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第三話

昨日は更新できずに申し訳ありませんでした。



web拍手もいただき、ありがとうございました。

 制服に着替えて、居間に足を運ぶとお父様とお兄様が出発の用意を終えたところだった。


 中等科の入学式以来、二人は連日学院、そして皇宮に務め通しで、帰ってくるのは夜中。家には眠るためだけに帰ってきているようなものだった。

 夏の式典への準備の終われている様子だったが、この春から正式な神衛となったお兄様はさすがにお疲れの様子だった。



「お父様、お兄様、おはようございます」


「おはよう、ミナギ。今日は友達の所にやっかいなると言っていたな。積もる話しもあるだろうが、あまり騒いだりはしないようにな?」


「はい、気をつけます」


「ハルカさんと昔の友人だと言っていたな。お前自身もこれから忙しくなるだろうし、精々楽しんで来いよ?」


「ええ。でも、お兄様もいらしてくれればよかったのに」


「馬鹿を言うな。む? 父上、時間です」


「うむ。それでは、皆。行ってくる。今日はミナギも戻らぬ故、皆もゆっくり休んでくれ」



 挨拶かたがた、そんな話をはじめた私達だったが、ちょうど夜明け一時間を告げる『明けの鐘』の音が耳に届き、二人は私や女中たちにそう告げると、側近達とともに出立する。


 外は春先と言う事もあって、まだ薄暗い時間であるが、彼らは今日は皇宮に泊まり込みになる様子だった。

 私がハルカと一緒に、寮住まいのサキの部屋にお泊まりをすることになっているため、女中たちにも休暇を与えたのもそのためだろう。

 いつも誰かしらが家にいたため、この広い家に一人でいるのは少々落ち着かないが、こういう時ならば留守にしても問題はない。

 夜は庭の詰め所を皇都警備隊の拠点として貸しだしているので、防犯面も問題はないのだ。

 神衛総帥の自宅に入りこむような度胸のあるこそ泥がいるとも思えないが。


 お父様たちを見送った私も朝食を取ると少々早めに家を出る。

 今日も毎日の日課である早朝修練をアツミ師範にお願いしてあったが、今日はサキの部屋に着替えなどを持っていく必要があるため、早めに出る必要があったのだ。

 自分からお願いしておいて、師範を待たせるというのはさすがに筋通らない。


 ゆっくりと街路を走り始めると、“かわら版”の配達人が反対方向から走ってきて、互いに挨拶を交わす。

 “かわら版”とは時事的な情報を大衆に伝えるための広報紙で、天津上内の情報は昨日のものが、地方の情報は距離に応じて二日前から一週間前の情報を知る事が出来る。

 私も配達人を呼び止めて、今日の分のそれを預かると、鞄にしまって先へと駆けた。


 それから緩やかな上り坂を駆けると、『こまめ書房』のふるびた店舗が見えてきた。

 ちょうど、マヤさんが店の前の掃除をしており、私の姿に気付くとにこりと笑みを浮かべてくる。

 あれから、ヒサヤ様たちと一緒に来ることはできていないが、私はすっかり馴染みになっていたのだ。



「あら、ミナギさん、おはよう。随分はやいのね? 朝から修練?」


「おはようございます。今日は学生寮に用事があるので、いつもより早いんですよ」


「そう。ところで、例の本が、来週には届くわよ。楽しみしていてね」


「本当ですか? じゃあ、その日も朝一で来ますよ」



 笑顔でマヤさんと挨拶を交わすと、何の気無しの会話だったが、すごく気が休まるような気がする。

 いつも思うことだったが、ここに来た時だけは、年齢相応に振る舞うことができているように思える。


 普段は神衛の候補生として、ツクシロ家の息女として振る舞わなければならないからだ。

 もちろん、それが窮屈であるとか、苦痛であるとか、そう言う話ではないけれど。



「それじゃあ、またね」


「はい。それでは」



 それから、学院でのことや世間話をすると私は書店を後にし、再び街路を駆け出す。

 ちょうど、朝日がのぼり、それを受けて皇都各地で咲き誇る桜花やセオリ湖が煌びやかに輝いている。

 朝駆けにはちょうどよい季節と言う事もあるが、マヤさんとの会話が私の気分を爽快にさせてくれているのも影響しているのかも知れなかった。



 学院の寮は研究施設が建ち並ぶ陵の側にあり、早朝にも関わらず比較的賑やかな場である。


 中等科から入学する生徒は皇都周辺だけでなく、スメラギ全土から集まってくる。

 その多くは基本的には実業科と呼ばれるその種の専門学科や実技を学ぶための入学であり、実習などの際に夜遅くなることを考慮されているため、研究施設群の一角に建設されているのだ。


 寮生活は、基本的に食事以外の補助はなく、掃除や炊事補助、また学院、研究施設内での雑務を宛がわれるが、生徒数は三学年で500人近くいるため大きな負担では無い様で、むしろ、遊興費や交際費を稼ぐ良い機会ととらえる学生が多いそうだ。


 以上を考えれば、中々手厚い補助があり、学院の性格上、当然のように授業料なども免除されている。

 これは、今後の彼らが必然的にスメラギ皇室のために生きることになり、それは即ち5カ国の支配地域への出入りを著しく制限され、職業も制限される事につながる。

 そのため、実技を学んだ各機関にて過ごすか、セオリ、サホクの両地方出身者は実家へ戻って家業を継ぐか、施設への就業を選択することになる。

 サキやシロウがどういった選択をするのかも、今日の話の種になりそうではあった。


 そんなことと考えながら、学院内を駆け抜けたミナギの眼前に、漆喰作りの大型の建物がいくつも映りこみはじめた。



◇◆◇



 振り下ろされた剣を受け、返す刀で脇腹を狙い、それが弾かれると再び手首を返して首筋を狙う。

 捉えたかと思ったが、相手は後方に飛び退きながら身体を返して足を狙ってくる。

 振り切った剣の影響で体勢を崩したが、横に薙がれる剣を軽く跳躍して躱し、一端距離を取って息を吐く。

 わずかな間であったが、息が上がりはじめている。

 それを感じながら、目を合わせると、再び地を蹴り、剣と剣がぶつかり合う。

 真剣同士の立合であり、派手に火花の上げながら打ち合いを続ける。互いに息が上がり、身体の動きが鈍りはじめると互いに距離を置いて再び地を蹴り、渾身の一撃を相手に対してぶつける。

 立合が終わったのは、ぶつかり合った剣がお互いの手から離れ、宙を舞い始めた時の事であった。



「二人とも、大分、上達したな。ヨシツネやトモヤと比べれば、まだまだではあるが」



 立合を終えた私とハルカに対し、シオン師範が表情を変えずにそう告げてくる。

 

 剣伎の修練における講評の場であったが、師範の表情は、相変わらず変化に乏しい。だが、はっきりと上達したと告げてくる以上、評価は得ているようである。

 彼に師事して三年以上経っているの。

 はっきりと誉めることはまず無い人だったが、言葉の端々からそう言った意図は理解できるようになっている。


 とはいえ、その氷のごとき表情にはいまだに慣れることはないが。



「それと、今日はミラ閣下が不在ため、刻印の修練は無い。たまにはゆっくりと休め」


「分かりました。教官は、夏の祭事打ち合わせですか?」



 講評を終え、その場を後にしようとする師範に対し、ハルカがやんわりと問い掛ける。

 修練の場にあって、鉄面皮を貫いているシオン師範に対し、こんな軽口を叩けるのはハルカだけであったが、師範もまたそれには比較的応じてくれる。

 そう思えるのは単に私が師範を苦手をしているだけだからかも知れなかったが、それでも雑談に応じるというのは珍しさも感じる。



「前々から思っていたんですけど、教官のことを閣下と呼ぶのはなんでなんですか?」



 そして、そんな師範に対し、さらに問い掛けを続けるハルカ。


 たしかに、ミラ教官のことを“閣下”ことには少々違和感があった。教官の能力は私達の目から見ても身震いがするほどのモノではあったが、肩書上は一介の刻印師でしかないはずだった。



「…………本人に聞いてみると良い。口が軽いから、すんなりと話してくれると思うぞ」



 それに対して、さらりと毒を吐いた師範は、さっさと踵を返して行ってしまう。

 答えるつもりがないと言うよりも、本人の口から言わせたいのかも知れなかったが、当人のことを考えれば平然と身分を明かせる身ではないと言うことなのかも知れない。



「まあ、ミラのことはあまり気にしてやるな。ああ見えてけっこう繊細らしいからな」


「殿下は知っているのですか?」


「いや、知らない。ただ、父上も母上も教官達と似たような態度で接することが多いからな。相応の階級の出身って事は予想がつく」


「まあ、それぐらいはね。……とんでもない美人だし、パルティノンの皇族だったりして?」


「美人だったらそうなるのか? パルティノンの皇族だったら、こんなところでうろついている暇はないだろ」



 そんな私達と師範のやり取りを聞いていたヒサヤ様が、苦笑しながら口を開く。


 たしかに、あれだけの刻印師であるのだ。サヤ様たちが興味を持たないはずはないし、どこか底知れぬところがある人だから、ハルカの言もあながち外れていないような気もする。

 ただ、ヒサヤ様の言うとおり、パルティノン皇族の生き残りであれば、新天地を求めて脱出した残存勢力の中にあるであろう。


 繰り返しになるが、どこの勢力であろうと重用されるであろう、刻印師なのだ。

 単独で刻印の取り外しができる人間というのは、それだけ珍しく、スメラギ国内でも一人か二人しかいない。


 新興国にあってはよけいであろう。



「それより、二人ともサキのところに泊まると言っていただろ?」


「はい。明日は休日になりますので」


「だったらちょうどいいんじゃないか? ミラは研究棟にも部屋を宛がわれているから、夕食は寮の食堂で食べていると聞くぞ?」


「え? そうなんですか?」


「ああ。見た目の通り、家事はまったく駄目らしい。人間、何かしらの不得意分野があると言う事かな?」


「そうかも知れませんね」


「ミナギは冗談を言ったり軽口を叩いたりするところかな?」


「…………申し訳ありません」


「だから、それがなんだが。まあ、謝ることでもないだろ。それでは、私は帰る。また、来週」



 そんな調子で軽口を叩いていたヒサヤ様だったが、どうにも私はそういう類の話ができない。

 笑わせられることは好きでも、人を笑わせると言う事にはどうしても抵抗があるのだ。


 この辺りも、ヒサヤ様たちから見れば十分な欠点と言う事なのであろう。



「ツクシロ。――相変わらず、庶民と戯れているのか」



 そんなことを考えていた私の耳に、訓練を終えたトモヤの声が届く。


 ヒサヤ様の正体を知った時は平身低頭していた彼であったが、今では当時にような状態に戻り、取り巻きを引き連れて幅を効かせている。


 剣の腕前はヨシツネと一、二を争うほど上達し、ただのお坊ちゃまだった頃の姿が嘘のように精悍な青年に成長してはいるが、私を嫌悪する態度だけは変わっていなかった。



「一日一回は嫌味を言わないと済まないの? あんたは」


「ハルカ。いいよ」


「そういうわけではない。ただ、庶民と戯れて本来の任務を忘れられたらかなわんのでな」


「肝に銘じておきます」


「ふん……」



 それに対し、ハルカがいい加減うんざりと言いたげな表情で言い返すが、さすがに喧嘩をするのも面倒なのでそれを宥める。


 そんな私の意図を察したのか、不機嫌な表情で口を開いたトモヤに対し、やんわりと頭を下げる形になったのを満足したのか、取り巻きを引き連れて去っていく。

 神衛内での地位の確保と言った様子だったが、如何に高家といえど、至尊の冠を戴くことはできないのだ。

 どんなに取り巻きを作っても、神皇の命に背く人間はいない。であれば、はじめから一個人として皇室に忠誠を誓う方が良い。


 とはいえ、考え方は人それぞれだった。



「まったく……。あの男もいい加減しつこいわね」


「私が嫌いなんですよ。仕方ないです」


「そうじゃないと思うけど……」


「えっ?」


「何でもないよ。それより、行こう? サキが待っているし、ミラ教官にも話を聞いてみたいし」



 トモヤ達の背を睨みながらそう口を開くハルカに、私は力無く首を振って応じるが、ハルカの方から何かを呟くような声が聞こえる。

 私は何事かと視線を向けたが、ハルカは苦笑しつつ私の背を押してくる。

 たしかに、サキを待たせるのは悪いし、せっかく得た情報を無碍にするのももったいない。

 なにより、ハルカ自身も今日のお泊まりというものが楽しみなようだ。

 水族を出自とする一族の出身だが、近年は名家の一部となり、ハルカも水族特有のさっぱりした一面と箱入りで育てられたお嬢様の一面がある。


 そのため、外泊の類は経験が無かったようだ。泊まり込みの修練の時も妙にはしゃいでいた。



「でも、サキやシロウと仲良くなってくれてよかったです」


「ふふ。ミナギの大切な友達と仲良くならないわけないでしょ? これで、ミナギが男だったら、二人で取り合いだったかも知れないけど」


「そ、そうですか?」


「……うーん、そこは、“今のままでもよいですよ?”ぐらいのことを言ったらよかったのに」


「あ、申し訳ありません」


「だから、それ。……もっとも、私もそっちは得意でもないからねえ。サキにでも教えてもらえば?」


 ハルカの意味深な発言に、私は一瞬表情を凍らせつつ、何とかそれに応じる。冗談だったようだが、あいにくと私はその種の趣味はない。

 ハルカなりには、先ほどヒサヤ様に言われたように、冗談の一つでも言えた方が話が弾むと言うことを考えたようだったが、あいにくと彼女自身も遠慮無く物言う質であるのだ。


 寮へと向かう道中、ハルカはサキ達との思い出話を根掘り葉掘り聞かれる。二人は同じ組になった事もあり、すぐに打ち解けた様子だった。


 残念ながら私はヒサヤ様とヨシツネと一緒に別の組であったが。それでも二人とは昼食などもともにする機会が多い。


 先日には、サキに『ハルカは呼び捨てで、私にはちゃん付けって。ずいぶん、よそよそしくない?』などと苦言を受けたりもした。

 そのため、今では彼女やシロウも呼び捨てである。

 まあ、その結果として、サキの言うとおりより親しみやすくなった気もするからやってみるものである。


 誰に対しても敬語使いというのは変わっていないけど、それはそれで私らしいから良いらしいが。



 そんなことを思いかえしながら歩くとあっという間に寮に着く。神衛候補生達の修練は基本的に夕刻まで掛かるため、一般学生たちは当然帰宅している。


 入口のところで来客を告げると、はじめは事務員に訝しげな顔をされたが、私達の肩口にある“白百合”に刺繍を見て、そそくさと中へと通された。

 意識したことはなかったが、白の会は白の会で、相応の権勢があるようだった。

日常会は難しすぎる……。

あと、亜人とかってありだと思いますか?



明日も同じ時間に投稿できるよう頑張ります。

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