第一話
目線の高さに突き出す形で構えた両手に青と白の光が灯っていた。
その光が手に握った柄の部分からその上部にある筒状部分へと移り、筒の中から光がこぼれはじめる。
それを目にすると、視線の先にある木製の的を睨み付ける。赤、青、白の三色で彩られたそれ。
視線をさらに鋭く睨み付けると、徐々に鼓動が高まっていく。
そのままそれを動かすことなく、握りしめた柄の部分から突き出た取っ手部分に指をかけ、フッと一息吐いた後、それを引きしぼる。
刹那。
空気を裂くような音が耳を劈いたかと思うと、視線の先にあった的が乾いた音を立てる。その後も継続して取っ手部分。所謂“引き金”を引き続けた。
一連の動作を終え、私、ミナギ・ツクシロはそれを目線の高さから下げて、心を落ち着かせる。使用しているうちに気分が高揚し、必要無いモノにまで攻撃してしまう。
刻印を想定外に使役する為の副作用であるとも言われているが、破壊衝動に気持ちが向くが故に正確な攻撃が行えるようになるようだったが。
「ふむ。ようやく、すべての弾が的に当たるようになったな」
「はい。ふう……」
シオン師範の声に頷き、息を吐く。
やはり想像以上に体力が削られる。とはいえ、はじめは一発すらかすりもしなかった的にも当たるようになり、ほぼ中央付近に弾の穴が穿たれるようになっていた。
今私が手にしているのは、“砲筒”と呼ばれる兵器で、簡単に言えばこの世界で言うところの“拳銃”だった。
とはいえ、元の世界でも拳銃なんて撃ったことはなかったし、興味を持ったこともないから似ている銃とかそういうのはどういうモノかは分からない。
ただ、たまたま見る事の出来た映像とかではあっさりと人が撃たれていたりしていたので、はじめは当てたりするだけでも苦労したことには驚いたし、的に当てられるようになった今の私が、どの程度の能力なのかも分からなかった。
とはいえ、師範が珍しく頷いている。
それを見ると、ほぼすべての弾を中央に当てられているとうのは十分な結果なのだろう。
そんなことを考えている私の傍らでも、先ほどの私と同じ様な動作でそれをかまえ、同じように引き金を引いていく少年と少女。
ただ、私のようにすべての弾が的の中央部を射抜いたわけではなく、それをかすめたり的から外れる事の方が多い。
そして、それに対してやや苛立ったのか、背後で状況を見つめる神衛衛士に砲筒を手渡すと、二人は右手を前にかざし、それぞれ風の刃と火球を的に向かって放ち、それを粉砕した。
「まあ、砲筒に頼らんでも倒せるならばそれでもいい。ただ、身体への疲労が大分違うだろう?」
「…………そうですね」
「砲筒を使用しても多少は堪えますが」
そんな二人に対し、シオン師範は表情を変えることなく問い掛ける。
二人はそれぞれの反応であったが、少女、ハルカの方はやせ我慢じみた反応で、表情を取り繕っている。
予想以上に身体が消耗したのだろう。
「あなた達はまだまだ魔導力が少ないし、それを扱い切れていないからね。とはいえ、将来的にはそんなモノに頼る必要は無くなると思うけど」
「接近戦では頼りになる。それに、あなたのような人間離れした人と同じようにするのは」
「そう? 何事も練習だと思うけどね」
少年やハルカに苦笑しながら視線を向けた女性は、小さな火球を指先に創り出すと、シオン師範に対してそう告げながらその火球を焼け焦げた的の付近へと浮遊させる。
とはいえ、至近距離での戦いではナイフの類と同様に敵を攻撃できる。威力はあったとしても、法術では多少の詠唱時間が取られてしまうのだ。
「閣下。あなたは、砲筒のそのものがお嫌いだと聞く。ですが、何事にも、長所や短所はございます」
その指先ほどの小さな火球が、的は愚か、その周辺もろともを吹き飛ばす様を見つめながら師範はそう口を開く。
たしかに、それを見つめる彼女、ミラ・パリザードの声には砲筒自体を歓迎していないような響がある。
以前に、彼女の夫が砲筒で撃たれて戦死したという話を聞いてはいたが。
「でも、閣下。あれだけの威力を持てるようになるにはどのぐらい掛かるんですか?」
「そうねえ。才能があったらすぐにでも。才能がなかったら、いつまでやっても駄目。法術って言うのはこんなモノなのよ。ただ、あなた達はその型の砲筒が使えるわけだし、才能は間違いなくあるわね。そもそも、ご自分のご両親が誰かお忘れ無く。皇孫殿下」
「わ、分かっていますよ。ただ」
そんなミラさんに対し、皇孫殿下、いやヒサヤ様が進み出て口を開く。
指先大の火球で、人一人ぐらいであれば軽く炭にできるほどの威力の炎を産み出したのである。それを見れば、力の大きさに憧れることも不思議ではないと思う。
ただ、ミラさんの言うとおり、リヒト様やサヤ様のことを考えれば、ヒサヤ様が法術を巧みに操れないとは思えない。
以前に視察に来た際に、二人が実演して見せた法術は、見ていて身震いがするほどのものだった。
だからこそ、ヒサヤ様とて焦ることではないと思う。
「ミナギに遅れを取ったことが悔しいか? それでも、半年ほど遅れて修練に加わったのだ。ヒサヤ、いや殿下が二人と同じ土俵に立っているということは十分すぎるほどの才でございます」
そんなヒサヤ様に対し、シオン師範は、はじめは師範として語りかけ、途中から皇子を相手にした口調へと変わっていく。
この辺りは、教官達としても難しいのであろう。
皇子であることを理由に贔屓をするわけにも行かず、かといって他の候補生達のようなぞんざいな扱いをするわけにも行かない。
せめて口調ぐらいは、丁寧にもなるのだろう。
「それでもです。そりゃあ、護衛である二人やみんなを守るとかそう言うことを言うつもりはないですが、最低限身を守るだけの力はつけたい」
「ふ、頼もしいことですね。しかし、殿下。今夏には立太子の儀が執り行われます。今より、手練に割ける時間は少なくなるでしょう。そのことを踏まえ、最も優位な分野を磨くと言う事の方が賢明であると思われます」
「……はい」
「よろしい。では、次の修練に移るといたしましょう」
そんなシオン師範の言を受けたヒサヤ様であったが、それ以上の反論は続けず、師範の言に頷く。
師範の言うとおり、この夏にはヒサヤ様は正式な神皇の後継者となり、皇太孫ヒサヤの尊となられる。
そして、それまで両立していた皇子と神衛としての生活もなくなり、正式に皇子として生きる日々が始まるのである。
以前に、一般の生徒に混じっての生活を望み、今では神衛候補生としての生活する日々を過ごしていた。
しかし、それもまた、終わりの時が確実に近づいていたのだ。
◇◆◇
皇太孫ヒサヤの立太子の儀は、“陸間大戦”終戦周年式典と並行して東の聖地ケゴンの地にて執り行われる。
同地は、今もベラ・ルーシャの支配地にあるソウホク地方とユーベルライヒの勢力圏であるバンドウ地方、そして、スメラギの直轄地に当たるサホク地方の地域境に当たるキルキタ高原に位置する。
ここはベラ・ルーシャ、ユーベルライヒの圧力をはね除けて、勢力を置き続けている神将家筆頭、シイナ家の勢力圏でもある。
神将家とは、スメラギ建国の功臣達の子孫であり、神祖に付き従ってスメラギを統一、皇国の礎を作ったとされている。
とはいえ、千年以上の長き時を経て、その子孫たちは表舞台から姿を消して浮き、今ではこのシイナ家のみが正式に存続していた。
この一族は高原に身を置き、農耕や放牧によって身を立てていたが、それらの産業によって軍馬の扱いや繁殖に長け、砲筒のような兵器が登場した今の時代にあっても、強力な騎兵を持って、スメラギ防衛の一端を担っている。
敗戦によって、国軍を持つ権利は喪失しているため、形としてはシイナ家の私兵であったが、強大なベラ・ルーシャ、ユーベルライヒの両国であっても手出しができないほどの脅威はいまだに健在なのだった。
戦後、大陸各地で地域紛争を開始した両国が、スメラギを舞台とした戦争を始めないのも、シイナ家を刺激することで生じる被害の大きさを懸念してのことだった。
そんな一族によって守られる聖地ケゴン。
シイナ家本拠、高原都市キルキタの北部に位置するこの地は、山岳の中腹に位置し、山岳より染み出る清水によって産み出されたトウショウ湖の美しい輝きとそこから流れ出す当初大滝の勇壮なる姿が、大自然の力強さをこれでもかと言うほどに周囲に知らしめている。
そんな景勝地であるが故に、スメラギの歴史上、戦いに倒れたすべての者の魂がこの地にて安らぎ、永遠の眠りについているとされている。
特に、史上最大の流血を産んだ大戦から60年の節目を迎える今年は、スメラギの首脳のみならず、各国の総督や駐留軍の関係者も列席することになっていた。
そして、その警備には各国駐留軍は元より、皇室の守護者たる神衛もまた、当然の如く出席することになっている。
当然、人員の不足が懸念されることから、中等科以上の候補生もまた、同様にそれに参列する。
奇しくも、ミナギ、ハルカ、ヨシツネ、トモヤ等は、この春に中等科への進級を果たしており、結果的にはそれが彼らにとっての、“正式な”初任務となるのであった。
◇◆◇
形式的な入学の儀も終わり、新たなるクラス分けの場へと私達は向かっていた。
とはいえ、中等科では関連施設での専門教育も始まるため、クラス単位での授業ではなく、各個人の専攻ごとに授業計画が創り出される。
そのため、クラスというのは形式化している。もちろん、ホームルームの類もないのだが、神衛の大半はヒサヤ様の履修に考慮した計画が求められていた。
「あと、半年とは言え、みんなにはいつも迷惑ばかりかけているな」
「どのみち、神衛となる身では専攻は絞られますから、問題はございませんよ。殿下」
ゆっくりとその場へと向かう中で、ヒサヤ様が恐縮するように口を開くと、それに対してヨシツネがそう応じる。
初等科では、育ちの良さが抜けていない小太りな少年だった彼も、すっかりと絞られた身体へとなっている。
候補生のみならず、神衛に混じっても遜色ないほどの武勇も身に着けていた。
ただ、元々の育ちの良さから、ヒサヤ様とは馬が合うらしく、その後も親しくすごし、今では男子候補生の中では一番の友人であった。
「それでも、興味がある分野は学んでおいた方がいいと思うけどな。神衛だからって、見識を狭めるのはよくないぞ」
「それは重々。私達の履修の修正は、師範たちによって執り行われますから、興味のある分野への学習は十分考えておりますよ」
「それならいいけどな。さて、クラスはと……」
そう言ったヒサヤ様に、私はそう応じる。思えば、ヒサヤ様は書店の息子としての側面もあるため、様々な分野に興味を持っている。
私が散々本を貸したりしたことも原因ではあるかも知れないが、マヤさんとの数少ない面会の時には、店の本を端から読みあさっていたとも言う。
思えば、あの時の出会いから、今日までともに過ごしていたのだなと私は実感していた。
「あの~、すいません」
「はい? なんでしょうか?」
そんなヒサヤ様との出会いの時を思いかえした私に対し、控えめに声をかけてくる少年の声。
何事かと思いながら振り返ると、そこには数人の少年少女が立っている。ただ、その先頭にいる二人の顔には、なんとなくではあるが見覚えがあるように思えた。
ただ、初等科の同窓生の顔は把握しているため、中等科からの編入生であろう。
手慣れた雰囲気で話をしていた私達に何か尋ねたいことでもあったのかも知れない。
「えっと、その……」
「はい?」
「なに、遠慮してんのさ。はやく聞きなさいよ」
「いやだって、人違いだったら失礼だろ」
「大丈夫だって」
そう言って、お互いに顔を見合わせながら小声で話し合う二人。
他の子達も二人の背に隠れるようにして私達、いや私を伺うようにしてみている。はじめこそ、ヒサヤ様の事を気にしていたのかと思ったが、二人はちらりちらりと私に視線を向けているのだ。
どうやら人違いを気にしている様子であり、先に名乗りだそうかと思ったその時、私の目には二人の首元にて光るネックレスが目に映る。
「あ、あの……、丸聞こえですけど……、え? あ、あの、まさか」
思わず目を丸くすると、私の視線に気付いた二人が、おそろいのネックレスを手に取り、私の首もとにて光るそれを見つめてくる。
刀、百合、そして平和を表すクロス。
それが重なり合い、赤と青に染まった二人のそれぞれのネックレスと、銀色に輝き、三つに別れた私のそれ。
三年前の事件の際に壊れてしまったが、今でもまとめて首から提げている私の大切な宝物だった。
そして、私に、いや、私達にとっては、それが何を示すのか、口に出さずとも分かることであったのだ。
「お久しぶりです。……皆さん」
こみ上げてくる熱いモノを抑えながら、私はそう口を開く。
そんな私の言に、ネックレスの持ち主である少年、シロウ君と少女、サキちゃん。そして、一人年少の女の子であるユイちゃんをはじめとする仲のよかった子達。
あの別れの日以来の、成長した姿がそこにあった。
今日から新章『変転の章』を開始します。
今回の人物たちに関しては、この後の展開で再会させようかとも思ったのですが、多少学園生活も書こうと軌道修正した結果、登場させました。
学園展開に関しては、正直なところ、非常に苦手なので期待に応えられるか分かりませんが、なんとか頑張りたいと思っています。
ご指摘いただいた誤字脱字の訂正も同時に進めていきます。
改めまして、新章もよろしくお願いいたします。




