第十二話
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空気を斬り裂くような乾いた音。
その響の先にあるのは、胸元を赤く染め地に倒れ伏していく一人の女性の姿。
今目の前で起きているそんな事実に、私はこれが現実とは思いがたい正津にかれれいた。
それでも今は皇后陛下の命の通りに動くしかない。
「ツクシロ、貴官は閣下に報告を。典医殿もいらっしゃるはずだ。お母上は私が他の者達とともに」
「はいっ」
ミツルギさんの言に頷き、ともに階段を駆け下りる。
その間にも階段にて警備に当たっていた神衛達を祭壇の間へと急がせていたが、階を下りるごとに剣戟の音は振動は激しさを増して行く。
「ミツルギっ!? 何があった?」
「ミナギ、無事であったか?」
そして、懇親会場を前にした広間に下りると集結していた神衛達の中央に陣取っていたムネシゲ先輩とお兄様が私達の姿に口を開く。
当然、ヨウコさんやヨシツネ、トモヤ、ハルカ、ユイちゃん達の姿もあり、皆が皆、緊急の事態に得物を握る腕を振るわせ、表情を硬くしていた。
「妃殿下が倒れられたっ!! 状況はっ!?」
「なにっ!? どういうことだ?」
「暗殺者だと思われる、砲筒にて銃撃をされたのだが、その後は取り逃がした。すまんっ」
その問いに答えたミツルギさんの言に、皆が一斉に目を見開き、すぐに表情を引き締める。
緊急の事態に動揺していては神衛は務まらない。そのため、皆が感情の制御を教え込まれている。それでも、すべてを押さえ込むというのは不可能であったが。
「っ、致し方なかろう。警備は?」
「上層にいた者達はすべて向かわせた。何より、カミヨ閣下とトモミヤ閣下が着いておられる。今は、典医を呼ぶことが先だっ!!」
そう言ったミツルギさんの言に、壮年以上の熟練神衛達が頷いている。
この場の指揮はムネシゲ先輩が預かっているのだが、ミツルギさんはお兄様と同格の立場であり、その場での逸脱行為は黙認されうる。
熟練神衛達の反応がそれを肯定しているため、他の者達も同意せざるを得ないのだ。
実力主義の神衛軍は、前線での指揮は若い人材に執らせることが多く、壮年以上の熟練神衛達はその補佐に回る事が多い。
白の会最上位を務めたお三方は、まだまだ若輩の身とはいえ、今回のような現場の指揮を任されているようなのだ。
「っ、そうか……、今は正門付近にて交戦中だ。ノベサワ教官が陣頭指揮を執られている」
「ツクシロ閣下は?」
「祭場にて各国首脳たちの護衛に当たっている。貴官は」
「皇后陛下よりヤマシナ卿をお連れしろとの命を受けている。ツクシロには閣下と典医をと」
「分かった。……ヤマシナ卿は別室にてお待ちいただいている。パリザード閣下とともに、お連れしてくれ」
「ミナギは父上と典医を。すぐにここも戦場になる」
「はいっ」
そんなお三方のやり取りを聞いていた私は、お兄様の言にすぐに祭場内へと駆け込む。
お母様の名が出たさい、他の神衛達が顔を合わせるなど、その決断に疑問を持ったようだが、それでも皇后陛下の命である。
この場にあっては、誰の命よりも優先されるものだ。そんな私の行動を制することの出来る者など、少なくとも神衛には存在していないのだ。
◇◆◇
「しかし、閣下。妃殿下の身に害が及んだと為れば、ヤマシナ卿をお連れするのはいかがなものかと思われますが」
ミナギとミツルギ殿がそれぞれに駆け去るのを見送ると、それを待って居たかのように濃緑の外装に身を包んだトモヤ・カミヨが私達に対して口を開いてくる。
緊急の状況ではあったが、意見具申の類は許可している。とはいえ、彼がミナギや母上に良からぬ感情を抱いていることは良く知っている。
母上に対しては、自身の母であるミスズ様との関係が影響しているのだと思うが。ミナギに対しては、単純な嫉妬であろう。
反逆者の娘が、一国の皇子と懇意にする事実が気に入らないのだ。
「勅命であるぞ? 分かっているのか?」
「はっ。ですが、ヤマシナ卿は、かつては妃殿下に対し凶行に及んだ過去を持つ者。今回も、この状況での来場……何か胸に一物を抱えていたとしても不思議ではございますまい」
それに対し、鋭く睨み付けるチバナ閣下であったが、実際の所はトモヤの危惧は不思議なものではない。
母上の来場は、上層部に対しても告知されていないのだ。突然の来場と襲撃が重なったことを考えれば、疑いの目を向けられることも不思議ではない。
何しろ、状況の確認に来たシイナ閣下ですら、母上の姿を目にした途端に剣に手をかけたほどだ。
だが、今回の来場は、聖上をはじめとする皇室の方々には知らされていたこと。
妃殿下の口から、件の凶行に対する真実と、父上との成婚を報告するという吉事が予定されていたのだ。
もちろん、吉事というのは私達にとってのみ通じることかも知れなかったが。
「いや。それに関しては、妃殿下より内密に知らされていた。だから、今回の襲撃には関係無いだろう。それに、皇后陛下の命であるぞ?」
「妃殿下が? しかし、それも篤実たる妃殿下に権謀を用いての」
「聡明なる妃殿下が、凶者ごときに操られるとでも言いたいのか?」
「そ、それは……」
「ふむ、まあ、貴様の危惧も分かる。誰もが皆、ツクシロ兄妹のようにヤマシナ卿を信用できるわけではない。だが、今は目の前の危機局を乗り切ることだ」
「ですが、逆賊どもなどノベサワ教官に掛かれば」
「報告っ!! “正門にて、我、苦戦せり。救援求むっ!” ……以上でございます」
その後も続いたチバナ閣下とトモヤの問答も、鋭い眼光で睨み付けるチバナ閣下が一方的に押す状況になっていた。
そして、トモヤをはじめとする神衛達の思いは、駆け込んできた神衛の言にて無残にも打ち消されることになる。
倒れ込んだ神衛の背には数本の矢が突き立っており、激しい攻勢に晒されていることは明白であったのだ。
「しっかりしろっ。……毒か」
そんな神衛に駆け寄り、矢を引き抜いて血止めをして行くも、徐々に顔色がどす黒さを増して行く。
毒が身体に回り始めた時の特徴でもあった。
「手段は選ばぬと言う事か……。ツクシロ、教官達を下がらせろ。こうなったら、高低差を利用し、全員で当たるとしよう」
そんな神衛の様子に、チバナ閣下は静かに瞑目しながらそう口を開く。
正門と行っても、城郭のような堅牢な門があるはずもなく、敵の侵入は容易。中庭を利用して広く展開して戦える所でもあったが、それは逆に敵の侵入路を広げる形になる。
何より、すでに祭壇付近にまで潜入され、妃殿下が凶行を受けているのだ。となれば、敵の進入路は出来る限り少なくした方が良い。
こちらの強みは少数精鋭と地の利のぐらいであるのだ。
「はっ。――むっ!?」
そして、それに答えようとした矢先、白い影が私の目の前を通り過ぎる。
驚きとともに視線を追ったが、その影は真っ先に祭壇へと続く階段へと向かっていく。一瞬、後を追おうとしたが、その背に羽織られた青き外套は、それが誰であるのかを示している。
「ヒサヤ様っ!!」
そして、聞き覚えのある少女の声。見ると、慌てて件の人物を追う、ミナギと典医殿の姿。
おそらく、ミナギから妃殿下の身に及んだ凶行を聞き、いても立ってもいられなくなったのであろう。だが、それはあまりに軽率であった。
「ミナギ、なんとしても連れ戻せっ」
「はいっ」
慌てて二人の背にそう声をかけると、律儀にもミナギは返事を返して典医殿とともに階段を駆け上がっていく。
典医殿はすでに老齢であったはずだが、巨大な薬箱を手にして元気な者である。事態が事態なのだから当然であったが。
「苦労させられるな」
「ですな……ん?」
苦笑しながらそれを見送ったチバナ閣下の言に頷くと、広間内がわずかにざわつく。
視線を向けると、表情を鋭く引き締めた妙齢の美女。今は、自分の母となった女性ミオ・“ツクシロ”が、ミツルギ殿とパリザード閣下とともにこちらへと歩み寄ってきていた。
「母上……」
「母上?」
「ハヤト。…………無事でいてね」
「はっ」
ヤマシナ卿、いや、母上は私に対して短くそう告げると、ミツルギ殿の案内でミナギ達が駆け去っていった階段を上がっていく。
普段もどこか近寄りがたい雰囲気のある女性であったが、この状況にあっては、それにさらに磨きが掛かっている。
私に対しては柔らかな表情を見せたのだが、部屋から出てきた後は、訝しげな視線を向けてくる歴戦の神衛達ですら、一睨みで黙らせているのだ。
ミナギによく似た外見であれど、経験の重さはここまでの風格を人に与えるものなのかと今更ながらに驚かされる。
「あれが、白桜の女帝と呼ばれた女か。……まるで、すべての黒幕のような凄みがある」
「閣下」
「冗談だ。それより、頼む」
「はっ」
そう言って、複雑そうな視線を向けていたチバナ閣下であったが、すぐに自身の失言に気付き、私に視線を向けてくる。
私が思わず呟いた一言で、ある程度の事情は理解したのであろう。だが、聡明な方であるが故に、苛立ちも感じられた。
とはいえ、いつまでもそれを引きずっている暇はない。正門と中庭では今も激戦が続いているのだ。
駆けだし、外へ出るとよりいっそう大きくなっていく剣戟の交わる音。そこに、複数の振動と爆音や乾いた音が混ざり込んでくる。
短期間の間に、どうやって賊どもが接近してきたのか。周辺に展開するシイナ軍は何をやっていたのか。
それを思いながら駆けるしかない。だが……。
「なにっ!?」
突如、夜空に閃光が走ったかと思うと、離宮の外壁にそれが突き刺さり、激しい振動と爆音が周囲に轟く。
それをを目にすると、思わず全身が粟立つ。専攻が突き刺さったその先。ちょうどそこは、懇親会の祭場がある付近であったのだ。
「っ!!」
時間がない。そう思った時には、私は封印していた翼を再び解き放つ。
父の、カザミ・ツクシロの子となった時に封印したこれも、妹の、ミナギに危機の際に開放され、今では自分に流れる血の象徴として扱われるようになっている。
それまで、その“血”そのものに対する感情を持ったことはほとんどない。自分は、カザミ・ツクシロの子であり、歴としたスメラギ人である。そんな思いがあったのだ。
だが、今となっては自身の身に流れる“血”に感謝をするしかない。大陸のそれを駆けた父なる人。そして、それに連なる一族と同様に、味方を救う力として使わせてもらうしかないのだ。
「急がねばな」
翼を羽ばたかせると、一期に速度を上げる。そして、映りこみはじめた白の外装とそれ以外の集団。すでに、白の集団は当初の3分2ほどにまで減っている。
「教官っ!!」
そして、すぐに目的の人物の姿を認めると、その周囲を取り囲む賊達を一凪ぎに薙ぎ払う。
夜空を複数の人の頭であったものが飛んでいくと、その傍らに着地した。
「ツクシロっ!? 如何した?」
「後退を。先ほどの閃光が、すでに離宮に」
「なにっ!? くそ、コヤツ等と良い、いったい何が起きているのだ」
「むっ!?」
私の言を受け、賊達を睨み付けるアツミ・ノベサワ教官。ミナギ達の担任を務めると同時に、白の会では私達に武術の教官として厳しく指導をしてくれた女性でもある。
その彼女は、普段から快活に私達を導いてくれた人物である、そんな彼女が、珍しく怨嗟の念を向けて賊達を睨み付けているのである。
しかし、その気持ちも分からぬものではなかった。
「これは…………なぜ、彼らが?」
目に映る者達の姿に、私は思わずそう嘆くしかなかった。
不揃いの衣装、不揃いの武器、そして、老若男女の入り混じった賊達。
その姿は、不気味な赤い光を灯している目の縁を除けば、普段は平穏に暮らしているであろう、スメラギ民間人の姿であったのだ。
「民の反乱ということなのですか?」
「そんなはずはない。と、言いたいところだがな」
思わずそう呟いた私達の視線の先。開かれた門構えの先に伸びる下界へと続く街道。しっかりと整備されたそれは、普段は宵の闇に沈み、静かに眠りについている。
しかし、今のそれは、ゆっくりと揺らめきながら動く松明の群れとなって、離宮から下界へと伸びていたのだった。
◇◆◇
先ほどから続く揺れや剣戟の音に、室内はざわめきに包まれていた。
カザミは、娘ミナギからの報告に、いったんはよろめきかけながらもすぐに典医とともに彼女を戻らせ、室内に詰める首脳たちを集結させていた。
皇太孫ヒサヤが飛び出していったしまったのは多少折り込み済みのことであり、護衛対象はひとまずひとまとめにしておいた方が良いとの判断だった。
「いったい、何が起こっているというのだ?」
「……現在の状況では何とも言えませぬ」
集結した矢先、苛立ちを隠すことなくそう口を開いたのは、やはりベラ・ルーシャ総督のアークドルフ総督。
だが、普段はカザミをはじめとするスメラギ首脳にすらも敵意のこもった視線を向けてくるからが、今ははっきりとした動揺を見せている。
ベラ・ルーシャの謀略を疑っていた首脳たちも、その線は今のところは微妙と言わざるを得ないと結論づけていた。
「静まりなさい。……此度の仕儀、これは」
そう言って、ざわめく周囲を一喝する女性の声。
それまで、カザミの傍らにて目を閉ざしていたスメラギの巫女ツクヨミ。今回の式典に際し、聖地アシマの地より、ケゴンへと赴いていた。
本来であれば、残りの一つの聖地であるカスガの地にて、皇国の平穏を願い、五穀豊穣を祈願する役目を担っている。
だが、同地は敗戦によって宗教性の強い風習を否定する清華人民共和国の勢力圏に入っているため、今ではアシマの地に身を置いているのだ。
そんな彼女も、今回は神皇の鎮魂の祈祷を託し、戦死者の魂を癒す存在としての列席を求められている。
先ほどまでは、無言のままヒサヤの傍らに座し、食事を取る者達を人形のように見つめていたのだが、今はその大人しそうな外見を鋭く引き締めている。
「……スメラギに害を持つ者が、この地に?」
そして、静かにそう呟くと同時に、アークドルフ総督をはじめとするユーベルライヒ、聖アルビオン、清華人民共和国の各総督たちの立つ場を睨み付ける。
「な、どういう事かっ!? 我々は」
それに動揺する総督たち。当然、カザミをはじめとする神衛や五閤家、七征家の当主たちも彼を睨み付けている。
しかし、巫女の意図したことは、それとは異なっているのだった。
「彼らではない。来るっ……!? ……ぞ」
鋭く、そう口を開こうとした巫女。
だが、彼女の言は、その場に轟いた空気を斬り裂く音とともに、永遠の沈黙を余儀なくされることになった。
「巫女様っ!?」
突然の事態に、慌てて駆け寄るカザミ。だが、彼もまた、乾いた音とともに自身の胸元に走る激しい熱さと激痛によってその場に膝をつかされる。
会場内に激しい閃光が走ったのは、その刹那のことであった。
しばらくは、ミナギ以外の人物の視点で状況を語る場面が多くなるかと思います。
ご意見、ご感想などがございましたら、是非ともよろしくお願いいたします。




