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第二十一話

 視界が揺れている。


 暗がりの中に差し込みはじめた光。サヤ様との別れの後、私の意識は元の世界へと戻って来たのであろう。


 しかし、この揺れる視界はいったい何なのだろうか?


 そんな事を考えながら、私は揺れる視界に身を任せる。あいにくと、身体の自由は先ほどまでと同様に宙に浮いているかのようで、おかしな感覚は変わらないのだ。



(うん?)



 そんな時、私の視界に写るモノ。


 それは、先ほどまでサヤ様とともに見ていた映像に似ているように思える。

 暗がりに差し込む光の正体はこれであったのだろうか? それでも、何を私に見せようとしているのかまでは分からなかった。



 その時……。



 光の中に、周囲の暗がりととは異なる暗がり。光の瞬きがあるため、夜空のそれと思われるが、そんな星々の煌めきの中に、紫と黒を含んだ禍々しい光が差し込んでいく。



(な、なにっ?)



 思わず口を開くも声にはならない。


 そんな私の視線の先で、光は一瞬制止したかと思うと、そのまま一直線に下降していく。

 それは、まるで地上に落ちていく稲妻のようであり、映像は光から厳かな作りの建物の様子へと変わっていく。


 だが、その建物は、方々から炎や煙を上げ、耳をこらすと歓声や怒声、そして剣戟のぶつかり合う音が方々から鳴り響いていた。



(ま、まさかここって……っ!?)



 そう。私の記憶に残るその建物の遠景、それはつい先頃、私がヒサヤ様やミツルギさん達ともに脱出してきたケゴン離宮のそれを重なっている。

 ちょうど、行幸の際に目にした光景と。しかし今、そこの向かって上空より禍々しい光が降り注いでいく。


 そこではいまだに戦いが続いているのだ。そう、そこでは……。




(そ、そんなっ!?)



 その刹那、降り注いだ光が静かにケゴン離宮へと吸い込まれたかと思うと、そこには巨大な陽が、それも紫色と黒によって彩られた禍々しい陽が生まれた。


 轟音とともに広がっていく陽の光。やがて光が収まったかと思うと、衝撃が周囲の木々を薙ぎ倒していき、すべてを焼き尽くしていく。

 そして、その場に残ったのは、巨大なキノコ状の雲。私が、前世において習った、とある都市を焼き尽くしたそれをよく似た映像が、その場には産み出されたのであった。




(………………っ!? っっ!?っっっ!!)




 その場で叫び声を上げ続ける私。だが、何度も何度も言葉にならない叫びを上げ続けてもそれが、声になることはない。



 お母様、お父様、お兄様……、そして、皇太子殿下やミスズ様、アイナ様をはじめとする高家の皆様や、ハルカやユイ、ヨシツネやチバナ閣下、ヨウコさん、アツミ先生をはじめとした神衛達もまだ戦っているはずだったのだ。


 それが、一瞬にして、焼き尽くされてしまったのだ。


 いったい何が起こったのか、ただ、それを見ているしかなかった私には理解できるはずもない。




『ほう? 中々のモノであるな……』




 力無く項垂れ、その場に膝をつく私の耳に、そんな男の声が届く。


 どうやら、光の中の光景が変わったようで、その映像にはどこか見覚えのある男の満足げな顔が映し出されている。



(アークドルフっ!? そんな……、この男は私がっ!?)



 目に写った男の獰猛な笑み。


 それは、たしかにケゴン離宮にて私が銃殺した、ベラ・ルーシャ総督、アークドルフの姿である。いったい何があったのか、満足げに笑うこの男には、外傷の一つも存在していないのだ。




『貴様っ、なんてことをっ!!』


『いくら何でも、やり過ぎっ。こんなことのための私を利用したの?』


『ふん、止めることの出来なかった貴様らが何を言うか。ミュウよ、スメラギを焼き尽くしたら、次は貴様らの番だ。スメラギもパルティノンも、この地上から抹殺してくれる』


『思い上がりね……。そんな、人智を越えた力が、そうなんども使えるわけがないわ』


『遠吠えだな。負け犬の…………何?』



(あれは……、ミラさんっ!? でも、今、ミュウって……。それにパルティノンがどうのっていったいどういう事?? それに、隣にいるあの子は)




 そして、アークドルフに対して、怒りに満ちた表情で声を荒げる妖艶な黒髪の美女と白い髪が夜に目立つ清楚な美少女。


 美女の方は、私が刻印学や法術を師事したミラ教官であったが、アークドルフは彼女を“ミュウ”と呼んでいる。

 聞き覚えがあるように思えたその名は、私がマヤさんに薦められていた歴史書の著者が“ミュウ”であったことを思い返したから。


 しかし、今はそんなことを考えている暇はない。


 映像が二人から再びアークドルフへと戻ると、彼は何やら銅像の台座のような場所を開き、その中から、まるでミイラのようなやせ細った何かを引き出す。


 その巨大な腕に掴まれた長い髪と、胸部や腰部の膨らみから、その何かは、女性であるのかと思ったが、すでにその面影はない。




『……ちっ。魔力に優れていたが、一発が限界か』


『機関にも異常がございます。これ以上は』


『まだまだ、研究が必要といことか。むっ!?』


『くっ、防壁か……。貴様ら、そのような事をして、許されると思っているのっ!?』


『何がだ? 人ではない猿をどうしようと我々の勝手だが?』


『猿はどっちだ。文明を知らぬ野蛮人が』


『そうよ。私達だって、生きているわ。平和に生きていたのに、あなた達が……っ』


『ほざけ、負け犬が。それで、どうする? もはや逃げることはできんぞ? それに、貴様らであれば、素体にはちょうどよい』



 互いに罵倒の応酬となったアークドルフとミラさん。


 人を人と思わぬ相手に対するミラさんの怒りは共感できるモノもあったが、それでも周囲をベラ・ルーシャ兵に取り囲まれていてはどうにもならないと思う。


 とはいえ、アークドルフが二人を“素体”に、即ち先ほどのミイラのように使役する積もりであるならば、殺される心配は無いのかも知れない。




『やってみる? その気になれば、私一人だって、さっきのことぐらいは出来るのよっ!!』


『良いのか? 皇子が死ぬぞ?』


『えっ?』


(えっ!?)




 だが、そんな状況でも、ミラさんは普段ののほほんとした様子を消し去り、視線鋭くアークドルフを睨み付けている。

 その眼光に、さすがのアークドルフも気押されたようだったが、ほどなく耳に届いた羽音に視線を向けると、再び元の傲岸な笑みを浮かべてそう口を開く。


 “皇子”と言ったアークドルフの言に、ミラさんも私もその視線の先を見つめるしかなかった。





 その時、映像は再び朧気になり、異なる光景へと変わっていく。



 それは、数人の男達が会談する場。


 とはいえ、友好とは無縁の雰囲気であり、一部の人間を除けば、大半の男達は卑屈な態度でごまをすっているだけであった。



『そ、それでは、我々の身元は?』


『ああ。すでに、神皇は死に、皇太子、皇太孫ともに行方不明。残っているのは帝都の小娘だけだ。我々に忠誠に誓えば、貴様らの身は保障しよう』


『ありがとうございます。ですが……、表に立つモノには』


『それも分かっている。おい』



 その中で、一人面倒くさげに卑屈な男達を見つめている青年。それは、忘れもしないあの男であった。



(シオンっ!!)



 再び声にならない声を上げる私。


 私を撃ち、サヤ様とお母様が苦しむ原因を作った男。そして、今こうして“政府”を指導する尚位達と話す様は、さしずめ本当の支配者は誰であるのかと言う事を、印象づける場になっている。


 そして、シオンの言に引き摺られてきた一人の女性。傷つき、疲れ果てている様子がよう分かるが、そのみに纏った覇気や気品までは失われていない。




『カミジョウっ!? 貴様が……なぜだ?』


『……皆、席を外せ。私は閣下と話がある』


『っ。どういう事だ?』


『ふふ、息子に裏切られた感想はいかがでございますか? いや、息子ですらない一人の少年に。ですかね』


『っ!? 貴様が……』


『ええ。母に迫害された少年ですから。まあ、彼にはそれほど興味はない。私がようがあるのは貴女ですよ。閣下』


『何を言うか。裏切り者の言など』


『そうですね。ですが、貴女もまた、その裏切り者の一人になるのですよ。サヤの変わりにね』


『なんだと? うっ!?』




 その女性、ミスズ・カミヨ。


 母、ミオと同窓で、白桜在学時は対立関係にあったが、次第に打ち解け、例の事が起こる頃には、よきライバルとしての関係を築いていたという。

 とはいえ、気性はお母様以上に激しく、息子のトモヤに厳しく接する場面を見たばかりだった。

 そんな彼女が、今目の前でシオンに見つめられ、次第にその表情から覇気を失い、まるで人形のように呆然とした様子になっていく。




『ふふ、身体が傷つき、主君を失った喪失感がそうさせたのですが……。嫌に従順なことですな。まあよい、“444チィトゥリィー”我が命に従い、約定を果たせ』


『…………』



 一瞬、互いに目を赤く光らせる、シオンとミスズ様。そして、シオンの言に頷いたミスズ様に対し、シオンはその衣服をはぎ取ると…………。





(う…………っ)



 それ以上、その光景に対して目を向けることはできなかった。


 ただただ、シオンに対する怒りと自身の無力さに対する虚無感が増していくだけであったのだ。


 そして、映像は再び異なるモノへと変わっていく。



 そこは、ざわめきに支配された一室。青々とした畳みが、柔らかそうに敷き詰められたそこは、御簾によって主と下々の者達とかはっきりと分けられている。


 そして、御簾を隔てた先にある人物は、一人静かに下々の者達の声に耳を傾けていた。




『殿下……。やはり、両陛下の御身は』


『分かっております。ケゴンが焼き尽くされたその時より、覚悟はしておりました』


『はっ……。そして、政府からは、正式な宣戦布告状及び降伏勧告が届けられたとの報告が』


『真相は?』


『すでに、フルガの地はベラ・ルーシャとユーベルライヒの睨み合いが続けられており、侵入も脱出も不可能な状況にございます』


『では、カミヨの宣言に対する真相も知れぬか』


『はっ……、ですが、カミヨ閣下に限って』


『無いこともないでしょう。あの者の気性は、それなりに有名ですからね』


『殿下……』



『ふう……、皆、こうして額を付き合わせていたところで、何も始まりませぬ。どういった理由か、ベラ・ルーシャは“裁き”の名の下に、サホク、バンドウの両地方へと侵入を開始。ユーベルライヒとの睨み合いが続くバンドウは膠着しておりますが、サホクに関しては、キルキタに到着したシイナ家軍が決死の抵抗を見せているに過ぎぬ状況。そちらを食い止めることは不可能でしょう』



 傍らに控える内務尚位の言に頷いた少女は、おもむろに御簾を上げさせると、ゆっくりと口を開く。

 どんな状況になっているのかまでは分からなかったが、ケゴンでの襲撃の後、ベラ・ルーシャがスメラギへの再侵攻を開始したと言う事は分かる。


 しかし、今の状況では私が理解できることはほとんどなかった。




『敵は、真っ直ぐにここ天津上を目指して来るのでしょう。道中の市民を蹂躙しながら……、残念ながら今の我々には、それを防ぐ手立てはない』



 少女の言に、それまでざわついていて者達は頭を垂れる。


 残念ながらそれは事実である。神衛や各高家の私設軍という形のみ黙認されていたが、それを揃えるのも当然のように限界があり、規模としては数万に届けばいい方であろう。


 ベラ・ルーシャのように、いざとなれば支配地域すべての人間を送り込めるような体制とは根本から立場が異なっているのだ。




『本来ならば、戦う術を持たぬ我々は降伏を選択する以外にはないのでしょう。ですが……、我が父母を討ち、さらなる暴虐を働こうとする輩に膝を屈しては、この国のために殉じた輩、歴史を築いてきた先人たちに申し訳が立ちませぬ』



 そう言うと、少女は一同にゆっくりと視線を向ける。




『私は、降伏は拒否する。そして、今この時を持って、スメラギは再軍備をここに宣言する。戦える者は剣をとり、槍を取り、弓を取り、一人での多くの敵を屠りなさいっ!! 我らに仇為す者達を討つべく、スメラギに生きるすべての民が立たねばならないのです。各々方、こちらに私が用意した檄文がございます。主君を失い混乱する各地方へと飛び、決起を促しなさいっ!!』



 そして、静かに口を開いた皇女、フミナ様。


 齢10才に過ぎない彼女は、今回の行幸に際し、一人皇都にて留守を預かり、変事に際しての決断を求められたのである。


 だが、今のフミナ様は見事にその責務を果たした様子であった。


 突然の事態に混乱する国内が、民が、彼女の檄文に触れた途端に、ベラ・ルーシャに対する如何に打ち震え、老若男女問わずに武器を取っていったのである。


 先ほどの天津上の様子から、次々に移り変わる国内。



 一つの暴虐と一人の決断によって、つかの間の平穏に包まれていたスメラギ全土は、再び戦乱の炎に包まれていったのである。




(こ、これは……、こんなことって)



 すべての光景を見終わり、再び闇の中に放り出された私。しかし、眼前で蠢く光りに変わりはなく、なんとも気だるい気分が抜けきることもない。

 大切な者達を蹂躙され、祖国が再び戦乱の炎に包まれているにも関わらず、私は闇の中にとらわれたままであるのだ。



(私は……、どうすれば?)


【どうしたいのですか?】



 そして、一人無力に苛まされている私の脳裏に届く声。一瞬、目を見開き、辺りを窺うも、周囲は相変わらずの闇。


 どこから声が聞こえてくるのかも分からないまま、私は呆然と声の主に問いかけるしかなかった。




(あ、あなたはいったい?)


【答えてください。あなたはどうしたいのですか?】


(わ、わたしは……)



 しかし、声の主は私の問いには答えず、さらに質問を向けてくる。


 私はどうしたいのか? 答えは決まっている。むしろ、考えるまでもないことであるのだ。




(私は、神衛です。皇室に仕え、ともに祖国スメラギの守護を担う。ならば、私もまた、戦いたい……。そして、必ずやヒサヤ様を……)


【それは、サヤ様のためですか? それとも、自分の気持ちですか?】


(それは……、分かりません。ですが、ヒサヤ様は私を臣下ではなく、友人としてともにあってくれました。しかし、サヤ様への恩義もございます)


【ヒサヤ様はもう生きていないかも知れないのですよ? 皆もあきらめております】


(生きています)


【どうして、そう言い切れるのです?】


(根拠はありません。ですが……)


【そう……。それならば、絶対に助け出すと誓えますか?】


(当然です。この身に、この生命のすべてを賭けて、誓いましょう)


【そう、それならよかった、この思い、貴女に託します】




 ひどく安堵したかのようにそう告げてくる声。そして、私に周囲に広がっていた闇が、静かな光を纏いはじめる。



(あ、待ってください。あなたはいったい?)



 そんな時、私は薄れていく闇の中から聞こえてくる声に対して、そう問い掛ける。


 しかし、その答えが返ってくることはなく、再び私は意識を失っていた。











 一つの悲劇が、さらに巨大な悲劇を生もうとしていた。しかし、人と人の戦いの狭間で語り継がれる恋物語も存在する。


 それが、諸恋となるか悲恋と成るかは、今を生きる者達には知るよしもなかった。

昨日はお見苦しい事をしていまい、大変申し訳ありませんでした。ですが、様々なところからいただいたコメントなどは本当に力になりました。


本当にありがとうございました。



また、今回で『変転の章』は終了となり、新章は明後日7日土曜日から開始したいと思います。


それでは、失礼いたします。

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