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第二話

遅くなってしまい、申し訳ありません。

「まさか、みんながここに来るとは思ってもいませんでしたよ」


「ミナギと遊んでいた時は、まともに勉強なんてしたこと無かったからな。ミナギが読んでいる本なんて、字ばっかりで全然分からなかったし」


「それでも、私達なりに頑張ったんだよ? 近所の人達も、なんだかんだで納得してくれて、勉強を見てくれたしね。あ、このお菓子おいしい」



 食堂に移動した私達は、白の会の離れで、修練後に出される飲み物やつまみなどを注文して、シロウ君達の前へと並べる。


 それをつまんだサキちゃんが、その味に顔を綻ばせる。


 味もそうだが、栄養もあるため、値段が張るため一般の学生は中々手が得ない。そのため、来客のもてなしにはちょうどよいものでもあった。


 とはいえ、このことを考えると、普段の私達が一般の学生にはできない贅沢をしていることも改めて認識させられる。



「そうでしょう? 自分達も、けっこう食べているんですよ。自分は、ヨシツネ・クロウ。皆さんは、ツクシロの幼馴染みと聞いていますが」


「シロウ・マツキ。子どもの頃に引っ越してきてからの付き合いだな」


「そうですね。ええとたしか」


「外で本を読んでいたから物珍しさに声をかけたのが最初だったわね。あ、私は、サキ・キハラ。この娘は、ユイ・タカムラちゃんで、年は私達より下だけど飛び級で合格したの。この子たちは」



 ヨシツネの言に、シロウ君やサキちゃんが、笑みを浮かべて応じる。


 一般学生としての入学だったが、特に白桜の内情を知っているわけではないらしく、白の会や神衛などの内情は知らないようだ。



「なるほどな。私は、ヒサヤ・ミズカミ。街にある『こまめ書房』は私の祖父がやっている書店で、何かと融通が利く。興味があったら、是非とも利用してみてくれ」


「うへえ、ここにも本の虫がいるのか……」


「ん? どうした?」



 自己紹介を兼ねて商魂たくましくマヤさんの店を紹介するヒサヤ様であったが、あいにくとシロウ君は、そう言いながらテーブルに突っ伏してしまう。

 どうやら、それを歓迎していないようだった。

 どうしたのかと思いながら、目を丸くするヒサヤ様と一緒に、サキちゃんに視線を向けると、彼女は苦笑しながらシロウ君を見据え、口を開く。



「シロウは、散々勉強する羽目になったから活字を見るのが嫌になっているのよ」


「へえ? でも、大丈夫なの? 実業科でも、座学はたくさんあるよ? あ、私はハルカ・キリサキ。ミナギとは親友だから、よろしくね」


「こちらこそ。まあ、根性だけはあるから大丈夫じゃない? ねえ、シロウ」


「お、おう」


「ゲンナリしているわね……」



 そんなサキちゃんの言に、ハルカが心配そうな表情を向ける。


 たしかに、上級学校への進学を意図しているとは思えないため、講義にも実技が絡んで来るとは思うが、本の話を聞いただけでゲンナリしていては落第の危険も出てきてしまう。



「まあ、シロウ君。時間がある時なら、お手伝いをしますから、遠慮無く言ってくださいね?」


「甘やかしちゃ駄目だって。ユイちゃんを見習えばいいのに」



 そんなことを考えた私は、思わずシロウ君に対して助け船を出すも、相変わらずね、とでも言いたいような表情を浮かべたサキちゃんが、傍らにて無言でお茶をすすっているユイちゃんの頭を撫でながら応じる。

 それに対して、照れくさそうに頬を染めるユイちゃんは、魔導力を高めるお茶を美味しそうにすすっている。



「飛び級と聞きましたけど、ユイちゃんはなんの専攻なのですか?」


「刻印学」



 私の問いに、短くそう答えたユイちゃんは、私に対して懐かしそうな笑みを浮かべてくる。

 元々、大人しい子であったが、三年の間にもっと大人しくなっているようだった。



「ほう? それじゃあ、ミラ教官が言っていたのは君か?」


「どういう事です?」


「いや、課外指導を頼んでいた時に、小さな女の子ですごい才能を持った子が入ってくるとウキウキしながら話して来てな。ユイさん、面接だかの時に、“白の会”に付いて何か聞いたかい?」


「は、はい」



 そんなユイちゃんに対して、ヒサヤ様が興味深げな表情を浮かべてそう問い掛ける。

 それに対して、ゆっくりと頷いたのを見て、私もヒサヤ様に問い返すと、ヒサヤ様は先日の修練でのことを話してくる。


 そして、“白の会”という単語がヒサヤ様の口から出ると、全身を緊張させるとともに、怯えるような表所を浮かべ、私に対して視線を向けて来た。

 どうやら、ある程度の内情は知っており、ヒサヤ様の事も把握している様子。

 元々が大人しい子であるので、控えめにしているのかと思っていたのだが、どうやらヒサヤ様や、ヨシツネ、ハルカなどの家柄を知ってよけいに萎縮している様子だった。



「…………。ええと、そのミラ教官ってすごい人なの?」



 そんなユイちゃんの様子にサキちゃんが視線を向けてくるが、よけいな気を使わせるというのも申し訳ない。

 そんな私の視線に察するところがあったのか、静かに頷いたサキちゃんは、話に出たミラ先生のことを問い掛けてくる。



「そうですね……先日は」


「指先大の火球で、地面に派手な穴を開けていたわね」


「掴み所はない人だが、実力は本物だな。刻印や法術を学ぶには、これ以上にない人材だ」



 そんな問い掛けに、私が視線を向けると、ハルカは苦笑しつつ先日の修練でのことを思いかえし、ヨシツネは普段の修練での彼女のことを告げる。

 膨大な知識や経験に基づいた法術や刻印の使役に長け、他分野にも精通しているようだった。



「あら~? みんな揃ってどうしたの?」



 そして、こういう時を狙うようにして現れる人でもあった。


 ただ、今回ばかりは一人ではなく、長身で鍛え抜かれた体躯の壮年男性を伴っている。

 そして、その男性の姿に私達4人が立ち上がり、頭を下げると男性は形の良い仕草で敬礼を返してくる。

 そんな私達のやり取りに、シロウ君達が目を丸くしているのだが、さすがにこの方を前にして、知らんぷりをするわけにもいかなかった。


 できるとすればヒサヤ様だけであろうが、性格的にそう言うことをする人ではない。



 男性は、神将、シイナ家当主、サゲツ・シイナ。すでに70歳を越える高齢であったが、前大戦を知る歴戦の勇士であり、今も陣頭に立って私兵を導いているためか、見た目から年齢は感じられなかった。



「彼らは?」


「中等科の新入生で、私の幼馴染みでございます。シイナ閣下」


「そうか。今日ぐらいはゆっくりしてもらってくれ。ミラ、私は先に言っているぞ。話があるのだろう?」



 私の言に、シイナ閣下は鋭い視線を向けてくるが、無言で私から視線を逸らすとミラ先生に素っ気なくそう告げ、その場を去っていく。

 その姿に、食堂内の生徒達が恐れのこもった視線を向けているが、当人はそれを意に返すことなく悠然と食堂から出て行った。



「あの目って、前にミナギを見ていた親父達と同じ目だったな」


「ちょっと嫌な感じだね」



 そんなシイナ閣下の後ろ姿に、シロウ君達が眉を顰める。


 たしかに、私が声をかけたことが煩わしそうに視線を返してきたのだ。私とお母様の破綻の原因になった事を知っている彼らにとっては、よい気分はしなかっただろう。

 シイナ閣下としても、一般学生の若者よりも反逆者の娘の事を警戒する方が自然でもある。


 しかし、シイナ閣下のような帝国の重鎮であっても、お母様に関する情報は秘匿されているようだと言うことだけは理解できた。



◇◆◇



 中等科の入学の儀が終わると、学院内には閑散としはじめていた。


 慶事日であるため、課外活動や中等科の実業科目なども執り行われず、各研究機関も休みになっている。


 そして、それは白の会の神衛候補生達も例外ではなく、普段は離れや裏庭に設置された修練施設で修練に勤しむ学生たちの姿は見られない。

 だが、学院とそこに隣接するとある場所が静まり返る日は、一日とて存在しない。


 白の会の離れから、壁と森を隔てた先に隣接する建物。

 ちょうど、学院とセオリ湖畔の市街地とに挟まる形になった陵に建つのは、スメラギ皇居、天津御所である。

 この時間は、新学期を迎えたことで学院側からの各種報告事項を、本来の意味での皇国の“支配者”たちが受けている最中であった。


 “支配者”と言っても、形の上では、ユーベルライヒ統治領バンドウ地方の中枢都市フルガに置かれたスメラギ政府によって政治、行政、司法が執り行われ、神皇をはじめとする旧皇国首脳たちは、祭祀以外の国政への参加を制限されている。


 だが、今日皇居に集結した人物たちこそ、いまだに皇国において影響力を発揮する真の支配者たちであり、彼らの会合は、神皇一族と五カ国総督等によって行われる会合と同等の影響力を保持している。


 皇室をはじめとする有力貴族階級を傀儡としている形の政府であったが、その実、彼らは両勢力からの傀儡でしかないのであった。




 そして、その会合への参加者は、現皇族に当たる神皇、皇后、皇太子、皇太子妃の4名。


 現存する唯一の神将家であるシイナ。



 旧皇族を祖とする準皇族である五閤家。


 五閤とは、歴代の“太閤”をこの五家が務めたことに由来する。その内訳は、サイミョウ、カザン、カミヨ、コウブ、テンムの五家であり、敬称として“イン”と言うこしょうをつけることもあるが、ここでは省く。



 そして、第二の国難の際に勃興し、各地方にて勢力を誇った七征家。


 征とは、乱世の終わりの際に、“征夷将軍”の地位を賜ったことに起因するが、戦乱の終わり以降、実質的なスメラギの支配は彼らによって執り行われ、それは対戦への参戦前夜にまで続くことになる。

 今でこそ、皇室を頂点とした体制が確立されているが、それは彼ら七征家の力が大いに削り取られたことに起因している。

 七家はそれぞれ、ドモン、サガミ、ホウジョウ、トモミヤ、レイゼイ、クリュウ、チバナである。上から順に、ホクリョウ、ソウホク、バンドウ、セオリ、インミョウ、ハルーシャ、クシュウの各地方を統治していた。


 そして、ここに三大聖地の統括者であるスメラギの“巫女”なる女性が参加し、計一八名による会合が、事実上のスメラギの統治機構であった。


 もっとも、その決定がそのまま国民に伝えられることは難しく、各統治国総督府や政府との折衝などを経るため、以前のような即断即決の議決は難しくなっているというのが実情であった。

 また、決議権はあくまでも神皇その人にあるため、採決には神皇は参加せず、皇太子の婚姻によっては、皇后も参列を控えることが定例になっている。



 今回の議題は、白桜学院の新学期の開始や国政に関することは当然でもあったが、なによりもこの夏に迎えようとしている二つの儀式に関することが最重要であった。



 大戦の終結から60年。


 他人種に比べ、相当な長寿で知られるスメラギ人の中からも、徐々に大戦経験者が寿命を迎えはじめている。特に、実際に戦場に立った世代が寿命を迎えはじめる年代になっているのである。

 それだけに、終戦記念式典に想いを馳せる国民は多く、各国首脳の関心も大いに高まっているという現状があった。

 しかし、それだけの式典に際し、それを守るための人員は少なく、各家の私兵達の動員が求められる状況にあるため、綿密な計画の立案が求められてもいた。


 それともう一つ。


 皇孫ヒサヤの立太子の儀が並行して執り行われることとなっている。もっとも、皇太子としてリヒトの尊がいるため、本来ならば、取り急ぎ行うべき儀でもない。


 現実として、皇太子が並び立つ状況になってしまうのだ。ただし、スメラギの歴史上、ある種の例外に際してのみ執り行われているという事実もある。



 その例外とは、“神皇もしくは皇太子による親征”が決定されているという事実に基づいてのことであった。




「機は熟した。とまでは言えませぬな」


 手渡された生類を手元に置き、フッと息を吐いたのは、シイナ家当主サゲツ。現状、最大の私兵を抱え、その戦力はベラ・ルーシャ、ユーベルライヒの両国も恐れる精鋭集団でもある。

 だが、そんな戦闘集団の頂点に君臨する男の表情は、列席する者達と同様に晴れないものがある。



「フィランシイル皇帝からの返書も預かっており、駐留軍の協力の旨は取り付けております。ですが、先方の声もまた同様にございます」



 そんなサゲツの言に応じたのは、チバナ家当主シゲタネ。


 チバナ家の本領であるクシュウ地方は、フィランシイルの影響下にあるため、その折衝を担当していた。

 ただ、彼の手から渡されたスメラギ神皇への親書に対する返答は、彼の言の通りであり、その本音はサゲツと同様に晴れないものであったようだ。


 だが、それに対して二人の人物が口を開く。



「ですが、ソウホクにおける共和政府内の内部抗争は相変わらずの状況。結果としてベラ・ルーシャによる統治の苛烈さは増すばかりであり、スメラギ人の数は確実に減りつつあります」


「ホクリョウ地方も同様にございます。いや、すでに純粋なスメラギ人、アムル人は消滅し、混血が地方の主流になっている状況。これ以上、時を掛けるわけには……」



 両名は、ソウホク地方を根拠地としていたサガミ家当主、モリムネとホクリョウ地方を根拠地としていたドモン家当主、スエヒロ。

 彼らの言の通り、ベラ・ルーシャは5カ国でも最も苛烈な統治を敷き、ソウホク地方には、スメラギ政府に対抗する形で、“人民共和政府”なるものを成立させ、間接的な統治を行っている。

 だが、共和とは名ばかりで、すべてはベラ・ルーシャの支配者たるベラ・ルーシャ教団の意志に基づいて動き、結果として住民の弾圧は日に日にひどさを増しているという。

 六〇年近く続いた統治によって、すでに住民たちの抵抗の意志をもがれているというのは真相だった。



 ホクリョウに関してはさらにひどく、ベラ・ルーシャは一方的な併合を宣言しており、一種の実験的な入植政策が執り行われていた。

 それは、成年男子はすべからく大陸各地に強制移住させられた上で、開発事業に携わり、女性は教団によって決定された男性との婚姻を強制させられている。

 先ほどのスエヒロ言の通り、すでに純粋なスメラギ人と少数民族であるアムル人は姿を消し、大陸内部ではスメラギ人との混血が増加し、ベラ・ルーシャ側はそれを理由としての併合を正当化しようとしていた。


 とはいえ、事は簡単ではないのが実情。


 その混血児たちは、なぜか一度も踏んだことの無いスメラギ本国への帰還を渇望したり、ホクリョウからの脱出を計画して総督府に逆らうなど、スメラギ側としても困惑するような事態が起こることもある。

 その都度、亡命のために神衛を潜入させたり、武器糧秣の支援を行ったりと、行動をしてきたスメラギ側であったが、結果は過酷な統治を極めさせる形にしかなっていない。


 そして、ベラ・ルーシャがあまりに突出しているだけで、ユーベルライヒ、聖アルビオン、清華等の統治も決して甘い物ではない。


 そのため、皇国各地での“分割統治からの独立”という声は日に日に高まるばかりという現状が、先ほどの決定の影にはあったのである。


 だが、統治下に無い地域――セオリ、サホクとクシュウの全域とバンドウ、インミョウの山間部に住む民の暮らしは、歴史上過去にないほどに安定かつ平穏にあるという実情があった。


 もし仮に、前述の決定が実行に移されたとすれば、そこにあるのはその安定と平穏の消滅。


 それを失ってでも、事為すという大義はたしかに存在している。だが、戦いへの敗戦の結果が現在の分割統治であり、次なる敗北はスメラギの完全なる消滅を意味している。


 本来であれば、主戦派を担うはずの各当主たちが、声を大に戦いを叫ばないのは、最悪の結果を想定した際に失うものがあまりに大きいからなのである。



 しかし、その決定までに残された時間は多くない。虐げられる民たちは、すでに限界を超える状態にまで追い詰められているのだ。



 それ故に、今日の会合もまた、深夜にまで続いていった。




◇◆◇


 


 年齢を重ね、近づきつつあった別れと新たな日々。


 この平穏な日々がいつまで続くことになるのか、今のミナギをはじめとする若者たちには知るよしもなかった。

明日もこのぐらいの時間になってしまいそうですが、投稿はしたいと思います。仕事がどうにもばたばたしていて、時間が安定しないんですよね。

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