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第七話

切りがよかったので短めです。

 森は確実に深くなっていた。


 しかし、陽の光がまったく当たらないような陰気さはなく、適度に間引きされた木々の隙間からは、暖かな陽光が差し込み、方々で動植物の姿が見受けられる。

 かつては人間の入る込むことの許されぬどこか陰に包まれた森であり、邪悪な魔物たちが跋扈していたと言われているが、スメラギ皇室による統一事業の後、この大森林地帯も変化していったのだという。

 それを人間の驕りだというのは簡単であろうが、害意ある者達の排除は生きるためには致し方のない行為だと私なりには思う。

 魔物たちの排除が正しいことであったのかという問いを除いたとしても。

 だが、結果としてこの森林地帯は生命に満ちあふれた世界となっている。そして、それまで周囲を警戒しながら馬を走らせていた私達一向も、今となっては整備された道を思うがままに駆けている。


 そして、深みが増した森の中にも、そこで生きる人々の生活は存在する。


 魔物脅威が去った大森林は、今となっては人と動植物の天地となっており、それを守るために生きる人々も存在しているのだ。


 アドリエルやリアネイギスもそんな人々の総称たるニュン族やティグ族の出身であり、彼女等の出身集落にも立ち寄って短い急速を得た私達は、彼女等の目指す目的地へと向かうだけであった。



「元々、私達はこのような住みやすい地を好まなかったらしいがな」


「と言いますと?」



 故郷の村を後にしてほどなく、リアネイギスが馬で駆けながらそう口を開く。


 いくつかの種族が共存し、様々な技巧を持った人々が穏やかに暮らしているニュン族の集落とは異なり、ティグ族の集落はどこか謹厳な雰囲気が漂っていたように思えるのだが、リアネイギスの言には、なんとも不本意な気持ちが入り混じっているように見える。



「ティグの集落は大森林内でも比較的大型の獣が多い地域ではある。だが、元々我々は、人が住み着かないような高地で細々と暮らしていたんだ。尚武の気風ってのが根強くてな。だが、今の我々は呆けた猫のようになってしまっている」


「猫じゃなくて虎じゃないの? リア」



 私の問いに森の中を見つめながらそう答えたリアネイギスに対し、アドリエルが彼女の頭部で揺れる白と黒の毛に包まれた耳を見つめてながらそう答える。

 そう言えば、はじめて会った時のリアネイギスは猫のように気持ちよさげに昼寝をしていて、その揺れる耳に釣られて痛い思いしたこともあった。



「だから、虎が牙を抜かれて猫になっちまうってこと。まあ、私自身学院とかで、呑気に過ごさせてもらったから言えた義理じゃないけどさ」


「ですが、そのような事も言っていられない時代になりましたね」



 肩をすくめながらそう答えたリアネイギスに対し、私は思わず視線を落とす。


 知らぬ間に遠き過去になってしまった出来事。


 今思えば、私とお母様の関係などは、平和な時代からこそ起こる確執であったのかも知れない。




「それは、なって欲しくなかったけどね。まあ、あんたら神衛も私達同様に鈍っていたから、汚名返上には良い機会かも知れないね」


「ふ、相変わらずですね」


「そう?」



 そんな私に対し、リアネイギスは口元に笑みを浮かべつつそう口を開く。


 相変わらず余計な一言が多いのだが、彼女はそれに気付かずにあっけらかんとしている。民族性なのか、その辺りは良く分からないが、彼女自身が気付かぬところで戦乱を歓迎している所もある。


 今の彼女の表情からは、そんな心情を読み取ることも出来るのだ。



「二人とも、おしゃべりはそのくらいにしておけ。そろそろだ」



 そんな調子で馬を進めている私達に、先頭で馬を進めるアドリエルが視線を前に向けたまま口を開く。

 周囲を見返すと、以前に比べて森は薄くなり始めており、数日間の森林浴にも終わりの時が来たようだ。



「では、目的地に?」


「ああ。大森林の出口……、ツクシロ。そこに何がある?」


「え?」



 木々の密度が減ってきていること実感しつつ、そう答えた私に、アドリエルは試すような口調で話しかけてきたのだ。

 クマソ大森林の出口。私達はココマ半島側から大森林に入っているため、当然反対側の出口は天津上方面と言う事になる。


 そんな私の考えを見透かしたのか、アドリエルは改めて私に向き直る。



「天津上から、クマソ大森林に入るための入口だ」


「あ、キツノ離宮……では、そちらが?」



 そんな彼女の言に、私も頭に浮かんだ場所があった。


 ちょうど大森林地帯の入口に当たり、テンラ盆地とセオリ湖、そして内海を望める景勝地と知られるキツノの地。


 そこには、かつての乱世の折、皇室と神将家が身を寄せたとされる古城があった。



 古城と言っても、作り自体は現在でも再現不可能とされる技術が用いられ、戦乱にあってもただの一度も落城せず、いくつかの自然災害の際にも破損しなかったとされる古城。

 今上陛下……、いや今となっては先帝陛下となられたが、皇后陛下とともにこの地をいたく気に入られており、静養の際には良く足を運ばれていたと聞いていた。



「ああ、その地には神衛軍の残存部隊が立てこもり、ベラ・ルーシャ南部方面軍軍を牽制している」


「神衛が? それは心強いことかも知れませんが」


「何? 不満?」



 そう言ったアドリエルの言に、私はなんとも複雑な気持ちが湧いてきた。


 しかし、顔には出さないようにしていたが、リアネイギスをはじめとする周囲の者達にはあっさりと見抜かれてしまっていた様子だった。



「今、天津上ではフミナ様が防衛の陣頭指揮をとっていると伺っております。であれば、私達神衛はあの御方の御側にて守護を担わねば」


「ああ、そう言うこと。柔軟な印象があったけど、そこら辺はお嬢様ね。決まりきったことだけで状況が動くわけじゃないよ」


「それは分かっておりますが、お嬢様って……。だいたい、あなた達もお姫様ではありませんか」


「何のことだか?」



 実際、私はジゴウさんを通じてフミナ様の元に馳せ参じるつもりだった。


 お父様がいることも理由としては大きかったが、それでも自分の責務を果たしたいという気持ちも強かったのだ。


 しかし、リアネイギスは相変わらずの調子で肩をすくめている。


 お嬢様だから何だというのかは分からなかったが、それを言ってしまえばアドリエルとリアネイギスは、ニュンとティグの……。




「二人とも、そこまでにしておけ」


「うん?」


「なにか?」



 そこまで考えた時、アドリエルがやや声を低くしながら口を開く。


 何事かと視線を向けた私達であったが、すぐに背中に走った悪寒に、思わず武器に手をかける。




 私達の耳に、剣戟の音が風に乗って届けられたのは、それから間もなくのことであった。

更新が遅れてしまって大変申しわけありませんでした。

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