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第十五話

 耳にししおどしの乾いた音が届いていた。


 それでも、今のわたし達にはそれに耳を傾けるほどの余裕は無く、どちらかと言えばしびれはじめた足の痛みに耐えることに全力を尽くさねばならなかった。



「まあ、不注意と言う事もあるだろう。とはいえ、そう言った不注意がいずれ大きな失態を産む。以降、軽率な振る舞いは控えるようにせよ」



 シオン師範の声に、わたし達は一斉に目を見開く。昼間の軽率な行動に対する仕置きだが、実際の所は修練前の瞑想が、正座で黙想に変わったと言ったところが正しい。


 もちろん半刻程だった瞑想が、二刻半に伸びた事は当然であったが。



「さてと、喧嘩をするほど体力が有り余っているのならば、少々厳しくいくぞ。アツミ、あの方を連れてこい」



 シオン師範はそう言うと、わたし達に立つように促し、離れから奥へと来るように促す。

 離れの奥に行くのははじめてであり、何があるのかは知らなかったので、多少は好奇心に駆られるが、先ほどのシオン師範の声は相変わらずの冷たさを私に感じさせてくる。

 なぜそう思うのかだけは分からなかったが。



「軽率だった。だがな、気を抜いた振る舞いはやめてくれ」



 そんな時、トモヤ君が耳元にてそう告げてくる。といっても、軽率と言うべき事なのか。


 任務に失敗したにも関わらず、一般の児童と遊戯に興じているところを見れば、腹が立つのも分かる。

 とはいえ、わたし達は別に気を抜いているわけではない。

 事情も話せない事とは言え、ヨシツネをはじめとする同級生は事情を察していて、他の同窓も大半が確信は持てずとも、わたし達が殿下の正体を見出し、その護衛に当たろうとしていることを察している。


 もちろん、察しろ等と言う事が無茶なことであることは分かっていたが。



「ツクシロ」


「なんですか?」



 先ほどのトモヤ君のもの言いに腹が立った私に対し、ヨシツネ君が静かに寄ってきて口を開く。



「あやつも察していないわけではない。そう腹を立てるな」


「どういう?」


「お前と同じだってことさ」


「同じ?」


「腹が立っているって事だ」



 短くそう告げたヨシツネ君であったが、正直なところ意味が分からず、さらに問い掛けようとしたが、ほどなく別室へと到着してしまったので、それ以上問い返すことはできなかった。



「閣下、準備はよろしいですか?」


「いいわよ~。いい加減、待ちくたびれたわ~」



 部屋の前に立ったシオン師範の声に、室内から間延びした女性の声が応える。

 何をするのかは分からなかったが、その声には何とも言えない吸い込まれるような響がある。


 部屋の中に入ると、その中は薄暗く、畳ではなく木の床となっており、その中央にて台座に置かれた水晶球がぼんやりとしていた光を灯している。


 そして、その傍らに立つのは、胸元の大きく開かれた紫色のドレスに身を包んだ妙齢の女性が立っている。


 一見すると異国の踊り子のようにも見え、妖艶な笑みを浮かべてわたし達に視線を向けているのだが、なぜか、お母様と同じような。一種の下品さは感じられなかった。



「この方は旅の刻印師で、今日は諸君等の刻印適性を調べ、可能ならば刻印の施術を行う。どうぞ」


「はじめまして。私はミラ・パリザード。ええと、それじゃあこれを使ってみんなの適性を調べさせれもらうわ。それじゃあ、そっちの男の子からね」



 そう言ってミラと名乗った女性は、傍らに立っていたヨシツネ君を指名し、自分の側へと呼び寄せる。



「それじゃあ、今日はこれまでね。あ、それと……ええと、ミナギ・ツクシロさん、ハルカ・キリサキさんの二人は残ってくれる~?」


「え?」


「わたし達がですか??」



 全員が水晶に触れ、それが様々な色を放つのを見届けると、ミラさんは満足げに頷き、そのまま今日の修練は終了となった。



「わたしはしばらくここのやっかいになるつもりだから、用事があったらいつでも来ていいわよ。それじゃ、二人は奥に。ちょっと聞いてみたい事があるのよね。……ええっと、ノベサワ。一緒に来てくれる?」



 ミラさんは、驚く私達を無視して他の子達にそう言うと、アツミ先生を同行させて私達を奥に誘う。

 何事かとも思ったが、それ以上にトモヤ君達からの睨むような視線の方が気になってしまった。ミラさんに呼ばれたことが気に入らないのであろうが、その辺りにまで文句をつけられても正直なところ迷惑でしかない。



「行きましょう?」


「そうね」



 そう言って視線を彼らから外し、私達は二人の後を追った。


 奥の部屋は積み上げられた書物や色とりどり光を灯す水晶、見たことのない器具などに囲まれており、整頓は行き届いていなかった。


 書物には興味があったが、器具や水晶はほとんど見たことがない。



「なんだか、悪い事をしてしまった見たいね」


「えっ!?」


「カミヨ達のことだ。閣下。気にしないでください」



 奥の椅子に腰掛けたミラさんは、開口一番私達に対してそう言うと、驚く私達にアツミ先生がやれやれといった様子で説明してくれた。

 アツミ先生たちも手を焼いている様子と言うことなのだろうか。



「質問をよろしいですか?」


「なに?」


「私達はなぜ呼ばれたのでしょうか?」


「これから説明するわよ」



 そう言うと、ミラさんは椅子から立ち上がり、光を灯す水晶の前に立つ。



「これがなんだか分かる?」


「刻印……でしょうか?」


「そ、この世界の力の根源体であり、それぞれが火や水、氷、雷、鉄、風、土、草花などの力を操るもの。あなた達の生活にも影響しているわ」



 わたしの答えにミラさんは大袈裟な身振り手振りをしながらそう告げる。


 この世界には、いわゆる魔法と呼べるものは、これらの刻印を媒介として体内にある力を解放して使役する。


 とはいえ、わたしはまだその魔法。この世界では“法術”と呼ばれる技術に関する知識はほとんどなく、目で見たこともなかった。



「それでね。今回、適性を見させてもらったんだけど、あなた達二人はあの中では特に優れていてね。すぐに刻印を施術しても問題はないと判断したのよ」


「えっ?」


「と言うと、刻印を身に宿せるのですか?」


「そう言うこと。適性が無かったら、彫師がいないと刻印を施術できないんだけどね。あなた達は、水と聖。風と土にそれぞれ高い適性を見せているから、わたしの手でも宿せるの」


「ほ、ほんとうですか?」



 本で見た範囲であるが、通常、刻印を宿すには彫師と呼ばれる、刻印を特殊な器具にて身体に縫い付ける技師と刻印の暴走を抑える刻印師の存在が必要になると聞いている。

 とはいえ、眼前いる彼女は、そんじょそこらの刻印師ではないような、その立ち振る舞いだけでそんな気持ちにさせられる雰囲気を持っているようにも思える。



「うん、大丈夫よ。まあ、心配するのは分かるけどね。あなた達は、元々から才能を裏付けられているし、わたしも今までに数え切れないほどの人を見てきているから」


「閣下のことは信用していい。安心しろ……、それに、ツクシロ。あなたには、少しでも優れた力が必要になんじゃない?」


「せ、先生」


「ここでは師範と言いなさい。まあ、キリサキも察しているでしょう?」


「……なんとなく。ですけど」


「ああ、ノベサワ。私が代わりに言ってあげるわ。なんでも、あなた達の同級生に、皇国の皇子様がいるらしいじゃない。それも、ツクシロさんとは仲がいいみたいで」


「それじゃあ、やっぱりミズカミ君がそうなの?」



 そう言うと、ハルカさんがわたしに対して視線を向けてくる。


 ミラさんやアツミ先生の言葉を考えれば、ヒサヤ様のことは当然耳に入っていると見て良い。



「わ、わたしは……」


「どういった経緯で知ったのかまではいいよ。それで、どうなの?」



 そう言って、さらに問い掛けてくるハルカさん。


 思わず、視線を向けたわたしに対し、アツミ先生もミラさんも頷いてくる。卑怯だとは思うが、二人が良いというのならば、わたしもそれに答えるしかない。



「そうです。ヒサヤ・ミズカミ君……。あの方が、初等部を卒業した後、ヒサヤの尊となられる」



 そこまで言うと、わたしはなんとなくではあるが、気持ちが軽くなったような気分になる。

 意識をしていたつもりはなかったが、どこかで重荷に感じてもいたのかも知れない。



「そうなの……。それで、私達に告げることは許されていたの?」


「いえ。直接言及はされなかったのですが……。それでも、妃殿下は、殿下に残された僅かな時間でもいいから、年相応の少年でいて欲しいと。おっしゃられていたの」



 先日の事を思いかえしながら、ハルカさんやアツミ先生、そして、ミラさんに対してそう口を開くと、みんなゆっくりと頷いていた。



「どちらにせよ。私達が皇室のために生きるというのは変わらない。そして、ツクシロにも、キリサキにも、ゆくゆくは力になって欲しいと思う。だからこそのことだ」



 静かに頷きながらそう口を開いたアツミ先生の言に、わたしもハルカさんもゆっくりと頷くだけであった。

 



◇◆◇




 学校を後にした頃には、すでに夜の帳が落ち始め、少し肌寒い空気に包まれていた。


 両の手から漏れる光のせいか、その空気が普段以上に寒々しい気がする。刻印を宿した直後は、妙な気怠さに包まれていたが、外の空気触れるとそれも吹き飛んでいた。



「なんだか、変な感じがするね」


「ええ。でも、風に触れたら目が覚めた気がします」


「法術の基礎も学べたけど……」



 並んで家路へと急ぐなか、二人揃ってゆっくりと渡された革手袋を外す。すると、夜の闇の中に、それぞれの光が灯りはじめる。


 わたしの両の手に宿るのは、それぞれ水と聖の青と白の光。ハルカさんの両の手に、宿るのは風と土の黄緑と茶色の光。

 それぞれが、対応した力の使役を可能とし、攻撃や防御、身体機能の強化、回復などを可能とする。

 とはいえ、刻印を宿したばかりの身にあっては、そこまで高度な法術の使役は不可能だ。才能次第。というのはミラさんの言であるが、まだまだ、初段階の攻撃と回復が可能でしかない。



「それにしても、もっと早く言って欲しかったな」


「ごめんなさい……」


「いや。わたしも同じ立場だったら、言えないとは思う。実際、難しいよ」


「そうですね。でも、ヒサヤ様が楽しくお過ごししていただけたら」


「正体を知って、普通の友達として接するのは難しいけどね」



 お互いに苦笑しながらそう言ったわたしとハルカさん。今まで、特に話したこともなかった人なのであるが、隠し事というのはある意味で人との繋がりを密にするものなのかも知れない。


 白の会、そして、神衛という立場同士であった以上、互いに気を使っていたと言うのもあるが。



「まあ、ツクシロは普段からそう言う顔をした方がいいわね。元がきれいなんだから、黙っていると怖いよ?」


「こ、怖いですか?」


「私達はどうってこと無いけどね。一般の子達は、けっこうね。この前の飛球合戦で大分気にしなくなったみたいだけど」


「少し、本気になってしまいましたので」


「クロウも本気だったから、お互い様だよ。それよりも、わたしも協力するから、明日からよろしくね。ミナギ」


「はい。……あ」


「名前で呼んだ方がそれっぽいよ」



 そう言って、朗らかに笑うハルカさん。いや、ハルカが差し出し手をわたしはしっかりと握りしめる。


 思えば、サキちゃん達と別れてから、同世代の女の子と対等に話をした覚えはほとんどなかった。


 だからこそ、彼女の申し出はこれ以上ないほどに嬉しかったのだ。



「あれ~? ミナギと……キリサキさんだっけ? こんな夜遅くにどうしたの?」



 そんな私達の背後から、のんびりとした少年の声が届く。慌てて目を向けると、そこには件のヒサヤ様の姿がある。

 驚きで思わず目を見開いた私達であったが、それを気にする素振りを見せずにヒサヤ様はゆっくりと歩み寄ってくる。



「ヒサヤ様? こ、こんな夜更けに?」



 なんとか絞り出したのは、そんな言葉であったが、それに対してヒサヤ様は、なんとも言えぬ表情を浮かべながら駆け寄ってくる。



「ちょ、ちょっとミナギ。それはやめてよ」


「殿下、わたしは存じております」


「え? 話しちゃったの?」


「いえ、察しはつきます。ですが、他言をするつもりはありませんし、ミナギに咎もないですよ」



 慌ててわたしを止めようとするヒサヤ様であったが、ハルカの声にさらに心配そうな声を上げてわたしを見つめてくる。

 その表情は何とも言えないような悲しそうな表情をしていたのだが、先ほどとは大きくことなるハルカの声にヒサヤ様の表情には安堵の色が広がっていく。

 昼間の事といい、彼女は態度の変化を巧みに使い分けて他人に接している。正直なところ、年齢を考えれば大人すぎるようにも思えてくる。



「そ、そうなんだ。――ごめんね、わがままを言ってしまって」


「気にしないでください。それより、殿下はこんな時間に何を」


「習い事の帰りだよ。校舎を通って……」



 そんなことをわたしが考えているなか、話を進めているヒサヤ様とハルカ。


 だが、そのほんの僅かな時。


 何が動いたかも、わたしが察することができない間に、それは起こってしまったように思える。





 ハルカの問い掛けに答えかけていたヒサヤ様がゆっくりと崩れ落ち、ほどなくわたしも意識を失ったのであった。

手直しをしていたら遅くなってしまいました。

一応、今度の土日は7時と20時の投稿。来週からは、20時か7時のどちらか1回の投稿になると思います。


中々、内容が期待に応えられていないようで申し訳ありません。

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