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第九話

すいません。めちゃくちゃ短いです

 制服の下につけた革製の防具は、重みも感触もほとんどなかった。


 はじめてこれを身に着けることになったのだが、感触の少ないそれのわずかな重みと感触がその数倍の“責任”という名の重みを私に自覚させる。



「――っ。さて、行きましょうか」



 一つ息を飲み、遙かをはじめとする他の神衛達に声をかけ、校庭へと向かう。


 私と同様、他の白の会、“白百合”の者達も無言のまま。普段であれば、年相応におしゃべりをしたりしている者達の表情にも緊張の色がたたえられている。


 数日後には、スメラギ三大聖地の一つであるケゴンの地にて、終戦記念式典とヒサヤ様の立太子のための儀式が執り行われる。皇族をはじめとする高家の皆様、加えて、政府や各国総督府の関係者までが護衛の対象となる。

 私達にとっての初となる公式任務であり、普段であればヒサヤ様のことだけを考えれば良い状況から、正式な神衛の一人として要人護衛を担う事になる。

 もちろん、上司の命令に従いながらのことであり、私達は単なる補助要員に過ぎない。しかし、これを身に着けて護衛の立場に立っていれば、当然のように神衛の一人として見られる。

 私達の一挙手一投足が、皇室の、そして皇国の威信にかかわってくるのであり、軽率な振る舞いは当然できず、失態は絶対に許されなかった。


 それ故、皆が皆口数少ないまま校庭にて整列し、正規の神衛達の到着を待っていた。

 任務に対する不安と緊張感が私達の口から言葉を失わせているのだ。


 そんな私達も正規神衛達が姿を見せ始めると、一斉に身体を緊張させ、居住まいを正す。この程度の統率ならば身体に刻みつけられている。

 これから、正規の神衛達とともに、神皇陛下をはじめとする皇室の皆様を護衛し、ケゴンへと続く道中を進んでいく。


 久方ぶりの行幸であり、セオリ地方だけでなくバンドウ地方に住むスメラギ人にとっても陛下のお姿を目にする機会を得ることになるのだ。


 ユーベルライヒの支配は穏健と言うべきか、飴とも言うべきか。少なくとも、平穏な生活が保障されてはいるようであり、大きな混乱は起こっていない。


 私達が向かう、ケゴンの地がある山岳部を除いて。




「ふう……。皆さん、平穏には過ごせているみたいだったな」



 バンドウ地方に入り、ケゴン目前の本陣。セラダにて宿泊する夜。私はお兄様とともにヒサヤ様に呼び出され、宛がわれた寝所へと足を運んでいた。


 寝所にてくつろぐヒサヤ様は、大分お疲れな様子であったが、バンドウ地方の住民たちの様子にとりあえずは安堵したようだ。

 バンドウ地方は、ユーベルライヒの大陸進出への拠点であり、スメラギ人で組織した自警部隊の他に、ユーベルライヒ“西方”総軍及び第七艦隊の拠点が置かれている。

 ユディアーヌ大陸東部。所謂、極東と呼ばれる地域に位置するスメラギ公国に駐留する軍団であるのだが、それを“西方”と呼ぶというのは、ようはユーベルライヒはユディアーヌ大陸に属する国家ではないからである。

 スメラギ西方にある大洋を隔てた先にある存在するとされる大陸の国家だった。



 スメラギとの接触は、今から200年以上の時間を遡る。

 当時、乱世の終わりから続く平和を謳歌していたスメラギに対し、友好を求めてきたことをはじまりとする。

 それが、すべての悲劇の始まりであったことに、当時のスメラギが気付いた時には、すでに一つの脅威が目前に迫っていた頃であった。

 細かい歴史までを語るつもりはないが、結果としてスメラギの敗北へと繋がる原因を産みだした国家。それが、ユーベルライヒ連邦帝国だった。

 そして、今ではバンドウ地方に生きるスメラギ人に対しては、ユーベルライヒ国民との同等の待遇と生活を提供できるまでに地方を発展させている。

 スメラギ政府もバンドウ地方にあり、多くはユーベルライヒ、聖アルビオン派で占められ、その恩恵はホクリョウ、ソウホクの両地方を除くスメラギ国民にも行き届いてはいる。

 しかし、それは善意なんかではなく、スメラギ人から完全に牙を抜くための同化政策の一種であることは、神衛達の間では暗黙のうちに理解されていることでもあった。

 実際、ユーベルライヒや政府からの施しに比べ、私達にできることなど無に等しい。

 それにも関わらず、行幸の列に詰めかけるスメラギ人はバンドウ地方各地から詰めかけてきており、沿道の賑わいは警備兵たちでも抑えきれぬほどのものでもあった。



「すでに、スメラギではなくユーベルライヒの民として生きているようなものなのに。私達に向ける視線は」


「まだまだ、皇室を思う心は消えていないと言う事ですね」


「だといいがな」



 ヒサヤ様も多くの住民と交流されて大分お疲れな様子だったが、自分達に向けられる視線に安堵したようにも見える。

 同化政策が続いていたとはいえ、心までユーベルライヒの民になったわけではないことも分かる。


 しかし、ヒサヤ様には何か思うところがあるようだった。



「ヒサヤ様、何かお考えですか?」


「なんで?」


「いえ。なんだか、お元気が無いようですが」


「まあ、疲れているしな」


「そ、そうですか」


「ミナギ。いい加減、殿下のご冗談にも慣れろ……。して、私には如何なる御用件ありましょうか?」



 そんな私とヒサヤ様の会話に、お兄様が苦笑しながら割って入ってくる。


 冗談と言われても正直困るのだが、たしかにヒサヤ様の言には何らかの意図があるようにも思える。



「ああ。ハヤト、失礼なもの言いかも知れないが、今だけは神衛ではなく、フィランシイルの人間としての話を聞きたいんだ」


「それは……」


「フィランシイルは、フィランスの支配を覆して建国された。私達にとっても、その過程が参考になるような気がしてね」


「参考とは?」


「ああ、ミナギはまだ知らないんだったな」


「知らぬとは……。ですが、フィランシイルのことを参考にすると言うのならば」


「支配からの脱却。でもな、今日までの行幸を見ると、私達が民を縛っているようにも思えてしまってね」



 私の言に、ヒサヤ様は目を閉ざしてそう答えた。



◇◆◇



 普段は静かな寒村とでも言うしかない地に、賑やかな灯りが灯されている。



「滑稽なものだな。散々施しをくれてやったにも関わらず、ボス猿がやってくればあの調子だ」


「それでは、貴国のように収容所や教育司祭を持って思想を統制しますかな?」


「そんな周りくどいことをせずとも、殲滅してしまえばよいのだ」


「それで、終わりなき内戦を産むというのですかな? 大陸のように」


「きっかけとしては十分だ」


「お好きな方だ」



 闇夜の中で静かな笑みを浮かべる男達。


 その視線の先にある灯火に向けるのは、それぞれの意図に包まれた光達。それが何を意味するのか、灯火の中にある者達が知るよしもなければ、察する者達も存在している。

 


 運命の日。



 その前日にあって、それぞれの思惑は、まさに宵の闇の中を蠢き続けていた。

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