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第十六話

 陸間大戦の敗戦により、スメラギ皇国はその領土を新興国家群によって分割統治され、50年余が経過した今となっても全領土の返還は為されず、各地方の主要都市を中心に、国家群の総督府が置かれ、今もなお各国の統治がが及んでいた。

 そんな中、スメラギ皇室はその権限の多くを削られ、今では新興国家群の影響下にあるスメラギ政府に対する追認機関としての機能を有するのみとされている。


 しかし、物事には表と裏というものが存在している。


 今日のこの日、スメラギ皇都天津上中央部に位置する天津御所には、そんな各国の総督達が夜も明けぬ頃より集結していた。



「皆様、本日はようこそお越しくださいました」



 スメラギ神皇、アキトの皇の声に、列席した者達が皆頭と垂れる。


 ベラ・ルーシャ教国、聖アルビオン女王国、フィランシイル帝国、清華人民共和国。そして、ユーベルライヒ連邦帝国からなる新興五カ国の総督とその随行官達と対峙するように腰をかけるのは、スメラギ神皇、皇后、皇太子、皇太子妃の四名。


 そして、それらの周囲には皇室の守護を担う神衛の衛士達が詰め、室内にはその筆頭たるカザミ・ツクシロが鋭い視線を向けていた。


 敗戦国であり、分割統治と傀儡的な地位におかれているとは言え、各国総督の地位はスメラギ皇族よりは下になる。

 心情はどうであれ、各国総督がスメラギ皇族に頭を垂れるのは当然であるのだ。



「して、ベラ・ルーシャ総督殿。此度は如何なる仕儀でございますか?」



 各人が席に着くと、皇族を代表し、皇太子リヒトの尊が口を開く。


 神皇は最初の御言みことを述べるのみであり、総督たちとの会談は皇太子夫妻が執り行う。立太子前は五閤家の当主が参列していたのだが、立太子以来、皇太子の心情を慮り、参列はしていなかった。


 もっとも、それもまた表向きのことで、五閤家がこの場から姿を消したのは、一重にミオ・ヤマシナによる凶行とその前後の貴族間での内部抗争に原因があった。



「は。我が、ベラ・ルーシャ本国において、再びスメラギ系住民による反乱が起こりました。彼らは皆、“スメラギ万歳”“神皇陛下万歳”と口にしながら、東に視線を向けて倒れていったとのこと」


「それは……、乱の犠牲者に哀悼の意を表します」



 皇太子の言に、ベラ・ルーシャ総督アークドルフ・ヴァトゥーティンが口を開くと、皇太子の言に、スメラギ皇族や護衛の神衛達、各国総督たちが頭を垂れる。

 大柄の巨漢であり、顔に刻まれた無数の傷痕が、彼の歴戦ぶりを証明している。事実、彼は対戦以来続く大陸各地の戦乱に際し、陣頭に立って流した血によって今の地位を築いているのだ。



「それは、本心にございましょうか?」


「なんですと?」



 それに対する皇太子の言に対し、アークドルフ総督は眼光鋭くそう問い掛ける。歴戦の強者すらも震え上がらせてきた眼光であったが、それに当てられたスメラギ皇族達は、動じることなく彼の言に対して疑問の表情を浮かべた。



「乱の首謀者たちは、スメラギ国民を父祖とする者達。その身にスメラギの血は4分の1ほどしか含まれておらず、加えて、全員がスメラギの地を踏んだことも見たこともない。それは愚か、スメラギという国家が存在していることすらも知り得ていないものが大半でございます。そのような者達が、何故、スメラギの名を口にするのでしょうか?」


「さて? スメラギ系住民と言うことは、父祖より某かの事を語られていたのではないだろうかな?」


「申し上げたはずです。彼らの多くは、スメラギのことをその死の直前にまで、口にすらもしなかったのです。誰かにそそのかされたのでもなければ、知るよしもない」



 そう言うとアークドルフ総督は、再び鋭い視線を向ける。だが、それに応じたのは、皇太子ではなく皇太子妃サヤであった。



「スメラギ系住民と聞くが、その多くは貴国の政策によって、故郷を追われ、家畜同然の生活を強いられている我が民の末裔でありましょう。あなた方が知り得ぬと言うだけで、父祖の地スメラギへの望郷の念を抱いたのではございませぬか?」


「殿下は何か思い違いをされておられる。彼らは、我がホクリョウの民であり、自ら新天地を目指して行った者達です。それに応じた事すらも、我々の罪とばかりに言い立てるのはお控えいただきたく思うのでありますが」


「たしかに。敗戦により、貴国に“強奪”されておりましたな。ホクリョウ地方そのモノが」


「これは、なんともお人聞き悪い事でございますな。“強奪”と称されましたが、戦後の条約により、我が国に割譲されたと聞き及んでおりまするが?」



 サヤの言に、アークドルフ総督はこめかみにわずかに青筋を浮かばせながらそう答える。事実として、スメラギ皇国最北部、ホクリョウ地方は全土がベラ・ルーシャによって占領され、今もなお過酷な統治が続いている。

 戦争の狂気に支配されていた直後のことならばまだしも、50年以上の月日が流れた今となっては、もはや政策としての苛政と見る事は十分であった。



「そのような事実。我がフィランシイルは聞き及んでございませぬが」


「また、ソウホク地方にはスメラギに対する反乱勢力が存在しているが、貴国とは極めて有効な関係あると」


「さて? フィリア卿、貴国こそ、本来の宗主権を強奪し、あまつさえ他国の領土踏みにじっておるのではございませぬかな? また、皇国における反乱勢力との関係に冠しましては、私の知るところではござらぬ」



 そんなサヤとアークドルフの会話に、フィランシイル総督のフィリア・ツェン・フィランシアとユーベルライヒ総督の両名が口を挟む。


 親スメラギであり、総督と言っても駐留軍司令官的な権限を与えられているに過ぎないフィランシイルと西方進出の拠点として友好関係にある超大国ユーベルライヒにとっては、極寒地を拠点とし、不凍港の確保に必死なベラ・ルーシャ対する牽制の念は強く、両陣営ともにスメラギ寄りの立場を崩してはいない。


 実際、ベラ・ルーシャとユーベルライヒは、大陸においても小さな紛争をいくつも起こしているのだ。


 また、他の二国。聖アルビオンと清華共和国は、双方ともに大陸の覇権確保に必死であるため、スメラギへの介入に興味はなく、この場にあってもほとんどの発言はない。


 今も、両国の総督は興味がなさそうに事の成り行きを見つめているだけである。


 最も、聖アルビオンはスメラギと同じ海洋国家であるため、50年にも及ぶ公益関係は、今更崩れるはずはないという余裕も一役買っていたのだが。



「皆様、皇妃の軽率な発言により、互いの友邦を壊すことは望みませぬ。我が方も発言を取り消しますが故に、この場は収めていただきませぬか?」



 そして、議論が白熱しかけたところで、皇太子がそう口を開くと、総督たちは一様に口を閉ざす。

 サヤがの発言をリヒトの尊が、女の不用意な言。と言った形で訂正し、場を収めるのはいつものことである。


 加えて、サヤは女の無教養さという形で各国に対する批判などを口にし、互いの牽制を促しているのである。


 政府と呼ばれる期間が、各国の言いなりになっていることとは異なり、皇室は皇室なりの戦いを継続しているのであった。



「どうした?」



 そんな時、室内の警護に当たっていたカザミの元に、一通の書状がもたらされる。

 中身を確認したはカザミははじめ驚き、次にやや顔を青ざめながら、皇族の元へと駆け寄る。



「殿下。こちらを……」


「どうした? 皆様、失礼をいたします」



 書状を受け取り、総督たちに断りを入れると、リヒトの尊はサヤとともに渡された書類に視線を落とす。

 そんな二人、特にサヤは一度目を通した書状を、夫の手元から奪い取りかける。すぐに自分を取り戻し、手を離した彼女であったが、その表情は誰が見ても何らかの返事があったことを十分に察せられるものであったのだ。



「如何なさいました?」



 そんな二人の様子に、神皇アキトの皇が、静かに二人に声をかける。すると、震える手に握られた書状が差し出され、アキトの皇は静かにその内容に視線を向ける。



「……そうですか。二人とも、この場は我々に任せて、行っておやりなさい」


「……はっ」



 一通り見終えたアキトの皇は、皇太子夫妻にそう告げ、自身は書状を皇后に渡して各国の総督に対して視線を向ける。

 緊急事態の際には、皇太子が対応し、神皇は悪までも事の成り行きを見守るのだが、今回ばかりは皇太子を行かせないわけにはいかなかったのだ。



「皆様、諸事情により、此度は私が提言を受けましょう。遠慮無くおっしゃってください」



 丁寧な口調でそう告げたアキトの皇の傍らで、皇太子夫妻とカザミは静かに退出していく。

 神皇に対する提言が続くなか、ある国の総督が、静かに口元に笑みを浮かべたことには気付くことなく。



 皇太子の元に記されていた内容。


 それは、『皇子ヒサヤ、誘拐される』との報告であった。



◇◆◇◆◇




 暗がりの中で身体が揺れている。


 それに気がついたのは、意識が覚醒し始めてから間もなくのことだった。



「いたた……。これは、どういう事?」



 身を起こすと身体中が軋む気がする。加えて、手は縄で縛られ、片方の足には足枷が取り付けられている。

 まったく見覚えのない状況に、私は困惑するしかなかったが、周囲に目を向けると、手を縛られただけのヒサヤ様と私と同様に両手を縛られ、片足に足枷をつけられたハルカが横たわっている。



「っ!? こうして……」



 二人の姿を見た私は、慌てて袖に隠したナイフを取り出して、腕を結んでいる縄を斬り、足枷につけられた重しをひきづりながら二人の元へと地下より、二人を起こしながら縛られた縄を斬る。



「うう……いったい何が?」


「これ、どういうこと?」


「二人とも、よかった……」



 目を覚ました二人の様子に私は安堵し、すぐに袖にナイフをしまう。小型武器の携帯は、修練初頭で習ったことであり、思いがけぬ効果をもたらしてくれたのだった。



「……状況を見ると、誘拐でもされたの? 私達」


「そうかも知れません。しかし、学校の前だったのですが」


「なにより、神衛の皆様は何を?」



 私とハルカは口々に思いの丈を口にしあうが、それも長くは続かなかった。

 突如、部屋の中を明るい光が差し込みはじめると、そこに立っていた大柄な男が、何事かと叫びつつ、私達の元へと歩み寄ってくる。


 何事かと思い、顔を上げた私であったが、そんな私に対して、男は容赦無く蹴りを見舞ってきた。

 途端に全身から息が噴き出し、ほんの一瞬だけ意識が刈り取られる。ハルカもどうようで、彼女に至っては顔を思いきり蹴られている。



「このガキどもが。大人しくしていろっ!!」



 再び、私達を締め上げた男は、倒れる私とハルカに倒して吐きすてるようにそう告げると、乱暴に扉を閉めていく。



「ふ、ふたりとも、大丈夫?」


「はい。あのくらいなら」


「いたいですけど、我慢できます」



 そんな私達に対し、ヒサヤ様が泣きそうな声をかけてくるが、なんとか身を起こして彼の心配を消し去る。



 今の私達にできるのはそれぐらいであった。

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