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第十九話

投稿が遅れてしまい、申しわけありません。


web拍手をくださった皆様、いつもありがとうございます。

本当に力になっています。

 目覚めの合図は、男たちの怒声だった。



「どうなってんだこれはっ!!」


「知るかよっ!! とっとと探すんだっ!!」



 そう言いつつ、互いに酩酊していたことやみすみす逃げられたことをなじり合う男たち。


 朝になって私達の様子を見に来たのであろう。ハルカの土法術で塞いだ扉が壊され、怒り心頭で部屋に入ってきた男たちも、すでに私達が姿を消しているとなれば、いつまでも互いを罵りあっているわけにはいかない。


 数人が駆け去っていく足音が聞こえると、ほどなく周囲は静寂に包まれたのだ。


 それを待ち、私はヒサヤ様とハルカに目配せをして入口の方へと降りていく。私達が閉じ込められていた部屋から気配を探り、さらに上の物置から室内を覗く。

 そうしておいてはじめてヒサヤ様を脱出させられる。さすがに、上に登ってもらうのは難しいし、一緒に登るなどは論外だ。

 そんなことを考えながら、音を立てないようしてわずかな光が差し込んでくる岩と岩の隙間へと近づく。


 怒声が聞こえた頃には三人とも寝入っていたので明かりは消えており、今も足元は暗がりに包まれている。


 倉庫から持ってきた火種で明かりをつけたいところだったが、万が一誰かが残っていれば、隙間から漏れる光ですぐに見つかってしまう。

 そんなことを考えつつ、入口の側へと辿り着き、隙間から外を見つめようと身を屈める。


 その刹那。



「っ!?」



 耳に届く岩壁を叩く音。全身が震え、一気に鼓動が跳ね上がる。



「そもそもだ、窓もねえ部屋から逃げるなんて無理に決まっているだろ。どっかに穴でもあるに違いない」


「そういや、考えもしなかったな」



 そして、耳に届いてくる男たちの声。


 どうやら、全員が外に探しに言ったわけではなく、勘の良い二人が残って入口を捜し始めたようだ。となれば、入口が見つかってしまうのは時間の問題だった。


 そう思った時、私は躊躇うことなく後方に向かって石を投げる。小さな石であったが、周囲の石壁に当たって音が出る。

 休む前に決めておいた合図で、万一の際には石壁に身を潜める事になっている。奥へと進もうとしても、大人が通るには狭すぎるのだ。

 入口が見つかっても、賊達がここを通って逃げたと思い込んでくれることを祈って、奥で身を潜めているしかないのだ。


 そうしている間に、私は一か八かと思い、跳び上がって昨日以上の速さで上へと続く穴を登っていく。


 男たちに火を焚かれるにしても、時間は多少かかる。


 それまでにヒサヤ様が上の穴を登れるようロープなどをみつけて来ておかないとならないし、最悪私が囮になって時間稼ぐ。そんなことを思いつつ、私は覚えている限りの岩棚を掴み、どんどん上へと登っていった。



「お、おいっ!! やっぱりあったぞっ!!」



 そうして、どうにか横穴に辿り着いたその時、下の方から男の怒鳴り声が聞こえてくる。残念ながら入口は発見されてしまったようだ。

 となれば、二人が見つかることなく身を潜め、男たちが無理をして追いかける事がないことを祈るしかない。


 そう思いつつ、横穴を駆けるように進んだ私は、昨日こじ開けた扉の前へと辿り着く。ゆっくりとそれを引き、偽装のために積み上げた空き箱をずらしていく。



 そんな時、何か得体の知れぬ気配を感じた。



「えっ!?」


「なんだ?」



 私の声と男の声が重なるのはほとんど同時の事であった。


 空き箱をどかし、倉庫の中へと視線を向けると、穴の開いた天上から漏れるわずかな光の中に立っている一人の男の姿。

 それを見た私は、全身から血の気が引いていくことを自覚する。実際、恐怖と衝撃のあまり、眩暈に襲われはじめているのだ。



「そうかそうか。こんなところに隠れる場所がなあ」



 そんな私の様子に安心したのか、男はニヤリと笑みを浮かべると、ゆっくりと近寄ってくる。よくよく見ると、巨漢による暴行を懸念していた細身の男であった。



「まあ、そんなに怖がるなよ。どうだい? 君はこれから、とある偉い人に買われることになるんだけど、良かったらお兄さんと一緒に来ないか?」


「い、いっしょ……?」


「ああ。悪いようにはしないよ?」



 空き箱をどかし、猫なで声を上げながら近寄ってくる男。


 それまでの恐怖から、今度は得体の知れない男の様子に、気持ち悪さが大きくなってくる。

 他の男たちに茶化された際に否定していたことは、どうやら正鵠を射ていたようだった。


 だが、そんな自分の欲望を果たそうと考えた男に対する感情は、却って私に冷静さを取り戻させていた。

 気持ち悪さが恐怖を取り除くというのはおかしな話でもあったが、今はそんなことを考えている暇はない。


 そう思いながら、私はゆっくりと近寄ってくる男に対して歩み寄る。



「お? その気になったかい? それじゃあ、もっとこっちに、いっ!?」



 そんな私の行動に対し、気色悪い笑みを浮かべた男。だが、それが余計に私から逡巡を奪う。

 腰ベルトに隠していたナイフを手に取ると、私は躊躇することなく男の胸元目指して地を蹴ったのだ。


◇◆◇



 皇子の誘拐から二度目の朝を迎えていた。


 地方に散った神衛達からの報告は、どれも皇太子夫妻を満足させるものとはほど遠く、当初は余裕を持っていた二人も目に見えて憔悴しはじめている。


 あれから睡眠や食事は愚か、身を休めることすらしていないのだ。彼らは父と母である前に皇太子と皇太子妃。


 その公人としての顔は、彼らに休息の時を与えることはない。


 そして、そのような事態は彼らの苛立ちを助長する結果がつきものでもあった。



「申し出はお断りしたはずですが?」



 そんなつきものに対し、普段温厚な皇太子リヒトの尊が口にしたのは、そんな言葉であった。

 口調や文面事態は丁寧であるが、その表情や声色にははっきりとした拒絶と敵意がこもっている。



「これは異な事を。殿下の御身を何よりも心配しているのは、あなた方ではございませぬか?」


「殿下。私どもとしても、今回ばかりは総督閣下の提言を入れるべきと愚考いたします」


「黙りなさい。――総督、如何に貴官直々の申し出があろうとも、私達の返事は変わらぬ。そして、尚位しょうい。今回の一件は皇室内部でのこと。政府の介入は許さぬっ!!」



 そんなリヒトの尊の言に、ベラ・ルーシャ総督アークドルフは冷笑を浮かべつつそれに応じ、総督とともに参内した外務尚位が恐る恐ると言った様子でそれへの賛同を促す。


 だが、双方ともに皇太子妃サヤの苛立ちを促す結果にしかならなかった。


 そんなサヤの激発に外務尚位は身体を震わせて震え上がるが、アークドルフはまあまあといった手振りでサヤを宥めている。


 元々、アークドルフ側からの依頼というなの脅迫で外務尚位が同席したのであり、名ばかりの尚位にとっては不運としか言いようがない。

 政府事態がベラ・ルーシャやユーベルライヒの傀儡といった勢力なのだから当然と言えば当然だったが。



「しかし、捜索も難航している様子。我が方としても、捜索のために人員を派遣することにはやぶさかでもないのですがな」


「総督、親切というのは押し売りをするモノではございませんぞ。今回ばかりは、お気持ちだけでもいただいておくことにしましょう。ヒサヤの幼少期の難事に、ベラ・ルーシャは手を差し伸べてくれたと。――さて、我々は皇居に戻ります故、ゆっくりしていってください。屋敷の主の許可は取ってあります故」



 そして、震える外相を無視してなおも言葉を続けるアークドルフに対し、リヒトの尊は、丁寧な口調と態度で、その申し出をきっぱりと断り、サヤを連れて席を立つ。


 ゆっくりして行け。とは、しばらくここで大人しくしていろ。と言う意味も含まれており、すでに部屋の外にはカザミの手の者が控えていた。

 もちろん、一国の総督に危害を加えれば、どのような結果が待っているかは知れたことであり、仮に不慮の事故であっても宣戦の理由には十分になり得る。


 スメラギ側としても、そのような轍を踏むつもりはなく、彼らの失態によって難事にあった事を証明できるような謀は準備していた。


 当然、アークドルフと外務尚位にもそんなことは分かっており、外務尚位は身体を震わせながら、アークドルフは悠然としたまま、用意されたお茶をすする。



「相変わらず、くそまずいモノだ」



 両名の姿が消え、足音が遠ざかるとアークドルフはそう吐き捨てながら、文字通りお茶を畳の上へと投げ捨てる。



「か、閣下……っ」


「なんだ? 俺は、貴様らの風習や文化が大嫌いだと言う事ぐらい知っているだろう? これでも大人しくしてやっているのだぞ?」


「で、ですが……」


「ふん。貴様は、政府内での派閥強化に勤しむのだな。そうなれば、そうだな。俺に変わりの総督にぐらいは据えてやる。まあ、毎日据わって判子を押すだけの仕事だ。面白かろう?」


「…………は」



 そんなアークドルフの無体に、外務尚位は思わずそれを咎めるが、一睨みで身体を震え上がらせられ、さらに続いた暴言に黙らされる。


 元々、実務家としての能力よりも、派閥内での工作等に優れているのだ。とはいえ、今ではユーベルライヒ・アルビオン側の政治家たちに押され、外務尚位のへの就任は、手な付けの駄賃であるというのが、本人は元より、周囲の認識である。


 アークドルフからすれば、本国からの指示を達するためには、なんとしても復権させ無ければならない人物でもあるのだった。



「もっとも、めんどくさくなれば他に手を打つがな」


「な、何かおっしゃいましたか?」


「さてな。それよりも、お手並み拝見と行こうじゃないか。向こうが待てというなら、好きなだけ待たせてもらうとしよう」



 そんなことを考えつつ、思わず口を付いた言葉。


 本国の指示は絶対であり、それを覆すにはまだまだ自分に力は足りない。とはいえ、本国の根拠地は、遠き大陸の果て。いつまでも影響力を持たれているつもりはなかった。


 そして、目下目の前の瘤となるであろう者達の力も、今回の事を良い機会として計るつもりでもあるのだ。



◇◆◇




 押し込んだ刃が骨に突き刺さり、それが軋む感覚が伝わってきていた。

「ぎゃっ!? て、てめっ!! むぐっ??」



 首を狙ってのことだったが、私の行動に男は咄嗟に身を逸らしてしまい、急所を一撃で突く事は出来なかった。

 だが、失敗を悔やんでもいる暇はない。

 痛みと怒りで声を上げかける男の口に手近の木片を強引に押し込み、さらに右肩に突き刺すことができたナイフを手首を返してこね回し、腱や神経に傷をつける。

 こうしておけば、最高レベルの治癒法術でもなければ治癒はしない。


 よけいに強くなった痛みで暴れる男が、残った左腕や足で私を殴打してくる。だが、元々、大人たちから暴力を受けていた過去がある。


 そして、それが堪えたことはそれほどなく、生来痛みには強いのだ。


 怒りにまかせた行動のため、攻撃に重みもない。それでも痛いことが痛いが、我慢できないほどでもない。


 そして、男の口元を抑えながら拳や蹴りの攻撃に耐えた私は、隙を見て男の股間を思いきり蹴り上げる。木片を吐き出すのも忘れるほどの激痛だったのか、白目を剥きかけて悶絶する男に対し、私は跳び蹴りを見舞うって男を蹴倒すと、傍らにあった木片と担ぎ上げて、何度も男の顔面目がけて叩きつけた。


 幾数回かそれを繰り返し、木片が壊れて中の食糧がこぼれ出ることには、男は完全に気を失っていた。



「はぁはぁはぁ……。何とかなったか」



 男が気を失ったのを見て、私は全身から力が抜け、思わずその場にへたり込む。

 無我夢中であったが、人に対して自分の意志で暴力を振るったのは、本当にはじめてであるような気がする。

 あったとしても、前世の幼少期で、この世界では生まれた時点で大人の精神を残していた分だけ、理不尽な喧嘩には及んでいない。

 とはいえ、今となっては自分がしたことに対する、言いようのない何かに支配されているような気がする。



 よく、小説などでは、人を殺した事への罪悪感にうちひしがれる主人公もいれば、何も感じない主人公もいる。



 だが、私にとっての目の前の現実は、ただただ空虚な夢のような感覚でしかない。


 今、覚悟を決めて男を刺し、木箱で殴りつけたことも、終わってみれば夢を見ていたようなおかしな感覚しかないのだ。

 男が自分に対して、吐き気がするような劣情を表していたからなのか、はたまた悪党であることを分かっているからなのか。


 答えは分からなかった。



「おーいっ!! どうしたっ!?」



 そんな自問自答を繰り返す私の耳に、階下から別の男の声が届く。穴の中に入ったかどうかは分からなかったが、派手な立ち回りで立てた音に気付いたのであろう。


 それにしては、反応が遅いような気もするが、穴に入っていたとすれば気付くのが遅くなっても不思議ではない。


 そんなことよりも、ぼやぼやしていたら男が上に上がってきてしまう。


 倉庫の中を見まわすと、手頃なロープや工具の入った袋が目に付き、その側には鍬や斧、熊手と言った器具が立て掛けられたいる。

 すでに下の階にいる男に気付かれている以上、隠れても無駄だなのだ。できるだけ急いでそれを手に取ると、男が階段を駆け上がってくる音が耳に届く。



「おいっ!! 何、がっ!?」



 そして、もう一人の。それも、私達を暴行してシロウ君達のから送られたペンダントつけた男が顔を出したところを狙い、勢いをつけて熊手を男に向けて突き刺す。


 勢いよく入ってきた男は、その勢いも相まって、腿の所に思いきりそれが突き刺さったのだ。予想外の激痛に、男はバランスを崩して倒れそうになっている。



「っ!!」


「おわっ、よ、よせっ!!」



 突き刺さった熊手を抜こうとした男に対し、私は片手に持っていた斧を躊躇うことなく投げつける。

 火事場の馬鹿力とでも言うべきか、重さはまったく感じず、派手に回転しながら男大して飛んだそれは、きれいに刃の部分ごと壁に突き刺さるが、その頃には私は男に対して、地を蹴って勢いづいた身体を叩きつける。

 子どもの、それも少女と呼べる身体である。ダメージを与えられるわけもなかったが、男は足を負傷してバランスは取れていない。



「うおっ、馬鹿っ。わああああああっっ!?!?」



 私を懐に抱える形になった男は、そのまま会談を逆さになって降りる羽目になり、下に到着した時に計ったように柱に頭をぶつけて昏睡する。


 それを見た私は、残った長靴に仕込んだナイフを取り出すが、いざ、男に頸を斬り裂こうとした刹那、吹き上がった血の映像が脳裏に浮かび上がり、男が目を覚まさないことを祈りながらそれをしまう。

 緊急事態ならば避けようはないし、今後の自分に課せられる使命を考えれば甘えでしかないだろう。


 それでも、今はまだ人殺しはしたくない。


 そんなことを考えつつ、男の首からペンダントを引きちぎると、男の首で伸びてしまった鎖が壊れ、付いていた飾り部分が下に落ちる。


 剣と百合の花と十字が重なり合っていた物だったが、今では三つに分かれてしまっていた。


 引きちぎったことは自分が悪いが、そもそも男が奪っていなかったらこうなることはなかったのだ。

 そう思いながら、今も気を失った男を睨むとロープと工具袋を持って慎重に下の階へと降りていった。

 幸いなことに、他の男たちは外へ行ってしまっており、難無く穴の中へと戻っていくことができた。



「殿下っ、ハルカっ!! 大丈夫?」


「ミナギ。君こそ大丈夫なのっ!?」



 穴に飛び込み、声を上げると岩の隙間の暗がりから、二人が這い出してくる。男たちに発見されてからは、じっと身を隠していたのだろう。



「二人は隙を見て、倒しました。眠っているだけですから長くは持たないと思いますけど」


「す、すごいね。どうやって?」


「聞かないでください」


「え? あ、ごめん」


「いえ、申し訳ありません」



 二人を倒したことは事実であり、偶然の要素も大きいが、私は自分の意志で人を傷付けたのである。

 興味本位で聞いて欲しくはなかった。さすがに、八つ当たりであることは自覚していたが。



「やめなよ。それより、速く逃げよう? 他の男たちは?」


「外に出ているようです。とはいえ、穴の中を進むよりは」


「そうだね。今度は私が先に行くから、ミナギは殿下を」


「大丈夫ですか?」


「私だって神衛候補生だよ。それに、法術は私の方が上みたいだし、この鎖と同じ目にあわせてやるっ!!」


「お、お手柔らかに」



 そんな私達の間に入ったハルカの言に、私は中の現状を伝える。


 他の男たちがどこに行ったのかは分からないが、それでも暗がりの中を進むよりはマシだと思う。

 最悪、迷子になって餓死。等という結果よりは、逃げられる時に逃げた方がいい。



 外へ出ると、ハルカが慎重に周囲を観察し、目先の茂みへ向かって駆けていく。


 外は人気のない草原になっていて、視線の先には森が見える。また、小屋の背後には案の定セオリ湖が波うっており、皇都からそれほど大きく離れているわけではなさそうだ。


 そして、ハルカの合図でヒサヤ様と一緒に茂みに向かって駆ける。その間に、彼女は法術のため精神を集中させている。

 いざという時に法術が使えるようにするためだ。あいにくと、自分の意志のままに使役できるような能力は私達にはない。

 それを数回繰り返していくうちに、なんとか森の中に隠れることができた。


 この場は茂みになっており、やや小高くなっているため小屋の様子がよく見える。


 逃げることはできたが、下手に動き回って男たちと鉢合わせするより、男がちがあきらめるのを待った方がいいと思ったのだ。



「なんとか落ち着いたね」


「ええ。ですが、これからが……」


「食べ物もほとんど持ってこれなかったしね」



 茂みに身を潜めて一息つく。とりあえず、どこに男たちがいるか分からないような小屋の中よりは、小さくても確実に身を隠せるここの方がいい。

 とはいえ、食糧も残り少ないし、私としたらお母様たちから送られた小刀を奪われたままというのが何よりも悔しかった。


 だが、ペンダントのようにいつでも上手くいくはずもない。



「まあ、夜になるのを待つしか……何あれ?」


「えっ!?」



 そんな時、茂みから小屋の様子を覗いていたハルカが口を開き、表情を凍りつかせる。

 何事かと思い、私も様子を窺うと、その視線の先には、湖から小屋へと上陸してくる複数の人間達。


 その中には、こぎれいな服に身を包んではいるが、顔が見にくく膨れあがった壮年の男がおり、その傍らには以外なことに女性を数人侍らせている。その中の何人かは、美人ではあったがつろな表情を浮かべていた。



「あれが商売相手って事?」


「かも知れません。しかし、まずいですね」


「20人以上いるよ? で、でも、ぼくらがいないんじゃ、怒って帰っちゃうんじゃ?」


「いえ。逆に探すかも知れません」



 身体が震えてくるのが分かる。ヒサヤ様の言も分からなくはないが、細身の男の口ぶりだと、相手の男はそれなりにその道にはこだわりが強いように思える。


 怒って帰るよりは、獲物をなんとしても見つけ出すこと選ぶような気がする。

 さきほど、男が侍らせていた空ろな目をした女性たちがその証明とも言える気がするのだ。



 そして、私達の視線の先で男たちが怒鳴り散らされ、彼らを含めた数十人が小屋の周囲から方々へ駆けていく様子が見える。



 どうやら、賭けは私の勝ちだったようである。賭けなどしてはいないし、勝ちたくもなかったが。



「ど、どうしよう?」


「しずかに。今は、隠れてやり過ごしましょう」



 そう言うと、私達は互いに寄り添いあい、互いの衣服をしっかりと掴む。できるだけ小さくなり、気付かれないことを祈るしかない。

 慌てて逃げ出せば、それこそ相手の思う壺なのだ。



 そして、どれだけ時間が経ったのか、互いに身体を震わせながら抱きしめあっていた私達であったが、不意に妙な気配を感じる。


 震えとは異なる。得体の知れない何か。


 背筋に冷たい物が落ちる感覚。恐怖とは異なり、それは非常に息苦しくも思う。まるで誰かに監視されているかのように。


 そこまで考えて、私は事態を察した。


 覚悟を決めて顔を上げると、そこには、下卑た笑みを浮かべた男の顔があった。



「みーーつっけた」



 戯けた様子でそう口を開いた男の声。だが、それは私達にとっては、絶望のどん底へと突き落とす宣告に過ぎなかった。

明日は20時頃には投稿できると思います。

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