第十八話
少々短いです。
あと、昨日も多くのweb拍手をいただき、ありがとうございました。
コメントをくださった方も、返事ができず申し訳ありません。しっかり目を通しており、大変助かっています。
先の見えない暗がりの中を、奥へ奥へと進んでいく。
周囲は天然の洞窟のようで、岩肌を這うようにして進むしかなかった。それでも、岩自体は滑らかで乾燥しており、不快な感じはない。
大きめに岩に腰を下ろすと、元来た方向を見つめる。
ずいぶん、奥へと進んだと思っていたが、まだ入口からはほのかな灯りが見える。木登りと違って、掴むところが少ないというのが原因だとは思うが。
穴は斜め上に伸びているようだが、指先を嘗めてかざすとひやりとした感触を受ける。空気の流れはあるようだが、私はともかくヒサヤ様やハルカが登れるかは分からないのだ。
とはいえ、外に出られるならばこれ以上安全な脱出路はない。
最悪、入口付近で身を隠していればいいし、見つかったとしても岩の隙間は大人では通り抜けられないほどの狭さ。奥へと逃げこめば追ってくることは難しいだろう。
だが、出口がなければ奥へ逃げるのは危険だった。逆上した誘拐犯たちが火を放ったりすれば、煙に燻されて私達の命はない。
風の流れはあるが……。それを頼みに、再び奥へ奥へと進んでいく。どんどん光は届かなくなり、手探りのみで進むしかない。
「あいたっ!?」
途中、出っ張っている岩に頭をぶつけたりもしたが、なんとか進む。しかし、私のそんな苦労は、残念な形で終わることになる。
「光?」
間もなく、進もうとする先に光が見え始める。
一瞬、気持ちが高まり、速度を上げて進んでいくが、その光へと近づくにつれてその光源がちっとも大きくならないことに気付く。
明かりが入りこんでいたのは小さなこぶし大の穴。もしやと思い、再び指を舐めて風の流れを確かめる。
「大分緩やかね……となると、出口は大分先か……。明かりもないし」
そう呟きつつ、開いた穴から外を見つめる。そこから流れ込んでくるのは、さわやかな夜の風と柔らかな水の流れ。
私の視線の先には、広大な湖の流れが月明かりに照らされて静かに揺らめいている。
「セオリ湖、かしら? でも、あの明かりは??」
視線の先にある湖の中央。そこには、一都市ほどの大きさの島があるはずだったが、そこに建物や何かがあるなどと言う話は聞いたことがない。
もっとも、今はそんなことを気にしている場合ではない。さすがに、明かりのない状態で奥へと進むのは危険だった。
「どうだった?」
入口へと戻ると、ヒサヤ様とハルカはすでにこちらに来ていた。穴は丁寧に塞がれ、隙間から中が見えるよう組み替えられている。一つを外せば、他の石を取るのは難しくないらしい。
「大分、奥へと伸びています。出口はあるかも知れませんが、正直進むのは危険だと思います」
「そう。じゃあ、当初の予定通りここで待つしかないね」
「まあ、身を潜めるぐらいの隙間はあるしね。覗きこんでいる時に目でもあったら、見つかっちゃうし」
「そうですね。あと、上の方に行ってみたいと思います。もしかしたら、連中の行動を見れるかも」
「わかった。でも、少し休んでからにしようよ。疲れたでしょ?」
そう言ってハルカとヒサヤ様は手近な岩場に腰掛ける。暗がりでよく見えなかったが、手が土で汚れており、偽装のための作業に打ち込んでいたのだろう。
私が戻ってくるのをただで待っていたわけでもなく、おそらくではあるが、私が動けば二人も休もうとはしないと思う。
「分かりました。でも、どうしても見ておきたいんです。上からあいつ等の様子が見れるかどうかだけでも」
「そうなの? でも、なんでまた?」
「それだったら、先に行っておけばよかったのに。責任感が強いのね」
「ごめんなさい。でも、あいつ等私の」
連れらて来られた時に、老夫婦から託された小刀とシロウ君達からもらったペンダントが奪い取られてしまったようで、その在処だけでも確かめたかった。
「まあ、そう言うことなら止めないよ。たまには、ミナギがわがままを言うのも良いんじゃない?」
「ありがとうございます。それでは、お二人は休んでいてください」
そう言うと、私は再び岩場に手をかけて身体を持ち上げる。今回は穴から光が漏れているため、掴まる岩を見つけやすい。
下を見つめると、二人が心配そうに見つめてくれているのがなんとなく嬉しかった。
ゆっくりと登っていくと、ほどなく横に伸びる穴があり、そこから風が吹いてきている。這うようにしてゆっくりと進んでいくと、お腹に伝わる感触が岩肌のそれから、湿った木の感触へと変わってくる。
何事かと思い、周囲に視線を向けると、ところどころから月明かりが差し込んできている。
「まさか、繋がっているの??」
そうして、ゆっくりを立ち上がると、床を踏み抜かないように慎重に奥へと進む。次第に周囲は、洞窟の乾いた匂いと空気から、埃に塗れた匂いと空気に変わり、なんとも息苦しくなってくる。
そのままゆっくりと進むと、軋んだ扉が目の前に現れる。木造のそれであり、大分痛んでいるためか、ところどころに隙間が空いている。
そこから中を覗きこむと淀んだ空気の中に、積み上げられた木箱が見える。どうやら、私達がとらわれていたのは、セオリ湖沿いにある古びた倉庫であるようだが、床に溜まった埃を見ると、賊達は二階へは来ていないようだった。
「っ!!」
そう思うと、私はドアノブにナイフを突き立て、刃こぼれなどを気にすることなく強引にその金具をこじ開ける。
ほどなく、金具を抑えていたねじが外れ、それがぐらつきはじめる。そこから開いた隙間に、ナイフを押し込み、強引に捩ると鍵はゆっくりと動いて扉が開かれた。
開いた扉の先では、階下から光の束が伸びており、時折男たちの下卑た声が聞こえてくる。どうやら、酒盛りの最中のようであるが、ここで気を抜いて気付かれでもしたらすべてが水の泡。
慎重に身体を床に横たえると、這うようにして光が漏れる隙間へと向かい、息を殺しながら階下を覗きこむ。
案の定、笑い声を上げながら酒を煽る男たち。人数は五人で、皆が皆、これから得られる報酬を夢見ているのであろうが、そうは問屋が卸さない。
見える範囲で、ゆっくりと視線を室内に向けると、老夫婦から託されたお母様の小刀は、無造作にテーブルに置かれ、シロウ君達の贈り物のペンダントは、顎を髭に覆われた巨漢の男の首かけられ、今も鎖がねじ切れそうなほどに緊張してしまっている。
大切な思い出を踏みにじられたような気がして、私は無意識のうちに歯ぎしりをしながら賊達を睨み付ける。
その刹那。細身の男が何かに導かれるように、こちらへと視線を向ける。
その目はなんとも淀んでおり、仲間の暴力を宥めていたのは、単に報酬が減るのを嫌がったためだと理解できた。
とはいえ、今の私では男たちに勝てるという補償はない。可能性があるとすれば、法術による一撃必殺であろうが、髭の巨漢がペンダントを身に着けている以上、それも出来ない。
だが、あいつらがそれを持っていることが分かっただけでも収穫であった。
「あ、戻って来たね。大丈夫だった?」
「ええ。これが、戦利品です」
そこから戻った私は、懐にしまっておいた乾燥肉やパンを取りだし、上着を脱いで敷物代わりにそれを並べる。
「とりあえず、お腹を満たしましょう」
「そうだね。でも、こんなのを取ってこれたと言う事は」
「ええ。上の方で繋がっています。もしかすると、ですが見つかってしまうかも知れません」
「うーん、上手くいかないね」
「しばらくはここに身を隠すしかないと思います。彼らが探し回っている隙に、逃げられるかも知れませんし」
パンをかじりながら二人に対してそう言うと、二人も久しぶりに食べ物にありつけたため、表情を綻ばせている。
とはいえ、一歩間違えれば発見されてしまうと言う状況に変わりはない。
「さて、食べ終わったら休みましょう? これからどうなるかも分かりませんし」
「そうだね。って、ミナギはどこに行くの?」
食事を終えると途端に全身に疲れが回ってくる。ヒサヤ様とハルカも同様なようで、ヒサヤ様は眠そうにあくびをするし、ハルカも瞼が重そうだった。
「この上が少し広くなっていますからこちらで。そうしておけば、隙間から中を覗きこまれてもすぐには見つかりませんしね」
「わかった。あ、その前にミナギ」
入口から上に上がった場は、湿り気もなく平らになっている。そのため、固いことを気にしなければ身体を伸ばすこともできる。
さすがに、熟睡はできないだろうが、それでも身体を休めることはできる。
そう思いながら、岩場に手をかけたとき、ヒサヤ様から声をかけられた。
「はい? あ」
振り向いた私の顔に、残った水で濡らしたハンカチが当てられる。
「大分汚れているからね。よし、きれいになった。って、どうしたの? ぼうっとして」
「い、いえ。な、何でもありませぬ」
埃まみれの部屋をうろついてきたためか、顔が埃で汚れてしまっていたようだ。だが、私はその何気ない行為に、思わず鼓動が跳ね上がったことを自覚する。
なぜかは分からなかったが、それからさらにヒサヤ様に見つめられるだけでも、落ち着かない気分にさせられていた。