表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/106

第十二話

多くの皆様が、web拍手をくださいまして、本当にありがたいです。次回以降も頑張って書きます。

「えーと、世界史はこの辺りね。それにしても、ミナギちゃんすごいわ。こんな難しい活字本を読みたいだなんて」


「小さい頃から母が読みかせてくれたんです。なので、今ではそっちの方が」


「ほえ~。僕は無理だなあ」


「ヒサヤ君も十分すぎるほどだよ。ミナギは変わっているからね」


「お兄様、ひどいです」


「事実だろう? それで、どうする? さすがに全部は無理だぞ?」


「うーん、そうですね……」



 あの後、なんとか気持ちを落ち着かせた私は、ヒサヤ君の祖母に当たる女性、マヤ・ミナツキさんと一緒に目的の本を探していた。


 どうして、ヒサヤ君……いや、ヒサヤ様と言うべきかな? 彼がミナツキではなくミズカミ姓を名乗っているのかまでは聞かなかった。

 マヤさんの実家がミズカミであることは私も知っていたが、そこにある事実までを問う必要は無いと思ったのだ。


 私達が知っていればよいことなのだから。


 そんなことを考えながら、差し出された本を見比べる。丁寧にカバーのついた本が数冊並んでいて、見返していると自分で調べた歴史とは異なる部分がどれもに目立つ。


 スメラギは50年前の大戦争における敗戦国であり、これらの本は戦勝国の主張が中心となっているのだからそれも当然と言えるかも知れない。

 だからこそ、その中でもより中立に近いモノを見つけたいというのが本音だった。



「中立な視点と言っていたわね。これは作者が新興国被れで、こちらはちょっと国粋的な人ね」


「偏りがあるのは少々……」


「そうよねえ。せっかくだから、もう少し探してみましょうかね。ちょっと店内でも見ていてくださいよ」


「そんな、悪いですよ」


「遠慮すること無いわよ。私はこれが好きでやっているんだから」



 マヤさんはそう言うと書棚に視線を向けて、如何にも楽しそうな表情で本を見繕っている。


 ますます記憶の中にある彼女と姿が被る。


 思えば、サヤが白の会の人間達よりも成績が良かったのは、実家にあるこの膨大な本による知識の豊富さが理由だったかも知れない。

 マヤさんのような人であれば、娘が興味を持つことには積極的であっただろうし。



「ねえねえ、ツクシロさん。こっちの絵本とか読まないの~?」


「うーん、私は好きではないです」



 そんなことを考えながら本を物色する私の元にヒサヤ君が絵本を手に寄ってくる。気持ちは分かるけど、さすがに絵本に興味は持てない。



「そうなんだ~。やっぱり、おばあちゃんみたいだね」


「う……」



 そんな私の態度に、やや気落ちした様子になったヒサヤ君は、悪気はないのであろうが再び私の心に突き刺さる一言を放つ。

 たしかに、見た目は小学生でも中身は二十代の女性? いや入院期間長いからもっと年下だとは思うけど、年齢はヒサヤ君よりはるかに上と言っても言い。


 だからと言って、マヤさんと同じように見られるのはさすがにショックだった。



「ヒサヤ。そう言うことを言ってはいけないよ? かわいそうに」


「えー、だっておばあちゃんみたいに難しい本を楽しそうに読んでいるし」


「それでもよ」



 そんな私の様子を察したのか、マヤさんが軽くお辞儀をしながらヒサヤ君を嗜める。優しく諭すような口調で丁寧にヒサヤ君に話し終えると、マヤさんは私に目を向けて片目を閉じてみせる。

 孫がいる女性とは思えぬほど若々しい彼女であったが、そのウィンクもお茶目さが残っている気持ちの良いモノだった。



「それで、ミナギちゃん。これなんてどうかしら?」


「あ、はい。見てみます」



 そして、手にしていたやや大型の本を手渡してくれる。


 しっかりと製本されているのを見ると外国の原書みたいであったが、幸いなことに、この世界は訛りや口調の差があるだけで言語は基本的に統一されている。

 たまに妙な語句があったりするけど、基本的に翻訳の心配がいらないというのはありがたい。

 おかげで、外国の原書が書店にて容易く手に入り、読むことも容易い。


 ただ、言語に対する統一性などが外交とかにどこまで影響しているのかまでは分からない。



「うーん。たしかに、いい感じですね。でも」


「そう? でも、なにかあった?」


「いえ、その」



 一通り内容に目を通してみたけど、視点は中立でスメラギ人の書いたモノほど左右に両極端ではなく、新興国家群の研究者のモノでもないから安心できそうだった。

 作者は、“ミュウ・パリザード”という女性で、出身は西方の小国のようだから、両陣営への肩入れが少ないのかも知れない。


 ただ、内容は気に入ったんだけど、一つ大きな問題がある。内容を覗きこもうと本に顔を向けた際、貼り付けてあった値札にお兄様が顔を青くしていたのだ。

 実際、私の手持ちを足しても難しいし、お父様にねだるのも少し気がひける。



「うーん、これは今度にしますよ。今日はこの辺を」


「そう? じゃあ、こっちの地図ね。毎度あり」



 原書にも興味はあったが、まずは世界情勢の基礎的な部分を頭に入れた方が良さそうだと思い、注釈や説明文の入った世界地図やスメラギの地図を購入することにした。

 さすがに前世の日本にあったような精巧な地図ではないが、基礎知識としては十分だと思う。



「いいのかミナギ?」


「はい。ふふ」


「なんだ、その笑いは?」


「いいえ」



 そんな私達の様子を察したのか、地図を受け取ったマヤさんは苦笑しつつも、本を薦めてくることはなく、逆に表情を取り繕ったお兄様の方がお茶目に見えてくる。

 済ました表情をしているけど、本当は安心しているって事は分かっていますよ。



「じゃあ、これね。それと、ミナギちゃん」


「はい?」



 会計を済ませると、マヤさんは相変わらず表情柔らかく、私に対して声をかけてくる。



「よかったらなんだけど、本を見に来るついでにヒサヤと遊んでくれる? この本は、しばらく売らないようにしておくから」


「えっ? い、いいんですか?」


「もちろん。……それに、あなた達にとっても都合がいいんじゃないかしら?」


「っ!?」



 思いがけない申し出であったが、それに安堵したのもつかの間。柔らかな笑みの影に、一瞬鋭い洞察に光が宿る。


 私は思わず背筋を伸ばし、お兄様も眉を顰めている。



「? どうしたの?」


「あ、いえ……。えぇっと、ヒサヤ君はクラスメイトですし、それは当然ですよ?」


「そうだよね。ツクシロさんとは席も隣だしね」



 そんな私達に対し、ヒサヤ君。いや、ヒサヤ様は、キョトンとした様子で私達とマヤさんを交互に見つめる。

 その毒気のない表情に、私はすぐに籠絡されて緊張感を解いてしまっていた。



「それじゃあ、いいわね。あ、ヒサヤ、そろそろお風呂の用意をしてくれる?」


「もう? 分かった。それじゃあ、ツクシロさん、また明日ねー」


「お休みなさい。でも、明日は休日です」



 それを見て、これまた同じように毒気のない笑みを浮かべたマヤさんが、ヒサヤ様を家の中へと促す。

 相変わらずののんきな発言に、思わずツッコミを入れはしたが、傍らから感じるお兄様の視線が少々痛い。



「ふう。それで、どういうつもりでございますか?」


「他意はないわよ。殿下を守る役目があるんだったら、一緒にいた方がいいでしょ?」


「しかし、我々はそんなことは」


「あのねえ。私はこれでも、皇太子妃の母なんですけどね」


「あ」



 そして、ヒサヤ様の姿が家の中に消えたのを見計らい、お兄様がマヤさんに先ほどの発言の真意を問い掛ける。

 やれやれといった様子で肩をすくめている様子を見ると、そこまで警戒はしていないようすだったけど。

 マヤさんの発言や表情もまた、そんなに警戒しないでと言った様子がありありと見て取れる。



「素人だとしても、大事な孫のことだもの。なんとなくだけど分かるのよ。元から勘はよかったし、ミナギちゃんは年齢の割には大人すぎるからね」


「う。申し訳ありません」



 なんとも痛いところを突かれている。たしかに、実年齢以上の精神年齢をしているから、周りに会わせるのは難しい。


 以前のように、――シロウ君たちと遊ぶ時以外は、家に引きこもっていることが多かった頃ならば、周囲からはお母様の関係以外で注目されることはなかった。



「ですが、我々も状況によっては手を下さなければならないこともあります。意味深な態度は避けていただけるとありがたいのですが」


「そうね、少し軽率だったわ。でも、殿下と仲良くなって欲しいのは本当のところよ。あの子にとって、普通の子どもでいられる時間はもうほとんど残っていないから」



 お兄様も納得している様子だったが、間違いなく不用意な発言とも思う。それでも、マヤさんの言う、残り少ない時間。と言うのも分かる。


 ヒサヤ様もいつまでも子どもでいる訳にもいかないだろうし、私達がそうであるように、一国の皇子としての教養や振る舞いを求められるようにもなってくるはずだった。

 そうなれば、身分を隠している学校での時間が唯一のそれになるのかも知れないのだ。

 恐れ多い事ではあるけど、私も友人の1人になれたら。と言う思いはたしかにあった。



「あ、そろそろね」


「え?」



 そんなことを考えていると、家の前の神社から鐘の音色が轟いてくる。

 暮れ六つの鐘と言うヤツで、すでに夕方の6時頃を回ってしまったようだ。私達の門限も迫っている。



「それでは、我々はそろそろ。……殿下のことは、お任せください」


「お願いね。……と言いたい所なんだけど」


「は?」



 それを受けて、お兄様と一緒にマヤさんに対して頭を下げる。正体が分かった以上、私達にとっては当然のことだし、マヤさんとしても安心できると思う。

 しかし、そんな彼女の言を待っていたかのように、一人の女性の声が店内に響く。



「お母さん、遅くなって悪かったわね…………あら、お客さん? 白桜の学生がこんなところに来るなんて珍しいわね」


「っ!?」



 声とともに、家の中から顔を出した女性は、私達の顔を見て、その凛とした表情を綻ばせる。


 しかし、私もお兄様も、ほぼ条件反射のように跪き、頭を垂れた。



「えっ!? ちょ、ちょっとっ!? …………あなた達、白の会?」


「はっ。ハヤト・ツクシロと申します。皇妃殿下のご尊顔を賜ったこと、恐悦至極に存じます。この者は、妹のミナギ。恐れ多くも、皇孫殿下のご学友を賜っております」


「大義である。…………でもね、空気ぐらい読みなさい」



 はじめは面食らっていた様子であった女性も、お兄様の言に元の凛とした態度をに戻る。

 しかし、それもすぐに崩して、やや不機嫌そうな様子で私達に対してピシャリとそう告げてくる。


 その言葉に対しては、私もお兄様も無言で頷くしかなかった。



 この時の私は、雲上人に対する恐れよりも、ようやく会うことが出来た、恩人との顔合わせへの感動に支配されていた。

この場を借りて、web拍手のコメントへの返事を。以降も、答えられるモノには答えていこうと思いますが、すべてに返事は書けないと思いますので、その辺りはご了承ください。



>22:43 なんで父親は母親を守らなかったんでしょう?

と言っても、けっこう重いネタバレになるので、続きをお待ちください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ