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第十一話

web拍手にてコメントいただきありがとうございました。その一言が本当に大きな力になります。

 小運河を出てジゴウさんと合流した頃にはすでに空が白み始めた頃であった。


 船室から外へと目を向けると、朝霞に包まれて白くなっている水平線の先に、ハルーシャの島嶼群がうっすらとした影となって目に映った。



 そして、その周囲を動く小さな影。



 ハルーシャを拠点とする漁師だけでなく、水族達が用いる船が活発に動いている証拠だという。


 水族と言えど、今となっては残された数少ないスメラギ正規軍とも呼べる組織で、元々自由の民であった水族達は、侵略された祖国のため、ひいてはスメラギ皇室のために動いていた。

 とはいえ、口に出して尊皇や愛国を語るわけではなく、スメラギの海、川、湖。ひいてな、水そのものを守ることが結果としてスメラギを守ることに繋がるのだから、と言うのが彼らの言い分であり、その辺りは自由の民としての意地でもあるようだった。



「内海の制海権は完全にスメラギが握っており、これが天津上の生命線となっているわけです」


「陸においては包囲が完成していても、水による僅かな隙間から食糧や兵力を送り込める。海、川、湖の存在の大きさが窺い知れますね」


「だからこそ、ベラ・ルーシャはアマカサとシナリを蹂躙し、その勢力下に置いているわけですか……」



 水平線を見つめる私達に、ジゴウさんがすれ違った漁船に手を上げながら答える。


 ルナ様。皇女フミナ姫と瓜二つの容姿を持ち、それを仮面で覆った少女の言の通り、皇都天津上の数年にわたる抵抗は、一重に水運という生命線によって支えられている。

 そのため、天津上に隣接するスメラギ西部の水瓶たるセオリ湖から内海へと流れる大河、フシミ川の河口であるアマカサ、シナリの両都市は、天津上包囲に先だってベラ・ルーシャ、そして聖アルビオン、清華人民共和国の三カ国軍による猛攻を受けて陥落し、本隊が撤退したアルビオン、清華の一軍団によってこの地は占領されたままである。



「シナリからイシマ、サカリのいたる商業都市群、そしてキツノやテルリのような歴史都市群も暴虐を受けたそうですね」


「ええ。……ミナギさん、ご友人たちのことは」


「大丈夫です」



 そして、その二都市以外にも天津上をはじめとするセオリ地方はベラ・ルーシャ等による深刻な被害を色濃く受けている。


 バンドウやサホクから脱出してくる民間人の流入とユーベルライヒの裏切りによる戦線の瓦解によって、フミナ様は非常の決断をせざるを得なかったのである。


 神ならざる身の上であり、すべてを救うなどは不可能な話。セオリからハルーシャ、クシュウの他、クマソや各地の山岳部へと脱出できた住民と故郷に留まって命運をともにする事を選んだ住民、そして最後まで抵抗する住民の他、非常の決断に反発して侵略者達に組する者達も多かったのである。

 そして、件のアマカサ、シナリは治安の悪さで有名であり、所謂ゴロツキ連中が、民間人に対して暴虐を働いた例も多く見受けられたという。


 そして、その魔の手は近隣各国にも及び、私がお母様とともに身を隠すように幼少期を過ごした街もその中に含まれていたのだ。



「そうですか。昨日のことといい、どうにも私達は、あなたを傷付けてしまうようですね」


「そ、そんなことはございませんよ?」


「そうですか。やはり、あなたは、いや、あなた達は優しいですね……」


「私がですか?」


「ええ。なによりも、私の我が侭をかなえてくれたことがなによりの証拠です」



 そう言って笑いかけてくるルナ様は、再び仮面を顔に付ける。ちょうど、こちらに近づいてくる巨大な船影が目に映ったのだが、これによってようやく天津上への道が開けたと言える。


 そして、その行き先こそが、ルナ様の言うわがままをかなえることになるのだった。



◇◆◇



 眼前に立つ二人の人物の姿に、私は思わず目を丸くしていた。


 ともに十代の少年、少女であり、どことなく似たような面が見受けられるため、二人が兄妹であることは容易に想像がつくだろう。


 もっとも、兄の方はどことなく温厚な雰囲気なのに対し、妹の方は凛とした勝ち気な印象が強かったが。

 そして、私にとっては最も大きな問題として立ちふさがるのは、その二人が、主君となるべき人物たちと瓜二つであったからだった。



「こ、これは……」


「ははは。アドリエルやリアネイギス達と同じ反応だな。二人とも、自己紹介しろ」


「はい」


「分かりました」



 唖然とする私に対し、顔を綻ばせるリヒト様。


 どういうことかと周囲に目を向けた私であったが、お母様やアドリエル達は苦笑するだけで、典医殿やトモエさんたちもやや口元を緩ませながら目線を逸らすだけである。


 どうやら、“本人”というわけではないようであるし、周りの人達の表情からは、「そりゃそうだ」とでも言いたげな雰囲気を感じる。



「驚かせたようですね。私は、ハルト・ツクヨミ。閤家コウブ家が守護、ツクヨミ家の第七子にございます」


「私は、ルナ・ツクミナ。閤家テンム家が守護、ツクミナ家の第四子にございます。ツクシロ様、はじめまして」


「は、はじめまして……」



 困惑する私に対し、両者ともに表情を引き締めてそう名乗ると、朗らかな笑みを向けてくる。


 それになんだか引き込まれるような、不思議な気分にさせられるが、ツクヨミ、ツクミナと名乗った家名に関しては聞き覚えがある。


 ともに、コウブ家とテンム家。正確には煌武院家と天武院家と書くらしいが、その両家にあって、当主や一門集の守護を担う一族が存在すると聞き及んでいる。


 征家のような自前の家臣団と似たようなモノで、閤家の場合は側近中の側近たる彼らが私設の戦力を統括しているとも。


 そんな閤家守護の家柄にあっても、嫡男とも言うわけではない立場の両名。しかし、その外見はスメラギの皇子と皇女と瓜二つとも言うべきモノで、今も相対しながら、なんとなく惹かれるような思いにかられている。


 とはいえ、ここまで来れば如何に私と言えども察しはつく。そして……。



「見ての通り、この者たちはヒサヤとフミナそっくりだろう? まあ、俺もミナギさんも五年前の姿しか知らんが二人の面影があるだろう?」


「はっ……、私も一目見た時、ヒサヤ様とフミナ様だと思いました」



 リヒト様の言に応じながら、私は過ぎ去った過去を思い返す。


 ハルトと名乗った少年は、温厚な印象を抱くが、ヒサヤ様以上に育ちの良さを感じさせられる。


 ヒサヤ様は、サヤ様の影響からか、皇族らしからぬ庶民の匂いを感じさせる人柄だったのだ。二人が並んでどちらが皇子かと問われれば、多くがハルトさんを皇子だと言うのではないだろうか?


 ルナさんは、利発で気の強そうなフミナ様に比べて柔和で大人しい印象を抱く。とはいえ、温厚なハルトさんと比べ、意志の強そうな切れ長の目には、フミナ様と同じ光を感じた。



「そうですか。それならば良かった」



 と、そんなことを考えつつ二人に対して視線を向けた私に対し、ハルトさんが口元に笑みを浮かべながらそう口を開く。



「生まれてこの方、兄上とはあったことがありません。ですが、最も兄と親しくしてくれた方がそう言うのならば、間違いないのでしょう」


「兄……ですか」



 嬉しそうにそう口を開いたハルトさんの言に、私は静かに頷く。


 視線を向けたリヒト様やお母様もそう言うことだとでも言うように頷き返してくる。とはいえ、このことは皇室の秘密に関することであろう。


 私はそれ以上口にすることなく、リヒト様達の言葉を待つ。



「察しているとは思うが、この二人はヒサヤとフミナの双子の弟と妹……。ツクヨミとツクミナの両家は、二人を影として養育していたのだ」


「影……」


「ええ。兄上とフミナ様に大事があった時に備え、私達はお二人の代わりとなるよう、努めて参りました」


「な、なるほど。ですが、ヒサヤ様が生きておられるというのは?」



 双子と言う事にも驚きもしたが、ここまで似ているとなれば他人のそら似とは考えがたい。


 事実、上流階級であれば双子として生を受けた者の片割れが影として生きることも不思議では無いとも思う。今回のように、ヒサヤ様は消息が知れず、フミナ様も絶体絶命の状況に追い詰められているのだ。


 しかし、お二人の、いやハルト様がこの場に居ることが、ヒサヤ様の生存の証明になるというのはどういうことなのだろうか?



「簡単な話だ。ハルトがヒサヤになっていない。つまり、ヒサヤは生きているということだ」



 そう考えながらリヒト様へと視線を向けると、一瞬瞑目したリヒト様は、ゆっくりと、しかしはっきりとした口調でそう告げる。



 “ハルトがヒサヤになっていない”。



 そう告げたリヒト様の言に、しばし私の思考は停止する。


 なにが言いたいのかを分からないわけではない。そう言うこともあり得るというのもなんとなく理解できる。


 しかし、理解は出来ても感情が受け入れるかといえば、必ずしもそうとは限らないのだ。



「兄上が亡くなれば、その意識や経験、人格までもが私に流れ込み、ハルトであった私は消え、ヒサヤとしての生が始まるのですよ。これはルナも同様です」


「にわかに信じがたいことと思いまするが、断絶を避けるための産み出された秘術とも聞いております。もっとも、双子揃って死んでしまった例も多いそうですがね」


「そ、そのようなことが……」



 私の心情を読み取ったのか、ハルト様とルナ様は特に態度を変えることなく口を開く。

 お二人はすでに運命としてそれを受け入れているのであろうか。とも思える。だが、それが事実であるならば、一つの希望が生まれてくることにも気付いた。



「信じろといっても、信じられることではないだろうがな。俺自身、自分の弟と出会うまでは存在すらも知らなかったのだ」


「で、では、リヒト様にも?」


「ああ。もっとも、もう俺の代わりは出来んがな。これは一種の呪いのような者でな、兄か姉が、自身の意志で弟と妹を解放せん限り、その因果は続く。俺は成人と同時に、弟と会ってあやつを開放した。今は自由に世界を旅しているはずだ」


「そうなのですか……」


「考えることは、皆、同じようだな。臣下としては当然だが、ちと寂しいぞ?」


「あ、も、申し訳ありません」




 そんな、私の考えはすでにリヒト様にはお見通しであったようで、自分の死後のことに希望を抱かれたことに対して苦笑している。


 だが、たしかにそれはあまりに悲しいことでもある。


 自身の死は一度に限り、回避されると言う事であろうが、その場にいる人間はいったい誰なのであろうか?


 瓜二つの双子であったとしても、お互いに一人の人間である。


 他人の身体と意志を奪い取った側もそれを受け入れる側にも思うところはあるであろうし、すべての者がハルト様とルナ様のように運命として受け止めるわけではないだろう。

 いや、お二人とて、いつ消え去るかも分からぬ人生を生きることがどれほどの苦痛と恐怖なのかは私にも想像も出来ないことだ。


 だからこそ、その事実に対して“リヒト様の延命”を期待したことは、あまりに恥ずかしいことでもあった。



「気にすることはありませんよ。ツクシロさん。それが我々、スメラギ皇室に生を受けた者の責務であるのですから。それよりも、信じてくれたのでしたら……、私を天津上潜入に同行させてください」



 そんなことを自嘲していた私に対し、労るような声をかけてきてくれたルナ様。しかし、その言葉の最後にあって、私は思わず目を丸くするしかなかった。



◇◆◇


 他者から告げられた事であれば、容易に信じることは出来なかったであろう。


 だが、事を告げた当人が皇族である上、お母様やアドリエルと言った者たち、そして、その場に詰めている側近の神衛達が肯定するように頷いた時点で、私に信じないという選択肢は存在しなかった。


 そして、天津上へと進入し、お父様の元へと馳せ参じる――そんな当初の目的も今では大きく変容しようとしていた。


 天津上にて全軍の指揮をとり、激しい戦いに身を晒す皇女フミナ様。


 彼女は、ヒサヤ様が消息を絶ち、リヒト様が病床に伏せている今、残された唯一の正当後継者なるである。



 リヒト様は御自身の命脈が尽きかけている事を察しており、伝えるべきすべてを後継者に伝えねばならず、影として生きるハルト様やルナ様にはその役目は担えないのだという。


 だからこそ、地獄の戦場と化した天津上からフミナ様を脱出させ、その身代わりをルナ様が務める。



 言うだけなら単純であったが、万が一事が露見すれば敵に勢いを与え、味方の士気をそのものと崩壊させかねない事であった。



 全軍の指揮官が、それも数年にわたって陣頭指揮をとってきた人間が、突如として離脱するのである。

 理由を知ったところで、兵達が受け入れることは難しいだろう。絶望的な戦場にあって、自分達が命を預けられる指揮官とともに死ぬこと。

 極限にまで追い詰められた兵士達が戦える理由は、“誰かのために命を散らす”ことを拠り所とするためでもあるのだ。



「私の我が侭のために、家族に再会に水を差してしまいましたね」



 近づいてくる船影に目を向けつつ、そんなことを考えていた私に対し、ルナ様は再び視線を落としながら口を開くと、私は昨日のお母様、そして、初めて会うことになった一人の人物のことを思い返していた。

更新が遅くなってしまい、申し訳ありません。


加えて、誤字脱字の見落としが多いことも重ねてお詫び致します。

なかなか思うように書けず、ペースは上がらないと思いますが、これから物語は佳境に入りますので、出来れば最後までお付きあいください。

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