第十一話
遅くなってしまい、申し訳ありません。
昨日もweb拍手とコメントをいただき、本当にありがとうございました。
終戦記念式典は滞りなく終了し、神皇陛下とリヒト様は戦乱に倒れた者達への鎮魂のために祈祷に入られている。
これだけは、私達が入りこむことのできる問題はないため、私達は別室にてそれを待つしかない。
今回のような式典とその後の祭祀における手順は、神皇自ら皇太子に授けることで伝承されていく。
これらのことから、皇位継承の機会は慎重に検討されており、今回のように“皇太子による親征”の可能性が生まれる際には、皇太子がもう一名並び立つことになるのだ。
もちろん、継承の順位が前後することはあり得ないが。
主賓となるお二方が祈祷されている間、臣下や各国の首脳たちは、簡単な懇親会へと参加することになる。
祈祷は深夜にまで及び、参列者はそれの終了まで付き合うことになる。離宮に用意されている施設は、それを待つために用意された物でもある。
そして、料理や酒などを振る舞うことは、その労に報いるためのものであった。
「どうぞ」
「うむ。……君、名は?」
私達女性神衛は、警備任務の間を縫って懇親会の席での接待を命じられている。もっとも、会場の警備をかねているため、給仕が間にあわぬ際の補助か、こう言った話し相手 になるというのが相場であった。
臣下という立場はあれど、各国の重鎮と会話ができる機会などは滅多になく、そう言う身では貴重な時間であるのだが……。それが、すべて良い方向に向くとは限らない。
今、私の目の前にて赤を基調とした軍服に身を包む方々。
特に、私に酒を給仕させ、声をかけてきた壮年の大男の姿には、得体の知れぬ緊張を覚えた。
彼は、ベラ・ルーシャ教国、在スメラギ総督、アークドルフ・ヴァトゥーティン。
前大戦における“教団英雄”と呼ばれるベラ・ルーシャが誇る勇将達を両親に持ち、その後の大陸動乱に際しても大勲を上げ続けて来た歴戦の猛者。
そんな彼は、こうして静かに酒を飲む席にあっても周囲を圧倒する気迫を放っているように思えた。
「はっ。ミナギ・ツクシロと申します」
「ほう? やはり、ツクシロ殿の……。ふむ、語られていたとおりのようだ」
そう言うと、アークドルフは別の場所で他の来賓の接待に当たっているお父様へと視線を向ける。
ここには、各国の総督府関係者だけでなく、政府や皇室関係機関の首脳たちが集結している。当然、お父様とすればその全員の身の安全に留意せねばならない。
ケゴンの周囲は、今も上座にて静かに盃を口にしているサゲツ・シイナ閣下直属の私兵集団が守りを固めているが、離宮の内外の警備はすべて神衛達に一任されている。
おおよそ一千名からなる精鋭であったが、それでも警備の重要性に変化はない。
「はっ。父が何か?」
「いや、自慢の娘であると聞いていただけだ。ふ、機会があれば我が愚息とも会ってやってはもらえますかな?」
「……光栄でございます。では」
そんな心にもない言にも、こうして最低限の礼儀を尽くさねばならない。
総督がスメラギ人を毛嫌い、いや、憎悪すらしていることは、皆が知ること。
そんな人物が、自分の血統にスメラギの血を混ぜるはずもない。
下世話な話になるが、ベラ・ルーシャ統治地域では、ベラ・ルーシャ兵によるスメラギ女性への暴行が黙認され、多くの被害を生んでいるが、総督は献上された美女たちに手をつけることなく部下達に下賜しているとも言う。
加えて、生まれてきた混血児たちは容赦無く大陸における極寒の地へと送り込まれているということも。
さらに、本音を言えば視界にも入れたくない。などいうことも放言したことがあると聞くほどのスメラギ人嫌いと言う事も評判だった。
「ツクシロ。よいか?」
そんなことを考えながらベラ・ルーシャ関係者たちの席を離れた私に対し、ミスズ様が声をかけてくる。
水浴の際の簡素な衣服とは異なり、今はカミヨ家を示す色、濃緑色の衣服に身を包んでいる。衣服の形態は私達神衛が身に着けているそれと変わらなかったが、落ち着きのある所作や口調のミスズ様には、その色がよく似合っている。
彼女と同様に、他の四閤家と七征家の縁者はそれぞれに家の家格を示す色の衣服を身に着けている。
衣服の形事態は神衛と同様のそれであり、衣服のしたには計量の防具を身に着けていたが、色はそれぞれ、赤のカザン、青のサイミョウ、黄のテンム、紫のコウブとカミヨ家の緑を含めた五閤家。
そして、七征家はそれぞれの元々の領国と五閤家の任地に関係した色に分けられており、セオリ地方に任地を置くトモミヤ家は水色の衣服を身に着けており、サイミョウ家との関係の深さを示している。
カミヨ家と関係が深いチバナ家は、黄緑色がそれであり、ちょうど視線の先にてその色の衣服を身に着けいるムネシゲ様は、以前よりも精悍さを増した偉丈夫になっており、少々明るすぎるようにも思える。
「ん? どうかした?」
「あっ、いいえ。い、如何いたしました?」
そんな色とりどりの衣服の人物が入り混じっている会場に視線を向けている私に対し、ミスズ様は首を傾げながら口を開く。
先ほどまで、ヒサヤ様たちと談笑されていたようだが、彼女の手には寿司料理の置かれた盆が握られていた。
「聖上、並びに皇太子殿下は、食事を召されぬが、付き添っておられる皇后陛下並びに皇太子妃殿下はそれぐらいならば許されているのでな。お二人は付ききりとなるであろうし、息抜きがてらと言う事もある。せっかくだから、付き合え」
「はっ。よ、よろしいのでしょうか?」
「ミオの話を聞きたいのだよ。私は。あ、アイナも来い」
「うん? 如何いたしました?」
そう言って、ミスズ様はどこか寂しげな表情を浮かべた後、聖アルビオンの関係者に酌をしていたアイナ様にも声をかける。
アイナ様は軍装とも言える衣服に身を包んでいても、やはり深窓の令嬢という雰囲気を崩されておれず、その水色の衣服が、彼女の清楚さをより際立たせている。
お二人ともにまともに顔を合わせるのは今日がはじめてであったのだが、お母様との因縁が、どこまで私の知り得ることと重なっているのかまでは分かっていないのだ。
「母上」
「なんだ?」
そんな私達の元に、表情を強ばらせたトモヤが歩み寄ってくる。なぜか、私に対して鋭い視線を向けながらであったが。
そんな彼も、今日は普段通りの神衛の白の衣服ではなく、当然のようにカミヨ家の能力の衣服に身を包んでいる。
「小耳に挟みましたが、ツクシロを祭壇へと?」
「そうだが?」
「差し出がましい事を申し上げ……っ」
「っ!?」
「余計な事を申すなと言っているはずだ」
どうやら、私が祭祀の場に近づくことが気に入らなかった様子のトモヤ。だが、そのすべてを語る前にミスズ様が、トモヤの頬を張り、それ以上の言を封じる。
先ほどまでの凛としたご様子から、声を低く張ったミスズ様の態度は、薄ら寒さすらも感じさせるほどであった。そして、互いに鋭く視線を交わす両者。
残念ながら、そこには親子の情というものは存在していないのではないかとすら思える。多少は知り得ていたことであったが、目の前で見るのもまた衝撃であった。
「持ち場に戻れ」
「……はっ」
そして、一礼したその場を去っていくトモヤの背中が目に映る。どこか、寂しがっているようにも見える背中であった。
「見苦しいものを見せた。許せ」
「はあ、相変わらずね」
「そ、そのような事は」
「ふ、まあいい。では、着いてきなさい」
そう言うと、ミスズ様は私にお茶の入った竹筒と二つの茶碗を渡してきて、会場を後にする。
祭壇と呼ばれる建物は、離宮のさらに上層部にあり、ケゴンの地全域を見渡せる場所に設立されていた。
ここからこの地に眠りすべての霊に語りかけ、その霊を慰めるのである。
祭壇へと続く道すがら、警備に立っている神衛達に対し、会釈をしながらお二人の後に続く。
当然ではあるが、私一人であれば会場から出た時点で報告を求められる状況であったが、今はお二人にに同行しているため、当然のように顔パスであった。
「失礼をいたします」
そして、階段を上がりきった私達の前に、やや手広な空間が広がる。
その先には、上質な木造の扉があり、周囲は漆喰の壁で覆われている。その前に、二人の女性の姿。
当代皇后ミナミ陛下と皇太子妃サヤ殿下。
お二人は、今扉の先に用意された祭壇にて祈祷中であり、妻たる身のお二人は、それが終わるまでこの場にて行く末を見届ける必要がある。
「あら、カミヨにトモミヤ。……それと」
「はっ!! ミナギ・ツクシロ。カミヨ閣下、トモミヤ閣下の護衛の任を仰せ仕りました」
「そうですか……、あなたがツクシロの」
そんな私達に対し、振り返りながら声をかけてくる皇后陛下。
以前、遠くから垣間見た時と同様に、その柔らかな笑みをたたえた表情は、余人には生み出せることのない慈愛の情を相手に感じさせる。
今も、私の下手な敬語とお盆を持ったまま固まる姿に対し、笑顔で応対してくれていた。
「それで、如何いたした?」
「こちらを。お二人も何かめしあがった方が良いと考えますので」
「身を休めるにはちょうどよい頃合いかと」
そして、そんなサヤ様の言に、私の持つお盆へと視線を向けて口を開くお二人。
それを見て取った二人は、はじめは真剣な面持ちであったものの、やがて表情を緩めて頷き合う。
「気持ちはありがたいけれど、お二人は今も尚、祈祷を続けられているわ。それはいただいておくから、今少しゆっくりしてきて」
「そう? 陛下もお疲れの様子ですが」
「大丈夫ですよ? これでも、そちらの席には休ませていただいておりますから。自身の身体のことは、よく分かっておりますよ」
「そうでしたか。ですが、陛下、どうぞお体を大切にしてください。私ども、陛下の御身を案じておりますが故」
「はい。ありがとうございます」
そして、返ってきた返事は、断りであった。
お二人ともお疲れのご様子だったが、それでも陛下と殿下を差し置いて食事を取るというのは気がひけるのであろう。
今回はともなく、初春の五穀豊穣を願う祭祀は数日間にわたることもあるのだ。
だが、皇后陛下は昨年ご病気で静養された事があり、皆が皆その御身を心配していた。敗戦以来、聖上陛下とともに国家のための尽くされてきた方である。
こうして、目の前でお目見えする機会を与えられたが、それでも身に着けた気品とともに、身体の中に眠る疲れといった者の存在を教えられる気がしてきていた。
「失礼をいたしますっ!!」
「どうした?」
そんな時、一人の神衛が駆け込んでくる。
「はっ。皇太子妃殿下に、面会を申し込んでおる者が来ておりますが」
「……今は祭祀の最中であるぞ? そちらで断ってかまわぬ事だ」
そんな神衛の言に、サヤ様だけでなく私達も眉を顰める。当然、サヤ様の言の通り、お引き取りを願うのが筋であるし、そもそもこのような場に訪ねてくる人間など、怪しすぎる。
だが、その神衛は、私の方を一瞥すると、なんとも言いにくそうな様子で口を開く。
「そ、それが、その者はミオ・ヤマシナと名乗っておりまして」
「えっ!?」
「なに?」
そして、その言に私とサヤ様が声を上げるのはほぼ同時のことであった。
「ツクシロ。私は妃殿下と話をしているのだ、控えろ。……如何いたしますか?」
そんな私に対し、神衛は鋭くそう言い放つと、サヤ様に返答を促す。
たしかに、今この場で私情を混ぜることは御法度。それでなくとも、この場に同席していること自体が特別扱いのようなものだ。
とはいえ、事情を知る神衛達にとっては、苦言を呈することが精々のようでもあったが。
「…………陛下、いえ、お母様。……よろしいのでしょうか?」
「私はかまいませんよ。あなたが、それで満足であるのならば」
「はい。……すまんな、通してやってくれ。ツクシロ、あなたも行きなさい」
「は、はいっ!!」
そして、わずかに思考した後、皇后陛下に対して、あえてそう言う形で口を開いたサヤ様。その表情は、普段以上に硬いそれであったが、皇后陛下は変わらぬ柔らかな笑みでそう答える。
それにより、表情を明るくしたサヤ様は、私に対してそう促す。
他の人達も私が迎えにいくべきと言う意見には賛同している様子で、皆笑みを浮かべてくれていた。
しかし、私はその命を為すことが出来なかった。
いざ、入口に立つ神衛とともに迎えに行こうと思った矢先、部屋が、いや建物が、いや大地が、激しく振動したかと思うと、このケゴンの地一帯に連続した三つの鐘の音が響き渡ったのだ。
三つの鐘。即ちそれは、敵襲を告げる鐘であった。
「敵襲だと?」
「…………先手を打たれたのかっ!?」
「そんな馬鹿な。どこから、情報が」
それを耳にし、すべての事態を悟ったかのように口を開く皆様。
敵襲事態に動揺していると言うよりは、この状況への驚きの方が大きいようにも思える。正直なところ、お三方が大きく動揺している姿は意外すぎるものであり、それだけで事態の急変性が理解できるのだ。
「ミツルギっ、ツクシロっ、状況を探り、緊急体勢を敷かせなさい。それまでは、私達がお守りする」
「はいっ」
「御意っ。――――っ!? な、なんだ貴様っ!!」
私達に対し、鋭くそう命じたサヤ様の言に頷く私と神衛ミツルギ殿。しかし、駆け出そうとした矢先、ミツルギ殿の驚いたような声が耳に届く。
刹那、何事かと思い目を見開いた私の耳に、空気を斬り裂くかのような乾いた音が届く。
――――それは紛れもなく、砲筒の発射音。
一瞬、自分が狙われたものだと勘違いした私は、瞬時に真横に飛び退き、懐から自身に下賜されている砲筒を手に取る。
しかし、狙われたのは……。
「サヤっ!?」
「っ!? しっかりっ」
ミスズ様とアイナ様の、尋常ではない声が耳に届く。視線を向けると、胸元を赤く染めたサヤ様が、そこを抑えてゆっくりと崩れ落ちていく。
それは、一瞬の出来事であったのだろうが、今の私にはそのすべてが低速になり、何もかもが停滞しているように思えた。
これが夢であって欲しい。
そんな受け入れがたい現実に、無意識に身体がそうさせたのであろうか?
「さ、サヤ様っ!?」
「ツクシロさん、典医を呼びなさい。ミツルギさん、追撃はよい。情報の収拾とヤナシナさんをこちらに」
「は、はいっ!!」
「申し訳ありませぬっ!! 御意にっ!! ツクシロ、行くぞっ!!」
混乱するしかない私は、我を忘れてサヤ様の元へと駆け寄るが、静かにそう告げてきた皇后陛下の言に、はっとしながら自分を取り戻し、抜刀して駆けだしかけていたミツルギ殿もまた、飛び掛かる勢いで土下座をすると、再び起き上がって駆け出していく。
自身が暗殺者の接近を察せなかったことを恥じているのだろう。
修練の際にお世話になった事のある方だったが、責任感の強い人であったことを覚えている。
とはいえ、今はそんなことを考えている場合ではない。
剣戟の音は周囲に響き渡り、今もまた、一つの衝撃とともに大地が揺れている。
なによりも、サヤ様が、私にとっての恩人とも呼べる方が倒れられた。その事実だけが、今は私の脳裏を支配しようとしていた。




