第四話
ひどく不快な表現がありますので、ご注意ください。
港前の広場へと向かった私達の耳に、今度は悲鳴混じりの歓声が届く。
顔を見合わせ駆け出したが、広場に近づくにつれて何やら血の匂いが鼻をつくようになる。
「ミナギ、一応、顔は隠しておけよ」
「そうですね……、しかし、これは」
「おいおい、無茶はしないでくれよ? 何かやらかしたら、村の連中まで巻き込んじまう」
「ええ」
そして、広場は目と鼻の先にとなってところで立ち止まり、ボタンさんの言の通り、顔に布を巻き付ける。
正直なところ、血の匂いを感じた時点で飛び出していってしまいそうでもあったが、先ほどまでとは異なる様子の彼女のおかげは、気持ちを落ち着けることが出来ている。
だが、広場へと足を踏み入れ、集まってきている民衆に紛れると、眼前の光景に思わず眉を顰めるしかなかった。
「この者たちは、賊徒共と結託し、祖国は愚か、女神様に対する大逆に加担した廉で処断した。また、同調していた者達もここに捕縛している。だが、これだけではない」
転がる無数の死体と首。
その周囲は彼らが身に着けていた軍装と同様に赤く染まり、先ほどよりも血の匂いは濃くなっている。
そのせいか、集まった村人たちの中には気を失って倒れかけているモノも多くいた。
そして、指揮官と思われる男が言葉を切ると、先ほどまで一緒に作業をしていた港の漁師たちが、皆後ろ手に縛られて血の海の中へと連れてこられる。
彼らの家族であろうか、年輩の女性や幼いこども達が悲鳴混じりの声を上げている。
「こやつ等とともに、祖国に仇を為し、女神様のご慈悲を蔑ろにする愚か者たちが、貴様らの中に紛れているという情報を得た。これより、村全体を捜索する。今より、半刻の時を与えるが故、まだここにない者達を集めよ。また、逃走を図った者、建物内に隠れていた者は、その場で処断する。よいなっ!!」
そして、さらに声を張り上げる指揮官に、村人たちは怯えるような目を向けつつも、のそのそと立ち上がり、それぞれの家へと戻っていく。
家の中で作業をしている者もいるであろうし、指揮官の言がたしかならば、さらなる徴用は避けられるとも考えたのだろう。
「一端戻った方が良いな」
「ああ。他の連中も、ごまかせると良いけどな」
ケンヤさんとボタンさんも顔を合わせ踵を返す。だが、私はその場に立ち尽くしたまま、指揮官の姿を見つめるしかなかった。
「どうした? 早く来いっ!!」
そう言って、私を引っ張るボタンさん。
二人の家へと引っ張り込まれると、苛立ちのこもった視線を私に向けてくる。
「なに、やってんだよっ!! あいつ等の目的はあんたなんだぞっ!? 今、見つかったら全員殺されちまう」
「申し訳ありません。しかし、先ほどの指揮官は……」
「ああ、スメラギ人のクセにベラ・ルーシャに尻尾を振っている犬なんてごまんと居るんだよ。摂家にくせに、言いなりになっているカミヨみたいにな」
苛立つボタンさんに頭を下げると、ケンヤさんが外を窺いつつ肩をすくめてその問いに答えてくれた。
先ほどの部隊は、大半がスメラギ人であり、ベラ・ルーシャ兵を殺害しているところを見ると、相応の権限を持った部隊と言う事は予想がつく。
それに、あの指揮官には見覚えがあったのだ。とはいえ、改めてミスズ様のことを悪し様に言われると、少々傷つきもする。
「しかし、ミスズ様は……」
「なんだよ? あんたは知り合いなのかも知れないけど、今のあの女はただの裏切り者でしかないぜ? その下にいる連中なんか、ベラ・ルーシャの連中よりタチが悪いって話だし」
「そうですね……、信じたくはありませんでしたが、あの指揮官……」
「あいつも知り合いなんすか?」
「似ていると言う範囲ですが、ミスズ様の息子、トモヤ・カミヨによく似ておりました」
「けっ、親子揃って裏切りかよ。ほんと、ろくでもねえな」
そして、ミスズ様のことを何とか庇おうとするも、ボタンさんの言い分は正論でしかない。
加えて、先ほどの指揮官がトモヤであったとすれば、裏切りという事実は覆しようがないだろうし、事態はより深刻になる。
「ですが、彼の者の技量は、神衛でも上位のモノがありました。一般の兵だけであれば、私単独でも斬り抜けられると思ったのですが……」
「んなことより、今はどうやってごまかすべきか」
「さっきみたいにやりゃいいだろ?」
吐き捨てるように言い放ったボタンさんに対し、候補生時代のトモヤのことを思い返し、先ほどまで考えていた強行突破という手段も再考を必要とされる。
候補生にも関わらず、教官達を圧倒するだけの剣伎を彼は持っていたのだ。尊大な性格や他を見下す態度は最後まで変わらなかったが。
「いえ。もし、指揮官がトモヤであったことを想定した場合、あの程度の変装でごまかすのは不可能でしょう」
「じゃあ、どうすんだ? 一応、逃げ道はあるけど」
そう言うと、ボタンさんは流し台の側にあった戸棚を足で押しこくる。
そこには、ちょうど人一人が入り込めるほどの穴が空いており、覗きこむと地下へと続いているのか、真っ黒い穴が奥底にまで続いている様子だった。
しかし、逃げた所で意味は無い。
「下手に逃れてしまっても、報復に村人に何をするか分かったものではありません。……ならば」
「おいおい、出頭するとか言い出すなよ?」
「大丈夫です。彼は私を知っております故、捕らえてすぐに処断することはありません。カザミ・ツクシロとミオ・ツクシロの娘ですから」
「どういう理由だそら?」
「公開処刑の対象にでもした方が意味がありますし、それを考えられないほどの愚か者でもありませんよ」
であれば、ここは私が投降して村の安全だけでも確保した方が良い。
しかし、二人はあっさりと私の考えを見抜いたのか、ボタンさんはあきれ顔で、ケンヤさんは無言で首を振っている。
捕まったところで、トモヤが相手で無ければ脱出することなど容易だと思うのだが。
「いや、だから」
「要は餌に出来るってことだろ? と言っても、そんなことをしたら組長に殺されちまう」
「しかし、このままでも……」
「つか、そのトモヤってヤツはそこまで信用できないのか?」
「はい」
「即答かよ。相当だな」
なおも眉を顰めながら声を荒げるボタンさんに、ケンヤさんが私に変わって説明する。それで得心したのか、頷いたボタンさんは、改めて疑問を口にする。
トモヤが信用できないというのは、村に対する処置でもある。
彼の性格であれば、漁村の住民などは歯牙にもかけないであろう。つまり、随伴してきた兵の思いのままに振る舞わせる可能性が高い。
高家としての在り方が悪い方に出てしまった典型のような人物であるのだから、信用に値しないのは当然だった。
「おい、貴様らっ!! 外へ出ろっ」
「っ!?」
「待ってください。今、行きます」
「ちょ、お前っ」
「大丈夫ですから」
そんな時、扉を蹴破るように乱暴に開けた兵士が声を荒げてくる。
即座に、手元の鉈に手をかけたボタンさんを慌てて抑え、兵士に対してそう応じると、のれん越し此方を睨んでいた兵士は、舌打ちをしながら外に出る。
さすがに、立ち去ることはなく、逃がす気はないと言うことであろう。まだ、私がそうだと言う事には気付いていないのであろうが。
「お二人は、私のことは知らなかったと言い張ってください。私は大丈夫ですから」
「ばか言うなよ、やつら、自分の悪さをお前らにおっかぶせる気なんだぞ?」
「ベラ・ルーシャの連中は俺らのことなんてどうでも良いだろうしな」
「やすやすと処刑される気はありませんよ。ジゴウ様には、約束の日には必ず戻るとお伝えください」
小声で二人にそう告げると、震えるような素振りを見せながら外に出て、すがるような目をしながら兵士の後に続く。
一応、私は顔を隠していたが、状況によっては名乗り出るしかないだろう。
もっとも、私を見る兵士の視線が先ほどよりも多くなっていると言うのが気がかりではあったが。さすがに、まだばれていないと思いたいところだった。
そして、再び広場へと向かうと、すでに村人たちが集められてきており、先ほどよりも張るかに多い人数が揃っている。
私達の背後からもぞろぞろと人が集まってきており、まだまだ人は居るようだった。
一見さびれた漁村であるとはいえ、港を抱えることもあって人の流入はある程度多いのだろう。
そのためか、旅人のような服装の人間も見受けられる。
戦乱の最中に呑気なモノであったが、海外への脱出が不可能となった以上、こう言った辺境に滞在しているというのは分からない話ではない。
「これで、全員か?」
「うぐ。し、知るかよ」
そんなことを考えていると、段上の指揮官が捕らわれている漁師の一人を蹴倒し、足蹴にしながらそう問い掛ける。
一瞬、苛立ちが恐怖に勝ったのであろう、顔に乾きはじめた血を塗りつけられながらも、その漁師は指揮官に対して悪態をつく。
だが、それは相手の暴虐性を誘発するだけであったようだ。
「ふん……」
「ぎゃああっ!?」
「なっ!?」
一瞬、眼を細めた指揮官は、目にも止まらぬ速さで抜刀すると、漁師を右の肩から斬り伏せたのだ。
断末魔と上げて崩れ落ちる漁師。
出血がひどいが、即死するような傷にはなかったため、痛みに苦しみながらのたうち回り、やがて動かなくなった。
「嫌ぁーっっ!!」
「とうちゃんっ!!」
村人や旅人たちは、私と同様に目を剥き、困惑するばかりであったが、駆け出そうとした壮年女性と小さな男の子が兵士によって突き倒される。
「な、なんてことするんだっ!!」
「ふざけやがってっ!!」
そして、そんな光景を目にした村人達が兵士に掴み掛かったり、非難の声を上げはじめる。
皆が皆、日頃の搾取に対して怨嗟の念を持ち続けており、こう言った目に見えた暴力によってそれに一気に火が付いてしまったのだろう。
「わたし達も」
「駄目だって」
「そうッスよ、これじゃあ、思う壺だ」
「でもっ!!」
そんな光景を目にした私も、思わす駆け出しかけるが、今度は私が二人に止められる形になった。
すぐ側に兵士がおり、反抗した村人達も打ち据えられている状況。他の村人達も、先ほどまで怒りに震えていたのが、嘘のように大人しくなっていた。
「ふん。漁民風情が……、さて、今のところ名乗り出たものは無い。だが、見てみるとこの村の者ではない者もいるようだな?」
指揮官はそう言うと、背後にて縛られている漁師を自身の前に連れてこさせる。そうして、ゆっくりと剣を彼の背後に突き付ける。
先ほどは剣伎の速さの為に気付かなかったが、やや反り身になっている細身の片刃剣。つまり、歴とした太刀を使っているようだ。
「さて、貴様の仲間はどこにいる?」
「な、仲間っつったって、村のほとんどが、仕事仲間でさあっ」
「うわっ、ばかっ!!」
「ほう?」
先ほど斬り捨てられた漁師の姿を目にしているためか、その漁師は全身を震えさせながらそう答える。
そのために、一番気の弱そうな男を選んだのであろう。だが、その発言は、指揮官に対してとんでもない言質を与えたことになる。
ボタンさんが思わず声を荒げたが、すでに時遅し、指揮官は口元に笑みを浮かべながら、手にした剣を振り上げる。
「ふふふ、そうか。では、この村は、総出で賊徒達の片棒を担いでいた……そう言うことか」
「へっ?」
「ならば、全員この場で処断するっ!! 皆の者っ、やれいっ!!」
漁師が呆気にとられながら振り向くと同時に、彼の首はその場から跳ね上がり、返す刀で他の漁師たちも斬り伏せられる。
同時に、村人をかこんでいた兵士達も各々の得物を手に、村人達に対して襲いかかる。
「そんなっ!! くっ」
「ぬうっ!?」
「嘗めるな。クズがっ!!」
その光景に、私は思わず声を上げるが、傍らにいた兵士が繰り出してきた槍を躱し、柄を掴むと、兵士を睨み付けながら石突き部分を鳩尾に叩きつける。
「おごぉっ!? が、ご……くひゅっ」
怒りがそれをさせたのか、石突きは彼の腹部を貫通し、兵士は目を剥きながら痙攣して、そのままだらりと全身から力を抜く。
「な、なんだ貴様っ!!」
「ふんっ!!」
その様子に、周囲から兵士が群がってくるが、私は倒した兵士を蹴って槍を抜くと、回転させながら周囲の兵士達に叩きつける。
全員を一撃で倒すことは難しかったが、一撃目を防いだ兵士は、足元を払ってバランスを崩し、そのまま躊躇うことなく槍を叩きつけていく。
振り回す過程で頸が二、三個飛んでいたが、ほとんどは槍によって骨を砕いており、戦闘の継続は困難な者が次々に出来上がっていく。
「おらよっ!!」
「死にやがれっ!!」
そうして、動けなくなった兵士達に、ボタンさんとケンヤさん、それに数少ない若者たちが飛び掛かって、止めを刺していく。
戦えなくなった者達は放っておくつもりだったが、すでに多くの村人が兵士によって殺害されており、彼らとしては許すことは出来なかったのだろう。
そして、彼らの他にも、旅人と思われる装いの者達が得物を手に兵士と交戦を開始している。
中には中々の手練れも居るようで、舞うように襲ってくる兵士を躱しながら、至近距離で弓を放ち、確実に兵士を倒していく者も居る。
そのためか、一方的な虐殺に晒されようとしていた村人達も、相当な人数が広場から逃げ出すことが出来ていた。
とはいえ、周囲には兵士が多く配置されており、逃げ出すことは困難である。
結果的に、多くの村人達は自分の家へと逃げ込み、固く扉を閉ざす以外に取るべき術はない様子だった。
だが、それが交戦している者達にとっては仇となった。
周囲を取り囲んでいた兵士だけでなく、村の外に配置されていた兵士達が、駆けつけて来て火矢を放ち始めたのだ。
それによって、逃げ惑う村人達は射倒され、難を逃れた村人達が逃げ込んだ家々も、火矢によって次々に燃え上がっていく。
「こんな時にっ」
「ボタンさん、ケンヤさん。仲間たちと村人を守ってくださいっ」
「でも、こんな状態じゃ」
「広場の兵士はなんとかします。このままで、家の中の人が焼け死んでしまいます」
「くそ、仕方ねえ。頼むぞっ!!」
それを見た私は、二人に対してそう告げつつ、広場の兵士に対して砲筒を放つ。
眉間や額を撃ち抜かれて仰け反りながら倒れる兵士を見つつも、二人はそれに応じてくれる。
実際の所、漁師でしかない彼らの援護は期待出来ないし、むしろ守らねばならない分だけ不利になる。
指揮官が虐殺に囚われ、私に気付いていない今のうちに彼らを引き離しておくしかなかったのだ。
そして、砲筒の音に、先ほど斬り捨てられた漁師に縋りつく母子を斬り捨てたばかりの指揮官が反応し、私に対して視線を向けてくる。
互いに絡み合う視線。
言いようのない苛立ちが支配しているが、理由は説明する必要もないだろう。貴重な砲筒を利用してまで気を引いたのだ。
そして、私の姿に気付いた指揮官がゆっくりと此方に歩み寄ってくる。
それを見た私も顔を隠していた布を捨て、腰に差した剣に手をかけながら、指揮官に対して歩み寄る。
「ほう? 気まぐれで寄ってみたが、思わぬ掘り出し物があったようだな……。ふむ、中々の上玉だな」
「……カミヨではないのですね?」
そして、私の顔を見た指揮官は、何やら興味深げな表情を浮かべて私を見つめてくる。若干、苛立ちがこみ上げてきたが、よく見るとトモヤに似ているだけで、やや年長の男であった。
とはいえ、剣伎を見れば組しやすい相手ではない様子だが。
「カミヨ閣下を知っておるのか? ふむ」
「知っているわ。嫌なほどに……、それよりも、このような行いをやめさせなさい」
「賊徒の掃討だ。貴様に命令されるいわれはない」
「だったら、覚悟では出来ていますね?」
「貴様もな。だが、殺しはしない……、総督へと貢ぎ物とでもするとしよう。この村には、すでに若い女がいないみたいだったからな」
「っ!!」
「むっ!?」
そんな指揮官の言に、私はカッとなって砲筒を放つ。
不意を狙ったようなモノであったが、指揮官はすんでの所でそれを躱し、地を蹴って距離を詰めてくる。
後方へと飛び退きつつ、抜き身に剣で指揮官の居合いを受け止める。しかし……。
「なっ!?」
キインと、澄んだ金属音を響かせつつ、虚空を舞ったのは、私の剣。
鋭い一撃であったが、たった一太刀で剣が折られるというのは、正直なところ予想外であった。
「な、なんと……」
「どうした? まだまだ、楽しませてくれよ?」
あまりの事態に、一瞬呆気にとられる。
だが、指揮官の方は、そんな私の様子に満足げに笑みを浮かべながらそう口を開く。虚空に舞い上がった剣が音を立てながら地面に突き刺さるのを横目に、私は再び後方へと飛び退いて、再び砲筒を構える。
現状、指揮官には通じない可能性が高かったが、今の私にとって、格上の相手を倒す手段はこれ以外に選びようがなかったのだ。
思わぬ形で始まった惨劇。この時の私は、これが一つの再会に繋がるとまでは思ってもいなかったのだった。
遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。
どうにも、一日の余裕があっても中々書き進められませんね。更新が安定せずに、本当に申し訳ありません。




