第十五話
少々短いですが、キリがよかったので。
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広間まで下りてくると、剣戟の音や振動は以前よりも激しさを増していた。
すでにムネシゲ様をはじめとする指揮官級の神衛達の姿もなく、広間にはハルカをはじめとする同世代の神衛達と応急法術などを使役する神衛達が残っているだけであった。
「ハルカ、今はどうなっているの?」
「ミナギ、殿下。……今は、祭場と正門付近で持ちこたえているみたいだけど……」
「祭場? 中にまで侵入されたのか?」
「先ほどの振動か」
そして、緊張の面持ちで震える同世代の神衛を叱咤するハルカに近づき、状況を問い掛ける。
正門付近では今も持ちこたえているようだが、離宮内部にまで侵入されているというのはさすがに予想外であった。
ヒサヤ様も驚きであったようだが、ミツルギさんはハルカの言に得心がいったようで、顎に手を当てながら他の神衛達と頷きあっている。
皆さんとも、すでに実戦を経験している神衛達であって、今回の状況にも冷静に応じているのだった。
「うーん、たしかに、強烈だったわね。でも、なんで次発が来ないの?」
「閣下。王宮の外壁を破壊するほどの法術は、常人がそう幾度も撃てるものではございません」
「あ、まあ、普通はそうよね。ふふ」
そんな状況に皆が押し黙ったなか、首を傾げるミラ教官。
たしかに、彼女のような規格外の刻印師。加えて、法術師であれば容易いことであろうが、一般の法術師では、単独で城門を破壊となれば、それこそ命がけである。
「でも、そんなのがいる以上、私が相手をする以外に無いわねえ」
「ですが……」
「分かっているわ。まずは、ツクシロ閣下と相談ね。行きましょう?」
そう言ってほくそ笑むミラ教官。たしかに、常人が命がけの行為を単独でやってのける人間など、いかに精鋭と言えども神衛の手に負える相手ではない。
祭壇付近は、法術を掻き消す効能が施されているため、心配は無いだろうが、私達が倒されれば陛下を守るものは無くなる。
それを考えれば、目の前でほくそ笑んでいる女性に託すの一番であるだろう。とはいえ、状況を鑑みれば、彼女の緊張感のない様子は神衛達の気に障る様子だったが。
「お前達はしばらく待機していろ。最悪、祭壇へと後退し妃殿下等と合流するのだ。ツクシロ閣下やチバナ殿がおらぬ以上、貴様らに出来ることは少ない」
「はいっ。……ミナギ、元気でね?」
そうしている間に、ミツルギさんがハルカ達に簡単に指示を伝える。今、この状況を考えれば、指揮官級が無事なまま後退してくる可能性は少ない。
この場での最上位者は、今も負傷した神衛の治療に当たっており、緊急の判断は難しそうな女性なのだ。
ミツルギさんの言は、指示と言うよりは助言に近いものになるだろう。
最悪、陛下の御身だけでも守り抜ければ事はなるのだ。如何に、ユーベルライヒがスメラギに思うところがあるとしても、自身の統治地域で返事が起こり、時刻の総督も巻き込まれているとなれば、軍が派遣されて来ない理由はない。
面子にこだわる国であり、総督の排除に見え見えの変事を利用するという可能性も少ないのだ。
「うん」
「殿下、皆さんも、どうかご無事で」
「お前達もな。私は先に逃げさせてもらうよ。ごめんな」
「殿下」
「分かっているよ、でも、格好つけても仕方ないだろ? 行こう」
その言に頷いたハルカは、私に視線を向けて力無く笑う。
一緒に来て欲しいと言う思いは当然あったが、私に他者を動かす権利などがあるはずもないし、ミツルギさんもそのような私情を許すとは思えない。
ヒサヤ様はミツルギさん達にも言を向けたのは、自身の気持ちを落ち着かせると言った意味もあったと思う。
それは、ヒサヤ様も同様な様で、同じ神衛の修練を受けていながら、自分だけが先に脱出しなければならない事への後ろめたさは消えていないのだろう。
「ハルカ、ヒサヤ様、これを……」
そんな二人に対し、私は首からかけていた首飾りを外すと、三つで一つの形を作っているそれを分け、二人の手に握らせる。
「え?」
「ああ……む? これは」
「ええ、サキとシロウから送られた首飾りです。あの時に三つに分かれてしまったので、それぞれを一つにしておいたんですよ。だから、ちょうどよかったです」
「ちょ、ちょっと待ってよ。そんな大切なものを」
「貸すだけですよ。今度返してください」
いぶかしがる二人に対してそう告げると、ハルカは慌てて返そうとしてくるが、さすがにあげるつもりはない。
とはいえ、返すという約束を取り付けてくれれば、義理堅い二人のこと。しっかり返してくれると思っている。
もっとも、ヒサヤ様にはすぐに返してもらわねばならないのだけれども。さすがに、ハルカにだけ渡してむくれられても困る。
「お前、今、失礼なことを考えていただろ?」
「え? そ、そんなことは」
「ふーん」
「で、殿下、よろしいですか? ツクシロも特別扱いはここまでぞ」
「うむ」
「はっ。申し訳ありません」
そんなことを考えていると、私の思考を読むかのようにジト目を向けてくるヒサヤ様。
一瞬、ドキリとしたものの、何とかごまかしきれたようであり、そんなやり取りにあきれた様子で口を開いたミツルギさんには、しっかりと釘を刺されてしまった。
実際、こんな悠長な事をしている時間は無いのである。それでも、私達を咎めなかったのは、サヤ様とお母様のことがあったからであろうか?
そんなことを考えつつ、祭場へと向かう。途中、振り返ってハルカに視線を向けると、彼女は控えめに手を振ってくれた。
今生の別れというわけではない。実際、私達は自力で再会する事も可能な立場なのだ。
もう二度と、生きて再会することが叶わない母子に比べれば、私達の別れなどは一時的なものだ。
……そう考えなければ、涙をこらえることは出来なかった。
◇◆◇
祭場内に湧き出てくる影達は、まるで本物の影であるかの如く、いくらでも闇の中から襲いかかってくる。
その止むこと無き攻勢に、精鋭で鳴る神衛達や武勇を誇る閤家、征家の縁者たちにも疲れが見え始めている。
カザミやサゲツも方々に傷を負い、当初のような動きは封じられつつある。
特にカザミの場合は、銃創がいつ破れるかも分からない状態であった。
巫女の最後の力を振り絞った法術によって、傷は塞がれ、傷付けられた内腑も治療されている。だが、それは医療具を用いることなく傷口の縫合を行ったようなものであり、長き時を掛ければそこから身体は破壊されていく。
如何に法術が発展したところで、専門の医療ですら為しえないことまでは不可能。もっとも、死体を操るような法術もあるので、この先発展することはあるかも知れないが。
「中々、敵も手強いものよ」
「そうですね。随行してきた方々のご冥福をお祈りいたします」
「ふん、護衛の割に、我々を守ることは一切しなかったな」
そうしている間に、数人の影達を斬り伏せ、死生術を警戒してそれを焼き払う。
すると同じように影を斬り伏せたアークドルフが巨体を揺らしながら歩み寄ってくる。総督府関係者や政府の関係者たちも神衛達に守られてはいたが、如何せん相手も精鋭である。
カザミやアークドルフのように武勇が隔絶していれば、多少の余裕はあるが、如何に神衛とえど全員が全員英傑というわけではない。
「我々にとっては、陛下を頂点とし、閤家、征家の皆様が優先事項と成りますが故」
「ほう? 本音が出たか」
そう言うと、アークドルフは影を腰元から両断した勢いそのままに、カザミの首筋に手にした大剣を突き付ける。
しかし、カザミもまた、逡巡することなく同様の動作で相手の首筋を捕らえていた。
互いに剣を突き付けあい、睨み合う関係。
守られている関係者は、半数以上が冥府の門をくぐっているのだ。実際の所は、闇に紛れて神衛達に暗殺された者も含まれている。
「ええ。そして、この者たちが身に着けているものもまた」
そう言うと、カザミは負傷しつつも襲いかかってきた影を見ることなく殴りつけ、腕を回して首をへし折り、その生命を絶ちきる。
するど、だらりとした首をあらぬ方に曲げた影は、一人の男となってカザミの腕の中に収まる。
そして、懐からこぼれ落ちたそれには、ベラ・ルーシャを表す赤と教団を示す十字架が描かれている。
“イコラ”と呼ばれるベラ・ルーシャ教国を支配する、“教団”によって、すべての民に保持するよう命ぜられているメダルで。
十字架のしたには、彼等の信仰対象である女神とその巫女の姿が描かれている。
「ふん……。何故に我々が、スメラギの猿どもを弔ってやらねばならぬのだ? 所詮、宴のための舞台でしかないのだ」
そう言って、こぼれ落ちたそれと動かなくなった影に対し、ゴミを見るような視線を向けたアークドルフは、カザミの首筋に突き付けた剣をさらに強く当ててくる。
カザミも同様であり、このまま横に引けば、ベラ・ルーシャ総督と神衛総帥の両名がこの地上から消えて無くなる。
しかし、両者ともども相手に先制を許すような愚図でもなかった。
「そうか……。やはり、我々を」
「ふん。あの女がよけいなことをしなければ、とうの昔にスメラギなどはこの地上から消えていた。貴様らの様な猿と大差ない民族など、消えてなくなればよかったのだ」
「猿にも劣る畜生が何をほざく?」
「劣る? 我々は勝者だ」
「ユーベルライヒの介入無くば愚かなる反逆集団で終わっていた国がか?」
「ふん、負け惜しみか?」
「ああ」
そして、アークドルフの怨嗟のこもった言に、伏し目がちにそう答えるカザミ。
彼がスメラギ人を病的なまでに嫌っている事は有名であったが、どうやらその因縁は、前陸間大戦にまで遡る様子だった。
彼の母親はベラ・ルーシャの誇る名将として名を馳せた女性であるが、彼を生んでほどなく戦死している。
彼の憎しみが、パルティノンやその同盟国であったスメラギへと向かうのはある意味では必然と言えた。
それに、パルティノンは滅亡し、ベラ・ルーシャ国内においてパルティノン系住民は根絶やしにされたとも聞いている。だからこそ、怒りの矛先がスメラギに向いているとも言えるのだ。
この種の妄執的な思考を持つ者は、いくら目的が達成されたとしても決して満足することはない。
「だが、あなたの恨みも今日で終わる。自分の手で陛下を害するつもりだったのかも知れないが、残念であったな」
「ふん、ぬか…………せ!?」
そんな時、カザミの視界に写る人影。
互いに剣を突き付けあう二人の姿に、その名の一人は狼狽気味に反応すると、胸元から取り出した砲筒を構えたのである。
その動作は一瞬のことであり、ちょうどカザミの言とも重なっていたことが、アークドルフに地震の危機を悟らせなかったのである。
自身の胸元に開いた穴を信じられないとでも言うかのように見つめた彼は、すぐさま室内に轟く乾いた音によってさらに身体を穿たれ、その巨体が崩れ落ちて行く。
「ぐっ……、私としたことが」
「残念でしたな。剣をとった以上、躊躇いは身を滅ぼしますぞ」
「抜かせ……。すでに、各国は動き始めている。どのみち、貴様らは終わりだ」
そこまで言うと、アークドルフは口から多量の血を吐き出し、床に倒れ伏す。スメラギに対し、妄執とも言える怨嗟を向けていた男としては、あまりにあっさりした最後であった。
「お父様っ!? 総督は何を? くっ!?」
身体を震わせながらそう口を開いた少女、ミナギは、躍りかかってきた影に対しても素早く反応し、その身を正確に穿っていく。
そして、ミナギの傍らにある少年の姿に、カザミをはじめとする首脳たちが駆け寄って行った。
地に倒れ伏す男が、わずかに身じろぎをしたことに気付くことなく。




