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第十四話

 風を切りながらそれが動き始めたのは、宵の闇もすっかり深まった頃のことであった。


 私達が乗船した時は、まだ輸送船の類は集まってきておらず、数もまばらであったが、今旗艦の背後に続く船団の数は、小型船も含めて100隻を超える。

 それらの大半は漁船や商船であり、積めるだけの物資を満載しているため激しい旋回運動などをとることが困難であるのは、素人目に見ても分かることだった。


 そして、どうにも寝付けず、甲板にたって海を眺めながら夜風に当たっていた私は、松明を片手に甲板を巡回する水兵たちに答礼しつつ、甲板にならぶ砲塔へと視線を向ける。



「それを守るのが私達の役目。まあ、この娘は囮というか、主砲をぶっ放しまくるだけなんだけどね」



 日中、空いた時間を用いて艦内を案内してくれたハルカの言が思い返された。



◇◆◇



 ケゴンでの悲劇から5年。お母様やリヒト様とともにケゴンから脱出したハルカは、父親であるシュテン様の元へと戻り、後継者として海での戦いに参加してきたという。


 今でこそ、この旗艦のような大船団を指揮しているシュテン様であったが、はじまりはあくまでも海賊組織。かつてのスメラギと並び立っていた聖アルビオン海軍との戦いは、本当に生きた心地がしなかったという。



「ただ、この娘が機能してくれた分、私達は有利に戦えた。火力の差って言うのはやはり大きいしね」



 主砲内部を案内してくれた際に、砲弾の装填部分を撫でながらそう答えていたハルカ。


 砲弾は鍛えている大人でも一人で抱えるのがやっとなほどの大型のモノで、主砲内部は砲弾が円状に並べられ、一発撃つごとに次の砲弾が並べられてくる。

 これらを押し込むのは手動で、数人掛かりでこれを行い、刻印の力によって撃ち出すのだという。



「砲撃は刻印と術師の魔力がすべて担うから、一度打ち始めると簡単には止まらないって言うのが欠点ね。今のところは、白兵戦以外対抗手段がないから良いけど」


「音もものすごいのでは?」


「別に? 炸裂音はするけど、その辺りは砲筒より大きいぐらいだからそれほどでもないよ?」



 説明を続けるハルカに対して、私は記憶の中にある事を思い返す。


 記録映画とアニメ映画であったが、砲撃音はものすごい爆発音であったように思える。とはいえ、火薬の類がまるで発達していないこの世界にあっては、そのような爆音とは無縁であるようだ。

 火炎法術などが炸裂した際には爆音も発生するが、それは破壊された物が産み出す音であって、火炎自体が音を発するわけでもない。



「それで、両舷から伸びているのは、今までの大型砲筒と変わらないヤツね。手で装填して、刻印級を刺激して撃ち出すわけ」


「艦内に魔導の力を多く感じるのは、精神統一の場を多く確保しているからなんですね」


「そう言うこと。整備とかその辺は水兵が担うけど、攻勢とかの要は魔導師達だね。状態を見るために、刻印師も大勢乗っているよ」


「刻印師……ですか」


「ああ、ミラ先生。いや、ミュウ陛下の事は私達も分からないわ」


「そうですか……、ケゴンで別れてからは私達も」




 その後ハルカによる説明が続く中、私は聞き覚えのある単語を反芻し、同行しているミツルギさんへと顔を向ける。


 ルナ様やリアネイギス達は、すでに休んでおり、この場には私とミツルギさんが同行しているだけであった。



「次代の巫女様に同行されていると言う話もある。心配はあるまいよ」


「巫女様ねえ……。ミツルギさん、結局、この五年間、カスガの地から動かないし、陛下に接触もしてきていないんでしょう? 清華の残党と交戦しているとは言え、どういうつもりだと思います?」




 ミツルギさんの言に、ハルカはなんとも納得いかぬと言った様子でそう口を開く。


 ミラ教官の事が気にかかると言うのもあるのであろうが、カスガの地に新たに登場した巫女の存在にどこか不満がある様子だが、空白期間のことを考えれば私には何も言う事はない。



「さてな。私ごときには何とも言えぬ」



 視線を向けたミツルギさんも肩をすくめながら首を振るうだけである。



「インミョウ地方も大分荒らされていると言いますし、住民の保護などに動かれているのではございませんか?」


「それは帝都を脱出した人達がやっているわよ。そもそも、巫女様の素性も知れないわけよ?」


「疑っているのか?」


「少なくとも、噂はあるわ。襲撃してきた連中が、どうやってこちらに気付かれずにケゴン離宮に接近してきたのか。そして、あの人智を越えた大爆発。陛下にあんな傷を負わせられるほどの力を持った人間なんて数えるほどしかいないだろうし」


「ですが、それはベラ・ルーシャにも」


「それは当然よ。でも、本来果たすべき役割を果たしていないことに変わりはないわ」




 疑っている。そう問い掛けたミツルギさんの言を否定せず、ハルカは自身の疑問といくつかの噂を元に口にしているのであろう。


 たしかに、ベラ・ルーシャ側の襲撃はあまりに唐突であり、周囲を警戒していたシイナ家軍だけでなく、当時バンドウ地方に駐屯していたユーベルライヒ軍すらも接近に気付いていなかったのだ。


 先帝陛下の崩御、サヤ様の薨去など、一連の混乱とその後の大爆発によって痕跡すらも消えてしまっている。




「教官は何かを掴んだのかも知れませんね」



 だが、その直前に私達の前から姿を消したミラ教官、いや元パルティノン皇后のミュウ陛下。


 彼女は離脱の前に、何かを察し、一人姿を消しているのである。そして、今彼女は次代に巫女様とともにいると言う噂もある。



「あ……」



 そんな時、私はサヤ様との別れ後、目にした一つの光景を思い返す。


 炎の中で、アークドルフ等と対峙する二人の美女と少女。少女の外見に見覚えはなかったが、炎に揺られる白き美しい髪が印象に残ッているその姿。そして、その傍らにいる美女は、忘れもしない。私に、そしてハルカにとっても法術の師に当たる人物の姿。


 普段の飄々とした刻印師の姿とは異なり、その場にいる者達を畏怖させるだけの覇気を纏った女傑の姿であっても、その外見に変わりはない。


 とはいえ、これはあくまでも私が目にしただけのこと。単なる夢幻と見る事も出来るのである。


 しかし、ミスズ様の反乱、フミナ様の天津上籠城など、私が見た光景を否定できない事実として存在していた。




◇◆◇




 ふっと、息を吐き出す。


 お母様やハルカとも再会し、いよいよこれからという時に来ていたが、戦の状況以上に国内にはまだまだ不穏な空気が満ちている。


 しかし、こうして戦場に赴く直前にも関わらず、艦の進む海は穏やかであり、吹き抜けていく風は心地よく私を包み込んでくれている。



「ミナギ、まだ起きていたの?」


「ハルカ? ええ、なんだか眠れなくて」


「奇遇ね。私もなんだかね……」



 吹き抜ける風に身を預けていると、背後からやって来たハルカがそう口を開きながら傍らに立つ。


 眠れないというのは本当のことであったが、なんとなく事情はそれだけではないようにも思える。

 日中、艦内を案内する時はどことなく気を使っているというのが手に取るように分かっていたし、ミツルギさんの手前のあったのだろう。



「ミナギ、これ……」


「ありがとうございます。それで、また持っていてください」



 なんとなく気まずい沈黙が続いた後、ハルカが首から下げた首飾りに触れる。再会できた時に返してくれとは言ったが、今もなお大切にしてくれているみたいなのは素直に嬉しい。

 だからこそ、次なる別れに際しても再会できるよう、それは持っていて欲しかった。



「そう、ね。それに、ヒサヤ様との再会はまだだしね」


「そうですね……。ハルカ、私の力が及ばず」


「言いっこ無しよ。私だって何もできなかった」


「この5年間、キリサキ水軍の後継者として奮闘してきたじゃありませんか」


「親父殿の後について回っていただけよ。それでも、5年……か。ミナギ、その間のことは」


「分からないですね。あの日以来、記憶は途切れておりますので」


「それにしては、妙に年相応、いや、今でも年上のように感じるわ」


「そうですか? 良いのだか悪いのだか分かりませんね」


「そういうところ。やっぱり変わっていないみたいで安心したわ」



 そう言うと、ハルカは先ほどまでの取り繕った笑みを表情から消し、真剣な表情を浮かべて私に対して向き直る。


 私もまた、それに答えて彼女へと顔を向ける。



「正直に言うとね、私は貴女を疑っていた……。あの日のこと、聞いてくれる?」


「ええ」



 それから、ハルカはあの日のことを静かに語りはじめる。


 私がヒサヤ様達とともにケゴンを脱出したのち、あの場にて起こったことを語りはじめる。

 おおよそがすでに私が知っていることでもあったが、一つ気になることもあった。



「実家に戻ったのは、お母様たちとともにあることができなかったからなのですね」


「……ええ。どうしても、せざるを得なかったことだって言うのは分かっていたんだけど」


「目の前で主君を殺害されれば当然ですよ。私のように……噂を信じた愚かさに比べれば」


「それでも、友達を信用できなかったことは言い訳できないわ。本当に、ごめんなさい」


「謝らないでください。実際、再会した後で私を責めたりしなくでくれたじゃないですか。それに、その首飾りも大切にしてくれていたみたいですし、十分ですよ」


「……そう、ありがとう」


「ええと、話の中にあったことなんですが、ミスズ様のことは?」



 なおも贖罪を続けるハルカに対し、私は話題を変える。実際、彼女が謝ることなど何一つ無いのだ。


 私達母子が背負った、実際にはお母様が一人で背負ったことであるのだが、運命というモノを呪う以外にはない。


 私達にとってみればたまったものでないのだが、他人には私達の事情など関係無いのだから。



「分からないわ。トモミヤ閣下も薬が効き始めて目を覚ました時には姿を消していたと」


「そうなんですか。実際、どう思いますか?」


「分からないわね。親父殿達からすれば、さもありなんって事みたいだけど」


「あまり評判は良くなかったようですね」


「気が強い人だったからね」



 そして、先ほどのハルカの話の中で引っ掛かりを覚えたこと。


 ミスズ様はサヤ様に襲われて重傷を負ったはずだったが、お父様とハルカがリヒト様をともなってアイナ様達と合流するまでの僅かな間に、姿を消してしまったようなのである。



「ま、十中八九、トモヤのバカが絡んでいるのよ。あのろくでなし、今じゃ傀儡政権でやりたい放題みたいだし」


「そうかも知れないですね。……あの人は本当に」



 いつもの調子になって口汚くトモヤのことを罵るハルカが、ようやくいつもの感じ戻って来たことを嬉しく思いつつも、私もまた、白桜時代にトモヤのことを思い返すと腹も立ってくる。


 しかし、ミスズ様との関係を考えれば、母親の下に大人しく従っているような男であるとは思えない。


 それに、この一件にはシオンも深く関わっているのだ。あの光景は、忘れたくとも忘れることはできない。




「話は終わったようだな。飲むか?」


「え?」


「エル? いつの間に」



 そんな折、突然かけられた声。


 振り返ると、魔法瓶のようなモノとコップを手にしたアドリエルが私達の元へと歩み寄ってくる。


 突然、何事かとも思ったが、夜風に当たっていて身体は少々冷えているため、顔を見合わせた私達は、彼女の手にある魔法瓶へと視線を向け、彼女に対して頷く。



「夜更かしは美容に悪いぞ? 特に、戦を前にしているのだ。身体は休めた方が良い」


「そう、ですね……。ふう、良い味ですね」


「婆様の特製茶葉でな。幸運を呼び寄せる効果もあるというぞ?」


「なるほど。――それで、どういう風の吹き回しですか?」




 香りを楽しみつつ、口に含んだ紅茶は、ほどよい甘みとほどよい渋みを含んだ、舌触りの良い味をしている。


 ただ、呑気に味を楽しむ為にやって来たわけではないだろう。すでに、宵の闇は降りており、行動の開始まではあと僅かしかない。


 とるべき時に休息もとらずにうろついている人間を気にする意図はなんであろうか?




「なに。青春時代をともに過ごした地に戻るのだ、思うところは私にもある」


「そうね……、あの頃は天津上が戦場になるなんて思いもしなかったけど」


「分からないものですね」


「そうさな。それと、二人ともあまり思い詰めるな、とだけ言っておこう」



 ゆっくりと紅茶を口に含むと、いったん言葉を切ったアドリエルは静かにそう口を開く。



「私は、そなたたちの間にあることなど知らぬし、それを詮索する気も無い。そなた達がどうであれ、天津上の現状が変わることはないのだからな」


「そう、ですね」


「それより、これを飲んだらさっさと休もうではないか。安眠の効果もあると聞いている」


「ふん、ずいぶん気を使ってくれるじゃない」


「たまにはな。少しはリアのように無神経に惰眠をむさぼっても良いと思うぞ?」


「ふふ、そうですね」




 そう言いながら、耳や尾を振りながら眠りにつくリアネイギスの姿を思い浮かべる私達。


 どうやら、アドリエルにもいらぬ心配をかけるほど、私達の心情は外へと出ていたようである。


 とはいえ、思うところは口にしたし、今はただ目の前にせまった戦いのことをだけを考えるしかなかった。




◇◆◇


 この時、私は自分の中にある記憶に引っ掛かりを覚えていたため、寝付くことができなかったとばかり思っていた。

 久方ぶりに無事に再会できた友人が抱えていた問題や私自身が知っている真実の重さに。


 だが、この時ばかりは、私の本心ではなく、本能そのものが感づいていたのかも知れなかった。




 …………思い出深き皇都天津上において、悲しい別れが待ち受けていると言う事を。

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