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第二十話

 襲撃してきた黒装束の集団はおおよそ五十名ほどであった。


 一人一人が、一騎当千とも呼ぶべき武勇を示し、応戦した兵士達が次々に倒され、埠頭に屍をさらしている。

 それだけでなく、この者たちは避難している民間人にまで遠慮なく手を出しているのだから始末が悪い。

 中には、それに抵抗のある者もいるようだが、眼前の男達は笑みを浮かべつつ、その躊躇した者によって見逃された民をその手にかけていた。



「私をそれほど怒らせたいのか? 貴様らは」



 眼前にて対峙する猫背で痩身の男と肥満した男に対し、フミナは両の手に持つ短槍を振るいつつ、そう問い掛ける。

 殺戮を続けている連中に対しては、麾下の近衛達を差し向け、分断することに成功し、互いに負傷者は出る中でも互角の攻防が続いていた。

 互いに数を減らさず、肉体のみを傷付け合うという攻防。しかし、数に勝る近衛部隊の方が押されはじめていることもまた、事実であった。



「ほう? 怒らせるとどうなるというのだ?」


「さてな。まあ、貴様らの首と胴が分かれることだけは、変わりはない」


「ふへへ。言うじゃねえのお嬢ちゃん。おうい、キラーこいつは俺にやらせろよ。まだガキだって聞いていたけど、あの身体はたまらねえぜ?」



 苛立ちを抑えつつ、両者を睨むフミナに対し、痩身の男、キラーはその整った容姿を狂気に満ちた笑みでゆがめつつ、両手の持った大型のナイフをしきりに噛ませあい、肥満した男ゲブンは、フミナの年齢離れした豊満な身体付きを舐め回すように見つめ、手にした大型の砲筒を肩に抱えつつ下卑が声をあげる。


 両者の態度は、おおよそ礼を尽くすべき戦士のそれとはかけ離れており、嫌悪感を抱くしかない。

 だが、一見隙だらけのように見えるその所作の中にも、計算し尽くされた隙の無さが見え隠れしている。

 ここで、怒りにまかせて斬り込んだところで、待っているのは自身の敗北。

 それは、歴戦のフミナには手に取るように分かっていた。


 そして、二人の得物を見るに、この二人は連携して戦う時は一人を相手取るよりもはるかに脅威となる事も。




「ルナよ。私の動きについてこいとは言わん。ただ、自身の身は自身で守れ」


「…………分かっております」



 そんな敵の実力を計ったフミナは、背後にて式神達による防御陣を構築しているルナに対して口を開く。


 細身の身体に合わせた双剣を手にし、構えや動作は、相応の修練を積んでいることがうかがえたが、やはり歴戦の猛者、いや修羅とも言うべき者達の前では赤子同然の実力でしかない。

 聞けば、実践自体は今回が初めてとのことであり、現状のように震えは隠せずとも動揺を表に出さない時点で十分に合格点はあげられるとフミナは思っていた。



(この戦に生き残れば、私と並び立つところまで登ってくるかも知れぬ)



 そんなことを考えたフミナは、力無く、ただただ泣くことしかできなかった五年前の初陣を束の間思い返し、再び眼前の修羅達を睨み付ける。


 そして、フミナが臨戦態勢に入ったことを察したのか、キラーとゲブンの両名も、先ほどまでの態度を何処へかと追いやり、目に獰猛な獣の光を宿してフミナと対峙する。

 キラーとゲブンの両名にしても、眼前の少女がここまでのモノだとはさすがに予想外であり、それまでのような余裕めいた戦いは不可能であることは察していた。



 思うがままの快楽に身を委ねて生きてきた両者にとって、戦いは、そして殺しそのものはその頂点にあるモノ。だが、今回ばかりは一方的な加害者であることは困難であるとも、二人は感じ取っていた。



 そして、対峙する三名の傍らにて、ルナが作成していた式神達による防御陣が完成し、青白い光が周囲を灯しはじめる。

 三人が地を蹴ったのはそれと同時のこと、それを合図にしたかのように地を蹴った三者。先手をとったのは、身の軽いフミナであった。



「うおっ!?」



 当初、先行するキラーへと向かったフミナは、直前に再び地を蹴って大きく跳躍すると、物理法則を無視した動作で一気に降下し、後方のゲブンへと躍りかかったのだ。



 予測は立てていたモノのの、それを上回る動作で迫るフミナの短槍を砲筒で防ぎ、軽く斬られた腕の痛みをそのままにフミナに叩きつけるゲブン。

 フミナも、手応えがあったゲブンの腕が分厚い脂肪と筋肉によって守りきられ、大してダメージを与えられなかったことを察するも、無造作に振るわれた砲筒の直撃を受けて後方へと飛び退る。



「ひぃやああああっ!!」



 それを見て、反転跳躍をしていたキラーが、狂気の笑みに目を見開きつつフミナへと迫る。


 飛び退りながらもフミナは強引に身体を起こし、地を蹴って迫り来るキラーに対して飛び掛かると、勢いそのままに彼の腹部へと飛び込み、その痩身の身体を跳ね上げる。

 虚空にて短槍を構え直しつつ、キラーの様子を窺ったフミナは、すぐさま地を蹴って無数の槍撃をキラーに向けて突き出す。

 思いがけぬ攻撃に仰け反ったキラーであったが、すぐさま身を起こし、光を纏いつつ迫り来るフミナの短槍をいなし、憤怒に歯を食いしばりながらこちらもナイフを振るう。


 空中にての激しい応酬。それを破ったのは、連続する空気を裂く炸裂音。


 同時に相手を蹴り飛ばした両者が後方へと飛び退ると、先ほどまで二人がいた場所を、無数の砲弾が羽音を奏でながら飛びぬけていく。


 ゲブンの砲筒から放たれた弾丸であったが、彼としてみればキラーが避ける事は予想済みでも、フミナが同じ事をして避ける事まで予測していなかった。



 そして、キラーが着地すると同時に、両者は腹部に焼けるような痛みを覚えると同時に、激しい衝撃を受けて後方へと弾き飛ばされた。



「おぐっ」


「ぎょむっ!?」



 互いに、大地をえぐり取りながら、地に叩き伏せられたキラーとゲブン。


 正直なところ、この様な結果になったのは、お互い、ともに戦うようになってからはじめてのことでもあったのだ。



「ど、どうなっていやがる」


「ぐぐぶ……、お姫様のくせになんつう戦い方だ」


「どうした? 寵憎天、光穆天と呼ばれる者達も、その程度か?」




 そして、起き上がった両者に対し、漆黒と深紅の外套、そして長き黒髪をを風に揺らしながら、すべてを睥睨するかのような視線を向けてくるスメラギ皇女フミナ。


 その姿は、快楽に身を任せて生きてきた両者にとって、はじめてとも言うべき恐怖と屈辱を与えて来ていた。




「ふ、ふふふ、殺してやる……」


「お楽しみは、これからだ……」




 しかし、その程度のことで参るほど、両者は聞き分けの良い人生は送っておらず、何よりも、はじめてとも言うべき自分達を恐怖させるほどの存在に対し、狂気めいた感動と恍惚を感じながら立ち上がり、再び得物を構える。



「…………キチガイ共が」



 そんな二人の姿に、フミナもまた短槍を構えつつ、吐きすれるように言い放つ。強敵との対峙は望むところであったが、これほどまでに侮蔑の感情しか抱けぬ相手のとの対峙は、フミナにとってもはじめてのことであった。



 そして、再び開始される激突。


 しかし、この時のフミナ、そして交戦を続ける近衛兵やスメラギ兵達は、自身の与り知らぬところで歴史が動き出そうとしていることを知るよしもなかったのである。



◇◆◇



 式神達が運んでくる情報にカザミは眉を顰めていた。


 埠頭にあるフミナを狙ったものかと言えば、近衛や守備兵よりもはるかに数の劣る精鋭を送り込んできており、圧倒するわけでもなく、やや押され気味になって膠着している。


 都市内部に入りこんだ者達も、埠頭の時のように民間人を害すわけでも、主要施設を攻撃するわけでもない。

 ただ、一部の部隊を除き、すべてが兵士達の動きを封じる様に動いているだけなのだ。



「どういうつもりだ? 私が目的というのは分かるが」


「閣下、如何いたしますか?」


「うむ。状況はどうあれ、埠頭付近では民間人にも被害が出ている。貴官等は、麾下の部隊を率いて殿下の救援に当たれ」



 その一部の部隊の動きを見れば、自分を狙ってきていることは分かる。だが、それが陽動だとすれば、フミナや民間人が危険に晒されることになる。


 部隊指揮官達をこの場に残していたところで、意味は無くなる以上、打てる手は打つしかない。



「はっ!!」



「閣下、我々は残ります」


「うむ、頼りにしているぞ」



 指揮官達を各所へと向かわせると、室内は急に静かになる。


 そのせいか、歓声や剣戟の音が先ほどよりも大きく感じるようになり、嫌が応にも緊張感は高まってくる。


 室内に残った兵士。そのすべてが若い士官達であり、志願して天津上へと乗り込んできたスメラギ内でも上流家庭に生まれた青年たちである。

 指揮官としては当然のように未熟であり、これからの経験が待たれるものの、実家にて叩き込まれてきた武勇自体はなかなか見るところのある者ばかりであった。



「シイナ。なかなか緊張しているようだな?」


「はっ。いえ、そ、そのようなことは」



 その中でも、先ほどから自分の傍らに立つがっしりとした大柄な青年は、『シイナ』とカザミに呼ばれたように、神将シイナ家当主、サゲツの実孫であり、そのツテもあって天津上防衛を志願してきた。

 祖父のような権力闘争などで発揮した才の類は今のところ見えず、純粋な武勇のみを受け継いでいる様子であり、顔つきも十代の少年とは思えぬほどに精悍なモノがある。

 とはいえ、豪放磊落といった性格とは無縁で、普段は真面目で大人しい面が見受けられていた。

 そして、外見と出自の通り、手にした槍の腕前は目を見張るモノがあったが、今も緊張を無理に抑えようとする等、精神面の未熟さがまだまだ見られる。

 これは、他の青年たちにも言えることであり、カザミからすれば、自分のこども達と同様に将来を期待する半面、自身がまだまだ導いてやらねばと言う気持ちにさせられる者達であるのだ。



「そう言えば、貴官は十八になるのだったな」


「はっ、年内には」


「ふむ。君達もかね?」



 ふと、そんなことを考えたカザミは、何の気なしに眼前の青年に対し年齢を尋ねる。

 奇しくも、その場にいた全員が、ミナギと同年代と言う事に気づき、何とも言えない気持ちを抱く。


 ちょうど、ルナ内親王をともない、天津上にやってきた自慢の娘。


 生きていることを知れただけでも幸いであったが、共に天津上に入った者達も、皆同年代であり、皆が皆、すでに一介の将としての働きを見始めている。



「なるほど、君達も、負けてはおれぬな。特にシイナ、貴官は祖父の顔に泥を塗らぬようにな」


「はっ!! ですが、閣下。負けていられぬ。とは、誰に対してのことでありますか?」


「ああ、私の娘も貴官等と同年でな。ちょうど、補給部隊とともに天津上入ったのだ。それを思い出してな」


「ああ、先ほどの」


「中々の美人であっただろう? 本当に生きていてくれてよかった」



 シイナ青年の言に、口元に笑みを浮かべて、久方ぶりに再会した娘のことを思い返したカザミ。


 だが、先ほどの会談の後、カザミの愛娘、ミナギは突如として昏睡してしまっていたことを思い返した。

 それは、あの禍々しき閃光がセオリ湖に落ちる直前のことであり、カザミはその対応に追われていたため、その後の経過までは知らされていなかった。


 心配なことではあったが、カザミにとっては、生きて再会できたことが純粋に喜ばしかったため、こうして惚気めいたことを口にしてしまっていた。


 そんなことをこの状況で考える時点で完全に親ばかの類であったが、そんなカザミの言に、眼前の青年は頬を赤く染めて、困惑している。



「そ、そうですね。う、美しい人でした」


「ん? どうした、何を照れている? 言っておくが、シイナ家の者であっても、嫁にはやらんぞ?」


「お、恐れ多きことですっ」


「ははは、ケーイチ、冗談に決まっているだろ。第一、お前の顔じゃあ相手が逃げ出すっての」


「どう見てもおっさんだしな。閣下の方が若く見えるぐらいだ」


「うるせえぞっ、まったくっ!!。……それより閣下、来たようです」



 同窓達から、ケーイチと呼ばれたのは、シイナ青年の事であり、彼の外見は、年齢にしてはやや老け顔と言えるため、若い頃は美丈夫で知られたサゲツとはまるで似ていない。

 事実、カザミ自身も名乗られるまでは孫であるこにも気づかなかったのだ。


 そんな名門の子息も、こう言った場では関係無しに同僚たちにおもちゃにされている。

 しかし、そんなやり取りが彼の緊張をほぐしたようであり、さっそく近づいていくる敵の気配を察する。

 すると、それまでのからかわれていた純朴青年から、精悍な兵士の表情へと変わっていた。



「うむ。諸君、肩の力は抜けただろう? だが、今回の敵はなかなかに手強い。決して無理はするな。敵に対しては必ず数的な優位を確保し、確実な勝利を求めよ」


「はっ!!」



 ケーイチの言にカザミは頷くと、脇に指した剣の鍔に触れ、鞘から刀身を抜き身する。


 それまでの会話で緊張の類は大分ほぐれており、若者たちも余計なことを考えずに、敵の襲来に望める。


 カザミと同様に、ケーイチをはじめとする青年たちも、各々の得意とする得物を手に、声をあげながらカザミを中心に散開し、敵の襲撃に備える。



(形は整っている。あとは、第一撃次第か……)



 眼前に立つケーイチの大きな背中に視線を向けたカザミは、冷静の状況を分析する。


 こちらは若く経験が不足している者ばかり。だが、その才はカザミ自身が見出し、選び出した者達である。

 あとは、実際の戦場の空気に飲まれないこと。そのためには、同等の立場にいる者の戦功が一番の薬になる。

 そして、その大役を任せた男がしっかりと仕事を果たしてくれる。これに関しては、カザミにも勝算がある。


 そして、わずかな静寂の後、作戦室の扉が荒々しく開かれ、一気に室内が殺気に包まれる。



「行けっ!!」



 小さな声であったが、力強くそう告げたカザミの言に押されるように、中央に立っていたケーイチが床を蹴る。


 ちょうど、先頭を切って飛び込んできた黒装束の者。思いがけぬ攻勢に戸惑ったのか、一瞬目を見開いたそれは、ケーイチの振るった槍の直撃を受け、元来た後方へと弾き飛ばされると、轟音とともに壁に叩きつけられる。




「よくやった。さて、何が目的かは知らぬが、このカザミ・ツクシロの首、簡単にはくれてやらぬぞ?」



 ケーイチの攻撃によって、鼻柱を叩き折られた形になった黒装束の者達。その後は、不用意に飛び込んでくることはせず、散開しつつ距離を取る。


 数は十人ほどであり、二十人以上が詰めているこちらの半分ほど。

 しかし、一人一人の実力は、カザミを除けば相手が勝っている。とはいえ、相手の気勢を削ぐことには成功していた。



「…………参る」



 そして、一瞬の静寂に包まれていた室内にあって、黒装束の者達の中央に立っている男。

 他の者達と同様に口元を布で覆っていたが、そこから包帯のような者が見えるその男は、布越しのくぐもった声を上げると、一気に床を蹴ってケーイチ達を飛び越え、カザミへと躍りかかってくる。



 一瞬、目を見開いたカザミであったが、すぐに口元に笑みを浮かべると、男が振り下ろした重い一撃を、表情を動かすことなく受け止め、男を弾き飛ばす。


 一瞬の攻防であったが、再び距離を取った両者は、ほどなく床を蹴って再び剣戟を交わし合う。



「あの時以来か……、貴様らと戦うのは」


「…………さてな」



 互いに至近距離で剣を交わしあい、そんな言葉を交わす両者。


 カザミにとって、黒装束の集団ともなれば、忘れも出来ぬ五年前のケゴン襲撃を嫌でも思い返されていた。



「ふ、どうでもよいか。だが、私にとっては、主君や息子の仇でもある……、落とし前、付けさせてもらうぞっ!!」


「っ!?」



 そう言い放つと、男の剣を大きく弾き、勢いそのままに男へと躍りかかるカザミ。


 天津上全体が、再び大きく震動したのはその刹那のことであった。

次回で乱流の章は終わりの予定です。その後は、間隔を開けずに次の章に生きたいと思っています。


それでは。

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