第二十話
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散々暴れ回った後になっては、さすがに息が上がっていた。
発見された瞬間、三人で男を叩き伏せて森の奥へと逃げたのだが、さすがに私の身体は疲労困憊であり、数人を叩きのめしたところで足をかけられて捕らえられてしまった。
「おやおや。随分な、お転婆さんですねえ」
「調べたところによると、皇立白桜学園一年月組所属、ミナギ・ツクシロ。ハルカ・キリサキ。ヒサヤ・ミズカミの三名ですね。少女二人は、それぞれツクシロ家、キリサキ家の息女です」
「ふむふむ。中々の権門の姫様と言う事ですな」
「はっ。三人とも、違いはないかい?」
後ろ手に縛られて、小屋の前にて日除けの傘とテーブルを要してくつろぐ男と礼装に身を包んだ女性の前に引っ張り出された私達に対し、男は値踏みするかのような笑みを女性は金勘定をするかのような視線を私達に向けてくる。
外国の貴族然とした両名であったが、男は見た目通りの俗物のようであり、女性は格好や佇まいはしっかりしている様子だったが、その割に口調は砕けた物である。
整った顔をしているが、どことなく品を感じられず、お母様の同僚の女性たちと似たような印象を受ける。
もっとも、お母様の部下の当たる遊女たちは、身分の割には気位の高い者が多かった気もするけれど。
両者の傍らには、それぞれに私達を監禁していた賊達のうち、細身の男を除いた四人が立っている。先ほど叩きのめした巨漢も両側から抱えられるようにして立っていた。
そして、私達の背後には、男達の部下と思われる武装した者達。
格好に統一性は無く、どこかの傭兵か何かと思われ、老若男女、様々な人種が入り混じった一団だった。
「うっ!?」
「違いはないか。って聞いているんだよ。さっさと答えな」
「だったら、足をどけなさい。うっ!?」
そんな周囲の様子を見まわしていた私に対し、女性がヒールを腿に突き立てる。
一瞬、痛みに声を上げかけるが、女性のもの言いに腹が立ち、鋭く言い返す。
だが、それは、女性の苛立ちを助長させるしかなかったようだ。
「よせよっ!! 三人とも違いはない。二人はツクシロ家とキリサキ家。僕は、「こまめ書房」のとこの子どもだ」
「はじめっから、そう答えればいいんだよ。――閣下、報告通りみたいですよ」
「ふむ、そうですねえ。ふふふ、見た目も中々かわいらしい」
痛みに苛立ち、声を荒げた私に対して女はさらにぐりぐりとヒールで足を抉ってくる。それを見たヒサヤ様が、女を咎めるように声を上げると、女は一瞬目を丸くしたが、すぐにめんどくさそうな態度になって男に向き直った。
それを受け、男はその肥大した身体をのっそりと持ち上げて私達の元へと近寄ってくる。人間、ここまで太ることができるのかと思うような肥大した肉体に、下卑た笑みを浮かべている。
外見で人を断ずることの卑しさは分かっていたが、今、ハルカの顎に手を当てて舐めるように顔を見つめている男の姿は、見ているだけで嫌悪感が募る。
「さて。少々、手間を食いましたが、目的のモノは手に入りましたし、まあ少々の減額で良しとしましょう。良いですね?」
「へ、へい。それで十分でさあ、ヴェナブレス卿」
「…………もう少し減らしておきましょうか」
「え?」
そして、私に対しても満足げな笑みを向けた男、ヴェナブレス卿と呼ばれた彼は、賊のリーダーに対してそう告げるも、リーダーの言に不機嫌そうな表情を浮かべて、金貨でも入っているのであろう。女の持った報酬袋を引き下げさせる。
「どこに耳があるのかも分からないんだ。気安く、依頼人の名を呼ぶんじゃないよ」
そして、きょとんとするリーダー達に対し、女が視線鋭く睨み付け、袋の中から一掴みの金貨を取り出した後、袋を放り出す。
そんな賊達は、一端顔を見合わせて、渋々といった様子でそれを拾い上げた。
「さて、女の子たちは一緒に来てもらうとして。男の子はどうしましょうかねえ」
「え?」
「どういう?」
そんな賊達を首を振るって追い払った男は、私とハルカを舐めるようにして見た後、冷然とした視線をヒサヤ様に向ける。
それまでは、皇子としての彼を狙い、私達は単なる副産物とばかり思っていたのだが、ヒサヤ様の正体にはまったく気付いていないと言う事なのだろうか?
「そのままの意味ですよ。あなた達には興味がありますが、男の子には別にね。ロイア、あなたが好きにしますか?」
「餓鬼には興味はないです。まあ、剣の斬れ味を足すことぐらいには使えるだろうけどねえ」
私達の声に、ヴェナブレスはそう答え、ロイアと呼んだ女に対してそう答える。それに対して、ロイアは礼装の下に隠してあった長剣を抜くと、その剣身を舐めながらヒサヤ様を見つめる。
秘書か副官のような佇まいをしているが、どうやらこの女の本懐は、剣を持って血を流すことにあるように思えた。
そして、思わずヒサヤ様に視線を向けた私とハルカであったが、ヒサヤ様はそれに動ずることなく、立ち上がる。
どうしようというのかと、目を丸くした私達に対し、彼は優しくほほえみかけると、ヴェナブレスとロイアに対し毅然とした表情を浮かべて口を開く。
「やれよ。ただし、スメラギの皇子で試し斬りをするだけの度胸があればの話だけどな」
一瞬の静寂。
はじめは少年が咄嗟についた嘘だと思っていたのか、小馬鹿にしたような笑みを浮かべていたのだが、徐々にその表情に陰りが差し始める。
いったい何があったのか、顔を見合わせた両名と背後を囲う傭兵たち、加えて賊達もまた戸惑いを見せ始める。
「どうした? まあ、それはいい。――ヴェナブレスと言ったな。以前、会ったことがあるはずだ。貴公はアルビオン本国の名家だったが、とある醜聞でスメラギに追放されたと聞いた。性懲りもなく、それを続けているようだが、あいにくとこの二人は大人しく貴公の思うがままになるような弱き者じゃないぞ? 手元に置いたとしても、次の日には首と胴が離れた貴公が、その場に転がるだけになるぞ? お前達もそうだ。二人の証言は、何よりの証拠になる。大逆罪で、スメラギが誇る神衛達が地の果てまで追いかけられ、この世の地獄のすべてを見せられる事になるんだ。それでもよければ、好きにするんだな」
そんな周囲の様子に、ヒサヤ様は全員を睨むつけるようにまくし立て言い終えるとその場にどかりと座り込む。
私達でもはじめて見るような、そんな堂々とした態度に、全員が息を飲み、硬直して彼を見つめるしかない。
「なんと……。これは、失礼をいたしました、皇子殿下。ですが、書店の子ども演じている必要性を私は感じませぬが、その辺りは如何お思いですかな?」
「演じてなどいない。店主は私の祖母だ」
「……ほう? スメラギの太子は、賤しくも平民の娘を妃に迎えたと聞いていたが、それは本当のようですな。たしかに、皇妃も宴の席ではそれ相応に振る舞っていたが、どこか下賤臭さは抜けてはおらなんだ。殿下を見ても何も感じなかったのはそう言うことですか」
「侮辱か? 母に対する」
「そうではございません。こうなった以上、私の罪過が知れるのは時間の問題。つまり、私にはもう未来はないと言うことです」
沈黙を破るように、口を開いたヴェナブレス。先ほどまでの唖然としたものから、その肥大した顔に不敵な笑みを浮かべ、ヒサヤ様に対してそう告げる。
その中には、サヤ様を侮辱する響もあり、ヒサヤ様と同様に私もまた苛立ちがさらに募ってくる。
そして、ゆっくりを周囲の傭兵たちに気付かれないようにハルカに対して視線を向ける。
どうやら、拘束された縄は解き終わっている様子。そして、長靴に仕込んだナイフにも傭兵たちは気付いていないのだ。
「つまり?」
「今ここで、殿下を手にかけるもかけないも同じと言う事です。ロイア、君達。震えていないで働きなさい。まだ、前金分も働いてないのですよっ!!」
「っ!?」
どうやら、事態を察して絶望したヴェナブレスは、破滅を前にした暴発を選択した様子である。
その肥大した体躯の周囲に刻印の巻き起こす風が舞い、それが刃となって周囲の草を巻あげている。
「はん。どうやら、皇子様の目論見も外れたようだね。一国の皇子様なら、誰もがひれ伏すとでも思っていたかい?」
そんなヴェナブレスの態度に、ようやく硬直から脱したロイアが、礼装の上着を脱ぎ捨てて剣を振るう。周囲の傭兵たちも一部を除いて武器を構え直していた。
「……ならば、仕方がないな」
そう言うと、ヒサヤ様はゆっくりを首を振り、静かに目を閉ざす。そして、満足げに笑みを浮かべたロイアが剣を振り上げる。
その刹那、私は身体の両側を抱えられた巨漢が、二人の仲間をふりほどく姿を目にする。
だが、そんなことにかまうことはなく、私は隠していた光の刻印球を手にして地に叩きつけ、ハルカはヒサヤ様に抱きつくようにしてその縄を斬る。
周囲が激しい閃光に包まれたのはその瞬間、私は閃光の中で地を蹴り、ヴェナブレスとロイアの二人を蹴倒すと、ハルカとともにヒサヤ様の手を取って湖に向かって駆け出す。
そこには、ヴェナブレス達が乗ってきた船があり、それさえ奪えば逃げ切れる可能性は出てくるはずだった。
しかし、事態は簡単には済んでくれなかった。
閃光が消え去り、小屋のすぐ側に係留してあった船が目の前に見え始めたその時、船は赤き炎を上げて燃え上がってしまったのだ。
「ふうむ。あっさりと捕まったのが嘘のような立ち回りですね。私の手で、淑女へと育てても見たかったが、どうやら私の手に負える娘たちではないようです」
眼前で燃え上がる船を見つめる私達の耳に、そんなヴェナブレスの声が届く。振り向くと、右手を前に出し、全身に汗を浮かべた肉塊は、一人の魔術師の顔となって私達を睨み付けている。
「…………だから言っただろう」
「さすがは皇子様ですな。だが、だからこそ、あなた達をただで帰すわけにはいかなくなりました。ただでさえ、本国はベラ・ルーシャなどとの抗争にて疲弊しているというのに、殿下やその娘たちが成人した暁には、どのような事態になるのか、末恐ろしいものだ。私も、人生で一度ぐらいは国のために働きたくもなるものです」
一様に苦々しげな表情を浮かべて睨み付ける私達に対し、ヴェナブレスはそれまでの下卑た笑みをすっかりと消し去って私達を見つめてくる。
今となってようやく愛国心に目覚めたとでも言うのだろうか?
そんな彼の態度に、ロイアや傭兵たち。加えて、事の成り行きを呆然と見守っていた賊と一人駆け出そうとしていた巨漢も冷然とした態度で私達を取り囲んでくる。
それは、嬲るべき対象を前にした肉食獣のそれから、目の前の“敵”を殲滅せんとする戦士の態度へと変わっている。
ヒサヤ様の毅然とした態度が、却って彼らの闘争心に火をつけてしまったのであろうか?
「まさか、こんなことになるなんてな。ごめんよ、ふたりとも」
「いえ、そんなことはありません」
「あれこそ、私達が守るべき皇室の姿ですよ。だから」
「私達が絶対に守って見せますっ!!」
私とハルカの声が重なる。
ヴェナブレス達の闘争心に火をつけたように、ヒサヤ様の毅然とした態度は私達の忠誠心にも火をつけている。
いったいヒサヤ様の何がそうさせているのか、今の私には分からなかったが、それでも、命に代えてでも護らねばならない存在があると言う事だけは本能から分かっている。
だからこそ、今こうして武器を構えることにも、恐怖心はない。
そして、私達が意を決して地を蹴ろうとしたまさにその時。一つの静かな声が、私達の耳に届いた。
「ミナギ。よく頑張った」
静かに、そして懐かしさすらも覚える、冷たいながらも優しい声。
「お兄様……?」
思わず、その声の主に対して呼びかける。
その刹那、私達を取り囲む傭兵たちの首が、二個、三個と虚空へと跳ね上がった。そして、吹き上がった血が、緑野を赤く染めていく中、私達の眼前には、漆黒に染まった翼がゆっくりと風に揺られていたのだった。




