第四話
昨日は投稿できずに申し訳ありません。どうにも、体調が悪くて書く気力が起きませんでした。
web拍手もありがとうございました。
サキに案内されて木造の寮内を歩く。
掃除が行き届いているためか、床は光を放つかのように磨き上げられていて、檜の匂いが心地よい。
先年改築されたから木材がまだまだ新しいのであろうが、それでも集団生活を営んでいるのだから老朽化ははやいはず。
それでも、匂いが残っているというのはすごいことだと思った。
「この階って、ずいぶんきれいですね?」
そんなことを考えると、先を歩いてハルカと談笑しているサキに対して声をかける。
いくら新しい木材でも、ここまで匂いが残っているとは考えがたい。実際は、どうでも良いことだったが、なんとなく話の種にでもなると思ったのだ。
「ああ。それは、私の部屋に来てみれば分かるよ」
「どういうことです??」
「相部屋の子達に会えば分かるって事。さあ、来た来た」
私の問い掛けに、にこやかに笑みを浮かべてそう告げると、サキは段抜かしで階段を駆け上がる。
寮は三人部屋だと聞いているが、それと木の匂いに何の関係があるのだろうか?
そして、最上階へと上がると、踊り場をはじめとする各所にきれいな植木や花の鉢植えが置かれ、緑に溢れていたり、きれいに咲き誇ってもいる。
窓から外を見ると、物干しとともにガラスの張られた小さな小屋が作られている。
その周囲はガラス張りになっており、その中には、きれいに咲き誇る花木をいくつも見る事ができた。
「すごいですね。まだ、寒い日が多いというのに……、すごくきれい……」
「温室が珍しいか?」
そんな小屋を見ながら、そう呟くと背後から凛とした女性の声が耳に届く。
振り返ると、見慣れぬ異国風の衣服に身と包み、美しい金色の髪を腰まで伸ばした、白皙の肌を持つ彫刻のような女性がそこに立っていた。
「え? あの、えっと……はい」
「ふむ。たしかに、ガラス張りのものは少ないしな。スメラギの技術でも、板硝子というのは簡単ではないらしい」
「な、なるほど」
そう言いながら、私の横に立った女性は“温室”と呼んだ小屋のことを淡々と説明してくる。
その時、金色の髪の間からこぼれ出た長く尖った耳が目に付いたが、それを指摘する暇はなく彼女の説明は続き、私は前世の小説の中にあった温室をすぐに思い浮かべる。
とはいえ、こちらの世界で見たのははじめてのことであるため、驚きも大きかった。
硝子自体の製造技術は確立されていたが、現時点ではまだまだ貴重で、加工には専門の職人の力が必要とされている。
“刻印”という力の根源体が存在し、法術の類が編み出され、さらなる研究も進んでいるため、そう言った工業技術の進歩はそれほど大きくない。
このような学院の寮にそれがあるというのは、さすがに予想しなかったのだ。
「エル。そっちのことは置いといてさ、この二人が今日泊まる子達。髪の長い方がミナギで、短い方がハルカ。二人とも良いところのお嬢様だから、あなたとは話が合うと思うよ?」
そんな金髪の女性に対し、“エル”と呼んだサキが苦笑いしながら、口を挟んで私とハルカを紹介する。
どうやら、その手の話になると長くなるらしい。サキと目が合うと、案の定苦笑していた。つまり、私と同タイプと言う事なのだろうか?
「ふむ。私は、アドリエル。サキ達からはエルと呼ばれている。よろしく」
「じゃあ、改めまして。私はハルカ・キリサキ。サキと同級なんだ」
「私は、ミナギ・ツクシロと申します。アドリエルさん、以後よろしくお願いいたします」
「こちらこそ。しかし、二人ともお嬢様と呼ばれる割には、ずいぶん性格が違うし、鍛えられた身体をしているな」
互いに挨拶を交わすと、アドリエルは私とハルカを交互に見比べて、ゆっくりと頷きながらそう口を開く。
サキには白の会のことを詳しくは言っていないのだが、アドリエルはなんとなく私達のことを察しているようにも見える。
とはいえ、私達が気配を察せられないぐらいに、彼女の動作にも隙はなく、相応に鍛えられていることは明白だったが。
「エルとリアも似たようなもんでしょ? それより、部屋に行ってお風呂でも行こう? エル、リアは部屋?」
「うむ。動きすぎて疲れたらしく、寝ている」
「また? ほんと、猫みたいな子だね」
「虎は猫科だからな。とはいえ、普通のティグ族は、他の種族と変わらぬから、リアが特別なのだろ」
「そうだよね? ああ、二人ともエルはニュン族で、もう一人がリアネイギスって子で、彼女はティグ族なの。元気のいい子だけど、動くのと寝るのと食べるのが好き。って公言するぐらい寝てばかりいるんだよね。あれだけで食べて太らないって正直うらやましいよ」
「ティグ族ですかっ!? そんな子が入ってきているとは知りませんでしたよ。尚武の一族として名高いですが、そう言えばいくら飲食をしても戦いに適した身体になると聞いたことがありますね」
サキとアドリエルの会話から、もう一人のルームメイトであるリアネイギスという子はティグ族と呼ばれる種族だと言う。
ティグ族は、白虎の如き白と黒の毛に覆われた耳と尾の他、同様の毛が足首から膝上にかけてと手の甲から肩にかけて生えている獣人種で、スメラギ国内では少数の集落に住む亜人種である。
近年では大陸からの流入も多い。元々、神聖パルティノン帝国内でも、尚武の一族としての地位を誇っていた種族であるのだ。
サキの言うように、飲食の量は人間よりも多いが、決して肥満することはなく、その分の運動量や動作も人間を凌駕している。
性格は普段は温厚だが、義理高く誠実さを美とする風習も残っているという。たしかに、話を聞く限りでは、そのリアネイギスという子は、温厚そうな印象があるが。
「アドリエルもニュン族ってことは、やっぱりクマソから来たの?」
「うむ。リアとは初対面だったが、ティグ族の集落とは近接していて、交流もある」
ハルカの問い掛けに、アドリエルもゆっくりと頷いている。
ニュン族は、セオリ地方南部にあるナチ山地に広がるクマソ大森林に住む長命な亜人種の総称である。
アドリエルのように、金色の髪と白皙の肌をもった美貌の種族もいれば、少年少女ような外見のまま成長しない種族や手の平大の非常に小さな種族もいるという。
多くは森の妖精のようなものであり、普段は森の奥で狩猟や林業、鍛冶などに従事しているという。
ただ、皆が皆、長命を生かした豊富な知識を持っており、一部に祭祀や刻印術を嗜んでいる者がおり、そう言った者達が基本的に種族をまとめていると聞いている。
また、森での生活するうえで、木々との関わり合いは非常に重要なものとなり、彼らは木々や動植物の再生や生育にも深く関わっているのだという。
サキが言っていた、“部屋に行けば分かる”というのは、彼女のことを言っていたのだろう。
ちょうどそんなことを思いかえし、アドリエルもまたその一部に該当するのかと聞いてみると、ゆっくりと頷いていた。
「リアもそうだが、私もそう言った一族に連なる。とはいえ、外を知らぬわけ行かぬからこうして就学させてもらえているのだ」
アドリエルはそう言うと、こちらだと言って山水図の描かれた襖を開ける。さすがに複写のようだが、この辺りを見ても作りは相当丁寧な様子だった。
「リア~?」
二人に促された中に入り、アドリエルが魔導鉱石に触れて明かりを灯す。
中は簡単な敷居が二つ置かれていて、それぞれの生活様式に合わせた格好に分けられている。
そんな三人のスペースの前には小さなこたつが置かれており、そこでは一人の少女がうつぶせに近い格好で横たわっていた。
よく見ると頭部には猫のような耳が生えており、今もまた心地よさそうな笑顔を浮かべて眠っている。
「おーい、起きろ~」
そんなリアネイギスに対し、サキがのんびりとした声で方を揺する。しかし、彼女はなおも表情を綻ばせるだけで起きる様子は無い。
「ほれほれ~、起きろ~」
それを見て、サキはさらにふわふわと揺れている彼女の耳を突っつく。その度に、それがピクリピクリと動き、リアネイギスは頭を揺すっている。
正直なところ、見ていてすごく触れてみたい衝動に駆られる。
「全然、起きないね。ヨシツネとかが相手だったら蹴り起こすところだけど」
「なかなか、過激なのだな?」
「頑丈なのが取り柄な連中だからね」
「さすがに、毎回はやりませんよ?」
そんな様子に、物騒なことを言い出したハルカに対し、アドリエルが目を丸くしている。たしかに、神衛であれば居眠りでもしようものなら即座に拳なり足が飛んでくる。
こちらは普段から慣れたことであるが、一般学生からしてみればさすがに驚きもする。
「リアも十分頑丈だから、何ならやってしまって良いぞ? 倍になって返ってくるかも知れんが」
「ティグ族を相手に喧嘩を売る度胸はないって」
しかし、アドリエルはこちらが思っている以上に、図太い様子でそんな行動もあっさりと肯定してくる。
とはいえ、さすがの私達もティグ族を怒らせることの危険性は熟知している。知識だけの話だったが、歴史に出てくる世界を代表する戦士を排出している一族なのである。
神衛とはいえ、私達はまだまだ見習いの身。彼女が戦士としての訓練を受けているにせよいないにせよ、現状では適わない可能性の方が高い。
「それにしても、ピコピコ動く耳がかわいいですね」
「ん? ミナギも触る?」
「え?」
そんなことを考えていた私だったが、目の前出先に触られながら動く獣耳が目に映ると思わずそんなことを口にする。
そんな私に対し、サキが口元に笑みを浮かべながらそう告げてくる。思わず目を丸くしたが、今も彼女の耳はサキに撫でられてふわふわと動いている。
「いやあ、私もこれに触るのが好きでさ。普段は嫌がるから、寝てる隙にけっこう触っているんだよ。モフモフしていて気持ちいいよ?」
「でも、嫌がるのでしたら」
「全然起きないし、大丈夫だって」
「そ、それでは」
「やるのか!?」
はじめこそ遠慮していたモノの、サキの奨めもあり、目の前で動くそれを見るとどうしても手が伸びる。
アドリエルの驚いた声が耳に届くが、それを受けても誘惑に抗うのは難しかった。
手で触れてみると、ふわりとした毛の感触が広がり、耳介部分はやや固いが体温を感じる。
今まで毛布などの毛には散々触れてきたが、実際に生きているそれに触る機会には恵まれなかった。
前世では、物心つく頃には病気で外を出歩く機会は少なかったし、こちらの世界でも外で遊ぶ時にはサキ達と一緒で、動物と戯れる機会には恵まれていなかった。
白桜に入学した後は、それこそそんな時間ももてず、動物と言えば軍馬と関わるぐらいであり、自分の愛馬でもない馬を愛でるわけにも行かなかったのだ。
それらを考えれば、今自分が触れているそれは、いままでまち望んでいたモノであったのかも知れない。
耳に生える柔毛と彼女の白と黒の髪のさらさら具合の差もちょうどいい。
「あー、えっと、ミナギ?」
「いい加減返ってこい」
「こんなミナギ、はじめて見たわ」
そんな三人の声が耳に届くが、それでも私の手は止まることを知らなかった。とはいえ、普段であれば三人が私に声をかけてきた理由に気付いたのかも知れない。
いやむしろ、あれだけ派手に撫でていれば、本人が目を覚ますことも時間の問題となることぐらいは考えるべきであったのかも知れなかった。
「ええとさ、いつまで人の耳を撫でている気?」
「え?」
はじめて聞く少女の声が耳に届く。
視線を向けると、はじめの印象は異なる意志の強そうな目元から放たれる鋭い眼光が、私へと向けられていた。
◇◆◇
「それでは、ニュンとティグの?」
夏の式典に備える準備が続く中、カザミの執務室にて手渡された資料を目にしたハヤトは視線を上げながらそう口を開く。
その書類には、クマソ大森林地帯に住む、少数亜人種出身者に関する情報が書かれており、その者達はこの春から白桜学院にて就学すると同時に、夏の式典にも種族の代表者たちとともに出席する予定なっていたのだ。
「うむ。殿下とは同世代でな、向こうからの申し出もあり、在学してもらうことになった。学院にいた方が護衛もしやすいしな」
「殿下のことがありましたしね。それで、ミナギの友人に?」
「ああ。人柄は聞いているし、一般家庭の子から教えられることもあるだろう。友人であれば、ミナギやキリサキ、クロウと言った者達も気にかけるであろうからな」
それに対して頷いたカザミの言に、ハヤトは三年前の起こった皇子誘拐事件の事を思いかえす。
当初は狂言誘拐の予定であったのだが、こちらの手違いから本物の賊徒に入りこまれてしまい、皇子やともに居合わせた神衛候補生達が危機に陥ったことがあった。
元々、皇太子妃サヤの強い要望により、一般児童に混じって生活した皇子だったが、その件以降はそれを控え、代わりに神衛候補生達とともに学習や修練に勤しむ毎日を過ごすようになった。
結果から見れば目的は果たされたのだが、同行していた神衛を含め、神衛全体が賊徒と奴隷商人、そして顧客の貴族の接近を見逃してしまったことは大きすぎる失態として残っていた。
立案の責任者が辞職し、神衛全体にも綱紀粛正が行われたが、当時のわだかまりはいまだに残りつつある。
「聖上陛下の裁可があったこととは言え、あのような結果ではな。特に、今回は対外的にも影響を及ぼしかねん」
「そうですね。ただ、今回の事でミナギが上手く友誼を結んでくれさえすれば……。御本人も御身は守れると話されているようですが」
「それでも、危険は出来る限り避けたい。まあ、ミナギとキリサキならば上手くやるだろうよ」
そう言うと、二人は宵の明かりをもし始めた学生寮の方へと視線を向ける。
今回、普段であれば中々許可が下りない寮生以外の宿泊に許可が出たのは、カザミをはじめとする上層部の裁可があったからこそのこと。
そこには、皇国に住む亜人種達とのさらなる友好をはかるための意図があったのである。
もっとも、彼ら自身、自らが信頼を置く娘、妹が、普段では考えられないような失敗を犯しかねていることには、さすがに気付いていなかったのだが。
「さて、そろそろ時間だな。ハヤト、しばらくは私の息子から、元の身分へと戻れ」
「はっ……、ですが父上。如何なる見になっても、私は父上の息子でありますよ」
そんなことは露知らずに、カザミは宵の闇の深まり具合を見て席を立ち、ハヤトに対してそう告げる。
二人は養父と養子という関係であったが、それもすでに十年以上の時を経過し、誰もが養子という事実を忘れるほどに二人は信頼し合い、外見を含めた多くの所作を同じくしている。
そのため、“元に戻れ”というのは、対外的に特殊な状況になることを意味しているのだった。
「失礼いたします」
そして、皇居内のある一室へと足を運び、部屋の主からの返事を待って入室する。すでに、客人は部屋の主、皇太子リヒトの尊と談笑しはじめており、二人の到着を笑顔を浮かべて迎えてきた。
「こんばんは。ツクシロ閣下、それに、ハヤトさんも久しぶりね」
「お久しぶりです閣下」
「ふふ。このような場では、叔母と呼んでもいいのよ?」
「申し訳ありませんが、それは」
そう言って笑顔を浮かべた客人、フィリア・ツェン・フィランシア、フィランシイル総督の言に、ハヤトは背に隠した黒き翼を広げながら応じる。
自身を叔母と呼んだフィリアであったが、その外見は二人の間にある四半世紀の時間を無視するほどに若々しく、身内的な関係を考えるのならば、むしろ姉と弟といった関係の方がしっくり来る。
とはいえ、双方ともにそのような雑談をしに来たわけでもなかったのだ。
「さて、一応そちら側からの意図度今一度聞かせていただける? 形の上では、フィランシイル皇族二人が聞く形になりますから」
「うむ、カザミ頼む」
そうして席に着くと、フィリアはそれまでの友好的な笑顔から、あくまでもフィランシイルの総督としての顔になり、そう口を開いた。
そこに列席し、それぞれの話に耳を傾けるハヤトは、「長い話になりそうだな」と、静かに思っていた。
「立太子の儀」という用語に関しては、修正予定です。混乱させてしまって申し訳ありません。




