第二話
ケゴンの地で起こった悲劇。
大戦終結の六〇周年を迎える節目の夏、鎮魂のための式典の舞台となったケゴンの地は、流血の舞台へと姿を変えていた。
“血の式典事件”
今ではそう呼ばれる流血の惨事は、スメラギ神皇アキトを皇をはじめとする各国の要人が暗殺され、最終的には実行犯もろとも原因不明の大爆発によって焼き尽くされたとされる。
そして、この事件にスメラギを分割支配していた新興国家群は、“事件の責任はスメラギにあり”として、スメラギ国内に侵攻を開始。
しかし、ハルーシャ諸島を支配していた聖アルビオン女王国軍は、ハルーシャ各地域に拠点を置いていたスメラギ水族達に敗北。
インミョウ地方の支配者たる清華人民共和国軍は、聖地カスガの地に現れた次代のスメラギの巫女と彼女に従う御神と呼ばれる神官部隊によって、その進軍を完膚無きにまで封じられ、やがては本国との補給線をハルーシャ水族達に攻略されるという結果に終わる。
そんな中、最も早くスメラギに侵攻を開始したベラ・ルーシャ教国は、順調に侵攻を開始し、スメラギ北部サホク地方を蹂躙。一年を待たぬうちに、スメラギ中枢セオリ地方への侵攻を開始する。
同時に、ユーベルライヒ連邦帝国支配領域たるバンドウ地方に侵攻。新興国家群共通の傀儡政権であった“スメラギ政府”が置かれていた、東方政都フルガの地を包囲。数ヶ月間にわたる攻防の末、ユーベルライヒ守備隊もろとも政府要人、および住民を虐殺。
これを受け、ユーベルライヒスメラギ方面軍は、スメラギ占領を放棄し、全面撤退を開始する。
聖アルビオン、清華人民共和国両国は、この行為に驚愕し、数日を待たぬうちに同様の全面撤退を開始する。
ただし、スメラギ人によって構成された治安維持部隊は当然のように同地方に残留し、さらなる侵略を続けてくるベラ・ルーシャ軍との戦闘に参戦していく。
ただ、スメラギの巫女をはじめとするカスガに拠点を置く神官部隊は、同地に留まったまま動きを見せぬまま現在でも沈黙を続けていた。
そして、バンドウ、サホク地方の過半を制圧したベラ・ルーシャ軍は、新生スメラギ皇国軍の総帥となった皇女フミナ姫等のこもるスメラギ皇都天津上への侵攻を開始。
それまで各守備隊に対しては、経験の不足という背景を考慮しての柔軟な撤退策を許可していたフミナ姫であったが、皇都天津上にあっては死守命令並びに徹底抗戦を厳命。
交戦の開始から二年余が経過した今となっても、包囲下にある天津上は陥落せぬまま、終わりなき市街戦を継続していた。
そして、皇都の交戦の継続は、各地でのスメラギ人の蜂起を誘発。
結果として、ベラ・ルーシャ軍によるスメラギ人への弾圧もさらに増してゆき、バンドウ、サホク、セオリの各地方に住む住民たちは、民兵として蜂起に加わるか、フィランシイルによって統治されるクシュウ地方への脱出を謀るかの二択を迫られているという。
加えて、支配地域での反乱や伸びすぎた戦線。そして、膨大な兵力を背景とした力押しは、ベラ・ルーシャそれ自体を大きく疲弊させている。
ただし、皇都天津上にこもるスメラギ皇国軍の情勢もまた同様であり、両国軍の破綻の時は刻一刻と迫っているのだった。
◇◆◇
「このような状況に……」
ジゴウさんから聞かされた皇国の情勢は、私の想像以上に深刻なモノであった。
ベラ・ルーシャの侵攻はスメラギ各地へと続いている様だが、すでに本国からの支援はすでに限界を超え、戦線の投入される兵士達の中には、スメラギ人も多く含まれはじめているという。
スメラギを守るためには、同胞たるスメラギ人を殺さねばならない。
皇都をはじめとする各地で交戦を続けるスメラギ軍にとって、それは究極の選択を常に強いられ続ける事であり、結果として、破綻の可能性はスメラギ側に大きく傾きつつあるのだという。
「しかし、なぜミスズ様が……?」
私にとって衝撃であったのは、全土を追おう戦乱と同時に、ベラ・ルーシャによって新たに産み出された衛生国家、“スメラギ人民教国”の首班に、五閤家カミヨ家が当主、ミスズ・カミヨ様が就任されたという話であった。
これによって、ベラ・ルーシャは、“裁き”と同時に“衛星国への軍事支援”、“衛生国民の保護”などを次々に大儀に掲げ、さらに、五閤家当主の首班就任は、スメラギ皇室を見限りはじめていた民の支持を集める結果にも繋がっているのだという。
そして、さらなる衝撃も起こっていた。
「両陛下、並びに皇太子妃の暗殺は、ミオ・ツクシロによる犯行……。つまり、ミスズ様の口から、お母様に対する讒訴が行われたと言う事ですね」
「ええ。わし等としても、カミヨ公がおっしゃられるならばと、ツクシロ、いや、ヤマシナに対する怒りを覚えたもんです。ただ……」
「天津上に帰還した、お父様。いえ、カザミ・ツクシロの防衛司令への就任。つまり、フミナ様はお母様の無実を無言で証明したと言うことでもありますね」
「そういうわけで、わし等としても、ミナギさんのお母さんを疑ったり憎んだりはしていませんよ。そもそも、敵の下った女の言に騙くらかされていた方がおかしかったんですわ」
「しかし、私はそちらも解せません。ミスズ様がなぜ?」
とりあえず、お母様の無実はある程度までは浸透している様子に安堵させられるが、それ以上にミスズ様の変節はいまだに理解できなかった。
しかし、思い当たる節もある。サヤ様によって見せられた映像。その中で、傷ついたミスズ様がシオンによって……。
思い返すだけで怒りがこみ上げてくる。考えても見れば、お母様とサヤ様に消えること無き罪を押しつけたのも、こうしてミスズ様に大罪を犯させているのも、すべてはあの男が元凶であるようにしか思えないのだ。
「お、おい、ミナギさん?」
そこまで考えると、怒りはさらに募り、右手に握った茶碗がミシミシと音を立て始め、やがては私の手の中でバラバラに粉砕された。
「ミスズ様もまた、本心ではないでしょう。あの男……」
「黒幕がいるって言うわけですか?」
「ええ。ミスズ様だけではない、ケゴンでのことも、そして……」
そこまで言いかけると、私はそれ以上言葉を慎む。
それ以上は過去の出来事であり、事情が異なるとはいえ、お母様の没落を喝采した私に、当時の真相に対して怒りを抱く権利などはない。
「それで、この魚類は天津上に運ばれると言うことなんですね?」
「ええ。村の連中の食いぶちは残してありますが、少しでもお役に立とうと思いやしてね」
「では、それに同乗して天津上に入ることも?」
「可能です。ただ、すぐにというわけにはいきやせんが」
茶碗を割ったことを謝罪しつつ、そう問い掛けた私に対し、ジゴウさんは顎に生えた無精髭を撫でながらそう答える。
簡単ではないことは情勢からも理解できる。とはいえ、逸る気持ちを抑えるのもまた、難しくはあったが。
「やはり、何かあるのですね?」
「天津上は想像を絶する市街戦になってます。皇居や白桜に住民たちが避難し、訓練して兵隊として戦っているような状況。加えて、天津上に面するセオリ湖も沿岸部を抑えられているため、上陸も困難なんですよ。一応、秘密の通路はありますが、それも闇に紛れでもしなけりゃ突破も出来ない」
「なるほど、つまり、次の新月までは行動できないと言う事ですね?」
「ええ……。その時には、天津上でも残った戦力を投入して侵入、脱出経路を確保しますから何回も出来る事じゃないですしね。ミナギさんは、とりあえずは身体を休めていてくださいな」
やはり、天津上側にも相応の理由があり、侵入は困難を極めているのであろう。
しかし、状況は思った以上に深刻な様子だった。
大陸を暴れ回ったベラ・ルーシャであったが、伝統的に水上戦力は極めて弱く、海洋での優勢をとったことは一度もない。
ただ、今回ばかりはスメラギ人をいくらでも使える状況にあるためか、セオリ湖という利点を潰すことに目を付けている。
フミナ様やお父様としても、水上での優位があっての天津上籠城であるはずだったから、沿岸部を抑えられてからの補給線の撹乱は予想外であっただろう。
ベラ・ルーシャの破綻よりも天津上側の破綻が迫っているというのは、そういった事情もあると思われる。
その辺りのことを踏まえれば、如何に小さな漁村の支援であっても慎重にならざるを得ない。
そして、ジゴウさんの提案はありがたかったのだが、ただ隠れているだけというのも、受け入れがたい。
「いいえ。かくまっていただくだけでは申し訳ありませんし、何かお手伝いをさせてください。神衛であるとはいえ、私はあくまでも候補生でしたから、顔は割れていないと思います」
「いや、割れていなくても……。まあ、問題があったら自分でなんとかしてください」
「分かりました」
そんなことを考えた私は、ジゴウさんの提案に首を振り、手伝いを申し出る。
はじめは難色を示していたジゴウさんであったが、すぐに折れ、次の日からボタンさんやケンヤさんと一緒に、釣りや燻製作りに精を出すことになった。
技術はないが、体力や腕力はそこまで落ちきっていないため。そこそこの戦力に離れたと思う。
そして、それから数日。
わたしは、ボタンさん達に連れられて、彼らの住む漁村を訪れようとしていた。
少々短かったですが、研修期間で時間が余り取れませんので、ご了承ください。
次回は、12日の19時を予定しております。




