですね」


「暗殺されたとされる人物たちは、敵対国家か、戦争時の政権にとっての政敵ばかり……。加えて、勢力に組するものはすでに役目を終えた者ばかりのようにも見えるな」



 ミツルギさんの言の通り、歴史上、有名をあげた人物たちの非業の死。だが、それによってベラ・ルーシャ、聖アルビオンの両国は飛躍し、ユーベルライヒも大陸への介入の機会を掴んだ。

 おそらくは、フィランシイルの前身、フィランス共和国も一枚噛んでいるのであろう。

 フィランシイル国内でも、要人の暗殺は絶え間ないとも聞いている。

 アドリエルの言が示す事も、客観的な事実を告げている。



「しかし、閣下。そこまで見えていてなぜ?」


「ミツルギで良い。シイナ殿。現実問題として、我々には眼前のベラ・ルーシャ、アルビオン、清華への対処で精一杯であり、どうすることも出来なかった」


「暗殺に関しては、フミナ様が自力で防いだように対抗する術はある。だが、件の超兵器による攻撃は防ぎようがない……」


「うむ。加えて、捕らえた者も少なくはないが……、例外なく無残な最後を遂げている。防戦一方であった我々には、ヤツ等を潰すだけの理由がなかったのだ」



 ケーイチさんの言にそう答えたミツルギさんに、私は先日の天津上でのフミナ様の武勇を思い返す。

 敵側の幹部二人を相手取りながらも、その武で相手を圧倒し、父の暗殺を果たした彼らの撤退まで、戦況を維持し続けた。

 狭い室内ではなく、屋外での部隊同士の戦いに持ち込んだことも勝因であっただろう。


 そして、情報を得ようにも、捕虜への尋問は通じず、諜報のための戦力も、強大なるベラ・ルーシャ側に割かざるを得ない。


 たかだか、一個の暗殺集団にかまっている暇はなかったのだ。しかし…………。




「だが、天津上をはじめ、セオリ地方全域を人質に取られ……、ツクシロ閣下をはじめとする多くの者達をその手にかけた。我々にとっては、十分すぎるほどの理由ができたと言うことですね」



 そう言うとケーイチさんは、手にした槍の柄を怒りを抑えるように握りしめ、金属製のそれがギリギリと音を立てて震えている。

 父の護衛に失敗し、同僚たちを失った彼にとって、そして、父を目の前で奪われ、故郷天津上を荒らされ尽くした私達にとっても、ヤツ等は倒すべき怨敵となったのだ。



「それにしては、投入戦力が乏しすぎるけどねえ」


「贅沢は言えぬ。隠密行動ならば、少数の方がはかどるというものだ」



 そんな風にぼやくリアネイギスを、アドリエルが表情を動かすことなく宥める。

 たしかに、的の規模や戦力を鑑みるに、たった五人での潜入は無謀でしかない。とはいえ、やるしかないというのが実情であるのだ。

 有力な情報無き敵の壊滅に割ける戦力など、祖国防衛戦争、一種の最終戦争のまっただ中にある私達には無い。



「…………あれですね?」



 そんな現実を全員が突き付けられる中、私は窓に映りはじめた島の影に、静かに口を開く。

 改めて視線を向けると、小雨が降りしきり、暗雲と霧の立ちこめる淀んだ島の姿がゆっくりと大きくなり始めていた。


 ドクン、と鼓動が跳ね上がることを自覚した私は、なにか、とてつもなく恐ろしきものが、自身の身に近づいて生きているような、そんな何かを感じ取り、背筋に浮かんだ冷や汗に思わず身を振るわせる。



(恐れ? ここまできて、何を恐れるというの??)



 そんなことを考えた時、私の脳裏に反芻される一つの言葉。




『貴女の手で……、私を殺してください』



 一瞬の静寂が私を支配する。


 四人の声が遠退き、どこか空虚な感覚に襲われながら、私はただただ、眼前にて大きくなり始めた島の様子に目を向けるしかなかった。


 


◇◆◇◆◇




 キラーとゲブンの荒れようにはさすがに辟易していた。


 鍛錬と称して、殺し好きな連中と本気の殺し合いをはじめ、戦闘員以外の者でさほど役に立たぬと判断した者達を手にかける。


 幹部と言うこともあって、取り巻き以外は目を背けるしかなかったが、これがこの島の現実であった。

 そして、立場的には自分もまたそれを許される立場にある。幸いにして、今までそのような感情に囚われることはなかったが、それでも、やはり意識することなく、それを避けていたのは、自分の中に数少ない良心が残っていたからなのであろうか?


とはいえ、部屋に閉じこもっている気にもなれず、気がついた時には、普段足を運んでいる岬へと来ていた。




「やはり、これは……。俺は夢を見ているのか?」



 その岬。万年風雨に見舞われているこの島にあって、ほんの僅かにそれが晴れる時には、眼前の彼方に広がる緑の大地を目にすることが出来る。

 そんな場は、心ある者達によって、死したる者達が埋葬される地にもなっていた。

 なぜ自分が、この場所に無意識に足を運んでいたのか。それが、今になってようやく理解できる。


 そして、眼前に作られた墓地へと視線を向ける自分の背後に、複数の足音が届く。


 数は三つと言ったところであろうか? 気がつけば、いや、覚えている限り、並べ続けた屍の数が示すのか、いつの間にやら背後の気配を察することぐらいは容易になっていたのだ。




「どうした? 何か言ったらどうだ?」


「……一つ聞いても良い?」


「なんだ?」


「貴方は誰?」



 3人のうち、なんとも気の強そうな女の声が耳に届く。


 最も聞き覚えのあるその声は、普段、特にベッドにて聞くその声のような甘いものではなく、鋭く棘のある声。


 女が自分に対して普段以上に緊張している事がよく分かる。




「沙門天のシリュウ……、それが、今の俺の名前だったな」



 そう言い、天を仰いだ自分に、背後に立つ3人はゆっくりと息を飲んだようにも思える。3人、天津上にて自身が神衛総帥カザミ・ツクシロと対峙し、その脱出の際に行動を元にした者達。

 もっとも、その時自分は、駆けつけてきた神衛の女に銃撃され、ほどなく気を失ってしまったのだが。



「今の……と言ったわね? それじゃあ、昔の名前は?」


「先にお前らが言ったらどうだ?」


「理由はないわね」


「そう言うなよサキ……。言っておくが、その厚化粧は似合わんぞ」




 そして、自分に対して、鋭い口調で問い詰めてきた女に対し、振り返ると、普段は気にも止めなかった、まるで遊女の如き男に媚びた化粧が目に映り、思わず女の昔の名前とともにそのことを指摘する。


 自分の言に対してもそうだが、3人は振り返った自分の表情にも驚きを覚えた様子で、皆が皆、目を丸くしてこちらへと視線を向けていた。


 火傷の痕が色濃く残っていた顔の表面は、女、サキによって普段から治療を施されていたのだが、神衛の女に銃撃された際、顔を覆っていた火傷あとは皮が剥がれるようにとれてしまい、その下からは、何の傷もない、普通の肌が表れたのである。



 失われていたかこの記憶が甦るのとほぼ時を同じくして。



 そんな自分の姿に、3人はゆっくりと自分の元へと歩み寄ってくる。



「思い出したのですね。過去のこと、そして、自分のことを」



 そして、目の前に立った男、本当の名をシロウという、その男が慣れない敬語を使い、自分に対して問い掛けてくる。

 これまでの自分の所業を考えれば、それを名乗ること自体許されざる事なのかも知れない。


 だが、こうして眼前に立つ墓の主。記憶を失う直前まで自分とともにあった人物のためにも、取り戻した過去から目を背けることは許されなかった。




「思い出した……。すべての、過去をな」



 そう言うと、再び色濃く甦ってくる過去の日々。


 思い返すだけで恥ずかしくなってくる幼少の頃から、悲しき別離を経験した少年時代。そして、許されざる所業に手を染めてきたこの五年間。

 すべてを思い出した時、自分は、組織の幹部沙門天のシリュウではなくなっていたのだ。




「俺は、スメラギ皇国、皇子ヒサヤ。…………それで間違いはないんだろう?」



 そう問い掛けた自分の言に、3人は瞑目すると、ゆっくりとその言を肯定するように頷いたのだった。

このオチは読めましたでしょうか?

教えていただけるとありがたいです。なかなか、問いかけには答えていただけないようですが、やはり内容に問題があって書きづらいのでしょうか?


お手数ですが、気が向いた方がおりましたら、お願いできないでしょうか?

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