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第十九話

第十九話、第二十話は、話の流れがしっくり来なかったので削除しました。通告も無しに削除していまい、まことに申し訳ありません。

 誰が呼ぶ声が聞こえる。


 私を呼ぶ声が。いや、正確には私を呼んでいるのではなく、私の名を口にしているだけなのであろうか?

 そんなことを考えながら、私はゆっくりを目を見開くと、何やら、しばらく忘れていた白色の光が目に差し込み、再び目をきつく閉ざす。

 一瞬、何が起こったのかは分からなかったが、私はたしかにこの光を知っている。そう思いつつ、改めて、ゆっくりと目を見開いていく。

 白塗りの壁と天井。そして、そこには煌々とした明かり。つまり、電灯がついている。



「えっと……。どういうこと?」



 思わず疑問を口に出す。


 少なくとも、スメラギにおいて電灯の類が開発されたという報告はない。基本的に光源は蝋燭か、特殊な鉱石に明かりを頼るため、夜は薄暗い中でも、目にやさしい光が灯っている。間違っても、見開いた目が焼かれる感覚を覚えるはずもない。



「もしかして……、夢だったって事??」



 とはいえ、夢にしては現実感がありすぎる。私が元気になりたいという願望が強かったのかも知れないが……。

 そんなことを考えながら、身を起こす。しかし、すぐに違和感に気付いた。



「え? な、なんで浮いているの?? それに、この格好って」



 身を起こしたのは良いが、足元には何も無く、スクリーンを隔てた先に多数の人の気配を感じるだけである。

 掴まるところも無しに立ち上がれる理由は分からないが、そんなことよりも今の自分の格好の方が気になる。




「神衛の制服……。しかも、ここって」



 今、身に着けている制服。


 白地に黒と金の装飾が施された独特の意匠。上着の下には革製の防具も身に着けており、間違いなく意識を失うまで私が身に着けていた格好だ。

 加えて、私の左の胸元には小指大の小さな穴が穿たれ、そこを中心に赤く染め上げられている。


 それの意味するところ。すなわち……。



「シオン師範……いや、シオンっ!! いったい何のために……っ」



 神衛候補生として白の会で自分を鍛え上げた師に当たる男。

 神衛の将来を渇望される人物であったと言うが、考えてみれば、あの世、彼の姿を目にする機会はほとんどなかった。

 つまり、はじめからヒサヤ様への警護が手薄になる機会を狙っていたと言う事だ。

 しかし、冥府で。等とほざいた割には、私はこうして生きている。ヒサヤ様の御身がどうなっているのか分からなかったが、私が追うべき男だけは明白だった。

 とはいえ、今の私に出来ることが何かも、正直なところ、分かっていない。

 とりあえず、武装はそのままであるようだがら、この場所を観察するしかない。幸いにして、感じる気配の中に害意は存在していないし、武道の心得がある者も、殺し合いまでは経験したことがないようだ。



「となると……、ここはやっぱり現代なの? それじゃあ、ええっ!?」



 そんなことを口にしつつ、スクリーンに手をかける。

 しかし、私の手はそのままスクリーンをすり抜け、そのまま床に転がるように身体が回転する。足元には何も無く、浮いている状態であるためバランスが取りずらすぎるのだ。




「ご、ごめんなさい。勝手に入るつもりはなかったんです。えっと、その……」



 とはいえ、人のいる場に勝手に張り込んだことは事実。慌てて頭を下げた私であったが、その場にいる三人。

 格好から、初老の医師と夫婦と思われる少壮の男女であったが、私の声にも姿にも反応することなく、会話を続けている。




「……それでは、やはり手術を」


「ええ。ドナーが見つかった以上、早期の手術が必要です」


「ですが、成功の可能性は……」


「難しい事は事実です。それならば……」


「しかし、失敗すれば、美凪みなぎは」


(えっ!?)



 それにおかしく思い、耳を傾けていた私は、そんな聞き覚えのある声と名に思わず口を開く。


 美凪。呼び方は、ミナギ。つまり、それは私と同じ名前である。加えて、それを発した少壮の女性。


 ゆっくりと、泳ぐようにして医師の側まで行き、その傍らに立つ。




「――――っ!?」



 そして、私は思わず言葉を失った。



美桜みお。任せてみるしかないじゃないんじゃないか? せっかく、ドナーが現れたんだからな」


「でも、万が一失敗してしまえば……。あの子は今も生きているのに、それが」


「それでも、寝たきりのまま過ごすよりは、わずかな可能性に賭けて元気になってくれることを祈っても良いんじゃないか? まあ、美凪ももう高校生だ。あの子に決めさせるのも良い」


「そう……ね。勇人はやとにも。そして、美瑠みるにも話しましょう」


「先生。それでも、良いですか?」


「それは、かまいませんよ。私どもも、ご家族の決断を覆す権利はありませんので」




 そう言うと、少壮の男女は医師に頭を下げ、その場を後にしていく。おそらくは、その美凪という娘の元へと向かうのであろうが、私はその場に佇んだまま何も言う事が出来なかった。



「ふむ……。しかし、どうしたものか」


「典医殿」


「やるだけのことはやる。しかし、成功率は」


「典医殿。やはり聞こえませんか」


「ミナギさん」


「えっ!?」


「まだ、高校生だというのにな……」



 そして、残された私の耳に届く医師の言葉。


 よくよく見ると、その初老の医師は、皇室付きの典医と同じ顔をしている。それ故に、もしやと思って声をかけてみたのだが、残念ながら声が届くことはなかったようだ。

 それでも、“私”の事を心配してくれていることは素直に嬉しかったが。



「私は、長くお世話になっていたのですね。向こうに戻れたら感謝しておかないと」



 そんなことを口にしつつ、その場を後にした私は待合にて待つ人々の様子を見つつ、ゆっくりと泳ぐようにして先ほどの男女。

 即ち、お義父様とお母様の後を追う。

 それを追って何になるのか。意味があることなのかは分からなかったが、それでも私は後を追うしかなかった。




「ええと……、ここね『月城美凪』……私って、同じ名前だったんだっけ??」



 しばらく病院内を放浪し、ナースステーションにて部屋の位置を探ることでようやく到着できた。

 やや山間部にある病院で、窓から見える景色にはなんとなく覚えがある。



「? なんだか、大勢人がいるみたいね?」



 そして、壁越しに中の様子を探ると、何やら大勢の人の声が耳に届く。どうやら、家族以外にも人が来ている様子だったが、それでも、今の私の姿は誰にも見る事は出来ない。

 それに、何のお礼も言えずに死んでしまった自分。その見舞いに訪れてくれた人達の姿ぐらいは見ておきたかったのだ。



「美凪。今日は調子いいみたいじゃん」


「うん……。少しだけどね」


「大分痩せちゃったけど、食べられているの?」


「なんとかね。食欲はあまりないんだ」


「うーん、無理してでも食べろとは言えないしなあ」


「気持ちだけでありがたいよ」



 そして、部屋の中に入ると両親の姿は無く、代わりに高校生ぐらいかと思われる少年少女達と一人の青年。そして、唯一見覚えのない少女の姿が目に写る。

 そして、そんな彼らの会話に耳を傾けていた私は、思わず目頭が熱くなっていた。


 数人の少年少女達。


 彼らに対しては、何も告げることなく私は旅立ってしまった。そう、今のこの光景を、私は知っている。

 ただ、青年と少女はこの場にはいなかったようにも思う。だが、楽しそうにおしゃべりをする少年少女達。

 そう、これは私が死ぬ前日の出来事だった。

 そして……。



「シロウ君、サキ……、それにハルカとヨシツネまで」



 数人の少年少女達の中で見知った顔。

 特に中が良さそうに私に声をかけている彼らは、異なる世界にあっても私の友人として、ともにあってくれていたのだ。

 これが事実だとすれば、私は自分が幸せ者だと改めて認識させられる。そして、他の子達もまた、こうして私を心配してくれたまま、何も言わずに私は逝ってしまったことになる。


 そして、もう一つ。私には引っかかることがあった。




「みんな……、本当にありがとう」



 そして、見えるはずもない友人達に向かって、私は精一杯の感謝をこめてそう告げると、そのまま病室を後にする。




 その直後、部屋の中にいた者達が一斉にミナギの方へと振り返ったことには気付かないまま。



 何も得ずに永遠の別れを告げることになった友達。そして、もといた自分の姿を目にした私。


 しかし、私には一つの引っ掛かりがある。


 前世において、私は手術などは受けていない。もしくは、それに関する説明を聞かされていないのだ。

 そして、両親があの場にいなかったこと。加えて、先ほど医師の元にあったカルテを盗み見た際に得た情報。

 なんとなく感じる胸騒ぎ。

 これらが意味することは何か、考えながら私はゆっくりと、その情報を元にとある病室を目指して行く。

 そして、私は一つの病室。やや奥まった場所にある隔離病棟の前に立つ。

水上みずかみ久弥ひさや

 そう書かれたネームプレート。そして、鍵の掛かった小物入れからはみ出ている紅色のスカーフ。

 あの世界でも、この世界でもお母様が愛用している品は同じようで、私もはっきりと見覚えのあるそれを目にした私は、ゆっくりと部屋の中へと入っていく。




「では、この子が」


「はい。……先ほど」


「っ…………」




 部屋に入ると、それを待って以下のように聞こえてくるお義父様の声。そして、再び聞き覚える女性の声。



(…………サヤ様っ! リヒト様っ)



 その声の主である女性と傍らにて涙を流す男性の姿は当然、私が忘れるはずもない。そして、ベッドに寝かされ、顔を白布で覆われている人物。

 見たところは、先ほどの“私”と同世代だと思われるその人物。ここまで来れば、今になって私に告げようとしている真実が脳裏に刻まれてくる。




「そう……。私達は、生前から会っていたのですね。ヒサヤ様」


「そうよ。ミナギさん」


「えっ!?」




 目を閉ざし、ベッドにて眠る人物に対して頭と垂れた私であった、耳に届く聞き覚えのある声に、慌てて顔を上げる。


 そして、視線の先で、ただ一人私に対して視線を向ける女性の姿。途端に、世界は色素を失い、まるでモノクロ写真のように姿を変え、その場には私とその女性が、元の衣服に身を包み、皇太子妃サヤの姿となって私と対峙する。




「サヤ様……」


「こんなところで、再びあうことになるなんてね……、どうやらあなたもこちらの世界に来かかってしまっているようね」


「こちら? と、おっしゃいますと」


「死の世界って事よ」


「っ!? それでは……っ」


「いや、貴女はまだ大丈夫よ。所謂、仮死状態ってヤツみたいだから」


「どういう……」


「ごめんなさい。事情は私も分からないの……。とはいえ、このままこっちに来てしまっても困るし、貴女には意地でも生きる気になってもらうわよ?」


「そのような事言われずとも、私にはヒサヤ様のための生きるという責務がございます」


「やめて。ヒサヤのことを思ってくれるのは嬉しいわ。でも、それでも、あなたは、貴女のために、そしてミオのために生きて欲しいのよ。私が、不幸にしてしまった貴女達は」


「サヤ様……。何故に、私達にそこまで? やはり、お母様は……」


「ええ。これを見てくれる?」




 涙を流しながらそう告げるサヤ様。


 やはり、お二人の間にあったことは、事実ではないことのようである。では、どうしてお母様はそのような汚名を被ったのか?

 事実としては、サヤ様は皇太子妃と成ってからもお母様の行方を捜していたようであるし、リヒト様達も事情を知っているようであった。

 とはいえ、皇室の皆様が知っていることをどうしてシイナ閣下をはじめとする高家の方々や多くの民が知らなかったのか。

 そんな疑問を抱く私の前に、サヤ様がゆっくりと手をかざすと、周囲は暗がりに包まれて行き、そこに灯った光がじわじわと大きくなっていく。

 そして、そこに映像のようなものが流れはじめた。

 その映像は、私からしばらく言葉を奪うには十分なモノであった。



「見ての通り、私はユーベルライヒの特殊機関によって育てられたの。いつの日か、スメラギを完全に滅亡させるための駒の一つとしてね……。それ故に、リヒトに近づく方法や周囲の人間達を懐柔するための術。それらの多くを幼き頃より叩き込まれたわ」


「うっ…………」


「ああ、ごめんなさい。ちょっと、ひどいモノだったわね」


「いえ。大丈夫です……」



 映像に流れる訓練の様子は、相当端折っているものであったのだが、神衛としてある程度の訓練を受けている私には、その映像に含まれる意図の重さを十分に理解させられる。

 そして、それらの訓練を受けた少女達の中で、ただ一人生き残った少女。それが、サヤ様であったようだ。



 そして、映像は、白桜での日々の生活へと変わっていく。


 途中、嫉妬からあらゆる虐めを受けているサヤ様とそれを扇動するミスズ様とアイナ様、そして、その首謀者たるお母様の姿が写りはじめる。

 そう。これは、世間一般における、サヤ・ミナツキとミオ・ヤマシナの関係を表す映像であろう。


 しかし……。



「私はある程度計算が立っていたから、ミスズやアイナ達からの嫌がらせは気にもならなかったわ。よくあると言ったら語弊があるけど、二人も大分傷ついたみたいだしね。それでも、なんでミオが矢面に立たされていたのかまでは分かっていなかったわ。……それもそうよ、彼女は」



 そんなサヤ様の言を受け、映像は異なるモノへと移り変わる。


 それは、一人孤独に日々を過ごすお母様、ミオ・ヤマシナの姿。

 当時、ヤマシナ家は各国との交易利権などを獲得したことで、各方面に影響力を増し、閤家や征家にも匹敵する権勢を思うがままに振るっていた頃。

 だが、映像の中で孤独に耐えるお母様の姿は、そんな権勢を誇るヤマシナ家の者達とは異なる。

 家に帰ったところで、迎えたくれる家族はおらず、使用人たちもごく一部を除いて、主家の令嬢を関わりを持つことはない。

 それ故に、彼女が求めたのは外の世界での愛情。

 白の会に女帝の如く君臨したのは、そこでの人間関係が彼女にとっては、唯一の温もりを得られる場所であったのかも知れない。

 いや、白桜それ自体がそうであったのか、だからこそ、中等科でのサヤ様の登場は、お母様の唯一の居場所を奪うモノであったのかも知れない。

 しかし、その先にあった映像は、私にとってはあまりに思いがけないモノであった。




「今の私があるのも、彼女のおかげなのよ……。道具として生きるしかなかった私が、こうして一人の人間になれたのも、リヒトと本当に……」



 そんなサヤ様の震える声が耳に届く。


 サヤ様に対する虐めに対して、間に立ってそれを止め、世間知らずのリヒト様とお義父様に対して遠慮無く苦言を呈し、学級においても白の会においてもその中心にあるお母様の姿。

 そして、ほどなくお母様は、サヤ様の隠された真相に接することになる。




「まさか、マヤさんとも」


「ええ。でも、あの人は私の母よ。たとえ、血が繋がっていなかったとしても……」


「そうですよね」



 たまたま立ち寄って古い書店。それは、件の『こまめ書房』であり、そこで顔を合わせたサヤ様とお母様。

 当然、見てはいけない秘密を握る事になったお母様とユーベルライヒからの密命帯びていた偽の母子。

 しかし、平和な日々は、暗殺者とその見届け任のそうほうから、毒の混じった牙を抜き取っていたようだ。

 地獄のような日々から解放され、一人の母と娘としていきることが出来た両者。タイミング良く、サヤ様との関係を深めはじめていたリヒト様が、神衛達を配置して二人の身を守っていたことも、二人から牙を抜き取る要因になっていたのかも知れない。

 それから、お母様はサヤ様とは学内でも適度な距離を保ち、休日にはともに過ごす日々も増え始める。

 そして、首謀者と黙されていたミオがそうなってしまっては、取り巻きたちが虐めに加担する理由もなく、ミスズやアイナも気勢を削がれるように距離を取った後、サヤに対して謝罪に訪れるようになる。

 私の知らない事実が、その映像には多く存在し、そのまま良い友人関係を保ったまま卒業の日を迎えるかと思われていた。



「入学以来、私は徐々にリヒトに近づいていった。もちろん、あの人の方から近づいてくるように見せかけてね。ミスズやアイナ達から虐めを受けることも、ある程度は計算の上だったのよ。そうすれば、事情を知らない人からの同様が買える。そおそも、私の協力者が、それをやらせていたのだから……。でも、それに気付いた人がいた」


 映像を見つめ、そこに映るリヒト様の姿に錆びそうな表情を浮かべるサヤ様は、力無くそう口を開く。

 サヤ様にとっても、白桜での日々は良くも悪くも大切な思い出なのであろう。結果として、お母様を裏切り、不幸にしてしまったという罪悪感を背負うことになったとしても、その出会いと関係が消えることはない。


 しかし、そんな二人も、運命のあの日を迎えようとしている。


 お母様にとって、悲しい現実の日々を。

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