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第六話

 夕刻になると涼しい風が窓辺から吹き込んできていた。


 担当箇所の掃除を終えた私は、その窓辺に立ちながらゆっくりと息を吸う。すでに初夏の兆しが出はじめた季節になり、木々も緑の葉をつけている。

 そのため、豊かな森林にかこまれた学院周辺の空気は非常に良いモノであるのだ。



「ツクシロ。そっちは終わった~?」


「はい。そちらは?」


「これを片付けてきたら終わりだ。それで、今日の我々はどっちだ?」


「リアさん達と一緒です。お待ちしていますよ」



 そんな私に対し、春先より目に見えて背が伸び始めたヒサヤ様とそれより長身のリアネイギスが声をかけてくる。

 どちら? というのは、白の会の修練場所の事である。今は、白の会の離れだけでなく、学院の施設を使用して修練に取り組んでいるのだ。

 そのため、今日は同級生であるリアネイギス達とも一緒の日である。


 あの日までリアネイギスと同じクラスであったことを知らなかったのだが、それ以降はヒサヤ様を巻き込んで行動を共にしている。

 長身で普段は寡黙な彼女は、ティグ族と言う事もあり同級生たちとは深い付き合いをしていなかったようだ。


 とはいえ、実際の彼女は寡黙とは無縁であったのだが。



「しかし、今まで隠れるようにしてやっていたことが、こんな大々的にできるようになるとはな」



 片付けを終え、離れへと向かいながらヒサヤ様がそう口を開く。


 これからの神衛の修練に対してのことであり、私も無言で頷く。春先までは、学院と皇居の境にある離れの中庭にて行っていた修練であったが、今では学院内にある武道施設や校庭などを使用して行うことができている。


 きっかけは、あまり喜ばしいことではないが、私達のお泊まりであった。


 ニュン族とティグ族の代表者と白の会に属する神衛候補生との接触を図ったというのが真相であったが、そこでリアネイギスが同室のサキに対してヒサヤ様の事を口にし、私とハルカが臨戦してしまったため、事が公になりかけたのである。

 元々、シオン師範やアツミ先生達は、アドリエルやリアネイギス達のことを上層部から知らされており、彼女達には学院内の施設を一部開放して修練に当たらせていたようである。

 しかし、この件でサキを巻き込んでしまい、どこから真相が漏れるか分からない状況になってしまった事で、神衛側としても別の対応を迫られることになったのだ。

 当然、私達は上層部から叱責を受け、ヒサヤ様だけでなくサキの表面的な護衛も求められることになった。

 だが、水面下で動く神衛達の存在がヒサヤ様の周囲以外でも目に付く可能性は高くなり、加えて真相を知ったサキ本人への囲い込みというのも必要になってきている。

 そのため、かねてより要請のあった神衛の拡充を目的に、白桜生限定での志願者の募集を行うことになったのだ。

 これにより、サキは本人の「最近、シロウが調子に乗っているから叩きのめしてやりたいの」という、要望は果たされることになったのだが、その後にシロウをはじめとする友達も志願してしまい、今では彼女とともに修練に参加していた。

 もっとも、彼らは神衛の指揮の下で動く、言わば近衛兵的な役割であるため、私達のような指揮官教育は受けることは無い。


 それでも、神衛自体の拡充という変化が一つの失言と軽率な行動によって引き起こされたことになる。

 当初は、私達5人全員の処断すらも考えられていたとお兄様から聞かされたことを考えれば、真逆の結果になったと言えるが、お父様の顔に泥を塗ってしまったことには変わりない。


 リアネイギス、いや、リアの軽率を装った確信的な振る舞いが原因であるとはいえ、神衛上層部やシイナ閣下たちからの視線が以前よりも鋭くなっていることも自覚していた。


 彼らからすれば、私に対して親身に振る舞うヒサヤ様のことを考えれば、気が気でないのであろう。

 私自身に大きな咎は無いとは言え、お母様の成したことをいまだに赦していないように思える人は大勢いる。

 私とすれば、真摯にヒサヤ様の護衛に当たる以外には無かったのだが、そこに来ての先日の失点。

 お父様の手前、目に見えた批難や放逐の類はなかったが、それでも私に対する不信は変わらないだろう。



「ミナギ、難しい顔をしてどうした?」



 そんなことを考えている私に、ヒサヤ様が首を傾げながら問い掛けてくる。


 出会ったばかりの頃と比べれば、鋭さを含めて皇族としての振る舞いをするようになっているヒサヤ様であったが、こう言った仕草を見ると年齢相応の少年の顔が見え始める。

 自由に過ごせる時間はあと僅かであり、本人としては未練がないように過ごしている様子だったが、時折こういう面が顔を覗かせるというのは、まだ、子どもでいたいという無意識の表れであるのかも知れない。



「なんとも、おかしな気分だと思いまして」



 とはいえ、それを口にするわけにも行かず、私は口元に笑みを浮かべながらそう答える。



「私達と一緒に訓練することが?」


「そうですね。思えば、リアさんの不用意な発言が発端でしたが」


「まだ、言うの? 悪かったって、言ったじゃない」


「分かっていますし、責めるつもりもありませんよ。ただ、三年間も他の生徒の目に触れぬようにやって来たことが公になったのです。変な気分ではありますよ」


「そうだな。でもさ、それまで初等科生達が遊んだり、行事で使用するぐらいしか使い道が無かった施設だし、宝の持ち腐れにはならなくてよかったんじゃないか?」



 たしかに、ヒサヤ様の言うように一般学生たちが帰宅してしまえば離れと職員室、研究区画以外は無人になり、施設もそのままだった。かといって、道場などは授業でも使用する頻度が多いわけではない。


 加えて、現代日本のような一般開放も行われているわけではないので、維持費ばかり掛かる施設というのが実際の所だったようだ。


 皇居に隣接しているため、警備などを考えれば開放するわけにも行かなかったのであろう。

 加えて、趣味で武道や球技を嗜むほどの余裕は国民にはないし、鍛錬などを行う者は自宅にそれなりの設備を用意するのが普通であった。

 軍そのモノが解体されているが、戦争経験者などは昔の感覚を忘れぬよう、自宅にで鍛錬を行うモノが多いのだという。


 この辺りは、戦争から六〇年の時を経ても変わっていないという。



「そうですねえ。では、ヒサヤ様、リアさん、今日も負けませんよ?」


「ふうん、言うじゃない。この前は不覚を取ったけど、今日は無いわよ」


「私だっていつまでも負けてはいないぞ」




 そんなことを考えつつ、私達は道場への扉をくぐっていた。



◇◆◇



 正直なところ、同室の二人とはミナギと同じ何かを感じていた。


 弓を引き絞り、視線の先にある的を睨みながら私は傍らにて弓を引き絞る少女を視線を送る。

 先に放たれた彼女の矢は見事に的の中心を射抜き、それを見た私も、視線を戻すして矢を放つ。

 わずかに音を立てながら飛翔したそれであったが、一瞬集中を絶ったためか、中心からは外れてしまう。



「あ、外れた……」


「いや、十分であろう」



 弓を下ろし、矢の刺さった的を見つめながら私がそう呟くと、傍らにて弓を構える少女、アドリエルがそう口を開く。

 専門的なことはよく分からないが、はじめて二ヶ月ほどなら的に当てられれば十分だと言う事は聞いている。


 とはいえ、的には最初の頃から当てられているので、出来る限り中心に当ててやりたいと思ってもいた。

 そんな私の心情を察したのか、エルは弓を下ろして口を開く。



「サキ、どうかしたのか?」


「別に、真ん中に当てたいなって」


「その前だ」


「あー、今更ながら、あの時のことを思いかえしてさ。よくよく考えてみれば、あなた達は私と違うんだと、はじめっから思っていたみたいで」


「たしかに、今更だな。神衛との合同修練も開始され、すでに二月も経っている。まあ、その要因にもなっている分、気持ちも違うか?」


「そうだね。実際、私がリアの話を聞いて、それだったら一緒に鍛えたいなんて言い出したのが発端でしょ? なんだか、悪いことしちゃったなって」



 実際にところは、悪い事をしたというより面倒なことに巻き込まれたと言う思いの方が強い。ミナギと再び会えたことは嬉しかったけど、私はあの子のように強くないから、皇子様の為に……。なんてことはとても言えない。


 とはいえ、迷惑だなどとあの時の四人を突き放すこともできなかった。ハルカとは入学以来仲良くしているし、エルとリアも同様だったのだ。

 だからと言って、私がみんなのように命をやり取りをするような立場に身を置くというのは、正直なところ、すごく怖かった。



 弓を武器に選んだのも、直接殺し合いなんてしたくなかったからだ。




「ふむ。だが、神衛としては、あなたを見いだせたことは僥倖だったと思うがな」


「どうして?」


「私ごときが言うのもなんだが、弓の才はたしかだ。教官達も認めているしな」



 そんな私に対し、エルは口元に笑みを浮かべながらそう言う。


 たしかに、教官達も驚くほどの速さで私は上達しているらしく、弓なども汎用品から専用の弓を用意されている。

 おかげで精度や威力も十分なように感じている。はじめは引くのも大変だったのだけれど、慣れてくればそうでもない。


 ただ、以前エルがやっていたような流鏑馬や模擬戦での近接戦闘などはからきしだった。

 実際、相手の得物を躱して弓を得たり、矢が尽きた時に弓を槍代わりにして戦うなんて芸当は無理だと思う。

 なんでも、私がもらった弓は弭先に刃が取り付けられるようになっているらしく、接近戦とかのと気には槍の一種として使用できるとも聞いている。



 とはいえ、その辺りのことはからっきしだった。



 元々、さっぱりしているとか、年上のように見られやすい質だったけれど、それは気の小ささを隠すための行動が影響していたのだ。

 正面からの戦いなど、考えるだけで萎縮してしまう。



「それに、護身とかのために色々教えて欲しいと言ったのはサキであろう? シロウたちを叩きのめすとか言った以上、頑張るしかないな」


「うう、言うんじゃなかったと思ってるよ……」


「ふふ。ん? 何事だ?」



 微笑からはっきりとした笑みを浮かべてそう言ってくるエル。


 たしかに、言い出したのは私だが、こんな大々的に募集をはじめてしまったので、シロウたちも一緒に修練を受けているから、私に大きな利点は無い。


 聞くところによれば、私達がやっていることは技術的なことだけで、神衛と呼ばれる人達が行っている訓練はもっと厳しいらしいから、それはそれで良かったのかも知れないけど。



 そんなことを思っていると、何やら大きな喊声が耳に届いてくる。


 周りの生徒達もそれに驚いて顔を見合わせているが、私達の様子を見ていた先生達が慌てて弓道場から駆け出していくのを見て、私とエルもその後を追う。



 弓道場から出るとちょうど校庭の方から駆けてくるシロウたちの姿が目に映った。



「シロウ。何かあったの?」


「わからねえ。なんか、ツクシロがどうのこうのなんていうのを耳にしたから、ミナギが何かやったんじゃないか?」


「ツクシロが? あの者も、色々と面倒ごとに巻き込まれるな」


「あ、アドリエルさんじゃん。今日もかわいいな」



 そんな時、後からやって来たエルが、ミナギのことを思いながらフッと息を吐き出す。どうにも苦労性なミナギのことを思っていたようだが、そんな空気もシロウの軽口で台無しになってしまう。



「ふむ。貴公も、その軽口が無ければ男前なのだがな」


「そうかい? だってなあ、サキ」


「何よ?」



 苦笑しつつ、そう応じたエルの言に、シロウは笑みを浮かべながら私に対して視線を向けてくる。

 正直なところはいいところだと思うけど、昔からそれで失敗していることにいい加減気付いて欲しい。

 ついつい、口調が荒くなる。



「なんだよ。実際、アドリエルさんきれいだよな?」


「まあ、そうだけど」



 とはいえ、彼の言い分には同意せざるを得ない。と言うより、私が仲良くなった普通とは違う子達は、みんながみんなが美人過ぎる。

 エルは何というか、絵本とかに出てくる女神様みたいな外見をしているし、ミナギはミオおばさんと同じで人形みたいな美人だし、ハルカは活動的で印象を与えてきて、外見の良さがよけいに引き立ってくるし、リアは同じ年とは思えないぐらい大人な見た目ですごく色気がある。


 なんというか、一緒にいても気後れするような子達ばっかりだった。



「シロウよ。そう言う軽口は、昔からの友人にも向けてやると良いのではないか?」


「え? サキだってかわいいけど、別に改めて言う事じゃないよな?」


「いや、知らないし。そもそも、同情してくれなくっていいよ……」


「ふむ、そう言う関係ではないかわけか。まあよい、行って見るとしよう」


「あ、ちょっとっ!!」



 エルの言にシロウは再び軽口を叩いてくるが、こんな馬鹿な事ばかり言うヤツに言われても別に感動するわけではない。

 小声で言ったこともしっかりと聞こえていたけど、幼馴染み以上の感情を抱いたことは正直ない。



「うーん、変わっている人だな。まあいいや、俺らも行こうぜ?」


「はあ、そうね……」




 そんなエルの後ろ姿を笑顔で見送っていたシロウの言に頷く、エルの残り香が鼻をつき、なんとも心地よい感じがしたが、今はそれよりも騒ぎの事の方が気になっていた。

訂正します。

日常展開は、第七話、八話の二話で終わらせ、第九話からは式典の方に移る予定です。


ここから、少しきつめな描写が増えていく予定になっています。


また、お気に召さない展開等がございましたら、どんなに手厳しくてもかまいませんので、遠慮無く言ってきてください。

内容に影響するかは分かりませんが、今後の参考などにさせていただきたいと思っています。

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