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第十四話

web拍手をしてくれた方。本当にありがとうございます。一拍手一拍手が、執筆の励みになっています。


コメントくれた方も本当に嬉しかったです。

 今日の授業は、主に皇国の現状をふまえた社会科が中心であった。


 元々、算術や読み書きの基礎は受験の段階で習得している白桜初等科では、社会科や実務などの授業が中心となっている。

 ちょうどこの世界の歴史には興味があり、マヤさんから薦められた本にも目を通したかったのだが、とりあえずは購入した地図などを頭に入れていた。


 小説でも舞台設定は多少説明されていたが、やはり主題はサヤ様と皇太子リヒトの尊の青春物語であり、終盤でも二人を巻き込む内部抗争が中心に描かれていただけで、諸外国との関係などは特に描写されなかった。

 それ故に、ヤマシナ家をはじめとする一貴族の暴走などの背景もそこまでは分からず、敵役であるミオの凶行がクローズアップされることになったのだ。

 小説においても、具体的な罪状などは無視され、ミオ……お母様とその家族、そして取り巻きたちに対する粛清が中心だった。


 その辺りも含め、歴史に関しては非常に興味が深かった。そのため、今日まである程度の世界情勢などは調べ上げていた。



◇◆◇


 スメラギ皇国は、ユディアーヌ大陸東部に位置するスメラギ諸島を国土とする島国である。


 大小数千を越える島々から成り立っており、面積は日本の10倍以上、希少金属なども豊富に取れ、長年一大海洋国家として地域に君臨していたという。


 その歴史は古く、おおよそ1500年を越え、黒髪黒目の黄色人種であるスメラギ人とスメラギ北域から極北地域に住むアムル人、そして、少数の亜人種によって構成されている。

 また、スメラギ人の中にも、“神祖”と呼ばれる初代神皇に付き従ってきた人々の血を引く、純スメラギ人。スメラギ諸島の古代から住む人々の血を引く、古スメラギ人。大陸から渡来してきた人々の血を引くこんスメラギ人に別れるという。

 “魂”というのは、純粋な血の繋がりはなくとも、魂で繋がっているからと言う理由のようだが、今となっては大きな違いはない。


 その歴史の中で、いくつかの国難に見舞われはしたが、現代にまで歴史が続き、平和な時代が長く続いているというのは世界的に見ても特異なことであるという。



 その歴史上の国難は、大きなモノをあげるとすれば三つ。



 一つ目は大陸進出が盛んに行われていた1000年ほど前のこと。


 ちょうど、大陸西方を席巻していていた遊牧世界帝国。後の神聖パルティノン帝国と呼ばれる史上最大の世界帝国が大陸東部にその牙を剥き、大陸に得ていたスメラギ領への侵攻を開始したことに端を発した“皇聖戦争”と呼ばれる一連の戦いである。


 足かけ5年に及んだ大戦争は、大陸領土の喪失とスメラギ本国への侵略を招いたが、パルティノン遠征軍に襲いかかった大規模台風と当代の神皇による陣頭指揮の元で行われた一大決戦での勝利により、国土防衛を成功させている。

 しかし、この戦いの結果、大陸領土を喪失と兵士達への恩賞の不備が、皇室権力の低下を招き、その後の第二の国難に繋がる母体と相成る。



 この第一の国難から続く第二の国難は、スメラギ全土を巻き込んだ400年にも及ぶ乱世である。



 皇室権力の低下は、各地で“武士”と呼ばれる戦闘集団の勃興を呼び、各地で領土争いを引き起こしていく。

 半ば自立化を進めるそんな武士たちを、力を失っていた皇室が止める術はなかったという。

 ともすれば、皇室そのものの滅亡すらも誘発しかねなかった乱世であったが、一人の英雄の出現によって乱世は急速に終息へと向かい、件の英雄が志し半ばで斃れると、戦乱に疲れた人々は、権力ではなく権威の象徴としての地位を確立しはじめていた皇室に期待をよせることになる。


 この時に確立されたのが、皇室を頂点とする貴族体制であり、皇室とその一門の守護を担う神将家、建国時から皇室に忠誠を誓う五閤家。そして、乱世を生き残った七代武家である七征家によって、国内から戦乱は消え、長き平和の時代を謳歌することになる。



 今も秘匿されていることであったが、この乱世を終息させた英雄。


 その人物は、皇室の命を受けた神将家の後援によって台頭し、皇室を脅かす権力を持ったところで謀略を持って歴史から葬られたという。



 そんな英雄の犠牲を持って得た平和。しかし、平和とは永遠ならざるモノ。



 激しい戦いの末、友好関係を結び、ついには未知なる大陸へと進出していた神聖パルティノン帝国が、大親征の失敗と新興国家群の攻撃を受けて滅亡し、その牙は残存勢力の受け入れを表明していたスメラギへと向けられたのである。


 それを前後するように、その新興勢力の一つであるイヴァルスタン帝国との領土紛争を起こしていたスメラギは、パルティノンの滅亡に端を発した新興国家群との戦いに巻き込まれていく。



 これが第三の国難であり、その影響は今現在にも現れている。



 結果として、その戦いにスメラギは敗北した。


 神聖パルティノン帝国の滅亡からスメラギの敗戦までのおよそ50年にも及ぶ戦は、『陸間大戦』と呼ばれ、それまでの世界秩序を完全に書き換えてしまうほどの大戦争となったのである。


 パルティノンの大陸領土は、大陸北西部から旧パルティノン本国を征圧したベラ・ルーシャ教国。大陸西部を分割する聖アルビオン女王国、フィランシイル帝国の両国。大陸中央部のオアシス地帯にてパルティノンの後継を名乗るティグルード帝国。南方部にて自立したバーラ・シャラーヌ、ルーム・マムリーク両王朝等に分割。


 その周辺地域もこの50年の間に、各国の植民地とされ、今もなお、過酷な統治が続けられているという。



 そして、大戦からおよそ50年。スメラギは皇室こそ残ったものの、国土は新興国家群によって分割されている。


 各地方の主要都市はその分割領の政庁が置かれ、各国の間接統治の下に置かれている。


 大陸と大洋に浮かぶ小国家を結ぶ位置にある海洋国家のスメラギは、各国の交易拠点として重きを為しており、一部を除いては、スメラギ人の生活そのものは困窮しているとは言い難い。


 軍隊も解体され、軍と呼べるモノはスメラギ人で構成される各国駐留軍が分割領地と数少ないスメラギ直轄領を守るという形でスメラギの防衛を担っている。


 つまり、経済的にも軍事的にも、スメラギはいまだに新興国家群の占領下に置かれているのである。



 白桜学院の設立に皇室財産が用いられたのは、各国家軍の影響力のない教育機関が求めらているという理由があった。



 残念ながら、敗戦によって皇室のをはじめとする中枢貴族の権限は大きく削られている。

 数少ない権力として皇室に残ったのは、国家群の主導によって作られた“政府”と呼ばれる立法、行政、司法を担う機関等の決定を承認する国事行為と宮中祭祀をはじめとする皇室の伝統行事に限られている。


 中央貴族に関しては、その私領のすべては没収され、名前だけが残る一般階級へと編入されているのだった。


◇◆◇


 授業では私が独自に調べていた内容を補強する形で近代の歴史が教えられていた。この世界にあっては、古代の歴史までは研究が進んでいないため、大陸に超大国が出現して以降のことは知りようがない。


 そのため、歴史と言っても、おおよそ100年間の事が中心であった。そして、私にとっても知っておくべき話になりつつあった。



「こちらの貴族階級ですが、敗戦後も五閤家をはじめとする有力者たちは、農工商などの様々な分野で重きを為す形で各国に対抗し、今でも国家において重きを成しています」



 アツミ先生の言に、一部の児童が頷いている。彼らもそんな没落貴族の出身者とも言えるだろう。


 ヤマシナ家もまたそのうちの一つであったことは私にも想像がつく。しかし、次第に権力の魔力に魅入られ、結果としては破滅することになったのだ。

 その辺りの詳細までを教師に聞くわけにはいかないし、自分で調べ上げるしかないようにも思える。

 もっとも、市販の書物で調べるには最近の話しすぎるであろうし、当人たちが今も生きている以上、今の私が知る事は難しかった。



「次に、知っている人もいると思うけど、皇国各地方の現状よ」



 そんなことを考えていると、アツミ先生は手にしていたノートに視線を落とし、ゆっくりと黒板に板書をはじめた。




 授業が終わり、板書した内容と自身の調べ上げた情報との齟齬を確認する。


 神将家、五閤家、七征家といった旧貴族勢力は、封建的な領国や権勢を失ったと聞くが、国内に、いやスメラギ皇国民には相応の影響力を保持している様子。


 それでも、無条件な賞賛を集めているわけではなく、権勢を保つための努力は惜しんでいないとも聞く。



 と言っても、彼らの本当の姿を知ることなどは不可能だろうとも思う。



 国家を支える高家がその実態を一介の小娘が知りようもない。むしろ、ムネシゲ先輩やトモヤ等、七征家縁者との関わりをもてるだけでも恵まれていると言える。


 いや、本当に恵まれていることはそれだけではないだろう。



「ミナギ~、そんなことより、数字歌留多しようよ」



 それぞれのノートを見返していると、トランプを手にしたヒサヤ様がにこにこしながら声をかけてくる。


 あの日以来、私はヒサヤ様と友人としての付き合いをさせていただいていた。


 週明けに任務の打ち切りを告げられた時は、トモヤをはじめとする同窓生たちから非難を受けたが、それはそれで仕方がないこと。

 ヨシツネくん達には悪い事をしたけど、すべての責任は私にあることを暗に伝え、皆もなんとなく納得したようだった。

 考えてみれば、一児童として皇族が紛れているのである。多少なりとも理由はあるモノだと言う事は察しがついたのだと思う。

 上層部もヒサヤ様のクラスメイトと言う事で、そこそこ優秀な者を集めたようにも思える。

 そんなヒサヤ様であったが、普段は仲のよい男の子たちと校庭で遊んでいて、私とは普通の同級生といった具合で付き合いをしている。だが、今日はあいにくの雨。


 ついでに、他の子たちは難しすぎてやりたがらないことが多いらしい。



「またですか? ヒサヤ君、強すぎるんですけど……」



 もっとも、彼らが断る理由は私の言い分と同様なのだろうと思う。とにもかくにも、ヒサヤ様はこの手の遊びに強すぎる。



「いいじゃないか。ヒサヤ、俺も入れてくれよ」


「わたしもやらせてくれ」



 そんな私達のやり取りを見ていたのか、ヨシツネくんをはじめとする神衛達が寄ってくる。


 口にしてはいないけど、みんなどこかで察するとこがあるのかも知れない。とはいえ、後悔しても知らないけど。



「よーし、あがりっ!!」


「え、もう?」



 案の定、始めてからそれほど経たないうちにヒサヤ様は上がってしまい、その後は私達で泥仕合になってしまう。

 その後もいくつかのゲームをやったのだが、ほとんどのゲームでヒサヤ様が一番だった。神経衰弱もほとんどすべてを一人でとってしまうっていったい。私もそれまではほとんど負けたこと無かったんだけど。



 それでも、ヒサヤ様が楽しそうなことは正直ほっとする。



 この前の真情吐露から皇子としての立場に対する自覚と重圧があるということがわかったし、残された時間がほとんどないことを知っている。


 とはいえ、ゲームなどでボコボコにされる私達の気持ちも理解して欲しいのだが。



「良い身分だな。ツクシロ」



 そんな私の耳に届く少年の声。


 視線を向けると、取り巻きを連れたトモヤくん達が教室に入ってきて、小馬鹿にするような視線を私に向けてくる。



「任務を失敗し、我々全員に汚点をつけておいて、友達と仲良くお遊びか。同じ、下賤の血でも、恥を知るのと知らぬでは大違いだな」


「おい、カミヨ」


「待って、クロウ。……ええと、星組のトモヤ・カミヨ君ですよね? なんの遊技の話かは知らないけど、ツクシロさんは、今私達と遊んでいるから。後にしてくれない?」



 そう言って、さらに私達の周囲を取り囲むようにして言葉をぶつけてくるトモヤくんに、ヨシツネくんが立ち上がりかける。

 殿下の御前での不用意な行動を咎めようとしていた様子だったが、同じくトランプに混ざっていたもう一人の神衛の子によってそれを制される。

 彼を制した白の会の女の子、ハルカ・キリサキさんがトモヤくんの言をはぐらかすかのように口を開く。



 トモヤくんは、最初は何を言っている? とでも言いたげな顔をしていたが、その傍らから発せられた声によってようやく自分の行動のまずさに気付く。



「えっと、カミヨ君って、白の会の人なの? と言うか、任務って何?」


「むっ!?」



 ヒサヤ様が相変わらずのんびりとした口調で、トモヤにそう問い掛けると、彼もまた言葉に詰まる。


 白の会に属する児童は制服の刺繍がやや異なっているため一目で分かるが、神衛の任務などに関しては、基本的には門外不出であった。

 ハルカさんが適当な答えではぐらかしたのも、ヨシツネがトモヤの失言に巻き込まれないようにするためでもあるのだ。



「ごめんねトモヤ君。昨日の続きのことを忘れていましたよ」


「なんだよ……そう言うことか。そんなに頭に来ていたのか?」


「ツクシロちゃんもひどいとは思うけどね。そういうわけで、カミヨ君、続きはまた後にしよう? もうお昼休みが終わるし」



 そして、自身の失言に気付き、表情を失いはじめたトモヤくんに対し、わたし達はさっさと戻るように促す。


 何事かと、凍りついていた教室内は、ただの口喧嘩であったと思い込んだようで、みんなそれぞれに話をしたり、授業の準備へと戻っていく。

 そんな周囲の様子に、トモヤくんは「覚えていろ」などという言葉とともに、取り巻きを引き連れて教室を去っていった。


 その後ろ姿を、ヨシツネくんやハルカさんの他、教室内の神衛候補生達が、怒りをこめて睨み付けている。わたし達は基本的に連帯責任であり、離れにおいてそのことを批判することは当然のように許されている。


 だが、学校生活の場では許されない。それ故に、今のトモヤくんの為した行為は、同窓生全体に影響がある事なのだ。



「はあ……」


「ミナギ~、約束を忘れちゃ駄目だよ」



 私も気疲れから溜息を吐くが、何とも言えない表情を浮かべたヒサヤ様が、そう言って嗜めてくる。

 もちろん、事情が分かっていてのはぐらかしだとは思うが、この方の場合は本気であることもあるので実際の心は読めない。



「ごめんなさい。次からは、気をつけますよ」


「そうしてね。あっ!?」



 そのため、素直に謝っておくことが吉であるのだが、そんな私の謝罪に納得した様子のヒサヤ様の耳に、予鈴の音が届いていた。


 


 ようやく発覚した皇子の正体。しかし、真の護衛対象を知ってもなお、私にとっての問題はまだまだ多く存在していた。

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