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第九話

 暗がりの中に無数の光が瞬きはじめると、全身に当たる風の感覚が心地よく感じられる。


 しかし、目を見開いた私に対して向けられているのは、月明かりを受けて白く輝く筒状の何か。

 僅かに視線をずらすと、傍らにて腰を下ろす少年が、唖然とした様子で目を見開きつつ、私達に視線を向けている。


 だが、それを手にした男は、少年を気にすることなく、口元に浮かべた冷笑とともに手にしたそれを握り込む。


 空気を斬り裂く音が耳に届くともに、胸元に感じる焼けるような痛み。ほどなく、私の身体は浮遊感に包まれ、男と少年、そして私がいたはずの竜の姿が確実に遠退いていく。



(これは……、あの時の?)



 徐々に小さくなっていく飛竜の姿。そしてこれは、かつてこの目で見たとおりの光景。だが、今目の前で起きた光景の中で一つ違和感を感じることがあった。



(なぜ、私を見ていないの??)



 そう思った私の視線の先では、表情こそうかがえないモノの、何かにすがるようにしている少年、ヒサヤ様とそれを冷然と見下ろしている男、シオンの姿が目に映る。


 シオンはともかくとして、ヒサヤ様が落下する私を放って置くだろうか?


 自分のペースを乱さない人ではあるが、それでも銃撃されて放って置かれるほど私はヒサヤ様にとってはどうでもよい存在であったのだろうか……。



「………………って、私は何をっ!?」


「きゃっ!? あち、あちっ!! ちょ、ちょっと急にどうしたの??」




 なんとも恐れ多い感情を抱いたことを自覚した私は、再び暗がりに沈みはじめた意識を強引に目覚めさせ、跳び上がるように身を起こす。


 突然声を上げた私に対し、様子を見に来ていたのであろうリアネイギスが、手にしたお茶を盛大にこぼして、その熱さに跳び上がっている。


 それまでのやや大人ぶった口調が砕けている彼女を横目に、周囲へと視線を向けると、室内は炎の柔らかな光が木造の壁を照らしており、とても落ち着いた作りになっている。私が横になっていたのも、新しくはないが掃除の行き届いた畳と清潔な布団であった。



「ふあ~、毛が逆立っちゃったよ。私を驚かすなんてやるじゃない」


「本当ですね……。あの、リアさん……」



 部屋の様子を一通り見直すと、こぼしたお茶を拭い終えたリアネイギスが、耳や尾に櫛を入れている。

 突然のことに派手に驚いてはいたが、彼女にとってはしてやられたように思えたのであろう。不敵な笑みを浮かべている。


 もっとも、私にとってはそれよりも、その逆立った毛のほわほわした見た目の方が重要であったのだが。



「触らせないわよ」


「そうですか……」


「ああもう。いきなりぶっ倒れたかと思えば飛び起きるし……、心配して損した気がするんだけど?」



 案の定、申し出はあっさりと却下されてしまった。しかし、彼女の言によれば、やはり私は倒れていたようだ。



「あの、戦いは?」


「うん? お陰様で大勝利。動けるなら見てみれば?」



 その後もぶつぶつと何かを言っていたリアネイギスに対し、意識を失う直前まで続いていた戦いの行方を問い掛ける。

 私とアドリエルの法術でベラ・ルーシャ兵達は相当混乱していた様子だったが、私がここにいると言う事は勝つことは出来たのだろう。


 しかし、彼女の言うお陰様で。というのは、なんだか法術だけを指すのではないように思えるのだ。


 見てみろとは言うが、戦いに倒れた一部のベラ・ルーシャ兵を葬っているのだろうか?



「……え?」



 だが、窓辺から外の様子を見た私の目に映った光景。


 それは、延々と並べられた赤き軍装に身を包んだ死体の列と、松明によって灯されながら、彼方まで伸びている死体に山であった。



「な、なに? どういうこと……?」



 予想外の光景に、膝が震えてくることを自覚する。


 たしかに、個人の技量では此方が上回っていたが、数は向こうが圧倒している。だからこそ、法術によって混乱した隙に敵指揮官を討ち取り、潰走させようと考えたのだ。


 しかし、今こうして眼前に広がる光景。それは、数千にもなろうかという敵軍が、ほぼ壊滅したことを意味しているのだ。



「どういうことって……あんたがやったんだけど?」


「そんな……? ですが、私は」


「ああ、気を失っていたみたいね。でも、私達が敵を切り崩して、エルが敵指揮官を射抜いてからほどなく、あなたは起き上がって敵に襲いかかったんだけど?」



 私の問い掛けに、リアネイギスは目を背けながらそう告げる。


 私に意識がなかったと言う事は、彼女も理解しているのであろう。事情を知らぬこととはいえ、口にしづらいことを私は聞いてしまったようだ。



「ツクシロ。言いたくはないけど、あの時のあんたは恐ろしかった。無表情に法術を連発して、ベラ・ルーシャ兵を躊躇うことなく薙ぎ倒していった。それを埋め尽くすほどの白い光から降り注ぐ刃。私達ですら、一瞬震えたんだから、敵兵達はもっと恐ろしかったんじゃない?」


「……そんなことを、私が?」


「うん……。刻印の暴走ってヤツみたいだけど。まあ、今後は無理しない方が良い」


「そう、ですね……しかし、なぜ急に??」



 リアネイギスの言を単純に信じるというのは難しい。しかし、彼女がふざけた嘘をつくとも思えなかった。


 だが、そこまで言うと、私は脳裏にこみ上げる光景があった。


 先ほどまで見ていた、紫色の水かなにかの中で目にした男の姿とそれに対して抱いた感情。


 もしかすれば、感情の爆発が一方的な虐殺を呼んでしまったのだろうか?



「あ、あの、お味方には?」


「そっちは大丈夫。私達が戦っているところにも降ってきたけど、ご丁寧にベラ・ルーシャ兵の脳天を突き抜けていったよ。人の顔ってああいう風になるんだね……」



 そこまで考えると、一つの考えが頭をよぎる。


 まさか、感情にまかせて味方まで傷付けたのではないだろうか? と、そんなことを考えたが、それは避けられたようだ。

 しかし、話を聞いただけでも、感情の暴走に関しては気をつけねばならないのかも知れない。



「失礼いたします、ロクリス様。ミナギ……は」



 そんな時、ノックとともに聞こえてくる落ち着いた、そして、非常に懐かしく感じる女性の声。


 思わず目を見開いた私は、その声の主が立っているであろう、入口の方へとゆっくりと振り返る。


 そして、その視線の先にあったのは、神衛の軍装に身を包んだ妙齢の女性の姿。

 以前会った時からやや年を重ねたのが分かるし、目尻や頬などにはうち続く戦乱にうちひしがれた疲れが色濃くうつっている。だが、それでも闇夜にも関わらず咲き誇る花のような、相変わらずの美しさを誇っている。



「…………お母様?」



 互いに見つめ合った女性と私。


 そして、何とか声を絞り出した私に対し、女性、いや、母、ミオは静かに微笑みながら私に近づき、ゆっくりと私を抱きしめてくれた。



「ミナギ……よかった。ふふ、知らぬうちに、私の身長に追い付いてしまったのだな」



 ややうわづった声でそう言ったお母様を、私はこみ上げてきた熱いモノを自覚しつつも抱きとめ返したのだった。



◇◆◇



 青紫色の光照らされた空間は相変わらずの異質さをもっていた。


 スザクは再びこの場に呼び出されたことを不快に思いつつも、命令とあらば反故にするわけに行かずに、渋々と行った様子で足を運んでいた。

 普段であれば、呼び出し人の私室か広間に集まるのが普通であるのだが、今回ばかりは事情が異なるらしい。



(例の娘か?)



 周囲のクリスタルに視線を向けつつ、そんなことを考えたスザク。


 ここに詰める狂者どもがここのところ妙に浮かれていると思っていたところである。だが、今日はその者達の姿も見られず、視線の先には赤きマントに身を包んだ巨漢の姿とその脇に控える男女。


 そして、自分と同じような軍装に身を包んだ男が四人。無言のまま巨漢達の元へと足を向けていた。



「仕事だ」


「ふふふ、待っていました」



 そして、巨漢たちの前まで行くと、不機嫌そうな表情を浮かべて振り返った巨漢がスザクに対して何かを放りながらそう口を開く。


 スザクが手にしたのは、複数枚の書類の入った紙袋。


 その中身に興味を向けることなく、四人の中の一人が口を開く。

 銀色の髪に白皙の肌をもった美青年であったが、最低限の筋肉に包まれただけの細身の身体は背中が猫にように曲がっている。


 今も、巨漢の“仕事”という言に対して、やや狂気に満ちた笑みを浮かべている。それは、その男の傍らにある肥満した男も同様であるようで、同じような笑みを浮かべていた。



「地獄天のスザク。お前は、ベラ・ルーシャ軍と合流し、書類の中身を実行しろ。そして、寵憎天ちょうぞうてんのキラー、光穆天こうぼくてんのゲブン、沙門天しゃもんてんのシリュウ。それと、吉祥天きちじょうてんのロイア」



 スザクは渡された書類を取り出して目を通すと、一瞬目を見開きつつも、巨漢の男。この地の主である帝灼天ていしゃくてんのジェガへと視線を向ける。


 一瞬、目が合うと、獰猛な血に飢えた目を向けたその男の背後には、凍りついた視線を向けてくる少女の姿がある。



(ほう? 完成したということか)



 そんなジェガの表情と少女の姿に、スザクはここのところの狂者達の様子を思い返し、口を開くことなく頷く。



「貴様らは、スメラギ皇都、天津上へと迎え」


「天津上へ? また、ずいぶんなとこで」


「ついに、あの小娘をやるんですか?」



 スザクが頷いたのを見て、ジェガは再び四人へと視線を向ける。


 皇都天津上。今もなお、ベラ・ルーシャ軍とスメラギ軍が死闘を繰りひろげる死の町であったが、銀髪の男キラーと肥満した男ゲブンにとっては、殺戮に酔える舞台でしかない。



「小娘には陥落の際にでも地獄を見せてやればいいんだよ。最後まで話を聞きな」


「あん? ロイアよ、ジェガの眼鏡に敵ったからって調子にのってんじゃねえのか?」


「なに? そっちこそ、誰に口聞いてんだい。童貞ぼうや」


「おもしれえ、最近暇だったし、一つ手合わせ願おうか」


「はん、聞き終わったらね。ガキが」



 そんな二人の態度に、ジェガの傍らに立つ女、ロイアが苛立ちを隠さずに口を開く。派手な化粧に隠れたその素顔はここではジェガしか知らなかったが、歴戦の女傭兵としての過去を持ち、今もなおその気性の激しさを隠すつもりはない。


 そして、この場では知る者はジェガともう一人の男だけであったが、数年前の皇子愉快事件の主犯の一人でもあった。

 ただ、キラーとはまるで馬が合わず、顔を合わせるたびにこうして激しい口論をぶつけ合い、最後は剣を持ち出す険悪な空気なる。

 女に対して酷いトラウマを持ち、猟奇的な衝動に走るキラーのことを馬鹿にしているためであるようだったが、この場にあってはすでに恒例行事になっていた。



「まあいい。貴様らの目的は……」



 そして、場が収まるのを待ち、ジェガは再び口を開く。


 その場にいた者達が、目標となる人物の名に笑みを浮かべたのは、それから間もなくのことであった。



◇◆◇




 松明に灯された廊下を私達は歩いていた。


 ケゴンでの別れからの五年間は、お母様にとっては贖罪の日々であったとも言う。

 結局、親友を救うこともできず、託された主君を守ることも実の娘を守ることも敵わなかった。


 そして、今となってはようやく結ばれた夫とも離れ、表舞台に立つことなく地下での戦いを続けていたという。



「そうですか……チバナ閣下たちは」


「私達を逃がすため、身代わりになった様なモノだ。雄々しき最後だった。皆……」



 あの日、ヒサヤ様の脱出とサヤ様の死を契機に、リヒト様等生き残りの要人と神衛はケゴンからの撤退を開始。

 だが、全軍の撤退など相手に背中を晒すだけの意味しかなく、当然、殿を担うモノが必要になってくる。


 そして、それを担ったのは、お兄様……ハヤト・ツクシロと師の一人であるアツミ・ノベサワ等、三十人の神衛達。


 結果として、彼らは殿としての役割を果たしたのだという。離宮から脱出したお母様の達の背後からやって来たのは、お兄様からお母様たちへの伝令ただ一人。

 そして、その伝令の言に寄れば、『自分が最後の一人』だという。だが、悲しみに暮れている暇はなかった。


 私が異なる世界においてサヤ様とともに垣間見たあの謎の大爆発。


 伝令の到着と同時に、それがケゴンの地。すなわち、脱出途上のリヒト様やお母様たちへと襲いかかったのだ。


 幸いにして、爆発の中心はケゴン離宮に集中しており、お母様たちは何らかの加護によって全員が無事であったのだという。


 しかし……。



「では、それはリヒト様の力であったと?」


「ええ……。先帝陛下の崩御により、主を失った刻印。それが、リヒト様に力を貸したでしょう」



 私の言に、お母様は力なく応える。


 ケゴンの地に封印されていた刻印。


 どういったものであるのかまでは知らされていなかったが、それが一時的に、次代の守護者たるリヒト様へと宿り、ともにある者達を救ったのだという。


 だが、事態はそれで終わりではなかった。


 大爆発によって焼き尽くされたケゴンの地は、一時的に深い闇に包まれていたという。そして、その闇の中で、離宮にて襲いかかってきた“影”達が、再び襲いかかってきたのだという。


 とはいえ、相手も数を確実に減らしている。お互いに手負いであり、実力は同等。唯一の難点と言えば、こちらの側はリヒト様を守りながらの戦いであること。

 闇の中での激戦であったが、生き残った高家の者達が倒れはじめると、お母様とお父様は、非常の決断を迫られることになった。


 それは、生き残った神衛達を囮に、リヒト様。そして、シイナ家当主サゲツ様、トモミヤ家当主アイナ様を脱出させること。

 次代のスメラギ神皇と神将家当主、七征家最後の当主の守護は、神衛達にとっては当然の選択でもあった。



 だが……。



「本来ならば、神衛の総帥たるカザミとその妻である私も殿を務めるべきであった。だが、私達はこうして生き長らえている……、ムネシゲ様は、その時だけは閤家当主であったわ」



 その時の事を思い返し、力無く苦笑するお母様。


 曰く、チバナ家時期当主、ムネシゲ様は、有りもしない“特権”と言うモノを持ち出して、お父様から指揮権を奪い取り、二人に当主たちの守護を命じたのだという。


 無茶苦茶な論理であったが、なぜかそれをリヒト様が認めたたため、二人生き長らえることが出来た。

 だが、若者を犠牲にして自分達が生き残ってしまったという事実は、今も二人を苦しめているという。



「それでは、閣下は……」


「後日、シイナ家の手のモノがケゴンに潜入している。刻印は、陛下の元から何処へかさり、すでに無人の地となっていたその地にて、ムネシゲ様以下、殿として残った神衛達の血に染まった遺体を確認している。…………ムネシゲ様は、側近のヨウコ・オノを抱きよせるようにして亡くなられていたそうだ。おそらく、あの方は勝ったのであろう」


「う……」



 声を落としながら、あの時の状況を語るお母様の言に、私はこみ上げてく

るモノを押さえ込む。


 同行しているリアネイギスも無言で目許を拭っている。彼女もまた、当時の状況まで知らなかったようだ。


 正式任官以降、ムネシゲ様やヨウコさんとの関わりは減っていたが、私の立場と自身の立場との間で板挟みになりながらも私を気にかけてくれたお二人のこと。そして、思うところはありながらも、平等に接してくれた神衛達。

 あの日、ケゴンの地にあった神衛達で、生き残っているのはヒサヤ様と同行した私達の他は、ハルカただ一人であるという。



「キリサキとはいずれ再会できよう。今は……な」



 そして、一際、厳かな装飾が施された襖の前で立ち止まったお母様は、静かに訪ないを告げた。



「おう。目を覚ましたのだな」



 ゆっくりと開かれた襖。その奥から聞こえてくる聞き覚えのある男性の声に、私は思わず身を震わせる。



「ふふふ、しばらく見たいうちにきれいになったな。ミナギさん」



 アドリエルをはじめとする、主立った者達が詰める室内にあって、全身を包帯にて覆われ、痛々しげな姿になってベッドに横たわる一人の男性。

 一瞬、見ただけでは、重症を負った見ず知らずの男でしかないが、私に対して親しげに声をかけ来るその声には聞き覚えがあり、そして、変わりのない声でもあった。



「……殿下」


「ふふ、一応、陛下にもなるが、戴冠前だ。それでよかろう」



 何とかそう言うことが出来た私に対し、眼前の男性、皇太子リヒトの尊、否、スメラギ神皇リヒトの皇は、そう言いながら穏やかな笑みを私に向けてくれた。

“大人”を書くのは本当に難しいです……。


あと、過去に登場したキャラ達が徐々に出はじめていますが、登場のさせ方などはどうでしょうか?

感想をつけにくい物語を書いておいて図々しいとは思いますが、ご意見などをいただけるとありがたいです。

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