第五話
昨日は投稿できず、申し訳ありませんでした。
「まったく、まともに顔を合わせるのははじめてなのに」
「ご、ごめんなさい」
あの後、目を覚ましたリアネイギスさんは、すっかり機嫌を悪くしてしまい、今も頬を膨らませながら口を開く。
ついつい抑えが利かなくなってしまい、不快な思いをさせてしまっただけでなく、うっかりと寝起き様に彼女の爪に触れてしまい、派手に流血するといった失態まで演じてしまっていた。
そんな騒ぎのせいで気勢が削がれてしまったらしく、今は怒りも収まっているようだった。
目を覚ましたら見知らぬ女に頭を撫でられていては驚くし、苛立ちもする。本当に悪い事をしてしまったと思う。
「それでサキ。この二人が?」
「そ。撫でてた方がミナギで、そっちの髪の短い子がハルカ」
「ツクシロの方は、知っているんだけどね」
「え?」
一連の失態を恥、気落ちしている私を横目に、サキに対してそう問い掛けるリアネイギス。ただ、わたしの名を聞くと、やれやれといった様子で視線を向けてくる。
何事かと思い目を丸くする私に対し、彼女ははっきりと肩をすくめる。
「はあ、やっぱりね……。教室じゃあいつも“皇子様”にべったりだったし」
「なっ!?」
しかし、彼女の口から出た言葉は、思いがけないモノであった。
“皇子様”を強調し、私とハルカを試すように視線を向けてくるリアネイギス。私達よりも頭一つ分高い長身であるため、なんとも見下ろされているような気分にされるが、今の彼女には先ほどまでののんびりと昼寝をしていた少女の姿は無い。
「ちょっと? どういう事か聞かせて欲しいんだけど?」
そして、驚く私を余所に、サキが腰に手をかけながらリアネイギスを睨み付ける。当事者である私よりも、様子を見守っていたハルカの方が、事態を察しやすかったようだ。
「わ、ちょ、ちょっと。どうしたの、二人とも??」
「……事情を知らない者もいるというのに、ちょっと軽率じゃない? どういうつもりなの?」
「ハルカ」
そんな私達の様子に、慌てて割って入ろうとするサキだったが、事情を察しているのか冷静なアドリエルに止められ、その場で目を白黒させている。
それを見たハルカがさらに表情を険しくするが、さすがに苛立ちすぎだとも思った私は静かに彼女を諭す。
「こういうのははじめが肝心だよ。それで?」
そんな私に対し、ハルカは鋭くリアネイギスを睨み付けねがらそう答える。
しかし。
「っ!?」
一瞬の間に、リアネイギスの姿は私の達の眼前から消え、咄嗟に私とハルカは隠していたナイフを後方へと突き付ける。
わずかな風とともに、鋭い爪が私達の首筋に当てられたのは、私達のナイフがリアネイギスの首筋に突き付けられたのとほぼ同時のことであった。
「あっ…………」
そんな一連のやり取りを、混乱しながら見つめていたサキが、煌めく刃の光に思わず気を失う崩れ落ち、アドリエルに支えられる。
彼女はその状況を真剣な表情のまま見据えており、目の前で起こっている事態に対しては驚く様子はない。
そうしたまま、ほんの数十秒、私達はつばぜり合いを繰り返すことになる。
「そろそろやめておけ、三人とも。サキ、大丈夫か?」
そんな状況に終止符を打ったのは、アドリエルの静かな一言で、私達は一斉に武器を下ろす。
それでもハルカはリアネイギスを睨み付けていたが、リアネイギスの方はどこ吹く風といった様子で平然としている。
「ふう…………アドリエルさん。どいうことです?」
「リア、もういい。――突然、失礼をした。これからの付き合いを考えれば、話しておいた方が良いと思ってな。サキと我々が同室になったのも、このためだと聞いている」
「ヒサヤ様の事は知っているようですが?」
互いに武器を下ろし、息を吐いた私はアドリエルに対して口を開く。
“付き合い”というのは、友人や顔見知りの類とかそう言うモノのことではないだろう。物騒な挨拶ではあるが、私達に状況を理解させるには十分分かりやすい。
「うむ。私達も就学という目的の他に、スメラギ皇室に仕えるという命を受けている。もちろん、私達は主君と仰いでいるがな。形の上では盟主という立場になる故、直接神衛として仕えることはできないのだ」
「それで、将来の宮仕えに備えて田舎から出てきたわけよ」
二人はそう言うと、それまでの緊張感を解く。
私とハルカもそれに合わせる形で二人と正対する。とりあえずは、敵対行動をとるつもりではないことは理解できた。
「それと、せっかく腕っ節も見せてもらおうと思ってね。一応の護衛が、私に遅れを取るようじゃどうしようもないし。ま、腕は十分みたいね。本気で戦ったら私が勝つけど」
なおも不敵な笑みを浮かべてこちらを見てくるリアネイギス。
たしかに、ティグ族である以上、戦いに関しては生まれ持った時点で私達とは桁違いの才能を有しているし、こうして立ち上がってみると私達よりも大人びているように見える。
ハルカや私もそこらの大人の兵士には負けないぐらいの自信はあるが、技量が同等でも身体的な能力の差を埋めるのは簡単ではない。
言い方に嫌味がないのも、自分の実力に自信を持っていることの証左でもあった。
「試してみる?」
「いいよ? と言っても、今日は駄目。お腹すいたし」
そんなリアネイギスに対し、ハルカはなおも挑発めいたもの言いで睨み付ける。
余程先ほどのことが気に障ったようだが、なんとも彼女らしくない。いつもであれば、冷静に状況を見て二人に害意は無いことを理解するのだが。
「ハルカ、リアネイギスさんの言うとおりにましょ? ここで喧嘩をしても仕方がないわ」
「分かっているわよ。でもさ、本当に不用意な言い方は辞めてよね? 情報の漏洩とかそれ以上に、サキ本人だけじゃなくて、その友達の身にだって危険なんだから」
そう言われて、私も改めて目を見開く。と言うより、自身の考えの及ばなさを恥じるしかない。
たしかに、ヒサヤ様の事を知っていれば、敵対勢力がどんな手を打ってくるのかも知れたモノではない。そもそも、白桜の学生である時点で狙われる可能性は高いのだ。
そして、サキ本人だけでなくシロウをはじめとする友人・知人たちにも何らかの形で矛先が向く可能性もある。
だからこそ、不要な情報を知る必要は無いとされ、知った以上を相応の責任を背負わされることになるのだ。
「それは軽率だったとは思うよ? でもさ、放って置いても知れることだと思うけど? 私達と同室なんだし、この子、ツクシロと友達だっただけあってけっこう鋭いから」
「だからって、知ろうともしていないのに教える必要は無い。腕があるからって、調子に乗り過ぎじゃないの?」
「っ!? だから、悪かったって……」
リアネイギスも私と同様にそれに気付かされたようであり、何とか取り繕おうと口を開くが、ハルカはそれでも口撃を緩めない。
そのため、リアネイギスは先ほどまでの勝ち誇った表情を曇らせ、言葉に詰まって俯いている。
ハルカ自身、神衛としての自分と学生としての自分をしっかりと分けて考えていることが多い。
だからこそ、神衛ではない自分の友人になってくれたサキをいらないことに巻き込んで欲しくなかったのであろう。
とはいえ、二人がサキの同室になった時点で、半分はこちらから巻き込んだもののようにも思えるのだ。
おそらく、今回の人事にはお父様をはじめとする神衛首脳部。そして、皇太子殿下等の意向も含まれているはず。
そうでなければ、種族の代表者である二人が、向こうから接近してくることは普通はあり得ない。
「たしかに、軽率であったな。私からも謝罪する、すまなかった」
そんな状況を見ていたアドリエルもまた、表情をやや曇らせながら頭を下げる。とはいえ、彼女はサキに関してはある程度割り切っていたのではないか。先ほどもサキのすぐ側にいたのであり、その気になれば軽く意識を断つぐらいは難しいことではない。
つまり、私と同様に上層部の思惑を察しているのではないかと思う。
「良いわよ。それで、サキには話すの?」
「話さざるを得ないわ。この状況では、何も知らないよりは知っている方が良いと思います」
それを無視して私に目を向けてくるハルカ。彼女にとっても、上辺の謝罪などは不要なのであろう。
それよりも、サキのことをどうするかが先決だった。
実際、今も気を失っている彼女。このまま、夢でも見ていたといってごまかしても良いが、リアネイギスの言うようにサキは勘が良く、好奇心も旺盛な性分なので、興味本位で私達のことを探ったりする可能性もある。
「では、起こすとしよう」
私の言に頷いたアドリエルは、そう言って静かにサキの身体を撫でた。
◇◆◇
「そういうことだったの? もっと早く言ってくれればよかったのに」
目を覚ましたサキを連れて食堂へ行くと、すでに学生の数はまばらであり、私達は最も人気の少ない端のテーブルを選び、食事を取りに行く。
その間、私はどのタイミングで話そうかと考えていたのだが、お盆に載せられた料理を持って席に着いた途端にサキの方から問い掛けてきたのだった。
「簡単な話じゃないんですよ。サキだけじゃなくて、ご家族にも危険が及ぶかも知れませんし」
「それは、困るけど……」
「私達の軽率が原因であるのだ。その辺りは我々が責任を持って守ろう」
「私もお父様に伝えておきます。どうやら、お二人がサキと同室になったのも、こちらの謀のようですので」
そして、私の説明に頷き、顔を曇らせたサキであったが、私達の言に言葉に詰まっている。
元々、好きで聞こうとしたことではないのだ。彼女が表情を曇らせる言われもない。だが、こうなってしまったいじょう、覚悟を決めてもらうしかない。
護衛に関しては、神衛やニュン、ティグの関係者が責任を持って当たる。だが、当人は当人で覚悟をしてもらわねばならない。
そんなことを考えると、私は騒ぎの発端となったリアネイギスへと視線を向ける。
「そこまでは知らないよ? うーん、美味しそう」
「原因作っておいて呑気なモノね」
私の言に対し、どこ吹く風といった様子で食事を取り始めるリアネイギス。彼女に対し、ハルカもやや不機嫌そうに口を開くが、食事に夢中になっているリアネイギスはそれを無視している。
目の前にある五人前ほどの量がある食事に我慢できないのは分かるが、今少し状況を察して欲しい。
「第一から、皇室の軽率さが招いていることでしょ。さっさと公表しておけば、こんな問題にもならなかったんだし」
私達の視線を感じたのか、リアネイギスは面倒くさそうに首を振る。
それに合わせて、耳がほわほわ動いていたが、今はそれを気にするどころではない。
一瞬、何を言い出したのか分からなかったが、次第に苛立ちがこみ上げてくる。
これには、さすがにアドリエルとサキも驚いたようだったが、二人が彼女を嗜める前に私はハルカを制して口を開く。
「それはそうかも知れませんが、少し発言が不敬ではありませんか?」
「そうだね。でも、君主である以上、部下の苦労とか臣民のことは考えるべきだよ。私達の軽率が原因だったとしてもね」
自分でも声が低く乾いたモノになっているのは分かる。だが、私ごときの威圧に臆することなくリアネイギスはそれに応じてくる。
「ずいぶんな言い分ね。皇室の皆様の苦労も知らずに」
「私の曾祖父母も皇族だったから、多少は分かるよ」
「…………どういう?」
「私はティグ族だよ?」
そんなリアネイギスに対して、苛立ちを抑えながらそう告げたハルカであったが、リアネイギスの口から発せられたのは思いがけない言であった。
はじめはどういう事か理解できなかったが、彼女の出身部族のことを聞くと、彼女の言い分も理解できる。
だが、それでも他国の皇室に対する批判は失礼すぎる。少なくとも、彼女が席を置く学舎はスメラギ皇室の財産で設立されたものだ。
「はいはい~、ご飯の時に喧嘩をしないの。リア、あなたも少し反省しなさいよ」
そう思いつつ、反論しようと口を開きかけた私の耳に、聞き慣れた柔らかな女性の声が届く。
視線を向けると、いつの間にかテーブルの端に腰を下ろし、食事を取っていた女性の姿。
「ミラ教官……」
「堅苦しいわね。ミラで良いわよ、それより、そう言う話は食べ終わった後にしましょ? せっかくだから、これを食べながらね」
そう言って、片目をつぶるミラ教官。その手には、クシュウ名菓の包装と印字が成された袋が握られていた。
思いがけない形での新たな出会い。しかし、そのすべてが愉快適悦とは限らないようであった。




