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第十三話

「申し訳ありません。夕食まで御馳走になってしまって」


「いいのよ。それに、あなた達とはもう少し、話をしておいた方が良さそうだしね」



 結局、私とお兄様はあの後でサヤ様に引き留められてこうして夕食をごちそうになる事になった。

 あの後も、お暇しようと思ったのだが、サヤ様は許してくれなかった。


 今もマヤさんと二人で台所に立つ姿は、どこの家にもいるお母さんであったが、私達に向ける笑顔の奥にはなんとくろーいオーラをまとわせているように思えた。



「はい、あがりっ」


「うそっ!?」



 食事が出来るまでの間、私達三人はヒサヤ様の持ってきた数字歌留多でゲームをしながら時間を潰していた。まあ、分かりやすく言うとトランプでババ抜きをしているって事なんですけどね。

 とはいえ、ぼんやりしている印象のヒサヤ様はこの手の勝負は非常に強く、先ほどからずっと一番あがり。ついでに、私は毎回お兄様にいいように翻弄されて三番あがりです。



「いやあ、いつもこの時間は一人になっちゃうから良かったよ。お母さんたちも忙しいからさ」


「それならよかったです。ヒサヤさ……くんは、学校が終わったらいつも?」


「えっと。まあ、そうだね」


「ヒサヤ、言っても大丈夫よ」


「そうなの? それじゃあね、学校が終わったら、家での習い事がない日はおばあちゃんのうちに来ているんだよ。だから、明日とかはここにはこれないかな。それで、三人でごはんを食べたらお母さんと一緒に帰るよ」


「なるほど」



 どこへ。とは言わなかったけど、おそらく夜寝る時は御所へと戻るのであろう。先ほどの、家での習い事というのも御所での事だと思う。

 ついでに、わたし達の通う白桜学院は、白の会用の離れと周囲の森を境に御所と隣接している。揃えられた設備の多くは、いざという時の反抗拠点に使用するという目的もあるという。



「それでは、普段はマヤさん一人で?」


「そうね。でも、警備の神衛さんがいつもいるから、ご飯時は一人じゃないわよ。別に、私なんて守るほどの要人じゃないのねえ」


「お母さん、前から言っているでしょ。私には敵が多いのよ」


「で、殿下」


「空気っ」


「…………は」



 ちょうど食事の準備が終わったのか、配膳を手伝おうと立ち上がったわたし達を制してテキパキと食器を並べていくお母さん方。


 サヤ様は随分図太いというか、竹を割ったような性格になっている様子で、私達の前でも平然と“敵”が多いと曰っている。まあ、事実ではあるけど。


 実際、私などはその“敵”であった女の血を引いているのだがら、心中は穏やかではないのかも知れない。

 とはいえ、私達が空気を読まずに皇太子妃として接しようとする以外は、どこにでもいる美人のお母さん。と言った立ち位置を崩さず、うるさく言ってくることもない。


 小説での儚い少女と言った外見と凛とした中身のギャップが魅力的と称されていた彼女だったが、今見る限りでは、皇太子妃をしている時を除いては後者の方が前面に出ているように思える。

 皇太子や友人に守られているイメージが私の中では強かったから、今目の前の、図太そうなお母さん像は少々驚きでもあった。



「どう? 味の方は」


「美味しいです。このタレって自家製なんですか?」



 夕食に用意されたのは、細かく刻まれた赤身の魚に青ネギを混ぜた丼モノで、刻みのりやわさびも丁寧に添えられている。


 ヒサヤ様はまだわさびが苦手なようだけど、味覚が二十代? 女子の私やお父様の晩酌に同席していて、辛いモノを食べ慣れているお兄様はその辺りは大丈夫なので、本来の味を味わうことが出来ている。

 特に、すりゴマなどと合わせられた醤油タレが絶品だった。



「そうよ。ちょっと、カザミくんに根回ししてもらって特産の特製醤油をね。いやあ、いいモノをもらっちゃったわ」



 にこにこ笑いながらそう告げるサヤ様。しかし、お父様の名前を出されてはわたし達はどう反応していいか分かりませんよ?



「返答に困ることを言うんじゃないわよあんたは」


「いいじゃない、今更、談合の一つや二つ暴露したって」


「はあ。ミナギちゃん、ハヤト君。あなた達が命をかけて仕えようとしている主君の妻はこんな女なのよ……。はあ、私の育て方が悪かったばっかりに」


「いえあの、三文芝居はもういいですから……」


「ミナギ」



 と、そんな母子漫才に我慢しきれずにツッコミを入れてしまう。


 お兄様は咎めるような視線を向けて来たが、眼前の漫才母娘は、すいませーんとでも言うかのように、後頭部に手を当てて頭を下げている。



「お母さんたち、今日はいいことあったの~?」



 そんな母と祖母のやり取りを見ていたヒサヤ様が、にこにこしながらそう口を開く。三人の様子から普段もこんな感じかと思っていたのだが、これは珍しいのだろうか?



「ん~? そりゃあね、あなたが友達を連れてきたのはじめてだからねえ」


「だって、あまり連れてきちゃ駄目っていってるじゃん」


「私が来れないときはね。おばあちゃん一人じゃ大変でしょ?」


「分かっているよ~。でも、ツクシロさんとその友達だったら大丈夫じゃない?」


「…………そうかも、知れませんね」



 そう言って、ヒサヤ様は私に対して笑いかけてくる。


 とぼけているのか、分かっていてやっているのかまでは分からないけど、否定する事でもないので相づちを打っておくしかない。



「そうね。――ツクシロさん」


「は、はい」



 食事を終え、食器の片付けをマヤさんに頼んだサヤ様が私とお兄様に対してそれまでの戯けた様子を一変させて口を開く。

 それに対し、わたし達は思わず背筋が伸び、お互いに視線を交錯させる。



「この子も、自分の立場というモノは理解しているわ。今だけが、同じ世代の子どもと一緒にいられると言うこともね。まあ、白桜は大人びている子が多いから、ちょうどいいとも思うけど。だからこそ、あなた達には無理難題を押しつけたわ」


「ごめんね。僕を守ってくれるというのはありがたいけど、でもツクシロさん達にまで跪かれたり、敬語を使われたりするのはちょっと嫌だよ。そんな、わがままを言ってはいけないというのも分かっているつもりだけど」



 私達と対面して並ぶように座り、私達に対してそう告げる母子。


 二人の表情は、それまでの朗らかなモノから真剣な表情に変わっている。サヤ様のそんな様子は端々から見て取れたが、ヒサヤ様の真剣な様子ははじめてと言ってもいいかも知れない。



「我々、神衛となる者達の使命は、皇族の皆様の御身を守り、ひいてはスメラギそのものを守ることにあります。昨今の事情を鑑みれば、両殿下の御身に対する危機は軽減するべきだと思われますが」



 それを受け、お兄様は目を閉ざしながら静かに口を開く。


 たしかに、敗戦によって皇族の数は減っている。加えて、ヒサヤ様には兄弟がおらず内親王殿下がお一人おられるだけ。さらに、皇太子殿下のご兄弟にも子どもはまだ無い。

 皇統の危機という現状を迎えている点を考えれば、ヒサヤ様の御身は最も重要な護衛対象であるとも言えるし、実家であるとはいえ隠密以外の警備の無い民家にいるというのは危険すぎる。


 まあ、私が心配しなくとも本人達はしっかりと理解しているのだろうが。



「分かっているわ。加えて、私達のために神衛達に余計な負担を強いていることもね」


「負担ではございますまい。……民とともにおありになる姿は、神祖以来の皇室の在り方とも聞いておりまする」


「そうね。だからこそ、私のような一介の小娘が、恐れ多くも時代の皇后位を賜ることになる……。つまり、本来であれば私的な感情を優先することは許さない」


「そ、そんなことは」



 ゆっくりを自分に言い聞かせるように、サヤ様はそう口を開いている。


 今でこそ、束縛の類は減ったと言えるが、元々皇室は閉鎖的な要素が数多く存在している。

 サヤ様とすれば、ヒサヤ様に閉ざされた環境で育って欲しくはないのであろう。



「そうですね。我ら兄妹としては、妃殿下と殿下の御心が最優先となります。……それに、お二人の願いを退ける勇気は私にはございません」



 と、お兄様は目を開くと、ゆっくりとそう告げる。


 ようは御心のままに。と言うことであろうが、自分達の在り方に悩んでいる様子の二人に対しては少々酷な言であるように思う。

 言い方こそ丁寧だが、言外に私達は責任を取りませんからどうぞご自由に。命令されればその通りにしましょう。等と言っているようなものだ。

 立場上、全力で守ることは前提であっても、進んで危険に身を晒し、結果として犠牲になる者達の命まで背負う。


 お二人にとって、自分達の思いを果たすために避けては通れない責任といえた。



「陛下と殿下からのお許しはいただいているわ。そして、ツクシロたちからもね。だからと言って、それに胡座をかくつもりはない」



 私がそんなことを考えていると、何かを考えるように瞑目していたサヤ様が、ゆっくりと口を開く。



「だからこそ、このサヤたっての願いとして聞いて欲しい」



 そう言うと、再び瞑目し、気持ち上体を傾ける。


 当然と言えば当然であるが、私達に対してサヤ様が頭を下げるようなことはあり得ない。以下に人としての礼を尽くそうにも、皇族と神衛、そして主筋と臣下という隔たりは確実に存在している。


 部下と対等に交わる姿を大物と評する風潮はこの世界にあっても多いが、それは単なる甘えであり、上位者が味わうべき孤独を否定しているにすぎない。

 そして、サヤ様たっての願いを私が、そしてお兄様が否定できるわけもなかった。



「御心のままに。というのは、卑怯ですね。ですが、私は妃殿下や殿下のお気持ちを否定できませんし、私もまた、殿下ではなく、ヒサヤ君を傷付けたくないです。ですので、出来ることはしたいと思います」


「なれば、私としても同じです。もっとも、聖上陛下や父上が同意為されている旨を否定する事などはございません」


「そう…………、ありがとう」



 私達の言に、サヤ様は目線を落としながらそう口を開く。

 そこに、先ほどまでの凛とした皇妃の姿は無く、かつての儚い少女の面影が垣間見えたような気がした。


 もしかすれば、それまでの姿は皇妃という立場が作りだした虚像だったのかも知れない。皇族という立場と息子のことを思う気持ちの間で板挟みになった彼女が、自身の身を守るために。

 私とすれば、元々サヤ様に救われたことがある身なのだ。病床にあった私が、困難にめげずに頑張る彼女の姿にどれだけ勇気づけられたか分からない。


 そう言った過去を考えれば、今の彼女もまた自身の立場に負けぬよう必死に頑張っているのだと言うことがよく分かった。



◇◆◇◆◇



「なんとも、重い話なってしまったな」


「そうですね」



 それから、ミナツキ家を辞した私達は、ゆっくりを家路につく。


 結果として、私は任務を達成したが、それを報告すれば二人の思いを無碍にすることになり、ヒサヤ様はわずかな少年としての日々を失うことになる。

 だが、私の評価などは、お二人の思いを考えれば無に等しいこと。これを報告するつもりなどはない。


 しかし、それは自分一人で、同窓生が負うべき責務を背負うことにもなる。


 上層部が今回の件を把握しているからこその任務であり、それを抱え込むと言う事は上層部からも相応の覚悟を求められることになる。



「ミナギ。先に言っておくが、お前がすべてを背負う必要などはないぞ? 同窓生たちはお前に比べれば子どもだが、相応の才覚は皆持ち合わせている。お前が背負うモノがなんなのか、察してくれる者も必ずいるさ」


「お兄様……」


「それに、殿下の護衛は、私をはじめとする上級学年や師範たちをはじめとする神衛達も担う。心配はいらぬよ。――そうですよね? カミジョウ師範」



 私の考えていることを察したのか、お兄様は背中をぽんぽんと叩きながらそう諭してくれる。

 たしかに、他の子たちとてただ単に家柄だけで白の会、ひいては神衛としての責を受けたわけではないのだ。



 そして、先ほどから私達の背後にある人物のような、専門の護衛集団も存在しているのだ。



「ふむ。いつ、声をかけてくるのかと待っていたが」



 闇夜にこだまする声とともに、私達の眼前にゆらりと影のように一人の青年の姿が浮かび上がってくる。


 シオン・カミジョウ。


 私達、白の会の神衛候補達の師範を務める青年衛士で、将来を渇望される若き逸材と評されている人物。

 お兄様と同じく冷たい美貌を持ち、いつも不敵な面持ちでいる人物であるが、私はいまだに笑っている姿を見たことがない。

 いや、笑っている場面に遭遇したこともあるが、その際にも目が据わっていたり、口元が冷笑のようになっていたりして、本心から笑っている様子は無いのだ。


 そのせいか、教えを受ける際にもどこか身構えてしまうところがあった。

 この人からは、得体の知れぬ恐怖を感じているのではないかと自分の事ながらに思う。



「それで、我々の処遇はいかがいたしますか?」


「ミナギの同窓達は減点にはなるが、一応ヤツ等が納得いくような理由は考えておこう。ついでに、ミナギ。そなたの減点は軽減しておくぞ。貴様は任務を達成したのだからな」


「えっ!? ですが……」


「元々、馬鹿どものの思いつきで始まったことだ。他の者達もすぐに補完が利くようにはしておくよ」


「そうですか」



 事の次第はすでに知っているようで、これ以上、師範の言に反問しても意味は無い。少なくとも、私のせいでクラスのみんなや他の候補生達に迷惑が掛かることはない。


 もっとも、カミヨ達からの突き上げはあるであろうが。



「まあ、事情は分かったと思う。特に、内情を知るそなたの責任は大きくなるぞ。ハヤトとの言う事も当然ではあるがな」


「分かっております」


「うむ。では、明日はゆっくり休み、週明けからまた頼むぞ。ではな」



 そう言うと、師範の姿はゆっくりと闇に溶けてゆき、やがてはその気配も消えていく。



「はあー…………」



 それを受け、私は大きくため息をついた。どうしても、あの人の前では言いようのない息苦しさを覚えるのだ。



「大丈夫か? しかし、師範もああ言っていることだ。明日はゆっくりと休むとしよう」


「はい」



 そんな私の気持ちを察したのか、肩に手を置いたお兄様の優しい声が胸に響く。

 たしかに、重い事実ではあったが、それでもお母様との約束を果たすにはこれ以上にない事実でもあるのだ。


 だからこそ、私は命をかけてでも、ヒサヤ様のために尽くす。そんな気持ちが、ゆっくりを湧いてきていた。

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