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第十七話

 ミナギ等が刻印の輝きを目にしたその時、カザミをはじめとする離宮に残っていた者達もまた、その光に目を奪われていた。


 敵味方関係無く、宵の闇を照らす高貴なる青き光に魅了されていたのだ。


 ただ、その光の正体を知る者にとっては、それが持つ意味そのものを突き付けられる結果になっている。

 今、祭場にてカザミやサゲツと言った、スメラギの上層に位置する人間達。

 すなわち、神皇をはじめとする皇室の側近たちは、自身の迫る危機を前に、それを突き付けられ、多くの者達が戦意を喪失する結果になっていた。



「っ!? いかんっ、皆、剣をとれっ!! 目の前に賊がいるのだぞっ!!」



 ほんの一時、自失していたカザミであったが、光に魅了されていた賊達が、光によって生気を奪われている者達を放って置くはずもないことを察し声を荒げる。


 案の定、茫然自失の者達に対し、自分を取り戻した影達が一斉に襲いかかりはじめている。

 すでに、数人は隙を突かれて討たれ、他の者達もそれまでのキレを失ったかのように防戦一方になっていった。

 それまでは、政府や総督府関係者を除けば、スメラギ側は優勢であったのも関わらずだ。


 神衛は元より、高家の者達もまた、来るべき時に備えて自身を磨き上げ、高め続けていたのである。そのため、暗殺者ごときに遅れを取るような軟弱モノは高家の中には存在していない。

 だが、彼らにとって、あの光が意味するところは、自身の生命なども投げ捨ててしまうほどの自失を産み出したのだ。



 そんな、青き光の正体。



 それは、建国以来スメラギ皇室に伝わる一つの刻印。


 刻印は、この世界の根幹を成すとされ、法術の類を使役する際の媒介だけでなく、今では“機関”と呼ばれる、建造物を稼働させるための動力を産み出す力としても使役されている。


 だが、その本質はいまだに解明されず、かの刻印もまたスメラギに何をもたらすのか。それは、皇族のみが知りうる秘儀として封印されている。



 それが、今ああして青き光を放っている。



 普段であれば、このケゴン離宮に安置されることはなく、皇都天津上中枢部、即ち皇居にて厳重に管理されている。

 だが、今回のような式典に際しては、一時的に神皇の身に宿され、鎮魂のために力を振るうなどその特性を生かしてもいるのだった。

 そして、儀式が終われば、その刻印は刻印師の手によって再び天津上の中枢へと戻され、元のように穏やかな光を灯して皇国の平安を見つめる。


 つまり、今こうして刻印が自由の身になって、夜空に光を放っているという状況。

 そして、それが告げる事実を知る者にとっては、到底受け入れることの出来ない、いや、生きるための意志そのものすらも奪ってしまうほどの事態を意味しているのだった。




 即ち、“今上神皇の崩御”である。





「なんということだ……。いったい何が」


「ツクシロ。事情が分からぬ以上、ここで嘆いていたとしても致し方あるまい。私が脱出のための指揮を執るが故、貴様は皇太子殿下を……。こうなってしまった以上、我らがこの場に留まる意味はあるまい」


「はっ……」




 カザミもまた、何とか自身を奮い立たせるようにして、躍りかかってきた影達を斬り伏せる。だが、それまでのような動きが出来ていないことを自覚せざるを得なかった。


 それを傍らで見ていたサゲツも同様で、今も横薙ぎに払った影達も、数人は致命傷と成らずにし損じている。

 すでに二人だけで百人以上は討ち倒しているのだが、死を恐れずに闇の奥底から湧いていくる影達は今もなお流入を続けている。

 はじめこそ、アークドルフの手引きがあった者達が大半のようだったが、今となっては“イコラ”を所持する者もない。

 そんな正体不明の集団との戦闘に明け暮れる間に、失ってはならぬモノを彼らは失ったのである。

 もちろん、目の前の敵を撃退することは必要である。だが、皇太子妃サヤが何者かに銃撃されたことも事実。


 賊が侵入できる間隙が存在していたと見るべきなのであろうか? 


 両名ともにそんな考えが脳裏をよぎっていたが、今更自身の無能を嘲ったところで、結果は取り返しの付かないモノでしかない。


 加えて、両者の立場を考えれば、不敬を承知で、聖上の崩御を如何に利用するのか。そのような事を考えねばならぬ立場にあるとも言える。


 だが、当初の計画は、たった一夜にして崩れ去り、事が公になればスメラギ全土は再び炎を包まれることは必死。もちろん、それに対する責任と覚悟は皆が共通していることであったが、今回の事まではさすがに考えが及んでいなかったのだ。




「行くぞっ!!」


「応っ」




 そんなことを悔やみつつ、互いに背を合わせて床を蹴る。


 サゲツは祭場中央に向かい、カザミは祭場から上層の祭壇へと向かう。


 サゲツは生き残った者達を集結して陽動を担い、カザミはその隙を突いて皇太子を脱出させる。もちろん、神皇の身に起こったことを考えれば、皇太子が無事である可能性は極めて低かったが、今はそんなことを考えている暇はなかった。


 




 大広間に詰める神衛達を横目に、階段を駆け上がったカザミ。

 ほどなく、祭壇を前にした広間へと到達すると、そこは血によって赤く染め上がっている。


 神皇の護衛を担う神衛達をだけでなく、閤家カミヨ家当主、ミスズ、征家トモミヤ家当主アイナの両名もまた、そのうちに含まれているのだ。


 そして、もう一人。



 彼女等が守るように横たわっている一人の初老の女性。


 ゆっくりと、粘り気を持ち始めている血だまりの中を歩み寄ったカザミは、傍らに腰を下ろすとその女性をゆっくりと抱き上げる。


 誰かがその目を閉ざしたのか、血によって染まった目元は穏やかに閉じられていたが、吐血したと思われる口元は赤く染まり、胸元には背中よりひと突きにされたと思われる刀傷が周囲を赤く染めながら穿たれていた。



「う……陛下」



 カザミに膝に抱かれた女性は、紛うこと無き皇后ミナミ。


 スメラギ皇室にあっては、久方ぶりの高家出身の皇后であり、その気品に満ちた姿は、聖上とともに敗戦に打ちひしがられる民の希望となっていた。

 各国の統治下にある領国にも行幸し、占領下に喘ぐ民の声を直に聞きに行くなど、心胆寒からしめる行動をとったことは、幼き頃より閤家の一員として教え込まれた流儀があったからであろう。


 実際、スメラギは皇室をはじめとする閤家、征家などの上流階級が、民の戦闘になって汗を流し、血を流すことで成立してきたのだ。


 敗戦という国難を経ての行動であり、ベラ・ルーシャや清華など、武人としての流儀とは無縁の国家の統治領に赴いた際には、手ひどい屈辱を浴びたというが、それにも負けることなく誇りを貫き通したと言われる。


 だが、そんな戦後の象徴とも言える主君を、スメラギは瞬時に失ってしまったことになるのだ。





「…………ツクシロ」


「っ!? ミスズっ!? 無事か?」




 カザミ自身、両陛下の行動を直接知るわけではない。60年の月日は、すでに歴史の一部となって今に伝わっているのである。


 それでも、カザミ自身にとっては、命を擲つに値する主君たちであったのだ。




 そして、そんな感情に打ちひしがられていたカザミは、衣服に引かれるような感触を覚えると同時に、耳に届いたか細い声に思わず目を向ける。


 ちょうど、傍らに倒れていたミスズが、開いていた彼の手を取る。




「すまん……、守れなかった」


「……いったい何があった?」




 苦しげに顔を歪ませながらそう口を開くミスズに頷いたカザミは、彼女に先を促す。

 白桜の同期であったが、閤家の出身を鼻にかけ高慢なところのあった彼女を、カザミは好いてはいなかった。だが、こうして皇室を背負う立場なってからは、互いに親交を深め、スメラギのために尽くしてきた。

 そんな彼女が、全身を血に塗れさせ、こうして悔やむような表情を浮かべている。

 そんな彼女と傍らに倒れるアイナは身体を十字に斬り裂かれていた。


 正面から何者かと相対し、敗れ去ったことは想像が付く。


 とはいえ、幸いにしてアイナの方も気を失っているだけで息があるようであった。




「すまん。今は言えぬ、それよりも、サヤがミオを……」


「なにっ!?」



 そんな二人の状態を観察するカザミに対し、ミスズは聞き逃すわけにはいかない二人の女性の名を口にする。


 たしかに、本来ならばその場にあるはずの二人の姿が無い。




「はぁはぁはぁ……、あの時に、終わっているはずだったのに。なんで、こんなことに」


「っ!? まさか、またなのかっ!?」




 苦しそうに表情をゆがめながら、目尻に涙を浮かべるミスズ。


 その表情に、カザミは彼の中にある一つの事実を察する。


 そして、それが実際に起こったのであるならば、ミスズが口にしない理由も理解できた。仮に、二人の立場が逆になったとしても、カザミもまた同じ感情を抱いたことは間違いなかったのだ。



「閣下っ!! ツクシロ閣下っ!! …………ひっ!?」



 そんな時、耳に届く少女の声。


 見ると、見覚えのある少女が、慌ただしく広間に駆け込んできていた。だが、彼女は広間の惨状に、目を見開くと、瞬時に立ち止まって身体を震わせる。




「ハルカさんか。どうしたっ!?」


「は、はい……、あ、あの」


「落ち着いてくれ。何があった?」


「はっ……。緊急事態でございます。ベラ・ルーシャ兵が、賊徒に成り代わり、ベラ・ルーシャ兵が大挙してこの離宮に攻め上がって来ております。その数は、数万を超えるとっ」


「っ!? まさか、ここまで用意していたとは……、アークドルフめ」




 何とか、落ち着きを取り戻し、居住まいを正してそう告げる。ただし、最後の方には再び声が震えていたが。


 当然、それを受けたカザミもまた、天を仰ぐようにして顔をゆがめる。


 正直なところ、今の事態は彼の能力や想像の範疇を大きく逸脱している状況であったのだ。




「こうなれば、致し方ない……むっ!?」


「えっ!? こ、今度は何っ!?」




 そして、目を見開いて、表情険しくそう口を開いたカザミであったが、彼はもう数える気にも慣れぬほどの驚きに晒される事になった。


 再び眩い光が周囲を包みこんだのである。




「い、いったい何が?」


「カザミ、早く、サヤを……サヤを止めてっ!!」


「な、なにっ!?」


「このままでは、あの子はまた、今度は取り返しの付かない罪を……っ!! 刻印がっ」


「っ!?」


「閣下っ!?」





 そんなカザミに対し、床に倒れるミスズが、叫ぶように声を上げる。普段、剛胆な彼女が、ほぼ涙混じりの声で懇願するように、今の状況は緊急を要する事態であるのだ。


 そして、そんなミスズの言に、何事かを察せぬほど、カザミは鈍感な男もでもない。

 すぐに床を蹴って祭壇へ通じる通路へと駆け込むと、状況に困惑していたハルカもまた、彼を追う。



 やがて、眩い光は、周囲を包み込むほどの光度を増したかと思うと、目が眩むほどの光を発する。



 二人が祭壇に駆け込んだのは、ちょうどその刹那のことであり、咄嗟に目を閉ざし、腕で顔を覆った両者は、柔らかな衝撃に押されながらもそれに耐える。




 静寂。



 ほんの僅かな一時が、まるで悠久の時を刻んでいたかのように思えた両者。


 そして、ゆっくりと目を見開いた両者は、自身の眼前で起こっている光景を、即座に受けいれることは出来なかった。



 祭壇にて胸元を血に染め、眠るように倒れる神皇アキトの皇。



 その背後にて、片膝を着いて踞る皇太子リヒトの尊。




 そして、そんな二人と相対するように、ただ一人、全身を揺らめくままに任せ、虚空を見上げる一人の女性。いや、正確には二人の女性というのが正しかった。




 今、虚空を見上げる女性の胸元には、背後より突き立てられた刃が、その身を赤く染め上げながら顔を出し、その場を中心として、鮮やかな赤みが白き衣服に広がっていく。


 元々、砲筒によって穿たれていた胸元は、黒ずんだ血の跡が残っており、新たに生まれた流血は、それおも飲みこんでさらに広がりを見せていた。


 そして、虚空を見上げていた女性は、それまで失われた目に光と灯すと、その背後にて彼女の白刃を突き立てていた女性の元へと崩れ落ちる。





「あ、あ……、そ、そんな、こんな、ことって…………っ!?」




 傍らにて一部始終を見ていたハルカは、全身を震わせるとその場から立ち去るべく踵を返す。だが、今この場で彼女を一人逃がすわけには行かなかった。


 瞬時に身体がそう判断したカザミは、その直後のハルカの腕を掴み、自分の元へと引き寄せる。

 そして、なおも身体を震わせる彼女の手を取りながら、今崩れ落ちた女性、皇太子妃サヤと今一人。自身の妻となるはずであった女性、ミオ・ヤマシナの元へと歩み寄る。




「話して……くれるな?」


「……ええ」




 なおも震えるハルカを落ち着かせつつ、ミオに対して鋭い視線を向けたカザミ。


 そんな自身の夫となるはずの男に対し、ミオは自身が本当に後戻りので気無い罪に手を染めたことを、自身の身に教え込むように頷いた。







 そんな彼らに、今し方、音もなく祭壇の間より立ち去った一人の男の姿を察することは不可能であった。

この状況は、執筆以前から構想していたのですが、どのように思いますか?

あまり期待に応えられていないみたいですが、もしよろしければご意見、ご感想などをいただけないでしょうか?


この章も終盤になっておりますが、今しばらくお付きあいください。それでは。

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