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第五話

 私が今、手にしている砲筒。


 元いた世界では、“銃”と呼ばれる武器に近いそれは、今のように相手に対して至近距離であれば、ほぼ一撃で相手を葬り去ることが出来る武器。


 この世界にあっては、法術や刻印が弾丸の射出に関係しているため、使用できる人間は限られ、砲筒も大半は命中率が低いモノばかりである。

 だが、今私が手にしている砲筒は、スメラギが敗戦以来研究を重ねてきた技術が流用されており、元いた世界と同等の精度を確立できている。実際、使用に慣れた頃から、狙いを外したことは記憶にないのだ。


 しかし、それで対象を葬れるかと言ったら、それはそれで簡単な話ではない。


 かつて、ケゴンの地にてお父様たちに剣を振るおうとしたアークドルフを射殺したことがあるが、アレは完全に彼の意識が別の所向いていたが故の結果。

 今のように、指揮官と正面から対峙している状況では、相手の技量次第で攻撃を躱されることも多々あるのだった。




「どうした、もう終いか?」


「戯れ言を」




 そんな私の様子に、指揮官は余裕めいた表情で答え、足元に転がる漁師の死体を蹴り転がす。


 どうやら嗜虐的な行為を好む様子で、私と交戦しながらも逃げ惑う村人を斬り捨てることには余念がない。

 ボタンさん達や幾人かの旅人が応戦しているため、兵士の数は確実に減っているが、被害は増すばかりな状況。ここで、私がこの男を止められなければ、待っているのは……。



「考えたくもないですね」


「何をだ? まあ、そろそろ決着をつけるとしようか」



 砲筒を構えつつ、力無く首を振った私に対し、指揮官は口元に笑み浮かべた後、太刀を左の腰に据えながら視線を向けてくる。


 “居合い”と呼ばれる剣術の亜種であるようだが、一撃の鋭さ、重さはすでに証明されている。


 私も躱すのがやっとな状態であり、結果として砲筒の狙いが狂う。とはいえ、砲筒による攻撃が無ければ、すでに斬り捨てられる状況である以上、攻撃を止めるわけには行かないが。

 こうして鋭く視線を向けてくる指揮官の姿に、私もまた、動きを止めて砲筒を突き付ける。


 周囲に轟く悲鳴や剣戟の音が、ゆっくりと遠退いていく。


 それだけ、指揮官が向けてくる眼光と全身から放つ気力は大きく、対峙し合う私達の間から雑音を消し去っているのだ。


 そして。




「っ!?」



 一瞬、指揮官の姿が視界から消える。


 すぐに状況を察し、視線を上げて砲筒を放つも、鋭く振るわれた太刀が、眼前にてそれを斬り落とし、勢いを削ぐことなく私の元へと迫ってくる。

 慌てて飛び退くも、すでに予測されていたようで、先ほどまで私が立っていた場に達を叩きつけた指揮官は、勢いそのままに達を繰り出してくる。

 仰け反る形でそれから逃れるも、風圧で胸元の衣服が斬り裂かれる。

 借り物であるため、神衛の衣装のような耐久性はない、普通の漁師服であるのだ。破れた胸元からは血が滲んでいる。

 それでも、続けて放った砲筒によって指揮官の身体を傷付けることは出来ており、再び互いに距離を取って睨み合う形になる。



「ふむ。躱しきるとは、なかなかやるな」



 銃弾のかすめた左頬の血を拭い、不敵な笑みでそれを舐めながら指揮官はそう口を開く。

 まだまだ、余裕が垣間見えるモノの、その余裕は私にとっては十分な時間を用意してくれた。

 そのまま、指揮官を睨みつつ、左手を天に掲げると、左の手の甲。すなわち、その場に刻みつけられた刻印が白き光を放ちはじめる。



「むっ!?」



 それまで、気取られることなく意識を集中させていたそれである。指揮官も予想していなかったことであり、瞬時に地を蹴って私の元へと迫ってくるが、私がそれに合わせて飛び退いたと同時に、眩い光を放った刻印は、指揮官の頭上から無数の白き十字架を降り注がせた。



「ぐっ!? お、おのれ……っ」



 咄嗟に身を捩ってそれらを躱すも、肩口を十字架に貫かれてもんどりをうって倒れる指揮官。すぐに十字架が降り注ぐも、血を転がるようにしてそれを躱し、さらに降り注ぐそれを無視して私の元へと迫ってくる。



「う、うそ……?」



 再び後方へと飛び退くも、ここまではさすがに予想外であった。


 今回の法術は、私の身に宿す刻印の中では最上位の法術。一般の兵士であれば、一撃で一部隊は葬ることが出来るほどのモノであるのだ。

 それ故に、肉体の消耗も激しく、身体を動かしている今も大きな倦怠感と疲労感に支配されているのだ。


 しかし、眼前の指揮官は、そんな一部隊相手の法術をかいくぐり、私の眼前へと迫っている。


 先ほどと異なり、互いに消耗していることが救いだったが、それでも、横薙ぎに振るわれた太刀を受け止めることだでか、私に出来る精一杯のことであり、その重い一撃は、私の身体をその場に叩きつけるには十分なモノであった。



「ぐうっ……」


「ぐ、これほどの法術とは……、やはりただの漁師ではないな」


「知っていたのではないのですか?」


「答える義理はないが、貴様についての報告はない……何者だ?」



 そして、私にのし掛かるようにして頸元に太刀を突き付けてくる。


 先ほどのような余裕めいた笑みではないが、それでも口元の冷笑は消えていない。

 傷を負ったとはいえ、この場にあっては明確に勝者と敗者が別れているのである。法術や砲筒と言った攻勢を躱しきった以上、力量の差も如実に表れているのだ。



「答えると思っているのですか?」


「答えねば、その身体に聞くまでのこと。だが、私は花は美しいまま愛でるのが心情でな」


「……気持ち悪い。女をなすがままに出来るとお思いですか?」


「そうは思っていない。単に、貴様がこの場において身分を明かせば済むだけの話だ。とはいえ、生かしておいても、我々の害になるとも思えるが」



 鋭く睨み付けた私に対し、余裕があるのか、衣服に隠した暗器などを脇に捨てつつ、私の全身を見返す指揮官。


 時間の経過とともに、肉体の成長はたしかなようだったが、こうして野卑な視線を向けれては嫌悪感が募るだけである。


 そんな私の様子に、指揮官はこれ以上の尋問は無駄だと考えたのか、頸元に押し当てられた太刀に力がこもり始め、ゆっくりと血が滲みはじめているのが分かる。




「くっ…………」



 いよいよこれまでなのか。


 そう思いつつ、目を閉ざした私であったが、ほどなく頸に押し当てられた太刀から力が抜けていく。



「そこまでだ。地獄天ちごくてん



 そして、耳に届いてくる凛とした女性の声。


 ゆっくりと目を見開くと、私の目には陽の光を浴びて鮮やかな光を放つ金色の髪。そして、指揮官のこめかみに突き付けられた鋭い鏃と白磁の如く滑らかな白肌を持つ女性の姿が映っていた。



「……自分から姿を現したか。ニュンの姫」


「お陰様でな。さて、どうする?」



 そういうと、“地獄天ちごくてん”と呼ばれた指揮官は、弓弦を引き絞りつつ鋭い視線を向ける女性、“ニュンの姫”に対し、視線を向けることなく口を開く。


 お互い、目先の相手を死中に陥れている状況。現状、私の運命はこの女性に掛かっているといっても過言ではない。



「私としては、君達二人を連れて帰りたいところなのだがな」


「それは叶わぬな。もう一人、ティグの姫もいる。貴様に勝ち目はないぞ?」


「ふむ……」



 連れて帰るというところが、どこか自己愛の強いこの男らしいもの言いだったが、ようは私達を攫っていくというのが本音であろう。

 そして、女性の言を受けて、口元の冷笑を消し去りつつも私に視線を向けてくる。


 僅かにでも目を逸らしてくれれば、法術をお見舞いしてやるところなのだが、さすがに今回は精神集中にも気付いている様子。

 殺意に満ちている私よりは、女性との交渉に活路を見出していると言うところであろう。



「もちろん、この女を殺せば、貴様も死ぬ。地獄天のスザクも、頭を射抜かれては生きてはおれまい」


「この女を生かしておくことは祖国のためにならんのだがな」


「口ではなんとでも言えるな。その祖国すらも、お前達にとっては寄生するための家畜に過ぎぬであろうに」


「ふ……」




 そして、女性の言に、スザク。と呼ばれた指揮官は、私の首もとから太刀を下げ、ゆっくりと立ち上がる。

 それでも、女性は矢を突き付けたままであり、スザクが太刀を鞘に収めて両腕を上げるまで、それは続いていた。

 そして、ある程度距離を取ったところで、弓を下げた女性が私の傍らに腰を下ろす。



「しかし、情報にあった叛徒は貴公等のことであったか……。ふむ、部下共の声も聞こえぬし、罠にはまったわ私であったか」


「大丈夫か? ……情報とな。噂の広まらぬ範囲で、漁村を虐殺しておれば、我々とて動かぬわけにはいかん」


「虐殺?」



 女性に助け起こされつつ、スザクに対して砲筒を突き付ける。


 それに対し、相変わらずの冷笑を浮かべたスザクは、肩をすくめつつそう口を開く。たしかに、周囲から悲鳴や剣戟の音が収まり、すでに消火活動が進められているような雰囲気も伝わってくる。


 目を逸らしたら、その瞬間に首と胴が離れる以上、目で見るわけにもいかなかったが。



 しかし、女性の言には聞き逃すわけにはいかない言葉もあった。



「人の口に戸を立てられぬとはいえ、さすがに一日や二日で噂が届くモノでもない。こやつ等は、噂の届く前に次々に近隣の漁村を襲っていたのだ。大半は外れであったのだがな」


「だが、こうして目的は果たせた。今一度、拠点の構築をするかね?」


「それは私の決めることではないな」



 そんな、女性の言にスザクが静かに答える。


 拠点とは、ボタンさん達のような漁師たちの組合のことであろう。この漁村は、その集結点として使われていたようであり、今回、多くの漁師が殺害されたのもそれが関係していると思われる。



「エルっ!! 大丈夫かっ!!」



 そんなことを考えていると、ややハスキーな女性の声とともに、一陣の風が私達の元へと吹き込んでくる。

 次の瞬間には、私達の眼前にやや大柄でグラマラスな女性が立ち、スザクと対峙している。


 顔は見る事が出来なかったが、白と黒の髪に覆われた頭部に生える、これまた白と黒の毛を持つ耳。そして、臀部から伸びる同様の尾がゆらゆらと揺れている。



「……使えぬ部下どもだ。まあいい、今回はここまでしておくとしよう。どのみち、このような寒村にもうようはない」


「待て。逃げるのかっ!?」


「さすがの私も、貴公等三名を同時に相手取ることの無謀は弁えている。今は、逃げさせていただくよ」



 そう吐き捨てたスザクに対し、獣人の女性が鋭い声を上げるも、かけてきた白馬に飛び乗ったスザクは、その言とともに颯爽とその場を後にしていく。



「貴様っ!! 待てっ!!」



 それを見て取った女性もまた、その後を追う。


 獣人であるが故か、その身体能力は人を凌駕している。だが、さすがに駿馬が相手となっては、追い付くのは難しいであろう。



「やれやれ……。相変わらずね。さて」



 そんな獣人女性の姿に苦笑した、金髪の女性は、ゆっくりと私に対して向き直る。


 改めてみても、まるで彫像の如く整えられた美貌であり、記憶にあるニュン族のそれをまさに体現するような、そんな外見である。



「久しぶりね。ミナギさん」


「ええ。お元気そうで何よりです……アドリエルさん」




 戦いは終わり、いまだに戦火に蹂躙される漁村の一角。


 旧友との再会にしては、あまりに理不尽な光景とも言えるが、この光景が私達に待ち受ける運命を如実に表していることを、この時の私は無意識のうちに理解していたのかも知れない。

一週間も開けてしまい申し訳ありませんでした。季節の変わり目は本当に風邪をひきやすいですね……。

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