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第二十一話

今日もたくさんのweb拍手をいただき、ありがとうございました。本当に力になっています。

 静寂に包まれる原野に、ドサリドサリとモノの落ちる音が響く。


 それを目にした私とハルカは揃って膝から崩れ落ちそうになるも、なんとか身体を叱咤してその場に立つ。

 孤立無援の状況に頼もしい味方が登場したのだ。私達がヘタレている場合ではない。



「漆黒の翼……? フィランシイル皇家の者でございましょうか? しかし、皇国神衛の衣服を?」


「私は、ハヤト・ツクシロ。皇国神衛、カザミ・ツクシロの長子。それ以上でも以下でもない。それよりも、ヴェナブレス卿。此度の仕儀は如何なるおつもりか? 皇国の皇子を誘拐し、あまつさえその護衛に当たる神衛候補生を害した。我が国に対する宣戦と受け取られても致し方なき暴挙ですぞっ!?」



 そんな私達の様子を無視するかのように、落下してきた傭兵たちの首をつまらなそうに見つめ、顎に溜まった肉を煩わしそうに撫でながらヴェナブレスは、お兄様、ハヤト・ツクシロに対してそう口を開く。

 それにお兄様は眼光鋭く応じたが、私やヴェナブレスをはじめとするその場の者達は、ヴェナブレス等の罪よりも、お兄様の姿の方に注目しているように思えた。


 実際、私も今はそのことに目を奪われている。



 今、お兄様の背で風に揺れている漆黒の翼。



 大陸には白き翼を持った“ヒュリー族”または“飛天魔”と呼ばれる種族をはじめとする有翼人種が多く住むという。

 そのヒュリー族の中でも、漆黒の翼を持つ者。それは、ほんの僅かな者だけ、すなわち、特に選ばれた者の特徴である。


 それは、大陸西部に位置するとある国家の皇族達が共通して持つそれ。


 その国家の名は、フィランシイル帝国。


 その前身はフィランス共和国と呼ばれ、今から100年の昔、大陸全土を巻き込んだ『陸間大戦』の戦勝国の一つ。

 だが、戦後弾圧していたヒュリー族を中心とした亜人種達の反乱によって“共和制”と呼ばれる体制は崩壊し、現在の帝国となった。


 その反乱の中心となったのはフェリクス・ツェム・セアム・ロクリス・フィランシア。


 現フィランシイル皇帝その人であり、彼の母、そして子息たちもまた漆黒の翼をその背に羽ばたかせている。


 つまり、今、お兄様、ハヤト・ツクシロの背にて風に靡く漆黒の翼。それは、紛れもなくフィランシイル皇族の証でもあるのだ。

 しかし、今までそのような話を聞いたことはなく、その翼を目にしたこともない。



「ふむ。ですが、ハヤト殿。そのお姿をしている以上、あなたの行動もフィランシイルの介入と見る事も出来るのですがね」


「何を言うか。私はスメラギで生まれ、スメラギで生まれ育った歴としたスメラギ人だ。フィランシイルなど関係無い」



 そんなことを考えていると、ヴェナブレスは口元に笑みを浮かべつつそう答えると、お兄様は眉間にしわを寄せながら声を荒げる。

 冷静を装ってはいるが、動揺していることは明かだと思う。お兄様にとっては、フィランシイルとの関係は禁忌なのであろうか?



「ま、良いでしょう。私としても、変態趣味が公になる事は適いませんし、さすがに取りつぶしも免れたい」


「……なんだ?」


「分からないのかい? 小僧。スメラギの皇子も小娘にも用はないから、さっさと失せろと言ってんだよ」


「どういうつもりだ?」



 そんなお兄様に対し、冷静さを取り戻した様子でヴェナブレスとロイアが口を開くと、お兄様は少々気勢を削がれた表情を浮かべてそう問い返す。


 突然、私やヒサヤ様の解放を口にしたのだ。



「これだからガキは……。あんたは、後方から駆けつけてくる連中に正体を知られたくないし、皇子やかわいい妹とその友達を取り戻せる。その代わりに、私らの商売を邪魔しないでもらう。こっちとすれば、閣下からの金が不意になる分、大損だが、ぶち殺されるよりはマシだ」



 それに目を丸くする私達に対し、ロイアは文字通り唾を吐き出しながら鋭い視線を私達に向け、ヴェナブレスに対して後ろ指を指しながらそう口を開く。

 後方からの援軍というか、神衛の捜索隊がこちらに向かっていると言う事であろうが、彼女達はすでにそれに気付いており、それに到着をされては自分達の身に危害が及ぶ事を理解している様子だ。


 だが、それにしてはこちらに都合が良すぎるように思える。


 奇襲されて三人が倒されたとはいえ、私達は完全に取り囲まれている。

 お兄様が空を駆る事が出来るならば彼らを圧倒することは可能かも知れないが、それでは私達が無防備になってしまう。


 現時点では、ヒサヤ様を守りきるという覚悟はあっても、自信はない。


 その辺りを考えれば、彼らがこちらに譲歩する理由などはそれこそ戦争に繋がる可能性だけなのだが、後になってこの場を逃れてからヒサヤ様を解放すれば問題はない。


 如何にヒサヤ様が彼らの暴虐を訴えたとしても、対外的には『誘拐された皇子を救った義賊』という肩書がつくことになり、スメラギが報復に出ればこちらに非がある事になってしまう。


 そこまで考え、お兄様の元へと歩み寄ろうとしたその時、私の目に映ったのは、赤き光を灯しはじめるヴェナブレスの右手。




「お兄様っっ!!」




 気付いた時には地を蹴ってお兄様へと抱きつき、お兄様をその場から立ち退かせる。


 その刹那、私達とヒサヤ様、ハルカを隔てるかのように巨大な紅蓮の壁が立ちのぼった。



「ほう? 中々に鋭い。ですが……」



 激しく燃え盛るその紅蓮の壁に視線を向けたヴェナブレス。


 自身の会心の法術が躱されたことに驚きの声を上げていたが、その醜悪な容姿には、下卑た笑みが浮かんでいる。



「まあ、どのみちこっちのモノだったけどねえ。私らが、あんたたちみたいなガキ相手に譲歩するわけがないじゃないか」



 そう言うと、ロイアは他の傭兵たちとともに私達に対して得物を突き付けてくる。

 その切っ先は、陽の光を受けて鮮やかに光り輝いているが、不思議と恐怖感じなかった。むしろ、彼らの譲歩の方が胡散臭く、なんとも気味が悪かったのだ。



「っ!? ヒサヤ様っ!! ハルカっ!! 無事ですかっ!?」



 そんなこと以上に、私は紅蓮の炎の壁向こう側とに別れてしまったヒサヤ様とハルカのことの方が心配であったのだ。

 背後の壁は激しい炎を上げており、その密度は非常に濃い。私の背丈を遙かに超えた炎の壁なのだ。



「こっちは、大丈夫だっ!! 炎に囲まれちゃったけど、とにかく大丈夫っ!!」


「土と風の守りでなんとかしてる。でも、長くもつかは分からないよっ!!」



 そんな私の言に、ヒサヤ様とハルカが必死の声で答える。

 今のところは無事であるようだが、炎に囲まれてしまったとなればその身が焼かれることはなくとも、次第に身体が衰弱していく。


 残された時間はあまりない。だが、どうすればいいのだろうか?

 こうして周りを囲まれてしまっている状況では、私とお兄様もまた絶体絶命な状況と言える。



「こんな状況でも主君の心配? その忠誠心は尊敬するわねえ。でも、忠誠なんてモノは裏切られるためにあるんだよ? お嬢ちゃん」


「だから、なんですかっ!?」



 冷静に周囲を見まわしつつも、ヒサヤ様とハルカの声に安堵していた私に対し、ロイアが剣を首筋に突き付けながら歩み寄ってくる。

 その挑発するかのようなもの言いに苛立った私は、声を荒げて彼女を睨み付ける。



「あらあら。先輩のご忠告も無視? まあ、それも無駄に終わるんだろうけどねえ」



 そんな私に対し、苛立ちを笑みの入り混じった表情で剣を突き付けてくるロイア。

 そんな慈悲とは無縁な表情な、死の女神とも言うかのような妖艶と酷薄の入り混じった表情に、私は恐れを捨てるように努めながら睨み付ける。



「待てっ!! やるなら私からやれっ!!」


「っ。邪魔だよっ、どきなっ!!」


「ぐっ、ふざけるなっ!!」



 そんな私を背後に匿うように前に立ったお兄様に、ロイアもまた苛立ち、お兄様に掴み掛かる。

 さすがに鍛え抜かれた傭兵だけあって、お兄様を相手にしても力負けする様子は無い。


 だが、そんなわずかな時間だけでも、私達には意味があった。



「ハヤトっ!! ミナギを連れて飛べっ」



 聞き覚える声が耳に届くと、お兄様はロイアを突き飛ばして私を抱きかかえ、空へと舞い上がる。


 その刹那、周囲の地面から氷の刃が突き立ち、ヴェナブレスやロイアをはじめとした傭兵たちに襲いかかる。


 そして、それを待って居たかのように、森から矢が射掛けられ、そこから数人の人間達が飛び出してくる。

 皆が皆、白を基調とした神衛の衣服に身を包んでおり、相対した傭兵たちを次々に斬り伏せていく。



「ミナギ、ハルカっ!! よくぞ守りきった。全員捕らえろっ!!」



 上空の私や炎の中にいるハルカに対し、そう声を上げたのはシオン師範で、傭兵たちを次々に倒していく。だが、命までは奪っていない様子で、叩き伏せられた後も立ち上がってくる傭兵たちを何度も打ち据え、やがては動きを奪っていく。


 他の神衛達も同様で、人数の差はあれど、技量の差を完全に熟知した上の行動であろう。

 戦う相手と力量に差がなければできない芸当であるのだ。



「もう、安心だな。思いのほか、時間が掛かったが」


「そうですね……。っ!? お兄様っ!!」


「むっ!? ――巨体の割に素早いな」



 そんな師範たちの戦いぶりに安堵した私に声をかけてくるお兄様。


 しかし、そんな声で戦いの場から目を外した私の目に映ったのは、隙を見て逃げ出すヴェナブレスとロイアの姿。



「ヴェナブレスの意識を奪えば、壁は消えるはず。ミナギ、私がヤツ等を追うっ!! お前は、殿下達を」


「はいっ!!」



 そう言うと、お兄様は漆黒の羽を翻して滑空し、地に近づいたのを見計らって私は飛び降りる。


 そのまま滑空していき、逃走する二人の背を追う。


 受け身を取りながら回転した私は、それを見ながら立ち上がると、すぐに乱戦の舞台となっている小屋の前へと駆ける。


 ロイアとの力量差はあるが、ヴェナブレスはあの身体の様子から、法術に特化している人間だと思われる。

 奇襲によって意識を奪うぐらいは分けないであろうし、ロイアがわざわざ手助けをするとも思えない。



 案の定、私が小屋の前へと近づく頃には、それを待っていたかのように、炎の壁はその何人をも寄せ付けない激しい炎の勢いを徐々に弱めていく。


 それを見て、私は両の手に宿した刻印に意識を集中させる。


 水と聖の刻印であり、この両者は支援や回復の法術を使役できる。もちろん攻撃も可能だが、補助の側面が強い刻印なのだ。

 炎によって身体を燻され、衰弱しているであろう二人の体力の回復は急務であった。



「ヒサヤ様っ、ハルカっ」



 いまだに燻り続ける炎の壁。だが、多少の火傷は気にすることなく私はその中に飛び込むと、右手に宿る水の力を解放する。


 途端に、周囲は柔らかな青き光に包まれ、頭上に現れた青き水の雫が地に落ちたかと思うとそれが周囲に広がっていく。

 それを受けて、周囲の炎は勢いをさらに弱めて行き、私は身体が不思議な癒しによって軽くなっていくことを実感する。



「ミナギ……。よかった」


「ハルカ、ミナギ、本当によかった。……ありがとう」



 二人の元に駆け寄り、笑顔浮かべた二人。すでに外の様子は察しているのであろう。私もまた、無言で笑みを浮かべながら頷き、左手の聖の力も解放する。


 こちらは回復よりは、火傷などの外傷の治療に力を発揮する。もちろん、応急処置などの意味合いが強いため、後々の医療行為は必要になってくるが。



 だが、安堵したのもつかの間。


 ほんの僅かに気を抜いていた私の首に、太い男の腕が絡められたかと思うと、思いきり締め上げながら抱き上げられる。



「やめろっ!! やめなかったら、こいつを殺すぞっ!!」



 耳に男の怒声が届く。


 なんとか視線を向けると、怒りに満ちた恐ろしい形相を浮かべた男の姿。賊達のリーダーが、剣を片手に私に突き付け、師範たちを睨み付けていたのだ。



 一瞬の静寂。



 事態を察したハルカがヒサヤ様を庇うようにリーダーとの間に出るが、リーダーは二人ではなく、傭兵たちをほぼ征圧した師範たちに目を向けている。



「なんの真似だ? もはや、貴様らに勝機はないぞ」


「うるせえっ!! とっととそいつらを放せ。こいつを殺されてもいいのかっ!!」



 そんなリーダーに対して、冷たい視線を向けた師範は、冷然とそう言い放つ。

 それがよけいにリーダーの怒りを助長させたのか、なおも私を締め上げる腕に力がこもり、刃先が頬に突き立つ。



「ちっ……。少女の顔を傷付けるな。顔だけでなく、心まで不細工だな」


「な、なんだと、てめえっ!!」


「それと、貴様は何か勘違いをしていないか? おい」


「――はっ」



 そんなリーダーの行動に、シオン師範ははっきりとした舌打ちとともに、リーダーに対して嫌悪感を隠さずに吐き捨てる。

 それに激高したリーダーだったが、それに対して師範は部下達を促し、私とリーダーの側でこちらを睨んでいたヒサヤ様とハルカを連れていく。



「これで、私達の任務は成功した。これ以降は、私達の都合であって、任務だけを考えれば、その者を救う必要は無いのだ。意味なきことはやめておけ」


「そ、そんな、師範っ」


「シ、シオン、そんなひどいことを」


「静かに」



 そう言った師範に対し、ハルカとヒサヤ様が抗議の声を上げるが、師範は冷たい声で二人に対してそう言い放つと、ゆっくりと右腕を上げる。


 それを受けて、一瞬顔を見合わせた神衛達が、一斉に矢をつがえる。



「て、てめえら。な、何をしやがる??」


「知れたこと。射殺す」


「な、なんだとっ!? こ、この小娘が死ぬぞっ!?」


「それがどうした?」



 それを見て、動揺しはじめたリーダー。まさか、躊躇無く人質もろとも自分を射殺そうなどとは思いもしなかったのであろう。


 だが、師範の考えも分かる。


 私は候補生とはいえ、将来は神衛となる身。わずかな油断で敵にとらわれ、交渉の材料となる事など御法度なのだ。

 これがヒサヤ様であれば、身を捧げてでも要求を呑んだかも知れなかったが、相手は一介の神衛候補生でしかない。


 むしろ、私は、自分の身を自分で守らねばならない立場であるのだ。


 そう思った私は、精一杯の抵抗を見せるように、身体を激しく動かしはじめる。



「うっ、て、てめえ、大人しくしやがれっ!! うおっ!? ガキのくせになんて力だっ!?」



 私が暴れたことで、リーダーも師範も困惑しはじめる。


 前者は逃げられては元も子もないと、後者は自力での離脱を考えてのことであろう。そして私には、後者の思いに答える算段があった。


 暴れながらも、首を強引にリーダーの腰へと向ける。


 そこには、白い桜の花びらと細かな装飾が施された、澄んだ青色の鞘をした小刀が男の汚れたズボンから顔を出していた。


 はじめの抵抗の際に目に映っていたそれ。

 お母様と老夫婦から送られたそれが、こんな男の手に渡っていたことすらも腹立たしい。



 だが、それが結果として私を救おうとしていた。



「っ!!」



 全力で腕を動かして、それを手に取り、鞘から刀身を引き抜く。



「なにっ!?」



 突然の出来事に、リーダーは声を上げ、腕の力が抜ける。


 わずかに自由ができた私は、その腕を掴んで身体を捩り、驚愕の表情を浮かべるリーダーとつかの間対峙する。




 そして私は、躊躇うことなく、その小刀を驚愕のあまり目を剥いたリーダーの首筋を薙いだ。

一応、次回で序章は終了となります。

間隔を開けずに、少し成長したミナギ達の話を始めたいと思います。

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