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第三話

ちょっと短いです

「それじゃあどうする? 通りで遊んでたら、まーた、ミナギが母ちゃん達にぶっ飛ばされるし」


「私は大丈夫だよ?」



 外に出るとシロウが振り返って口を開く。


 ミナギ自身、なぜか大人に暴力を振るわれても痛いと思うような事は少なく、大人達も子どもの手前、本気の暴力を振るっているわけではないのだろうと思ってもいた。


 もっとも、それだったらあそこまで憎しみのこもった視線を向けなくてもいいとも思うが。



「なら、裏の森でかくれんぼでもしない? そこなら、ミナギちゃんの家はすぐだし、お父さん達は来ないから」


「それでいいや。おっ? これ使って筒蹴りにしようぜ?」



 こども達の一人で、スッと背の高いスレンダーな女の子、サキがそう提案すると、シロウが道に脇に転がっていた竹筒を手に取り、森へと駆けていく。


 ミナギ達が住む下町の外れには、小さな森があり、その一角に小さな古びた神社があった。

 普段は参拝者もなく落ち着いた神社であり、宮司夫妻も物腰大らかな老夫婦で、こども達の遊びにはいつも笑顔で場所を提供しており、ミナギに対しても好意的な人物である。



「こんにちは~。また、遊ばせてもらっていいですかぁ?」



 元気よく先頭で鳥居をくぐったシロウが声を上げると、境内にてお茶を飲んでいた老夫婦は笑顔でそれを快諾し、こども達は元気な声で鬼を決めると、一斉に敷地内に散らばっていく。


 じゃんけんが弱いミナギは、案の定最初の鬼になってしまい、シロウの蹴った筒を大急ぎで追いかける。


 本殿や狛犬などに当たらなくて良かったなどと思いながら筒を元の位置に持ってきたミナギは、筒に目線を向けながら側の茂みへと向かうと、そこには短く刈り込んだ黒髪が見える。



「シロウ君っ!! みっけっ!!」


「うそ!? はええっ」



 そう言うと、ミナギは足早につつの元へと戻り筒を踏みつける。筒蹴りは、鬼に見つけられても鬼より先に筒を蹴ってしまえば見つかったことは無効になり、その時点で鬼に捕まっていた人も隠れてしまって良くなる。


 リーダーであり、責任感の強いシロウはいつでも筒を蹴りに行ける場所に隠れていると思ったのだ。



「くそぉ……。まーた、ミナギに」


「たまたまだよ」



 筒の置かれた円の傍らで悔しそうに口を開くシロウを尻目にミナギは次々に友達を見つけていく。


 通常、鬼になったら数回は筒を蹴られてしまうモノなのだが、ミナギは仲間内では運動神経や勘がいいため、いつもあっさりみんなを見つけてしまうのだ。


 その代わり、隠れている時は人がいいため罠に嵌ってすぐに捕まってしまうのだが。



「さーて、後はユイちゃんだけだね。でも、一人で隠れているのかな?」



 次々に隠れている友達を見つけ、蹴りに来た子よりも先に筒を踏み、あっさりとあと一人を残すだけになったミナギであったが、仲間内での歳年少である少女、ユイの姿が無いことに気付き、周囲を見まわす。


 普段はサキや他の子が一緒にいるのだが、今回は少々真剣になってしまい、目を離してしまったようだ。



「あの子もはしっこいからね」


「それに変わってるしなあ。いつもはサキがついてんのに」


「ええ? 私のせい?」


「私が見つけるから、喧嘩しないで、ん?」



 まだ、遊びの最中であるが、一番小さな子がいないことに動揺し、みんな揃って周囲を見まわす。


 小さいとはいえ、中々運動神経も良いのだが、いつも悠然と空や木や壁を見つめている変わった子でもあった。

 それ故に、他の子たちは保護欲に駆られ、誰かしらが一緒に行動していたのだが今回ばかりはいつも通りにいかない様子だった。

 ジト目でサキを見たシロウに、驚きつつもムッとした様子で睨み返すサキを宥めたミナギであったが、目の前を舞う影に思わず上を向く。



「あっ!?」



 そんなミナギの視界に映る白い影。見ると、境内を覆うように広がる大樹の枝に腰を下ろして、濃い緑に彩られた木々に目を向けている少女の姿が目に映った。



「ユイちゃん。見つけたよー?」



 そう言って筒を踏んだミナギであったが、その声にユイはミナギを一瞥すると、それきり黙って彼女を見つめてきた。

 一向に降りる様子もなく、こちらを見つめてくるユイ。

 ミナギ達は顔を見合わせて口々に降りてくるように促すが、ユイは無言のままこちらを見つめてくるだけであった。



「……もしかして、降りられない?」



 その様子を見て、なんとなくそう呟いたミナギに対し、ユイがふるふると身体を揺すりながら頷く。



「えっ? うそ? じいさん呼んでくるよ」


「そ、そうだね」


「は、速く速く」



 ミナギの言とユイの様子にシロウ達が慌てはじめ、足の速いシロウが社務所へと駆けていく。


 小さな神社とは言え、境内を包み込むような大きさのある木である。とてもではないが、子どもが上れるようなモノではない。そもそもユイがどうやって上ったのかという問題でもあるが。


 そんな調子で慌てはじめた周囲を無視し、ミナギはゆっくりと大樹に近づくと、その幹に触れる。


 さすがに年数を重ねているだけあり、ゴツゴツとした革は簡単に取れそうにない。


 そして、思った時には行動していた。



「え? ちょ、ちょっとミナギー??」



 背後からサキの声が耳に届くが、ミナギは木の幹の凸部分を巧みに見つけて足と手をかけ、するすると大樹を上っていく。

 その様子に、ユイを見つけた時以上に騒ぎはじめるこども達を尻目に、ミナギ本人は満足しながら木を上っていた。

 昔、たまたま読んだロッククライミングの記事を見て、いつかはやってみたいと思っていたことと、木を上ったりするような遊びにあこがれがあったのだ。

 そこに加えて、普段から他の子どもよりも運動能力に秀でたことが、自信を与えてもいた。

 そんな事情を知るよしもないこども達の声を尻目に、ユイの座る枝へと辿り着いたミナギに、ユイは珍しく感情を表情に出す。

 当然、これほどの大樹をあっさりと上ってしまったミナギに対する驚きであったが、そんなことを気にする様子もなく、ミナギはのんきに口をひらく。



「お待たせ、ユイちゃん。それにしても、すごく高いね~」



 ミナギはミナギで、やりたかったことに対する達成感に包まれており、周囲の驚きはどこ吹く風で、ユイの傍らに腰を下ろす。

 すると、それまでユイ一人の小さな身体を乗せているだけであった枝は激しく揺れる。



「っっっっっ!?!?」



 声にならない叫びを上げてミナギに抱きつくユイ。危うくバランスを崩して転落しかけたミナギであったが、なんとかそれをこらえると、一気に現実を直視しはじめる。

 よくよく考えれば、落ちたらただでは済まないほどの大樹に上っているのである。のんきにかまえている場合ではなかった。



「ごめんねユイちゃん。ゆっくり降りるから、しっかりしがみついていてね?」



 涙ぐむ目で見つめてくるユイにそう声をかけたミナギは、こくこくと頷いて抱きついたユイを背に回すと、ゆっくりと来た道を戻る。


 先ほどよりもユイの体重が加わっている分重く感じたが、間違いは絶対にあってはならないという思いがミナギにはあり、慎重に場を選んでいく。

 こども達は、シロウに連れられて境内に出てきた宮司夫妻が心配そうに見守る中、ミナギはゆっくりと降りていく。



 しかし、ミナギがいくら気をつけたとしても、彼女にしがみつくユイにもまた限界が来る。


 ふっと、自分に抱きつく力が弱まったことを自覚したミナギは、慌てて目を見開くと、首を回してユイに声をかける。




「わ、ユイちゃん、頑張ってっ!!」


「む、無理ぃ……」


「え? ちょ、ちょっとっ!?」



 そんな声が耳に届いたと同時に、ミナギは自分にしがみつく重しが急速に消えていくことを感じる。


 そんなミナギの目には、全てがゆっくりと動いているように見えていた。


 そして、思った時は、自分もまた木の幹から腕を放し、虚空へと身を投げ出す。助けなければ。そんな思いだけが彼女の心を支配していた。


 ほどなく、勢いに任せて小さな身体を抱きしめたミナギは、覚悟を決めて目を閉ざした。

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